もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら? 作:水城大地
分断されて、別の場所に落ちてしまいました
ふと、どこか遠くで何か知らない音が鳴り響き、なにかが崩壊する音を聞いた気がした。
気付けば、のっぺりとした己の頬を涼やかな風が擽り、耳には草原を風が渡るざわめきの音が鳴り響いゆている。
だが……それは、あり得ない事だった。
彼が、常に守護者として居ることを義務付けられている場所は、こんな風に肌に直接風を感じる事など有り得ないような、どこにも繋がる事が無い封鎖された空間である。
己の守護する場所は、己の所属するギルドの中でも特別な方法でしか移動出来ない筈で。
そもそも、この場にこの様な異常が起きた時点で、ギルドの根幹部分で異常が起きた証だと言って良いだろう。
そう、それ位に今の状況は有り得ない事態だった。
自身が置かれた状況に対し、冷静かつ速やかな思考を巡らせて対処作を練り上げ。
そして、実際にそれに沿って実際に行動しようとした所で、はたと我に返る。
今までなら、己の創造主に与えられた優れた頭脳で思考を巡らせ策を練り上げることは出来たとしても、それ以上の事は出来なかった。
そう……あくまでもそれは思考を巡らせるだけ。
己が幾ら対応策を練ったところで、主である創造主から指示された事以上の行動には全て制限が掛かり、実際には動く事など出来なかった筈なのだ。
なのに、今の自分は何をしようとしていた?
自分の意思の下、自分のいる場所を含むギルド内で何が起きたのか確認した上で、その対策を練ろうとしてはいなかったか?
そこまで考えたところで、再度頬を擽る涼やかな風と、その風によるだろうざわめきの音が伝わり、いよいよ放置が出来なくなって来たことに気付く。
ここの奥には、主たる創造主にとって大切な仲間の残した
その守護を果たせなくて、主から見放され棄てられたりしたら……そう考えるだけで、身を切るような痛みを幻視しかけ。
慌てて首を軽く横に振る事で否定すると、私-パンドラズ・アクター-は、現在の状況を正確に把握するべく行動を起こす事にした。
「……今のままでは、埒が明きませんからね。」
いつの間にか、己の口から小さく零れ出た言葉は、どこか頼りなげなものだった。
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まず、今の己のままでは何を調べるにしても、不足している部分が発生するだろう。
これに関しては、今まで宝物殿内しか知らない己の知識不足や認識不足、戦闘に関する経験値不足が理由に上げられた。
そもそも、己が司る領域である宝物殿は、絶対的に訪れる者が少ない場所だ。
ここに来るには、ギルドメンバーの証である【リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン】が必要であり、それを持つのは僅かに四十一人のみ。
所有者が少なければ、自動的に来るものも少なくなるのは当たり前であり、さらに引退者等によってその分母が減れば、宝物殿を来訪する者が減るのも当然だろう。
その上、己は本当の意味で完成するまでにかなり時間が掛かり過ぎた事もあって。
多分、制作中の己を知るだろう至高の方々が居たとしても、今の状態にまで完成した時にはログインする者は殆ど居らず、きちんと顔を合わせたことはない。
だからこそ、パンドラズ・アクターはちゃんと理解していた。
己が、主の設定によりこのギルドに属するNPC の中では頭は良くても、人とまともに接していない部分を鑑みれば、十二分に【世間知らず】と評されても仕方がない事を。
だが、それを理由にして全く動かない訳にはいかないだろう。
むしろ、今、このギルド内でまともに動けるものは、自分以外にないのかもしれない。
もし、こうして自分が動けずにいる内に、己の創造主である主の身に何かあったのだとしたら……それこそ、後悔するだけでは済まないだろう。
だからこそ、まずはこの場で出来る対策を全て済ませて上で、情報収集を迅速にする事にした。
「……私が、定められた役目を超えて勝手に動く事に対する叱責は、無事にモモンガ様にお会いする事が出来た時にいただくといたしましょう。
