時刻は午前7時。一夏はいつもの日課通り起床し、台所で朝食の準備をするため起き上がろうとする。
「……ん?」
しかし、そこで一夏は違和感を覚える。妙に体が重いのだ。
何事かと思い隣を見てみると……。
「ぬおっ!?千冬姉ぇ!?」
なんと千冬が自分の体にしがみ付いていたのだ。
「zzz……」
しかも本人はまだ夢の中である。
(や、ヤベェ……胸が当たって…………って何考えてんだ俺は!?相手は実の姉だぞ!!)
頭を振って昂ぶる煩悩を無理矢理振り払い絡まっている千冬の腕と脚をはずしにかかる。
しかし予想以上に柔らかい女の肌に一夏は思わず意識してしまう。
「何興奮してんだよ俺は……」
姉に対してその手の興奮を感じてしまった事を少し悔やみながらも一夏は千冬の体を離し、食事の準備のためにキッチンへ向かった。
(にしても……なんかさっきから口の辺りに妙な違和感が……)
その後、朝食を作り終えて千冬を起こし、朝食の米と味噌汁とハムエッグを食べる。
「ところで一夏、例のコアを解析出来るという者達とはどんな奴等なんだ?」
「妖怪の山に住んでる河童だよ。その中の一人と友達だから」
一夏の言葉に千冬は思わず持っていた箸を落としそうになる。
「か、河童ってあの河童か?」
躊躇いがちに千冬は一夏に訊ねる。
おそらく千冬の頭の中にはよく漫画に出てくるような緑の肌に黄色い嘴、頭には皿を乗っけた生物を思い浮かべているだろう。
それを察して一夏が口を挟む。
「……何を思い浮かべてるのか大体想像付くけど、それ違うから」
「そうなのか?」
「うん、妖怪って言っても外見は人間と大して変わらないぜ。ちょっと待ってて」
そう言って一夏は自室から写真を持ってくる。
桜の花をバックに一夏や魔理沙、その他にも多くの者たちが写った写真だ。
「え~と……あ、居た。ほらこの子」
一夏が指差した写真の部位に千冬は目を向ける。
そこに写っているのは青い髪にドアキャップにも似た帽子を被り、瞳は真紅の色をし、蝙蝠の様な羽を背中に生えさせ、ピンクの服を着た小柄な少女。
その隣には先ほどの少女同様ドアキャップを被り金髪の髪をサイドポニーに結い、真紅を基調とした服を纏い、背中には枝のような羽を生やしている少女が一夏のすぐ傍に写っていた。
「この青い髪したのがレミリア・スカーレット、隣の金髪の子がレミリアの妹のフランドール・スカーレット。この二人も妖怪だ、種族は吸血鬼。湖の方にある紅魔館っていう屋敷に住んでて、レミリアはそこの主だ」
「この子達が?(確かに羽以外は人間とほとんど同じだ)」
「うん、幻想郷(こっち)に来て3ヶ月ぐらいした頃に知り合ったんだ。まぁ、最初は敵同士だったけどね。あ、ちなみにこっちのメイド服着たのがその時俺が戦った十六夜咲夜。紅魔館のメイド長をしている」
そう言って今度はレミリア達の近く(一夏のほぼ隣)に写る少女を指差す。
綺麗な銀色のプラチナブロンドのショートヘアを顔の両側で三つ編みにし、青を基調としたフランス式のメイド服、整った顔つきで『クール・ビューティー』という言葉がよく似合う美少女だ。
(コイツは……間違いない)
一夏に惚れている……千冬の中にある女としての勘がフル回転してそう告げる。
素人目には分からないが彼女は一夏の隣で一夏の方を見ながら少しではあるが恥じらっている。よく見ると頬も僅かに赤い。
自分の弟ながらなんと恐ろしい天然超S級フラグ建築士。幻想郷でもすでに女を一人落としているとは……。
(くぅ~~……外界ならいざ知らずこっちでも一夏に惚れる女が現れるとは……しかも元は敵同士にも拘わらず……この尻軽メイドめ!!)
