「何なんだ……この力は?これって、俺がやったのと同じ……」
束から発せられた奇妙な力に一夏は戸惑いながらそう漏らすと同時に、有る既視感を覚えた。
莫大な魔力の中から感じられる別の力……霊力、妖力、そして神々の持つ特有の力が入り混じった、禍々しさと神々しさを共に持ったその力。
それは、一夏が魔理沙や早苗達から力を借りて得たものと似通っていた……。
「そう、いっくんが行った強化方法と原理は近いよ。
尤も、私の場合は妖力と神の力……神力をこの
「まさか、神と妖怪を喰ったってのは……」
「そう、何の比喩も無い事実だよ。
そして、その力を私の物とした……!」
狂気の笑みを浮かべ、己の所業を語る束に一夏は自分が額から冷や汗が流している事に気づく。
ハッタリではない……本能でそう感じる。
自身の付け焼刃のものとは違い、束はそれを完全に自分の力として使いこなしている。
それだけでも束が如何に規格外の天才かが解る。
「さてと……ねぇ、ちーちゃん」
「ひっ……!?」
不意に束はこれまで蚊帳の外だった千冬へと声を掛け、威圧感を発しながら彼女を見据える。
「私ね、さっきからずーっと考えてたんだ。私の事裏切ったちーちゃんに対する一番の罰って何かなぁ~~、って。
それで今思いついたんだけどさぁ…………」
そこまで言ってから、束は視線を一夏へと再び向け、“ニィッ”と口角を吊り上げて笑った。
「目の前で、今度こそ本当の意味でいっくんを喪ったら、どんな気持ちになるかなぁ?」
「や。やめろ……逃げてくれ一夏ぁぁーーーーーー!!」
砂浜に響く千冬の叫び声……それが合図だった。
千冬が声を発したその刹那、束は地を蹴り、瞬く間に一夏の眼前へと移動した。
「クッ…『遅いね!』アグッ!?」
束の急襲に逸早く反応し、一夏は防御の構えを取る。
しかし、構えると同時に束の姿が一夏の視界から消え失せ、背後から衝撃が走る。
「い、今の一瞬で……」
「驚いてる暇なんて無いよ!」
先の命蓮を髣髴とさせるスピードに、一夏は狼狽を隠せず膝を突く。
そこへ更に打ち込まれる束の追撃の蹴りが一夏の鳩尾へと入る。
「ガ、ハッ…!?」
絶対防御の存在も忘れるほどに凄まじい衝撃に、一夏は己の肺の中の空気が全て吐き出されたような感覚に陥り、そのまま成す術無く膝を突く。
「く、そぉっ!!」
だが、一夏は未だ闘志を保ち続け、再び立ち上がって束を睨みつけ、拳を振るう。
「流石いっくん。耐久力も大したもんだね。それなら……」
攻撃を軽々と受け止めながら口元に浮かぶ笑みをより一層不気味なものとし、束の両手に魔力が集中していく。
その姿はまるで魔力で出来た手甲を纏った拳闘士を髣髴とさせる姿だ。
「これは耐え切れるかな!?」
「っ!ま、魔纏『硬』!」
繰り出される束のボディブローを、一夏は防御用のスペルで防御するが……
「っ…ぐがあああぁぁぁぁっ!!」
魔力の膜が一瞬にして砕け散る。
絶対防御をも超える強度を持った一夏の防御を突き破った束の拳が一夏の身体に叩き込まれ、胸元付近から“ベキベキッ”と嫌な音が鳴り響き、一夏は吐血した。
「あ、が……かっ……ぁ…………」
「あらら?身体に風穴空けてやろうと思ったのに、肋骨が折れただけか?」
呆れと関心が混じったような目で束が見つめる中、一夏は力なく砂浜へと仰向けに倒れ、ただピクピクと痙攣する事しか出来なかった……。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……余り、良くありませんね」
戦地となっている海岸よりかなり離れた海上に浮かぶ一隻の潜水艦。
その中でクロエ・クロニクルは画面に映る残り少なくなった無人機部隊の様子に顔を顰めていた。
(束様は問題ありませんが、出撃させた無人機だけでは他の連中を抑え切れそうに無い。
鴉天狗達の合流はもう防げないし、足止めしている鬼と炎魔の部隊長も合流するのは時間の問題。
あの連中が束になってかかってこられると少々面倒ですし……)
「どうする?何ならもう一回
思案に耽るクロエにノエルは声を掛け、呪符で身体を拘束されている命蓮を見るが、クロエは静かに首を横に振った。
「いえ、アレはまだ完全に制御出来ている訳ではありません。
その上、彼の実姉が居る以上、イレギュラーな事態になる可能性は摘むべきでしょう。となれば……」
そこまで言ってクロエは一度言葉を切り、室内に置いてあった一台のアタッシュケースを取り出し、それを開く。
「仕方ありません、残りの無人機を投入。私も出ます」
ケースに入った多数のIS(待機状態)を取り出し、クロエは自らもISを纏い、部屋を後にした。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「あやや、何とか間に合いましたね」
「遅いわよ鴉天狗。もう残り少なくなってるわ」
無人機部隊の半数以上を片付け終えた頃、一般生徒達を避難させ終えた文達はレミリア達と漸く合流を果たしていた。
「隊長達は……まだ来てないのか?僕達より先にこっちに向かったはずだけど……」
「どっかで足止めでも喰らってんじゃないの?