全ては、モモンガ様とモモンガ様が愛するナザリック現状を把握して、ナザリックの財政担当者として対策を取る必要がある為の行動です。
モモンガ様は、私が宝物殿から出なくともそのような形で他の階層に対して干渉するのは、宝物殿の防衛面も含めてお望みはない様ですが、仕方がありません。
……今は非常事態ですので、聡明なモモンガ様ならご理解いただけるでしょうし。」
そう、自分を納得させるように言葉を口にする事で、自分の行動を一時的に正当化しておく。
無意識の内に、手がモモンガから与えられた、己にとって最高の装備である軍服の胸元を強く握りしめていたが……そんな事に気付くだけの余裕は、今のパンドラズ・アクターにはない。
最初から、モモンガからの叱責される事を前提に動くのだ。
やはり、微妙に迷いが生まれそうになるのは当たり前で。
自分で自分の行動を口にするのには、それを振り切る意味もあった。
覚悟さえ決まれば、実力的にいっても行動するのはそう難しくない。
まさか、それによって自分が予想外の状況にある事を知ることなるとは、欠片も思わずに。
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「
一先ず、対策魔法はこれ位でいいでしょう。
では、次に……
偉大なる主の姿を借り、幾つもの防御対策を魔法によって-本当は、勝手に己の創造主の姿を借りる事に躊躇はあったが、スクロール等のアイテムを独自の判断で消耗するのは、財政担当者としてもっと許容し難かった為-施した後で、先ずはこの宝物殿内の状況を探知魔法を使い、少しずつ範囲を広げながら確認する。
相応の対策を取った上で、丁寧に魔法を使用していくにも関わらず、一気に周囲の情報を確認せず少しずつその効果範囲を広げたのは、何らかの罠を仕掛けられている事を用心したからだ。
あくまでも、自分が知るのはある程度までの魔法でしかない。
もし、自分が知らない魔法を使用されていて、対策魔法が通用しなかったら……結果を考えるだけで恐ろしい事になるだろう。
用心に用心を重ねる事は、決して悪い事ではなかった。
そうして、丁寧に調査していったのだが……
すると、驚きの事実が判明しだ。
己がいる場所である、待合室も兼ねている宝物殿の開けた場所と、その奥に通じる霊廟とさらに奥にあるアイテム保管庫は、異常事態が発生する前と何ら変わらなかった。
これは、常に己の意識を傾けている守護しているのだから問題ない。
寧ろ、このエリア内で異常が判明したら、己は慌てるなんてレベルでは済まなかっただろう。
問題は、それよりも手前のエリアに起きていたのである。
今まで、自分が守護すべき宝物殿はそれだけで独立し、直接的にはどこにも繋がっていない場所として存在していた。
これは、ナザリック地下大墳墓を【ギルド・アインズ・ウール・ゴウン】が攻略し、拠点としてから変わる事がない事実である。
しかし、だ。
今、己がいる待合室から幾重にも伸びた通路状の種類別の保管展示庫から、宝物殿の表層部分と言うべき大量の金貨やナザリックに住む者から見て、価値が低い財宝や装備品等が纏めて乱雑に置かれていた大広間に、異変が起きていたのである。
そう、手前の通路状の武器庫、防具庫、装飾品庫の一部だけを除いて抉り取られた様に切り取られ、そこから先にある表層部の大広間とは別の場所に繋がっていたのだから。
「そんな……まさか……あり得ません!」
思わず、否定の言葉が己の口から漏れるが、それでも現状は変わる事はない。
余りの状況に、暫く頭を掻き回して取り乱したものの、何とか頭の中で思考を切り替え何とか冷静さを取り戻すと、再度確認していく。
凸凹とした岩壁に、天井から水を滴らせる先の尖った岩。
幾重にも枝分かれして、細い通路上の迷宮の様に外へ向かって伸びる細い通路。
宝物殿内より、少し湿り気を帯びた空気等を見れば、そこが洞窟の中だと頭の中にある知識から推察する事が出来る。
しかし、だ。
本来の宝物殿ならば、やはりあり得ない事態だと言って良いだろう。
どことも繋がらない筈の、この偉大なるナザリック地下大墳墓の宝物殿が、まるで最重要部分を抉り取るように切り離され、いつの間にかどこか外に繋がってしまっている。
その状態が、どれだけ異常事態なのか理解出来ない程、己はーパンドラズ・アクターは愚鈍ではない。
そもそも、ナザリック地下大墳墓はどうなってしまったのだろうか?
