東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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それぞれの役目

 この日、IS学園・アリーナ内にてある模擬戦が行われていた。

 

「ぐ……ぅぅっ……ま、参ったわ。降参よ」

 

 ダメージを受けた箇所を手で押さえ、息を切らせながら打鉄を纏った女性は降参を宣言する。

彼女は学園の警備主任を勤める教師だ。

 

「これで採用って事で良いんだよな?」

 

「ええ、悔しいけど完敗よ。これだけの実力を見せられたら誰も文句は言えないわ」

 

 逆に対戦相手(主任と同様打鉄を使用)は平然とした様子で膝を付く警備主任を見下ろしている。

彼の名は田所アキラ。以前に河城重工に出入りしていた(『シャルロットの一日』参照)、とある組織の構成員である。

 

今日付けでIS学園に警備員として出向する事になった彼は採用試験を兼ねた模擬戦を行い、見事勝利して見せたのだ。

 

『田所様、ご苦労様でした。

後は手続きを済ませて、早速明日から研修を受けてもらうことになります』

 

「了解だ」

 

 通信機から伝えられる報告にアキラは淡々と返答し、ピットへ戻る。

 

(採用(こっち)はほぼ問題無し。

後は……尻(ケツ)に火が付きかけた嬢ちゃんだけだな)

 

 その内心では既にもう一つの目的に目を向けながら……。

 

 

 

 

 

 

 

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 生徒会室内の片隅でカタカタとキーボードを叩く音が鳴る。

この部屋の現在の主である楯無は非常に険しい表情でPCのモニターを睨んでいる。

 

「ぬぐぐ……犬走椛(コイツ)も白。

何で目立つ所一つ見つからないのよ!?逆に怪しすぎるわ……」

 

 河城重工所属のメンバー(弾は除く)の経歴を調べ、何の成果も無い現実に楯無は臍を噛む。

個人的な確執もあるが、元々河城重工に対して警戒心を抱いている楯無は、時折暇を見つけては河城重工に探りを入れているのだが、その成果は全くと言って良い程芳しくない。

河城重工、牽いてはその所属メンバーをいくら調べようとも出てくる結果は決まって『不審点無し』の一言。

ISを男女共用にするという功績に加え、国家代表以上の実力者を複数抱えている超大物企業でありながらこの結果は逆に怪しい。

それこそ『実は篠ノ之束と繋がっている』、『裏社会との関係を持っている』といった妙な噂の一つぐらいあった方が返って普通の大企業だと安心できるぐらいだ。

 

(こんな得体の知れない連中に簪ちゃんは……)

 

 簪と共に笑い合う武術部員達(特に魔理沙)の姿を思い浮かべ、楯無は無意識の内に歯を軋ませる。

 

「渡さない……あんな女に、簪ちゃんは渡さない!」

 

 表情を怒りと苛立ちで歪め、楯無は再びPCを睨んで粗探を再会するが……。

 

「悪いが……探偵ごっこはそこまでだ」

 

「!?」

 

 突如として背後から聞こえた男の声に楯無は即座に振り返り、その勢いに乗せて裏拳を繰り出す。

 

「っ……いない!?」

 

 だが、拳を繰り出した先に男の姿は見えず、楯無の一撃は空を切る。

そしてその直後、またもや背後から……より正確に言えば先程まで睨めっこを続けていたPCから『ブツッ』という嫌な音が聞こえてきた。

 

「!……PCが!?」

 

「中々良い反応速度してるじゃねえか。

だが、まだまだ経験不足だ。俺が進入した事ぐらいもう少し早く気付け。

まぁ尤も、進入自体に気付く事は期待してないけどな」

 

「あ、アナタは……!?」

 

 PCの電源が切れたと同時に再び聞こえてきた声。

そして楯無は今度こそその男……田所アキラの姿を肉眼に捉えた。

 

「アナタ、何者!?」

 

「…………」

 

 問い詰める楯無。が、対するアキラは無言。

ただ無言のまま冷ややかな視線を楯無に向けている。

それは以前、トーナメントの折に魔理沙が楯無に向けた視線に限りなく近いものだった。

 

「答えなさい!!」

 