ま、心配しなくてもあの隊長の事だから簡単にくたばりゃしないわよ。
それよか、今はコイツらの始末よ」
文と椛に続き、砂浜に降り立つ炎魔からの増援、晴美とジンヤもそれぞれ武器を抜いて構える。
「こっちの敵は私達だけでも何とかなるわ。何人かは一夏達の援護に向かって……」
そこまで言いかけて、レミリアは言葉を切る。機体のレーダーが敵影を捉えたのだ。
「まったく、行かせる気は無いって訳?」
呆れ混じりに呟くレミリア。
直後に現れたのは、これまでのものとは違う多数の無人機。
それらが武器を構えて一斉に襲い掛かる。
「いい加減しつこいわね……!」
「まったくね。さっさと終わらせるわよ」
アリスを始め、皆が苛立ちを浮かべつつ、敵機を迎え撃つ。
既に敵機の特性を知っている異常、最早無人機など相手にならない。
早々に片をつけようと息巻くが……。
『生憎ですが、そうは行きません』
不意に背後から聞こえた聞き覚えの無い声。
それに反応したレミリアが振り返った視線の先にはライフルの銃口を向けた見慣れぬ銀髪の少女……クロエ・クロニクルの姿がそこにあった。
「!?」
「お嬢様、危ない!!」
不可解な現れ方をしたクロエに、レミリアを含む全員が困惑する中、美鈴が飛び出し、レミリアの身体を突き飛ばした。
「グゥゥゥッッ!!」
ライフルから放たれた弾丸を右肩に受け、美鈴は苦悶の声を上げる。
「……貴様っ!!」
「チッ!」
間髪入れずにレミリアはクロエ目掛けて手に持ったグングニルを投げ付ける。
しかし、それがクロエの身体に刺さる寸前、彼女の姿は消え去ってしまった。
「不意打ちとは、随分と味な真似をしてくれる……。
私を狙った挙句、私の許可無く私の従者に傷をつけた罪は重いわよ……!!」
「消えた?姿だけでなく気配まで完全に……これが、奴の能力?」
完全に消え失せたクロエに対し、レミリアは怒りを露にする。
だが、そんな彼女を嘲笑うかのように、クロエの気配はまったく感じられない。
「椛、アンタの千里眼と鼻で奴の場所、分からないの?」
「駄目です。さっきから探してますが、全然見つかりません……」
文からの問いに椛は冷や汗を流しながら答える。
姿だけではなく、匂いも完全に消え失せてる。まるで最初から何もなかったかのように、クロエの存在は消失していた。
「無駄です。“存在を隠した”私を見つける事は絶対に出来ない……」
「っ!?」
突如として言葉を発し、姿を現すクロエ。
逸早く反応したジンヤが念力で彼女を捕らえようとするが、再びクロエは姿を消し、攻撃は空振りに終わる。
「存在を隠した?それが奴の能力だっていうの……」
「その通り……」
再び聞こえる声。
自訴の声を頼りに、皆が上空へと視線を向けた先にクロエの姿はあった。
「存在を隠し、消失させる……それが私の
まるで勝利を確信したかのような不敵な表情を浮かべクロエは指を鳴らした。
その直後……
「なっ!?」
「グッ!し、しまった!?」
レミリア達の間近に突如として無人機が出現し、各々の身体をガッシリと羽交い絞めにして動きを封じた。
「うぐぐ……は、離せ……!」
「へ、変化が出来ん。こ、コイツら……妖力封じの術式を!?」
「隠せるのは自分以外も含まれます。これでもう反撃は出来ません」
身動きが取れず、もがくレミリア達を見下ろしながら、クロエは自身の機体に装備された大型ビームランチャーを展開し、それに続くように残りの無人機もビーム砲を展開する。
「これだけの数のビーム砲なら、いくらアナタ達が妖怪や魔法使いであっても無事では済みません。これで、チェックメイトです……!!」
勝利を確信し、クロエと彼女に従う無人機は引き金に指を掛けた。
その時……
「ブルーティアーズ!!」
甲高い声と共に四基のビットが飛来し、周囲を囲んでいる無人機をレーザーで射抜いた!
