東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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今回の話には(伏線は張っていましたが)追加設定が多いです。
また、楯無の扱いが非常に悪いため、ご注意ください。


仇敵と親友(中編)

「それ、本当なの?」

 

「う、うん……お姉ちゃんにもさっき聞いて確認したけど、間違いないって。

1時間後に試合開始って言ってたよ」

 

 楯無による魔理沙への決闘宣言から十数分後。

瞬く間にその情報は学園内に広がり、虚の妹である布仏本音を通じて簪の耳にもすぐに入っていた。

 

「お姉ちゃんってば、あれだけ言って早々にこんな……」

 

「どうするの?」

 

「とりあえず、見に行く。

お姉ちゃんが魔理沙にどこまでやれるかも気になるし」

 

 姉の起こすトラブルを苦々しく思いつつも、やはり試合自体は気になる簪はすぐにアリーナへと足を向けるが……。

 

「そこの二人、ちょっと良い?」

 

「え?」

 

 不意に掛けられた声に簪は足を止める。

その声には聞き覚えがあった。数日前の臨海学校にて、自分を助けてくれた二人組みの片割れである、女と同じ声……。

それに気づいて振り返った時、簪は思わぬ光景を目にした。

 

「あ、あ……な、何で……?」

 

「あ、あなたは……!?」

 

 本音と簪、二人の表情が愕然としたものへと変わる。

そこにいたのは、本来ならもう二度と会う事の出来ない筈の人物……。

 

「久しぶりね……簪、本音」

 

 バイザーを外し、素顔を見せたその人物、天野晴美の姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 アリーナの使用許可を得た二人は、それぞれがピットへ入り、30分後に行われる試合に備え、準備に入る。

 

「お嬢様……本気で霧雨さんと戦うつもりですか?失礼な言い方ですが、あの子の実力は……」

 

「そんな事、分かってるわよ。けど、こればっかりは譲れないの……!

それに戦闘データだって頭に叩き込んでるんだから、簡単に負けたりなんかしない!」

 

 未だ殺気立つ楯無の様子に虚は悲しげな、しかし同時に真剣な表情を浮かべる。

 

「はっきり言って、さっきの件はお嬢様の方に非があります。

簪様にだって意地とプライドがあるんです。お嬢様はそれを無視し過ぎています。

あなたの簪様を思う気持ちは間違ってはいませんが、やり方が間違ってます!

そんな暴走も同然の心持ちでは霧雨さんに勝てる訳ありません!!」

 

「ぐっ……そ、それは……」

 

「試合を中止して、もう一度霧雨さん達を交えて簪様とお話するべきです。

話した上で、簪様が信じている霧雨さん達を信じられるかしっかり見極めるべきです」

 

「それが出来れば苦労しないわよ!!

けど、今の簪ちゃんは霧雨達(あいつら)の実力の高さに心酔して、盲目的になっているのよ。

そんな状態の簪ちゃんに何を言っても信じてくれない!

だから、私がアイツに勝って、簪ちゃんの目を覚まさないといけないの!!」

 

 声を荒げる虚に、楯無は一瞬たじろぐが、自身も声を荒げて言い返す。

 

「信じていないのはお嬢様(あなた)の方ではないですか!」

 

「っ……今、何て言った?」

 

「何度でも言います!今のお嬢様は、簪様を心配するあまり、河城重工の人達だけでなく、簪お嬢様の事さえ信じようとしていません!!