 苛立ちの混じった声を挙げると同時に、楯無は自身の専用機『ミステリアス・レディ』の右腕部と武器である槍を部分展開してアキラに突きつけようとするが……。

 

「…………フリーズ」

 

「っ……!!?!?」

 

 アキラがその言葉を発した直後、状況は一変した。

 

「な…何、これ?…………か、身体が…動かな、い!?」

 

 現実離れした出来事に楯無は混乱を隠せない。

自分の身体がまるで凍り付いてしまったかの様に全く動かなくなってしまったのだ。

 

「暴れられると面倒なんでな、悪いが暫く動きは封じさせてもらう。

まぁ、安心しろ。今回来たのはあくまでお前に警告しに来ただけだからな」

 

「警告、ですって……!?」

 

 アキラの言葉に楯無は疑問の表情を浮かべる。

自分が警告されるような事に心当たりが無かったのだ。

 

「更識楯無……貴様、及び全暗部に対し、河城重工及びその関係者への調査を禁ずる。

及び、河城重工への対応は今後全面的に我々の組織が行う。例外は一切認めない」

 

「な、何ですってぇ!?」

 

 思わぬ宣告に楯無は思わず大声を出してしまった。

よりにもよって自分の天敵とも言える連中への調査を打ち切られてしまうなど、あまりにも唐突かつ不愉快極まりない話だ。

 

「くっ……アナタ、一体何の権限があってそんな事を!?

仮にアナタが私と同じ暗部の者でも、私の行動を制限する権限は無い筈よ!!」

 

 楯無の言う通り日本政府直系の暗部というものは基本的に徹底した横社会なのだ。(←※独自設定です)

それぞれに担当する専門分野が分けられており、それに対する越権行為は余程の事でない限り絶対に許されない行為である。

 

楯無の実家である更識家の場合、敵対国や組織の暗部に対抗する対暗部用の暗部であるが、

河城重工に関してはまだハッキリとした区分が出来ておらず、あらゆる暗部組織が様子見を行っているのが現状だ。

 

「何事にも例外って奴はある。例えば……」

 

 アキラは懐に手を伸ばし、一枚の黒いカードと何かの端末らしきものを取り出した。

そして端末を近くにあったノートPCに接続し、その後カードを端末に通すと……。

 

「ほらよ」

 

「な!?……こ、ここ、こんな馬鹿な!?な、何で…………」

 

 目の前に出されたノートPCに楯無は絶句する。

画面に映し出されたのは国家機密情報の数々。

とても普通の暗部構成員では見る事など出来ないものばかりだ。

更識家当主の自分でさえココまでの権限は持っていない。

これ程の権限を持つ者は政府の中でも数少ないだろう。

 

「あ、アナタは、一体……?」

 

 慌てふためく楯無を無視し、ノートPCの電源を切り、アキラは去っていく。

 

「……………………『炎魔』。コレだけいえば解るだろ?」

 

 去り際にそう言い残しながら。アキラはその姿を消した。

室内にはただ一人、金縛りが解けた楯無を残して……。

 

「え……炎、魔…………あ、ああぁぁぁぁぁ…………!!」

 

 金縛りが解けたにも拘らず今度は全身の震えで動けなくなる。

『炎魔』…………徹底した横社会である暗部組織のたった一つの例外。

日本政府が唯一独立行動権を認めた組織にして、全ての暗部を束ねる暗部の頂点に君臨する組織の名だ。

通常の暗部の者にとってその発言力は時として政府よりも優先される。言うならば”暗部の中の暗部”である。

そして炎魔が直々に動く理由はただ一つ…………『並の暗部では手が出せない事態』という事だ。

 

(え、炎魔が直接、動く……か、河城重工はそれ程までの相手だって言うの!?

そ、そんな奴等の近くに簪ちゃんは…………!)