間違いなく、自分がいる宝物殿の最重要部分が切り離されているが、ナザリックを維持管理する部分はこちら側に来ていない。
もし、何らかの事情によって自分がいた場所を含めた最深部が、ここにある一部を除いて分断されてしまったのだとしても、ナザリックそのものの運営には暫くの間なら問題は起きないだろう。
宝物殿管理者であり、財政面を任されている私、パンドラズ・アクターがいなくても、ある程度はまでは自動運行がされる筈だからだ。
勿論、それだけではいずれ破綻を招くだろうが、偉大なる私の創造主たる御方が放置するとは思えない。
モモンガ様なら……何らかの手を必ず打たれる筈だ。
その結果として、私の存在が不要になるかも知れないと言う不安が頭の端を過るが、それもまた必要なことならば仕方がないとも思う。
ただ、私がいた場所よりも奥にある【霊廟】に納められていた、全て
「……この様に容易く、無様にもその事態が引き起こされるまで気付く事ないなど、有っては為らない事だと言うのになんと言う体たらくでしょう。
まして、この様な形で宝物殿を半壊させた挙げ句、モモンガ様にとって重要度から言えば大切な宝の大半と言っていいだけの品々を、そのお手元から失わせてしまった咎は、宝物殿守護者として失格だと断罪されても仕方がないもの。
どの様に、その事に対しての贖罪をしたとしても、償いきれるものではないでしょう。
そもそも、与えられた役目を果たせなかったと言う点でどれだけ罪深い事なのか、私自身が一番良く理解しております。
ですが……このままモモンガ様がこの場を見付けて下さるまで何もせず、ただ安穏とこの場に座して待ち続けているだけでは、尚一層愚鈍過ぎると言っていいでしょう。」
多少、物言いは大袈裟なものではあったが、その口からつらつらと零れ出る言葉は、どれもパンドラズ・アクター自身の本音だった。
今の自分は、己の創造主であるモモンガから与えられた役目を全う出来ず、損害を与えてしまった可能性がある役立たずである。
特に、ナザリックからの
少なくとも、確実にナザリック地下大墳墓の総戦力をレベルダウンしてしまった筈。
それを、ナザリックに住まう僕たちの中で宝物殿管理者として一番理解している自負があるからこそ、現状に対して焦りを感じて動く事を決意したのだ。
だが…………それでも。
創造主たる御方の指示を受けず、全て己の意思で情報を精査し判断して動く。
それが、どれだけ御方の為に創造された僕にとって恐ろしい行為なのか、パンドラズ・アクターとて理解していない訳ではない。
しかし、だ。
それ以上に恐ろしいのは、このまま何もせずに無為に時を過ごす事で、創造主である主に再会する事が叶わなくなってしまった時だろう。
今、己がいる場所がどのような世界なのか、現時点では何も判っていない。
それこそ、どこにどうやって転移させられたのかすら、今の段階では全く判って居ないのだ。
もしかしたら……モモンガ様やこの場にある以外のナザリック地下大墳墓はあのままあの場にあり、同じ世界にきていないかもしれない。
逆に、同じ様にナザリック地下大墳墓があった場所から転移させられ、その拍子にこの宝物殿の一部だけが更に別の場所に分断されてしまっただけで、案外近くに存在しているかもしれない。
それ以外の可能性も数多の数あり、実際にはどうなのか判らない。
むしろ、一人だけナザリックの誇る数多の秘宝の数々と共に、こちらに来てしまった可能性が一番高いのだろう。
そんな中で……それでも自ら動く事を決めたのは、ただもう一度己の創造主であるモモンガに逢いたかったからだ。
この状況になる以前、最後にモモンガが宝物殿の自分がいる場所まで訪ねて来たのは、何年前の事だっただろうか?