あなたがしているのは、妹を子ども扱いしてずっと自分の手元に置こうとするだけの行為です!!」

 

「ぐ……ぐっ…………」

 

 虚からの指摘に図星を突かれ、楯無は悔しそうに歯を食いしばりながら、虚を睨むことしかできなかった。

 

「何でこんな……実の妹を信じてあげられないなんて……。

何でこんな事になってしまうんですか……!?」

 

 虚の脳裏にある記憶が過ぎる。

それは、楯無がまだ刀奈(本名)を名乗っていた頃、あの頃の今以上に明るく、簪との中も良好だった時、

あの頃には布仏と同じく、更識家に仕えるもう一つの一族があった。

だが、その一族はもう存在しない……家長の長男だった男が起こしたクーデターの果てに、その一族は断絶されたのだ。

 

「こんな時に、あの子が……」

 

 その一族……天野家の次女にして、常に自分達を引っ張ってくれた頼れる姉御的な存在だった幼馴染の少女の姿を思い浮かべ、虚はその名を口にする。

 

「晴美が居てくれたら、こんな事には……」

 

 その名前……天野晴美の名を口にしたその直後、室内に乾いた音が鳴り響いた。

 

「……あいつの話はしないでって言ってるでしょ!!」

 

 虚の頬を打った感触を掌に感じながら、楯無は感情を抑えきれずに爆発させ、凄まじい剣幕で虚を睨みつける。

 

「っ!?」

 

「何が解るのよ……あいつを、親友(晴美)を失った時、私がどんなに惨めだったか、虚ちゃんに解るって言うの!?」

 

「お、お嬢様……っ!?」

 

 虚の表情が驚愕に変わる。

楯無は表情(かお)を憤怒に染めながらも、目に涙を浮かべていたのだ。

 

「あの時みたいな思いは、もう絶対しない!みんな私が守り抜く!!

誰にも頼らない……全部私が……!!

あんな奴に、いきなり出てきて簪ちゃんを掻っ攫っていくような奴なんかに……!!」

 

「っ!お嬢様……」

 

 それは虚に向けたものか、それとも自分に向けたものか……そんな不安定な感情が滲み出た楯無の言葉に、虚は押し黙る。

 

「……っ…………ごめんなさい。取り乱したわ」

 

「いえ……私こそ、約束を破って晴美の話を……」

 

 お互いに何とか落ち着きを取り戻し、二人は謝罪し合う。

やがて楯無は専用機を展開し、アリーナへと歩き始めた。

 

(虚ちゃんが言う事が間違ってない事は、私にだって解ってる。

けど、私はもう決めたの。私は私自身の力で私の守りたいものを守る……。

晴美を失ったあの日に、そう誓ったの……!

だからこそ、私は霧雨魔理沙(あいつ)を認めない……。

簪ちゃんを、身内(みんな)を守るのは私の役目、誰にも渡さない……!!)

 

 それは人間一人が抱くには余りにも重過ぎる想いと決意だった。

それが守ろうとしている簪への重石、更には自分自身に対する足枷になっている事に気付く事は、今の楯無には出来なかった……。

 




設定

・天野家
元は布仏と同じく、更識に仕える暗部の一族で、主に武力面を補佐していた。

・天野晴美の経歴
天野家の次女として生まれ、当時の主である楯無とは幼馴染で親友同士。
当時から戦闘力が非常に高く、模擬戦では小~中学時代の楯無を幾度となく負かし、彼女が唯一白星を得られなかった相手である。

以前は歳の離れた姉と兄がそれぞれ1人ずつおり、姉は人格者だったが、兄は次期当主である事を鼻にかける傲慢な人物だった。
しかし、ISのに台頭による影響で兄が次期当主から外され、姉が変わって次期当主の座に着いた。

これを不服に感じた兄はクーデターを画策。
それを察知した晴美が更識家にこの事を密告し、鎮圧作戦が決行される。

しかし、その際の戦闘で晴美の両親と姉が死亡。
晴美本人も楯無を庇い、重傷を負う。
(クーデターの首謀者である兄はその場で射殺された)

事件後、晴美は天野家最後の生き残りとして責任を取る事となり、天野家は暗部から除名及び断絶処分を受け、追放された。

その後、根無し草となった晴美を炎魔がスカウトした。


親友の受けた理不尽な処遇を止める事が出来なかった事は、楯無の心に深い傷を残し、
それ以降楯無は、『自分の手で身内を守り抜く』という事に固執するようになった。


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