2ヶ月連続月末ギリギリって……。
束が一夏達の前に姿を現す数時間前……。
とある無人島にその女達……クロエ・クロニクルとノエル・デュノアの姿はあった。
「時間です。……始めましょう」
「ええ、サポート頼むわよ」
普段とは違う真剣な雰囲気を身に纏わせながら、クロエは地面に魔法陣を描き、ノエルがその中央付近に立つ。
「準備完了です。ノエル」
『……黄泉の国を彷徨いし者。集めし糧を以って、我の従者として主を彼の地へと呼び戻さん』
クロエの合図とほぼ同時に発動されるノエルの術式。
直後にノエルの纏うISから夥しい量の血液と魂が噴き出し、魔方陣の周囲をぐるぐると旋回し、やがて中心へと吸い込まれていく。
『血は肉となり、御魂は血となり、そして……』
最後にノエルが取り出したのは一本の骨……人骨である。
『己が遺骨を魂の器として!』
魔法人の中心に集められた血と魂が投げ入れられた遺骨へと集まり、それは徐々に人の……青年の姿へと変化していく。
『さぁ、蘇れ……!!』
ノエルの言葉に呼応し、それは遂に紛う事無き一人の人間に変わったのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「今から約2時間ほど前、ハワイ沖で試験稼働中にあった軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れ、無人で暴走するという事態が発生した。
衛星による追跡の結果、福音はここから2km先の空域をおよそ五十分後に通過し、そのまま日本領空に入る可能性が高いことが分かった。
学園上層部は教師陣で海域を封鎖し、お前達専用機持ちでこれに対応するように言ってきた。
一応、アメリカ軍も追っ手を出しているが接触するのはこちら側のほうが早いらしい」
旅館の大広間に仮設された即席の指令室にて、千冬から説明を受けた専用機持ち達の間に張り詰めた空気が流れる。
(軍用機を学生に迎撃……こんな事を考えた奴の良識を疑うわね)
話を聞き終えて周囲が沈黙する中、レミリアは心底小馬鹿にしたようにため息を吐く。
一方で、千冬も内心では苦虫を噛み潰す思いで一杯だった。
「とまぁ、ここまで学園からの通達通りに話したわけだが、この作戦に関わるか否かは各自自由に判断してくれ。
ハッキリ言って今回の一件はアメリカの失態の尻拭いでしかないし、例年よりレベルが高いとは言え、学生であるお前達が態々戦場同然の戦いに出る必要は無い。
だから、参加したくないのであれば今の内に言ってくれ。たとえ拒否したとしてもこの件に関して処罰するような事は絶対にしない事を約束する。
まぁ、専用機持ちである以上、旅館の警護には回ってもらうがな」
「お、織斑先生、それは……」
千冬の隣に立つ真耶はオロオロと慌て始める。
簡単に言ってはいるものの、今の千冬の発言は学園はおろか、政府からの命令を独断で無視しているのにも近い。
いくら初代ブリュンヒルデの威光があるとはいえ、下手をすれば千冬の責任問題にも発展しかねない事でもあるのだ。
「山田先生、口出しは無用だ。責任は私が取る」
「……」
有無を言わせぬ千冬の眼光に真耶は黙り込む。
心情的には真耶も千冬と同意見なのだが、責任を千冬一人に背負わせる事には内心心苦しく感じていた。
「日本に向かってるって事は、日本にも被害が出かねないって事だろ?
