※今回から暫く楯無へのアンチ展開が続きますので、苦手な人はご注意を。
仇敵と親友(前編)
『あっひゃっひゃっひゃっ!これで私の40連勝だなぁ!』
『う、ぐぐ……ま、また負けるなんて』
『護衛対象より弱いボディガードじゃ話にならないでしょうが!』
『**!しっかりして!ねぇ、**ってば!!』
『何、しけた面で泣いてんのよ……本当、刀奈は……泣き虫なんだから』
『**ちゃんが、たった今除名された。
**家は一家断絶。金輪際、彼女との接触は禁じられるそうだ……』
『**が、除名って…………どういう事なの!?
あの子が**家のクーデターを密告したお陰で事態が解決したのに……!』
『分かってる。だが、彼女は**家唯一の生き残りなんだ。
**家の犯した責任は、生き残りである彼女が背負うことになってしまうんだ……!』
『そんな……そんなの……!』
『…………すまない。もう、私ではどうする事も出来ない』
「……様…………お嬢様!!」
「ハッ!?」
ルームメイトの呼びかけに、更識楯無は飛び起きる様に目を覚ます。
瞼を開き、広がった視界に移るのは自身の従者で側近とも言える存在、布仏虚が心配そうな顔で自分を見詰めていた。
「大丈夫、ですか?随分魘されていましたが……」
「……ええ、大丈夫よ。嫌な夢見ただけだから」
虚の問いに先程の夢を思い出しながら楯無はベッドから降りて洗面所まで向かい、顔を洗う。
(最悪……よりにもよってあの日を夢で見るなんて……。
アイツを失ったあの日の事なんて……)
脳裏に焼きつく先程の夢に楯無は思わず両手に力が入ってしまう。
夢に出てきた少女……かつて自身がまだ楯無の名を告ぐ前、本名である刀奈の名を名乗ってた頃からの従者であり、唯一白星を挙げられなかった幼馴染にして最大の目標だった親友……。
そして、最高の親友だった存在を守れなかった唯一にして最大の失敗の過去を。
「もう、あんな思いは絶対に嫌……!
全部私が守る。私が全て……他の誰にも任せたりしない……!!」
1年生達の臨海学校で起きた銀の福音暴走と謎の無人機の大群による襲撃事件。
更に、妹の簪が河城重工での合宿に参加するという報せ。
楯無からしてみれば絶対に受け入れられないものだ。
それを阻止するべく、楯無は目を鋭く細め、部屋を出た。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「あぁ、話はこっちで聞いたよ」
『そうか。じゃあ、俺と鈴が言いたい事、分かるよな?』
臨海学校での事件から2日後、永遠亭にて入院中の一夏は弾と電話で会話していた。
「分かってる。俺と千冬姉の事だな?」
目を伏せ、神妙な表情になりながら一夏は答える。
鈴音にせよ、弾の妹の蘭にせよ、彼女達の初恋を実の姉との禁断の関係で裏切ってしまったのは紛れも無い事実だ。
『とりあえず、退院したら一発殴らせろ。それと、蘭にはキッチリ詫び入れとけ。俺の言いたい事はそれだけだ』
「良いのか?」
『俺が殴るのはあくまで蘭の兄貴としてのけじめだ。それ以上の事は蘭本人にしか決める権利は無いだろ?
