千冬が己の罪を告白してから暫くして一夏は食事の準備に入り、千冬は一人、一夏の部屋でこれからどうするのかを考えていた。
「やはり男にも乗れるISを作らない限り女尊男卑はどうしようもないか」
自分の罪を清算するには自首するだけでは駄目だ。世界を元の男女平等に戻さなければならない。
元ブリュンヒルデである自分が男女平等を訴えれば多少は効果はあるだろうがそれも所詮は一時的でしかないし完全ではない。
男性に使用できるIS……これが必須事項だ。
「やはり、束に直談判しかないか……」
現在の政府の持つ技術ではISコアの解析はほぼ期待出来ない。
それに加え、コアの解析によって男にISが使えるようになるとなればIS委員会の保守派(男を見下すしか能の無い女達)は絶対に妨害してくる。
つまり、コアの解析が出来るだけの技術と誰にも邪魔されない場所を持つ(または知っている)人物。
これに該当するのは千冬の知る限り束しかいない。
「しかし、アイツがそれに応じるかどうか……」
正直分からない。いや、むしろ応じる事無くはぐらかされる可能性が高い。
元々篠ノ之束という女は特定の人物(千冬、一夏、そして束の妹である篠ノ之箒)以外に対して異常なまでに無関心だ。
それに疑問もある。なぜ女にしか使えないという致命的欠陥を抱えたままISを世に発表したのか?基本的にパワードスーツ等の機械は男女の区別なく使えるようになって初めて完成と言えるのだ、それが女にしか使えないという未完成とも言える状態で世に出すというのはあまりにもおかしい。
仮に当時何らかの理由で早くにISを発表する必要があったとしても彼女ほどの頭脳があればすぐにとはいかずとも男性用ISを作ることも不可能ではない筈だ。
しかし彼女はそれをしなかった。
ここまでくると親友として考えたくはないが作為的なものを感じる。
「千冬姉、飯の準備出来たよ」
「ん?ああ、今行く」
一夏からの呼び出しに応え、千冬は居間へ向かう。
そこには一夏が作った料理が並んでいた。
「ずいぶん豪勢だな」
「まぁ、再会できたんだし。今まで会えなかった埋め合わせも兼ねてな。それにこっち来てレパートリーも増えたから、折角だから千冬姉にも食ってもらいたくて」
ちなみに一夏の現在の料理の腕前は外界にいた頃と比べ格段に上がっている(洋食と中華が)。
「それじゃ、冷めない内に食おうか」
「ああ……いただきます」
食卓に着き、千冬は一夏の手作り料理を口に運ぶ。
もともと一夏の作る料理は美味かったが以前より腕が上がっているためより美味くなっている。
そして何よりも懐かしいという想いが料理の味をより引き立てた。
思えばこの一年間碌な食事など食べていなかった。
コンビニ弁当ばかりで当然といえば当然だが、やはり一夏がいない孤独感というのが一番の原因だろう(そんな食生活でプロポーションを維持出来ているのもある意味すごいが……)。
その日の夕食は千冬にとってはいままでの食事の中で最高に有意義な時間だった。
「そういえば千冬姉、随分難しい顔してたけど……これからの事でも考えてたの?」
「ああ、まぁな……」
食事が終わった頃、一夏から唐突に考えを読まれ、千冬は少し狼狽えながらも頷いた。
「私は怪我が治ったら外界に戻って束を説得して男でも使用できるISを作らせてから自首するつもりだ」
「なるほど、でも束さんがそれに応じるかな?千冬姉には悪いけど、正直俺は昔ほど束さんを信用できない」
「それは私だって分かってる。正直アイツを説得してもすぐには応じるとは思えない。だけど他に方法は無いだろ」
千冬の言葉に一夏は少しの間黙り込むが、やがて意を決したように立ち上がる。
「ついて来なよ」
一夏の突然の行動に戸惑いながらも千冬は一夏に従い、物置部屋へと案内される。
そこにあったものは……
「あ、IS……だと?」
そこにあったのはかなり破損してはいるものの紛れも無くIS。
IS学園でも訓練機として採用されているデュノア社製第二世代機『ラファール・リヴァイブ』だ。