だったら俺は無関係じゃない。やれる事はやってやる!」
真っ先に離脱を拒否し、参加の意を示したのは弾だった。
そしてそれを皮切りに周囲の者達も徐々に反応を示す。
「それなら、日本の代表候補の私は参加しないわけにはいかない」
「まぁ、阿呆な連中の命令に従うのは癪だけど、逃げるのは私のプライドが許さないってのもあるしね」
簪とレミリアが弾に続き、参加の意思を表明し、その後他の者も次々と作戦参加の意志を見せる。
結果、専用機持ち全員が誰一人欠けることなく作戦に参加することが決まったのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
全員の参加が決まり、次に待っているのは福音迎撃の作戦会議だ。
福音の機体性能を考慮した結果『高速で接近し、破壊力の高い攻撃で大ダメージを与えて離脱』という大掛かりなヒット&アウェイ作戦を行い、他の者は福音を取り逃がした際に備えて近海で待機して待ち伏せを行う事になった。
福音強襲の参加メンバーに関しては、
攻撃担当は一撃必殺のパワーを持つ一夏。
味方の運搬には専用機の装備に飛行ユニットを持つ魔理沙。
さらに、防御に秀でた早苗が援護役に選ばれた。
そして最後に……
「早速新装備が役に立ちそうね」
アリスが数十分前に白蓮から受け取った新装備を展開する。
「無線自立行動式人形型ビット『蓬莱』……これに搭載されたカメラを中継役にすれば旅館内からでも詳細に状況把握が出来るわ」
「よし、では十分後に出撃だ。各員、しっかり準備をするように」
最後にアリスの新装備『蓬莱』の参加が決まり、作戦会議は終了し、一夏達先行隊は準備に取り掛かるのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「ねぇ、あれって織斑君達だよね?」
「え?」
客間に戻った箒は、同室のクラスメートの言葉に窓を覗き込む。
窓の外では、魔理沙が専用機・バーニングマジシャンと飛行ユニットであるスプレッドスターを展開し、その両脇では一夏と早苗がスプレッドスターにそれぞれ左右から取り付き、しっかりとボードを掴む手を固定してから飛び立っていった。
「一夏……」
そんな一夏達を心配そうに箒は見詰める。
もしも、自分が姉から素直に専用機を貰っていれば自分もこの事態に関わることが出来たのではないかという考えが一瞬脳裏を過ぎるが、箒は頭を振ってその考えを捨てる。
一夏のために行動を起こす事は必ずしもプラスになる事とは限らない。
クラス対抗戦での失敗を漸く理解した今、以前のように感情のまま我武者羅に動くという彼女の悪癖は大分鳴りを潜めていた。
「ね、だから言ったでしょ?今貰っとかないと損だよってね……」
「!?」
突如として背後から聞こえる声……聞き間違う筈も無い、自身の姉・束の声だった。
そしてそれとほぼ同時に周囲の同級生達が音を立てて倒れだす。
「ね、姉さん、何を!?」
「ん?邪魔だったから気絶させただけ。まぁ、こんな居ても居なくても一緒なモブ連中はどうでもいいとして……、
箒ちゃん、本当に良いの?いっくんと一緒に行かなくて。
束さんが作った紅椿ならいっくんと一緒に大活躍間違い無しだよ」
「だからそれは断った筈です……!」
この期に及んでなお、しかも無関係の者まで巻き込んでまで機体を勧めてくる姉に箒は徐々に苛立ちを募らせ始める。
「姉さんの御好意を無碍にしてしまったのは、本当に申し訳なく思っています。
その事で怒っているなら、何度でも謝るし、専用機を持つに相応しい実力を持つよう努力だってします。
だけど、今の私は余りにも未熟で、余りにも弱過ぎる!
そんな私が一夏達に着いて行っても足手まといにしかならない!
それを解っていながら行くなんて、そんな恥知らずな真似……出来ません。
……この部屋で姉さんが皆を気絶させた事は千冬さん達には内緒にします。だから、今はもう帰ってください。」
罪悪感、苛立ち、怒り……それらが入り混じった形容しがたい声で箒は束に今日だけで二度目になる土下座を行う。
「はぁ〜〜……仕方ないなぁ。顔を上げて、箒ちゃん」
それを眺める束は、暫く間を置いてため息を吐き、箒に土下座を終わらせるよう促した。
「姉さん……」
姉が自分の願いを解ってくれた……この時箒はそう思い、顔に安堵感から来る笑みを浮かべて束に向き直った。
だが……
「コレ見れば、行きたくなる筈だよ……」
暗い……ただひたすら暗い。
そんな笑顔を見せながら束はタブレット型のPCモニターを取り出し、箒の眼前に付きつけた。
「な、何ですか?河城重工の者達の映像なんて見せて?
「コイツら、こうやってると普通の人間に見えるよね。
でも、ちょっとタネを明かすと……」
不意に束の手が箒の額に触れる。その直後、箒の視界にある変化が生じた。
「な、何を……っ!?