それによ、惚れた腫れたが理屈じゃないって事は痛いほど良く解るからな』
「すまない……」
自身も異種族の女に恋心を抱くという普通ではない恋愛生活を送っている弾としては、一夏の千冬への想いも多少は察する事が出来る。
故に彼は一夏を必要以上に責めはしない。一夏が蘭達にけじめさえつければ文句を言うつもりは無いのだ。
「そっちに行ったら徹底的に鍛えるからよ。お前もそれまでに怪我治しとけよな」
「ああ、待ってる」
幻想郷での再会を約束し、二人はどちらかとも無く電話を切り、やがて一夏は病室へと戻っていった。
「電話、終わったのか?」
病室に戻った一夏をある少女が出迎える。
「ああ。とりあえず一発殴らせろってさ。その程度で済んで少しほっとしてる」
「そうか……。なぁ、一夏」
「なんだ?」
その少女、篠ノ之箒は一夏の答えに納得したように頷き、一夏がベッドに戻るのを確認してから再び口を開いた。
「一つ、聞きたいんだが……お前が
「……考えたさ。最初の内はすぐにでも怪我を治して帰ろうと思っていた。
だけど、
勿論、千冬姉の事は気がかりだったけど……、千冬姉なら俺が居なくたってきっと大丈夫、大事な試合で誘拐された足引っ張った俺なんて居ない方が足枷が無くなって肩の荷が下りるって、勝手にそう思ってたんだ。」
嘗ての心情を語りながら、一夏は情け無さそうに俯く。
ある意味、当時の自分は編入当初のラウラと同類だった。
姉はきっと自分を失った事を悲しむだろう。だが、誰よりも強い姉なら……自分にとって無敵のヒーロー同然の千冬ならば、その悲しみをすぐに乗り越えてくれると、そんな風に思っていた。
「だけど、それは大間違いだった。千冬姉はヒーローでも無敵でもなかった。
再会した千冬姉は、俺を失った悲しみでもうボロボロだった……」
脳裏に浮かぶ自身を抱きしめ、泣き縋る千冬の姿。
それは、嘗ての強さや凛々しさなど微塵も無い弱々しい、一人の女としての彼女の本来の姿。
「それから、また千冬姉と一緒に暮らすようになってから、外界に居た頃には見なかった千冬姉の色んな一面を見てさ……、
それが凄く魅力的で、いつの間にか惹かれてた。
そして、千冬姉から告白された時にそれを自覚したんだ」
「…………そう、だったのか」
目を伏せながら一夏の独白に耳を傾けていた箒は、やがて静かに目を開き哀しげな表情を浮かべながら口を開いた。
「箒……すまない。
俺はお前や鈴の気持ちを最悪の形で踏み躙って……」
「良いんだ、もう吹っ切れた。
あんなに鈍感だったお前があんなに一途になったんだ。
悔しいけど、完敗だ」
目元に涙を浮かべながらも、箒は笑みを浮かべる。
やがて箒は涙をぬぐい、真剣な表情で一夏に向き直った。
「一夏。夏休みの合宿、私も参加させてくれ。
私も姉さんを、そして分離した私自身を止めたい!
そして、今度こそ
「箒……。ありがとな、心強いよ」
箒の強い意志に一夏は心底から感謝の意を示す。
やがて二人は、どちらからともなく右手を差し出し合い、その手をしっかりと握り合ったのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「どういうつもりなの?お姉ちゃん……」
「どうしたも何も、聞いての通りよ。
簪ちゃん、あなたの合宿への参加は認められないわ」
IS学園内の生徒会室……楯無と虚が待つその教室に、突如として呼び出された簪と魔理沙。
彼女達を待っていたのは突然の宣告だった。
「どうして!?上の人達にはもう話を付けて許可も貰ってるのに!」
「そんな事は解ってるわ。だけど……!」
一度言葉を区切り、楯無は魔理沙へと目を向ける。
「こんな謎ばかりで、訳の分からない連中の所へ、大事な妹を預けられる訳がないわ!」
彼女を射殺さんばかりの殺気を出しながら睨みつけ、口調を荒げる楯無。
一方でその殺気をまるで気にせず、魔理沙は楯無に対してトーナメントの時と同様に冷めた視線を向けている。
「……簪ちゃん、まだ遅くないわ。河城重工の連中とは手を切って。
あなたが居るべき場所はこんな得体の知れない連中の所じゃないわ。
私の所に戻ってきて。そうすればずっと私が守ってあげるから……」
「っ!!」
楯無が何気なく発したその一言、それが決定打だった。
『ずっと私が守る』……捉えようによっては自身を完全に下に見たその言葉は、簪の中にあったコンプレックスを強く刺激した。
それとほぼ同時に、簪は乾いた音と共に楯無の頬を平手で打ち、その衝撃で楯無は床に尻餅をついていた。
「か、簪ちゃん……?」
「私、今までずっとお姉ちゃんに憧れてた。
だけど!今のお姉ちゃんになんて、これっぽっちも憧れない!!