 

 楯無の震えはこの後も暫く止まる事は無かった。

そしてこの時、彼女の中で河城重工への警戒心、そして簪を求める感情はより一層大きくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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「さてと……」

 

 一方、楯無への警告を終え、IS学園における用事を済ませたアキラは、一度荷物を纏めるために宿泊しているホテルに戻って、昇降口へと歩を進めていた。

そんな時……。

 

『〜〜♪』

 

「ん?……紫か」

 

 携帯の着信音に気付き、ポケットから取り出された携帯の画面には発信者である紫の名前が表示されている。

アキラは一瞬訝しげな表情を浮かべえるが、一先ず電話に出るべく通話アイコンを押した。

 

「もしもし。…………ああ、その名前で合ってるけど、見つかったのか?

……………………んなぁっ!?……マジかよそれ?…………分かった、すぐ行く。

はぁ……。あの野郎、漸く見つかったと思ったらコレかよ?」

 

 紫からの報告に一度大きく反応した後、アキラは一先ず会話を切り上げ、ため息を吐いて人気の無い場所へ移動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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 時間はアキラが採用試験を受けていた時に遡る。

この日、いつも通り訓練生達の訓練を行っていた河城重工の訓練道場に、ある異変が起こった。

ちなみに、現在訓練生は2期生が加わって人数は増え、1期生の何割かは卒業してIS関連の企業や軍に就職している。

他にも来年度からIS学園に入学・編入が決まっている者もいる

 

「たのもーーーーーっ!」

 

 やや時代遅れな言葉と共に、その男は訓練場の扉を開けた。

 

「志願者以外の男の来客たぁ珍しいねぇ。……アンタ、名前は?」

 

 突然現れた男に、訓練生達が怪訝な表情を浮かべる中で勇儀は胡坐を掻いたまま応対する。

しかし、そんな不遜な態度の中で、勇儀の顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。

男の外見は頭にはバンテージを巻き、顔付きこそ30〜40代程だがノースリーブの服から覗く傷跡が多数刻まれたその非常にしなやかな筋肉は屈強かつ強靭な印象を与え、彼が百戦錬磨の猛者である事を物語っている。

 

「俺の名は高原日勝……格闘家だ。

とんでもなく強ぇ鬼教官がいるって聞いて来たんだが、アンタの事か?」

 

「ああ、そりゃ間違いなく私と、今は飲みに行ってる萃香の事だ。

で、それでアンタは何をしに来た?」

 

 勇儀の問いに日勝もまた獰猛な笑みを浮かべて勇儀を見据える。

 

「そりゃお前、格闘家が強ぇ奴を前にしてやる事なんざ一つだろ?」

 

「クク……違いない。

この御時勢に道場破りたぁ、面白い男だ。だが、そういうの嫌いじゃないよ!」

 

 目付きを鋭くしながら勇儀は立ち上がり、直後に日勝と勇儀は同時に身構え、一気に駆け出し、そして……

 

「うらぁっ!!」

 

「フンッ!!」

 

 二人の拳がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

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 場所は大きく変わり、中国のとある山……その山頂の丘に設けられた4つの墓。

その墓前には花束を手に持った美鈴の姿があった。

 

「お久しゅうございます、お師匠様。先輩方に老師様も……」

 

 それぞれの墓に花を添え、美鈴は合掌し、傅いて黙?しながら頭を垂れる。

墓標に彫られている名前は美鈴の拳法の師匠であるレイ・クウゴ。

そして残りの墓は、かつて悪漢との戦いで命を落としたレイ・クウゴの兄弟弟子達とその師匠である当時の心山拳老師である。

 

「お師匠様……かつてアナタを師と仰ぎ、免許皆伝を頂いて早数百年。

何の運命か、アナタの血を引く人に巡り会う事が出来ました。

そして、結果的にではありますが、それが彼女に心山拳を伝授する事にも繋がりました」

 

 墓前に向き合いながら美鈴は師匠に己の周囲で起きた出来事を伝える。

その顔には喜び、寂しさ、戸惑いなど、様々な感情が浮かび上がった何とも言えない複雑な表情が浮かんでいる。

 

「数百年立っても、未だ未熟な私ですけど、

必ずアナタの子孫……鈴音さんは私が責任を持って守ります。

守って、鍛え上げて……そして立派になった姿を見届けます!