な、何だ、コレは……!?」
箒の目に映ったのはレミリア、文を始めとした河城重工の面子の何名かの体から生える羽・尻尾などの人間には存在し得ない筈の器官。
「私さ、さっき河城の連中を人外連中って言ったでしょ?
あれさ、言葉の彩とかそういうのじゃないんだよねぇ……」
「え……?」
「妖怪……って言ったら信じる?」
「よ、妖怪……」
束の言葉に箒は口をパクパクと動かす事しか出来ない。
そして、束は最後の煽りへと移行する。
「じゃあ、それを踏まえて……コレ、見て」
束の操作によってタブレットに映る映像が別のものへと切り替わる。
「…………え?…………っ……!!?」
その映像に箒は絶句する。
画面に映ったのは一夏と千冬。
それだけなら問題ではない。だが、映像の内容そのものが箒にとって余りにも……いや、そんな言葉では形容できない。
それほどまでに信じがたいものだった……。
「あ、あぁ……う、嘘だ…………何で…何で!
何で何で何で何でなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ!!!!!!
ナンデイチカトチフユサンガァァッッ!!!!?!!?!?!?!???」
画面に映る信じがたい光景……一夏と千冬、姉弟である筈の二人が一糸纏わぬ姿で抱き合い、愛を囁きながら深く交わっていたのだ。
その現実離れした、それでいて自身にとって途轍もなく残酷な事実を見せ付けられ、箒はただただ絶叫するしかなかった。
「で、最後はこれ」
そんな箒の様子を気にする事も無く、束は箒の額に手をかざし、そのてから淡い光が溢れ出す。
「あ……ぁ………………幻、想郷……妖怪…………一夏、を、変えた、ば……しょ?」
「そう、人と妖怪が馴れ合ってる世界。そこで常識も倫理もぶっ壊されちゃったんだろうね。いっくんは……。
だから、元に戻してあげないといけないよね?箒ちゃんと紅椿の力で、いっくんを……」
「私が、戻す…………一夏を……?」
束の口から言葉が発せられる、その一言一言が鼓膜に響く、その度に箒は己の胸の中で沸々と音を立てながら、一度は消えた筈のドス黒い感情が沸きあがってくるのを感じる。
「箒ちゃん……紅椿、要るよね?」
「……取り、戻す…………一夏を」
再び箒の目の前に紅椿は展開され、箒はその誘いにとうとう手を伸ばしてしまったのだった。
「妖怪共を………………倒して、取り戻す!!」
受け取った紅椿を身に纏い、箒は飛び立って行く。
その様子を満足げに見つめながら、束は懐から携帯を取り出す。
「もしも〜し。くーちゃん、そっちはどう?」
『先程、福音を追跡しに来たアメリカ軍の部隊を例の者のテストを兼ねて迎撃して、たった今無事完了しました。
流石は伝説と呼ばれる存在ですね。凄まじい戦闘力です』
「ほほぅ、流石はいっくんのオリジナル……いや、お父さんって言っても良いかな?
これはこの後のビッグイベントが楽しみだよ♪」
クロエの言葉に束は満面の笑みを浮かべて静かに海上へと生身のまま飛翔する。
「フフ……アハハ…………アーハッハッハ!」
そして大口を開けて盛大に笑う。
まるで大掛かりなイタズラに成功した子供のように……。
「あっはっは!感動のご対めぇ〜〜ん!!
さぁさぁ!世紀の親子対決とそこに乱入する恋する女戦士・箒ちゃん!
果たして勝つのは誰かなぁ〜〜?」
笑いを狂笑へと変え、やがて束は自らも動き出す。
狂宴の幕開けは近い……。
次回予告
福音迎撃に向かう一夏・魔理沙・早苗の三人。
だが、そこに謎のISとそれを駆る一人の男、そして暴走した箒が現れる。
そして旅館に待機する千冬達の前には束が現れ……。
次回『悪夢の死闘劇』
一夏「こ、コイツは……この顔は……!?」
箒「イィチィカァァァッ!!!!」
千冬「束……!貴様という奴は!!」
束「あーもう、糞ウザイよ……!」