自分もその一夏に落とされた一人であることを棚に上げて酷い言い様である。
(いかんいかん……落ち着け。私は姉、私は姉なんだ)
必死に苛立ちを抑え付ける。
自分は姉……実の姉だ。決して結ばれる事は無い。昨夜のキスで満足するべきだろう。
しかしそう思うと気持ちが暗くなってしまう。
「一夏ぁ~~、約束の物取りに来たよ~~」
そんな時、外から一夏を呼ぶ少女らしき声が聞こえてきた。
「ん?ああ、ちょっと待って!!」
少女の声に応え、一夏は残りの米と味噌汁を平らげ、表に出る。
そしてそれに追従するように千冬も表に出る。
そこにいたのはウェーブのかかった外ハネが特徴的な青い髪に緑のキャスケットを被り、背中にリュックを背負った少女だった。
(河童……なんだよな、この少女は……)
内心千冬はイメージとのギャップを感じていた。
「わざわざ悪いなにとり。千冬姉、紹介するよコイツは河城にとり。妖怪の山に住む河童だよ」
「あ、一夏のお姉ちゃんでしょ。幻想郷で噂になってるよ。よろしくね」
「ああ、こっちこそ。織斑千冬だ、よろしく頼む」
少し呆然としながらも千冬はにとりと握手を交わした。
「それで、例のIS……だっけ?どこにあるの?」
「ああ、こっちだ」
一夏はにとりを物置部屋へ案内し、ラファールを取り出した。
「へぇ~~、これが外界の……うわ、凄い仕組み。これ作った人本当に天才だね。外界の人間にもココまで凄い天才がいたなんて」
ISをしげしげと見つめながらそんな事を呟くにとり。
確かに世の中広しといえどこんなもの(IS)を作れるのは外界では束だけだろう。
「とりあえず詳しく調べたいし、一度工房に持って行くけど、一夏達も来る?」
「俺は構わないよ。千冬姉は?」
「勿論私も行かせてもらう。今後に関わる事だしな」
千冬も了承したことで三人は妖怪の山へ向かう準備に入る。
ラファールを引っ張り出した直後に身支度を整える。
千冬は飛べないため一夏が背負い、ラファールはにとりが持ち運ぶ事になった。
(私も飛べるようになるべきか?)
千冬がそんな事を考えていたのはまた別の話。
数十分後、一夏達はとある山へとやって来る。
ここは妖怪の山……多くの古参妖怪や神々が暮らし、独自の文化、社会を形成している場所だ。
「あんまり奥の方には行かないようにね。妖怪の山の皆は仲間意識が強い分、余所者には排他的な所があるから」
「ああ、分かってる」
にとりの警告に一夏は頷く。
しかし一方で千冬は疑問を感じた。
「しかし、そうなるとお前は大丈夫なのか?交友関係があるとはいえ私達は余所者だぞ」
「それは大丈夫だよ。河童は人間と盟友だから。それに河童以外の山の妖怪にも私みたいに山の外に個人的な付き合いがある人もいるから。……あ、見えたよ!」
にとりが指差した先にあったのは一軒の煙突付きの小屋。
工房というには少々小さすぎるため千冬はこれで大丈夫なのかと一瞬考える。
だがしかし……。
「さ、入って入って。そんなに広くないけど楽にしていいよ」
そこにあったのは小屋の外見に似つかわしくないコンピューターや基盤の数々。
よく見ると発電機やよく分からない機械などがたくさんある。
「凄いな……」
思わずそんな言葉を口にしてしまう千冬。
そんな千冬を余所ににとりはISと端末を繋ぐ。すると端末の画面に凄まじい量の情報が映し出される。
「うわっ!予想してたけどこれ情報量多すぎるよ!一夏、その基盤と端末取って!千冬も!」
一夏に指示を出しながら端末を操作していくにとり。
そんなやりとりが暫く続き、作業が一段落したのは小一時間ほどしてからだった。
「いやぁ~~、聞いてはいたけど本当に凄いね。これ作った人って天才どころか大天才だよ」