「2~3日前、幻想郷(ココ)に流れ着いたのを俺が回収したんだ。たぶん、テロか何かで撃墜されたのが回収されずにこっちに流れたんだと思う」
一夏からの説明の中、千冬は驚愕から呆然としていた。まさか幻想郷に来てまでISを見る事になるとは思いもよらなかったからだ。
しかし次に一夏が発した言葉に千冬は更に驚愕することになる。
「実は、コアを解析出来るかもしれない奴等がいる」
「な!?」
その言葉に千冬は絶句する。
ISコアの解析は世界中の各国が目標としていながら成し遂げられていない事だ。
それが解析出来る者がいるとなればその驚きも当然といえるが。
「ほ、本当にそんな奴がいるのか!?」
「うん、一応ね。一応その中の一人に話しは付けてるから明日これを取りに来てもらう予定だけど、どうする?この話、乗る?」
「ああ、勿論だ」
一夏からの問いに千冬は頷いた。
コアの解析が可能なのであれば幻想郷は最高の立地条件だ。ココならば保守派に邪魔される事は絶対にない。
千冬にとって断る理由がない。
「明日の朝会いに行く予定だから、今日はゆっくり休みなよ。怪我、まだ完全に治るのに時間掛かるんだから」
ふすまから二人分の布団を取り出し、一つを自室にセットする。
「千冬姉、寝る場所俺の部屋で良い?俺は、居間の方で寝るから」
自室に布団を敷き終え、居間の方に向かおうとする一夏だったが唐突に千冬に服を掴まれた。
「千冬姉?」
「その……一緒にココで寝てくれないか?」
その唐突なお願いに一夏は数秒間程硬直した。
いくら姉弟とはいえ年頃の男女が同じ部屋で布団を並べて寝るというのはさすがに気恥ずかしいものがある。
「ダメか?」
「だ、ダメじゃないけど……でも……何で?」
「……怖いんだ。これが夢で目が覚めたらお前がまたどこかに行ってしまうんじゃないかと思うと……」
「……分かった」
弱々しく呟く千冬に一夏は千冬の願いを聞き入れ、彼女を抱き寄せ、背中を優しく撫でた。
「大丈夫。俺はもうどこにも行かないよ、千冬姉……」
一夏の腕に包まれながら千冬は安らぎの表情を浮かべた。
まるで母親に抱かれる赤子の様に……。
(こんな風に姉弟で並んで寝るのは何年ぶりだろうな?)
一夏の自室に布団を並べ、一夏と千冬は横になる。
一夏はもう眠っているが千冬は昨日の夜から今日にかけて起きた出来事を振り返っていた。
長い一年間だった……孤独で、虚しくて、なによりも悲しい一年。
(天罰、なのかもな……自分の身勝手で世界を変えた事への……)
そう思えばある意味この一年は戒めだったのかもしれない。
己の罪を自覚させるための……。
そこまで考えて千冬は一夏の方を向く。
「一夏……」
何度も罪の意識と一夏のいない孤独感に押し潰されそうになり、自分の自殺しようとしてその都度死への恐怖から思いとどまった。
だけど今はそれで良かったと心の底から思う。
どんなに無様でも生き続けたからまた一夏に会えたのだ。
最愛の弟、唯一の肉親……そして、自分の想い人でもある一夏に。
(一夏……背、伸びたな。体も一年前より逞しくなって……)
成長した一夏の姿に胸が高鳴る。
再会する以前から抱いていた弟に対する慕情……。
再会すれば消えると思っていたが、むしろ胸のときめきは以前より増している。
(頬にまでなら、良いよな……姉弟なんだから……)
少しだけ想いが抑えられなくなり、千冬は目を閉じて一夏の頬にゆっくりと唇を近づけ、一夏の頬にキスをする……筈だった。
「ん……んぅ……」
しかしココで思わぬアクシデントが起きた。
一夏が寝返りを打って千冬の方を向いてしまったのだ。
それに気付かずに千冬は一夏に唇を寄せ……二人の唇は重なった。
「ん……っ!?」
唇に触れた感触から千冬は思わず目を見開き、自分が一夏のどこに口付けてしまったのかを理解し、思わず飛び退いてしまった。
(や、やってしまった……!)
自分がやってしまった事に千冬は物凄い恥ずかしさを覚え、顔を真っ赤にしながら布団の中に逃げる様に包まったのだった。
ちなみにこの後、千冬は寝付くまで一時間かかった。
次回からストックは正午と午前0時の1日2回投稿で行こうと思います。