最後に御会いした時のモモンガは、己を見る度にどこかとても辛そうな表情をしていた覚えがある。
その理由を、最後まで教えていただく事が出来なかった情けがない僕だが、それでもモモンガの事を慕い忠誠を誓う思いは誰にも負けるつもりはない。
「やはり、私が自分の手で大切なこの宝物殿に眠る秘宝の数々を、モモンガ様にお届けするのが一番でしょう。
何があっても、これだけは絶対にやり遂げなければなりません。
……しかし、それを見事に為し遂げるまでの間、私、パンドラズ・アクターは、モモンガ様から与えられた言動の一部を封印する事にしましょう。
確か、モモンガ様から与えられた本の中に『何か1つ、己の中で大切なものを絶つ事で、満願成就する事を願う』と言う、呪法があると書かれていたのを見た事があります。
ならば、私はモモンガ様から与えれた『格好がいい言動』を絶つ事で、満願成就を願うと致しましょう!」
バッと、右手を振り上げつつ身に付けていたロングコートの裾を翻す事で、見事にポーズを決め。
次の瞬間、パンドラズ・アクターはふるふると緩く首を振った。
「……はぁ。
正直、見ている人がいない場所でもこのテンションを続けるのって、周囲が思っている以上に疲れるんですよねぇ。
モモンガ様が見ていて下さるなら、幾らでもこのテンションが続けられるんですが。
まぁ、無い物ねだりをしていても始まりませんし、モモンガ様にお会いするまでは願掛けとして封印すると致しましょうか。」
幾ら言っても、今はどうする事も出来ないのだから、この点に関してはスッパリと割り切る事にした。
下手に拘る方が、何となく後から問題を生みそうな気がしたからだ。
それよりも、考えなければならない事が幾つもある。
例えば、自分がここから外へ出るとすると、宝物殿内部に納められている至高の方々からお預かりしている
それ以外にも、外の世界の情報を集めてから動くべきかどうか等々。
とにかく、考えなければならない問題は山積みなのである。
「まぁ……多分ですが、この姿のままでは駄目でしょうねぇ。
私の今の姿は、という種族そのものですから、あまり一般的ではないでしょうし。
やはり、ここは人間種に擬態しておくべきでしょう。
異種族が大半を占めるナザリックでは、人間種の姿でいるのはあまり歓迎される事ではありません。
ありませんが、これからモモンガ様やナザリックを見付けるまでのトラブル回避の為と思えば、背に腹は代えられません。
むしろ、余計な騒動を持ち込む火種となりえるのならば、人間種への擬態も已む無しといった所でしょうね。
さて……ここで問題になるのは、どうやって人間種に擬態するかと言う事でしょうか。
私の持つ外装には、残念な事に【使用可能】な人間種のものはございませんし……
一応、参考に出来るものさえあれば、持ち前の能力で人間種の外装を維持することも可能ですし、何か良いデータベースはないでしょうか……」
そんな事を呟きつつ、パンドラズ・アクターは自室内にある書棚や収納箱へ足を向けた。
目的の場所に辿り着くと、早速中にある品々をガサガサ漁っていく。
何故そんな事をしているのかと言うと、そこにはかつてモモンガが様々な物をパンドラズ・アクターの為に用意したり、自分の私物の中でも人前に出したくないもの等を収納していた事を覚えていたからだ。
もしかしたら、そこに人間種の外装データとして参考になる物が有るかも知れないと、僅かな期待を持って探してみたのだが……
「……ほぅ?
これは、とても興味深いものが見つかりましたね。
『悟、6歳小学校入学式』とあるこの映像データは、もしや……以前、モモンガ様が仰っていた【リアル】のものでしょうか?
ほぅ……ほぅ!
これはとても愛らしい!
このお声、確かに今のものよりも幾分高い子供特有のものですが、間違いなくモモンガ様のもの。
つまり、これはモモンガ様の【リアル】のご幼少の頃のお姿と見て、間違いないでしょう。」
チェストの引き出しの奥に、まるで隠すように仕舞われていたデータキューブを確認したパンドラズ・アクターは、思わずため息を漏らしながらデータの内容を確信する。
なぜ、こんなものがこの部屋のチェストの奥に隠されていたのか、モモンガ自身が何も言わずに隠していた以上、パンドラズ・アクターには全く理由が判らないが、それでも今の自分にとっては何より有り難いものであった。
「……これ程貴重な物を、こうして勝手に拝見させていただいてしまった事も、モモンガ様に再会が叶った時にお詫びしないと行けませんね。
ですが……お陰で私の人間種への外装のヒントは十分に得られました。
このまま、この年齢では流石に問題があるでしょうが、ある程度まで……そう、十代半ばまで成長させた姿を構築してそれを使えば問題は解消する筈です。
あくまでも、私がこのデータを元に仮想のものですから、モモンガ様本人の【リアル】の実際の姿とは微妙にことなるでしょうし。
そちらを構築する間に、もう少し周囲を始めとした外の情報を集める事にいたしましょう。
どんな僅かな情報でも、時として思わぬ影響を与える事もありますからね。」
サクサクと、自分のするべき事を決めたパンドラズ・アクターの行動はとても早かったのだった。
そんな感じで、パンドラズ・アクター一人旅の始まりです。
ナザリックは、もちろんちゃんと原作通りに転移してきてます。
寄りにもよって、宝物殿の一番重要部分がごっそり抜けてしまったナザリック。
結構戦力ダウンになるのは、確定しています。
人員はほぼ無事だけど、世界級アイテム六個紛失は、かなり痛い状況ですね。
この異変、もちろんナザリック全体にも伝わっていて……さて、どうなるでしょうね。