作業が一段落付いた後、にとりは座布団に座りお茶を飲みながら呟いた。
「そんなに凄いのか?」
「そりゃもう。外界じゃオーバーテクノロジーもいい所だよ。外界の並の科学者がこれを開発するとしたら早くて20~30年、遅ければ50年以上は掛かると思うよ」
その言葉に千冬はどこか納得する。
元々ISは発表された当初、学会ではまったくと言って良い程受け入れられず、一笑に伏せられた。それを白騎士事件で実用性を示す事でようやく受け入れられたのだ。
受け入れられなかった理由についてはやはりそれ(オーバーテクノロジー)が原因だろう。
それほどにISのスペックは圧倒的過ぎたのだ。
「それで、解析の方は、出来るのか?」
少し間を置いて千冬は最大の目的である解析が可能かどうか訊ねる。
「出来ない事は無いけど、相当時間掛かるよ」
「そうか……どれぐらいだ?」
少し落胆しながら千冬は訊ねる。
しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。
「そうだねぇ…早くて半年、遅くて一年ぐらいかな?」
「え?……そんなに早くにか?10年くらいは掛かると思ったんだが……」
「河童の技術を嘗めちゃいけないよ。これぐらい一年もあれば十分だよ」
あまりに予想以上の答えに一夏も千冬も口をあんぐりと開けて放心する。
実際に河童は外界の人間よりかなり高度な技術を持っている。
にとりは独自に光学迷彩を作ってしまうほどだ。
しかしこれは大きな収穫だ。僅か一年で解析出来るのであればわざわざ不確実な方法をとるよりもずっと良い。
「それならぜひ頼む!最悪男にも使えるようになりさえすれば構わない」
「俺からも頼む!!」
「うん、良いよ」
頭を下げて頼み込む二人ににとりはあっさりと了承した。
「サンキュー!解析出来たら特性のかっぱ巻き振舞ってやるよ」
「本当!?任せて!!解析どころか複製もできるようにしちゃうから!!」
一夏からの報酬を聞き、にとりは目を光らせて物凄いスピードで作業に取り掛かったのだった。
「しかし、幻想郷の妖怪というのは、本当にイメージとは全然違うな」
帰り道にて一夏に背負われながら千冬はそんな言葉を口にした。
「でしょ。俺もココに来たばっかりの頃は驚きの連続だったよ」
千冬の言葉に苦笑いしながら答える一夏。
実際一夏も幻想卿に来る前の妖怪等のイメージは千冬と大して変わりないものだった。
「千冬姉、解析が終わるまでの事だけど、千冬姉さえ良ければ、俺の家で一緒に暮らさないか?」
「……良いのか?私はお前を……」
「俺だって千冬姉を独りにさせて苦しめた。だからお互い様だよ」
『危険な目に遭わせた』と言おうとする千冬だったが、一夏はそれを遮る。
「それにさ……家族だし」
最後には少し照れくさそうにはにかんだ笑いを浮かべる一夏に千冬は心の奥で嬉しさと切なさが入り混じった複雑な感情が生まれるのを感じる。
どう足掻いても自分は一夏の姉、決してこの想いが実ることは無いという現実を思い知らされる。
しかし、それでも一夏と再び一緒に暮らせる喜びを感じるのもまた事実。
「そうだな……家族、だもんな。……この怪我が治ったら私にも飛び方を教えてくれ、弟のお荷物になりっぱなしは恥ずかしいからな」
喜びだけを前面に押し出し、千冬は一夏に深くしがみ付く。
せめて悟られないくらいには一夏への禁断の想いを少しでも満たすように。
「ちょ、……それは良いんだけど……千冬姉、胸が……」
「ん?胸がどうした?」
「いや、何でもない」
まさか胸が当たっているとは言えず一夏は顔を真っ赤にして無言になった。
(当てているんだ………馬鹿者め)
千冬が心の中でそう呟いたのは彼女だけの秘密である。