「っ!……何者!?」
「やらせない……行け!!」
続いて飛来したのは多数の小型ミサイル。それらが先のビットと同じく無人機に撃ち込まれ、体勢を崩す。
簪の打鉄弐式最大の武装『山嵐』によるものだ。
「セシリアに簪!?戻ってきたの?」
思わぬ人物達の出現に驚くアリス。だが、まだ終わりではない。
「どりゃあぁぁあぁっ!!」
「姉御はやらせん!!」
「さっさと離しなさいよ、このガラクタ!」
更に、弾のナイトクラッシャー、ラウラのプラズマ手刀、鈴音の双天牙月が美鈴、椛、レミリアを羽交い絞めにしていた無人機に叩き込まれ、美鈴達の身体を解放する。
「言いたい事は色々あるけど、感謝するわ!」
思わぬ助けに驚きつつも、解放されたレミリア達は他の仲間を拘束する無人機を次々に撃墜していく。
「クッ!よくも、邪魔を……!何のつもりですか!?
そこにいる連中は人間ではない上に、アナタ達を騙し続けた者達なのに……!!」
「……そんな事、関係無ぇ!!」
苛立ちを隠せず、クロエは邪魔に入った弾達を睨みつけ口を荒げる。
しかし、その様子に弾達の向ける視線は冷め切ったものだった。
「騙されたって言われてもねぇ、別にそれで何かされたって訳でもないし」
最初に口を開いた鈴音は頭を掻きながら、そう返した。
「私は、魔理沙と出会えたから自分に自信を持つ事が出来た。
魔理沙が居なかったら、今の私は無かった!!」
「私も、一夏さんやレミリアさん、咲夜お姉さまがいなかったらエリートの風上にも置けない高慢な女のままでしたわ!」
「私だってそうだ!姉御は私を助けてくれた。あれだけ身勝手な真似をして、身勝手な理由で醜態を晒した私をだ!
その恩を忘れるなんて真似、出来るものか!!」
簪、セシリア、ラウラ……それぞれが幻想郷メンバーへの想いを口にする。
彼女達にとって、例えレミリア達が人外の存在だとしても、これまで共に過ごしてきた時間は決して嘘ではないのだ。
「妖怪だとしても、人間じゃなくても、そんなの関係ないし、どうでもいい。
例え美鈴さんが妖怪だとしても、俺が美鈴さんに惚れてるって事に変わりはないんだ!!
分かったか、この野郎!!」
想いの丈をぶちまけ、弾は呆然とするクロエ目掛けて啖呵を切ると同時にダイブミサイルをぶっ放した!
「クッ!……訳が分からない。アナタ達、不快です!!」
自身に放たれたミサイルを迎撃しながら、クロエはただ激昂した。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ぐ……ぁ……ッ」
砂浜に倒れ、束に見下ろされながら、一夏は息も絶え絶えに虚空を見上げる。
折れた肋骨が内臓を傷付けているらしく、呼吸をするたびに痛みを感じる。
「いやぁ~~、こんなに手間が掛かるとは思ってなかったよ。いっくん強くなったねぇ。
あと1年ぐらい本格的に修行してたら束さんもちょっと危なかったかも?なんて思っちゃったよ」
それに対して束は所々傷を負いながらもダメージは大して残っておらず、未だその余裕は崩れない。
「さてと、名残惜しいけど、束さんはちーちゃんの相手もしなきゃいけないから。もう終わらせるね」
右手に魔力を集め、束はそれを静かに一夏に向ける。だが……
「…………」
「何でかな?これから跡形もなく吹っ飛ぶってのに、なんでそんな生気溢れる目が出来るのかな?
『俺はまだ終わらない。必ずお前を倒してやる!』なんて思ってるの?」
「…………俺、は…く、っ……しな、い……千、冬姉も……アンタ、なんかに……負けない!」
「……何下らない寝言言ってんの?」
静かに吐き捨て、束は右手に集めた魔力を一夏目掛けて解き放とうとした、その時……。
「やめろぉぉぉぉーーーーーっ!!」
凄まじい叫び声と共に、これまで震えていたはずの千冬が飛び出し、束に斬りかかった。
次回予告
目の前で命を奪われそうになる最愛の存在。
その危機に恐怖を無理やり抑え付け、千冬は無我夢中のまま束に再び挑む。
そして、クロエとの戦いに駆けつけた弾達の下に、思わぬ人物が現れる……。
次回『決死の反撃』
一夏「最後の賭けだ……時間を、稼いでくれ……!」
??「これ、下手したクビかも……」
レミリア「クビになったら
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