ですから、どうか見守っていてください」

 

 表情が徐々に決意を帯びたものに変わり、美鈴はやがて力強く立ち上がったのだった。

 

「あ……あと、知らずの事とはいえ子孫である鈴音さんを叩きのめしてしまって申し訳ありませんでした……。

本当マジで怒んないでくださいね……」

 

 これで最後にヘタレなければ完璧なのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

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「ぬぐぐぐ……!!」

 

「ぐぎぎぎ……!!」

 

 そして再び視点は河城重工へ戻り、日勝と勇儀は手四つつで取っ組み合い、両者一歩も退かない力比べを展開していた。

 

「あのオッサン、化け物かよ!?」

 

「勇儀姐さん相手に力比べ……しかも互角!?」

 

 愕然とする周囲。

しかし当人達はそんな事は全く意に介さず戦い続ける。

 

「クク……やるじゃないか。

外の人間でここまで強い奴がいるとはねぇ!」

 

「お前も大したもんだな!

女でこんだけ強いのは昔知り合った中国の拳法家以来だぜ!」

 

「嬉しいねぇ。最近は本当に嬉しい事だらけだ。

鍛えてやったガキ共が独り立ちする様を拝めて、アンタみたいな強い奴と戦えて……。

本っ当、退屈しないねぇっ!!」

 

 鬼の名に相応しい獰猛かつ好戦的……悪い言い方をすれば凶悪な笑みを見せ、勇儀は日勝を両腕の力だけで投げ飛ばした!

 

「うおぉっ!?……とっ!」

 

「貰った!」

 

 空中高く投げられながらも、日勝はすぐに体勢を立て直して床に着地する。

しかしそこへ勇儀が迫る。

 

「甘いぜ!オラオラオラァ!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 迫る勇儀に繰り出される日勝の張り手の連打。

その凄まじい拳圧が風を巻き起こし、小型の竜巻となって勇儀を吹っ飛ばす!!

 

「チィッ!とんだ芸当だ。

生身でこんな芸当が出来る奴は初めて見たよ。

まったく……余計に血が、騒ぐだろうが!!」

 

「こっちの台詞だぜ!!」

 

 再び駆け出し、二人の拳が互いの顔を捉え、繰り出される……が、

 

「そこまでだ!」

 

「っ!?な、何だこりゃ?

……って、その声はまさか!?」

 

「身体が……?

おいおい、邪魔しないでくれよ。折角の良い勝負をさぁ……」

 

 新たに横から入った男の声が響くと同時に二人の動きが止まる。

 

「ごめんなさいね。これ以上やったらアナタ達に重工(ココ)を壊されかねないから」

 

「ったく、やっと見つけたと思ってたら……人の商売相手の会社でドンパチかよ。

この格闘バカ……」

 

 道場に入室する二人の人影、一人は河城重工社長・八雲紫。

そしてもう一人は先程までIS学園で楯無に警告(脅し)を行っていたエージェント・田所アキラだ。

 

「おぉ!アキラじゃねーか、久しぶりだなオイ!」

 

「久しぶりだなじゃねぇよ。

お前今までどこにいた?こっちは散々探したんだぞ」

 

「ん?エベレストに修行しに行ってたぜ」

 

 金縛りを解除しながら質問するアキラになかなかぶっ飛んだ返答をする日勝。

 

「二人とも、色々と昔話に華を咲かせたいだろうけど、先にこちらの用件を言わせてもらって良いかしら?」

 

 そして二人の間に割ってはいる紫。

その言葉にアキラは一度会話を切り、一歩下がって紫に主導権を譲る。

 

「アンタが八雲紫か。

一応、アンタの事は昔アキラから色々聞かせてもらってるぜ」

 

「それは結構。話が早くて助かるわ。

とりあえず、単刀直入に用件を言わせて貰うけど……」

 

 一呼吸間を置き、紫は口元から笑みを消し、真剣なまなざしで日勝を見詰めて口を開いた。

 

「アナタを、雇いたいの。…………戦力としてね」

 




次回予告

遂に始まった臨海学校。
普段のしがらみを忘れ、海を満喫する生徒達。

だが、そこに近付き始める不穏な影が……。



次回『海DE大騒動』

魔理沙「しょっぺぇ!本当にしょっぱい!!」

レミリア「うーうー……」


※アキラと日勝のプロフィールは次回の後書き辺りで書きます。

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