何が『ずっと私が守ってあげるから』よ!私はお姉ちゃん無しじゃ何も出来ない無能だとでも言いたいの!?
私だって強くなりたい!魔理沙や他の皆に負けないぐらい強くなりたい!!
なのに、お姉ちゃんは私にただ守られるだけの存在に甘んじてろって言うの!?
冗談じゃない!!そんな思い上がった人なんかに、守られたくなんてない!!
お姉ちゃんが何言ってきても合宿には絶対参加するから。
これ以上邪魔するなら、こっちから姉妹の縁なんて切ってやる!!」
遂には決別の言葉を吐き捨て、簪は足早に生徒会室から去って行く。
残された楯無達はそれをただ呆然と眺めている事しか出来なかった。
「ま、待って簪ちゃん!違うの、今のはそういう意味じゃ……」
我に返った楯無は、簪に追い縋ろうと走り出すが……。
「チッ……」
「きゃぁっ!?」
駆け出そうとする楯無の足を魔理沙が躓かせて転ばせる。
床に倒れる楯無を見るその目はどこまでも冷ややかで、嫌悪感に満ちたものだった。
「本っ当に情けねぇ奴だぜ。そんなに簪に追い抜かれるのが嫌か?
自分より強くなって、守る事が出来なくなるのが怖いのか?」
「ち、違う!!私はただ、簪ちゃんを……」
「何が違うってんだ?お前が言ってたのはそういう意味にしか聞こえねぇよ。
今の簪に何が必要か良く考えてから出直せ。じゃあな、
私も帰るぜ。これ以上その腑抜けた面見ててもムカつくだけだしな」
楯無の言葉をばっさりと切り捨て、侮蔑と皮肉の言葉を吐いてから、魔理沙は彼女に背を向け、部屋を後にしようとする。
「待ちなさいよ!」
だが、魔理沙がドアに手を掛けるよりも先に、立ち上がった楯無が彼女の肩を掴んだ。
「何だよ?」
「アンタなんかに、何が分かるのよ?
私がどんな思いで、あの子を守ろうとしてるかなんて……」
唇を強く噛み締めながら、凄まじい形相で魔理沙を睨みつけ、今にも飛び掛からんばかりの殺気を出しながら、楯無は魔理沙の肩に掛ける手の力を強める。
「勝負しなさい、霧雨魔理沙!!
アンタを倒して、アンタ達なんか簪ちゃんには必要ない事を証明してやるわ!!」
「……へっ!良いぜ、受けてやるよその勝負!!」
水と油のように反発しあう二人は、遂に直接対決へと至る……。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「良いのか?会いに行かなくて。
お前の幼馴染、随分荒れてるぞ……」
生徒会室の隣の教室にて、アキラは楯無と魔理沙の会話を盗み聞きながら、目の前に居る自身の部下に問いかけた。
「接触禁止はもう解かれているんだ。会わない理由は無いだろ?」
「私はもう除名された死人も同然の身よ。
それに、クソ兄貴がやった事とはいえ、クーデターを起こした家の人間がどの面下げて会いに行けばいいのよ」
その少女はアキラから目を逸らしながら、彼からの問いにぶっきらぼうな態度で返す。
そんな彼女にアキラはため息を吐きながら首を横に振った。
「ったく、内心じゃ会いに行きたくて仕方ないくせに何言ってやがる。
どんな顔して会えば良いのか分からないから行かねぇだけだろ?」
「チッ、またお得意の読心術?本当こういう時に厄介な能力なんだから、この覗き魔野郎が……」
「うるせぇよ、下品女が。四の五の言わずに会いたきゃ会って来い!!
会わずにあのガキが潰れちまうのが嫌ならな」
アキラからの檄に、少女は目元を覆うバイザーを外し、静かに歩き出した。
「すまねぇな、隊長……恩に着ます……!」