「あぎぎぎ……痛っ〜〜〜〜!ちょっと椛、もう少し優しくやってよぉ!」
「関節戻すのに優しいも何も無いでしょう。第一私はまだ左腕しか使えないんです、よっ!」
「うぎぃぃぃっ!!」
「はい、治りましたよ」
「あ、アンタねぇ……他人事だと思って、そんな涼しい顔して……」
「そりゃそうですよ。他人事ですもん」
河城重工側の控え室にて、先の戦いで肩の関節を外してセシリアのアームロックから逃れるという荒業をやってのけた文は、椛に手伝ってもらいながら肩の関節を元に戻していた。
悲鳴を上げて関節を治し、涙目になりながら肩を押さえる姿は先の対戦での凛々しさとは真逆だが……。
余談ではあるが椛の右腕はあと10日程で完治する予定である。
ついでに、本作において椛は両利きである。
「慣れない事するからそうなるんですよ。
何年ぶりですか?関節外しなんてやったの」
「ざっと、500年ぶりかしら?
しょうがないでしょ。ああでもしないとまだ粘られそうだったのよ」
椛の呆れを含んだ指摘に文は唇を尖らせる。
実際、関節外しで動揺を誘っていなければ試合はもう少し長引いていただろう。
「相性が良い私がこれじゃ、他の皆も苦労するわね。さっそく新聞部の取材の準備を……」
「……これ以上は手伝いませんよ」
どんな目に遭おうとも変わらぬ文に、椛は溜息を吐いたのだった。
『さぁ、エキシビションマッチ中堅戦。
対戦カードは、中国代表候補・鳳鈴音VS河城重工の誇る剣客・魂魄妖夢だぁーーーー!!』
スピーカー越しに聞こえる実況の大声に、先の対戦での興奮の残る観客達は待ってましたとばかりに歓声を上げる。
各国や各企業の重役達も一瞬一秒たりとも目を離さぬようにアリーナを凝視している。
(剣で戦えば即アウト。かと言って衝撃砲だけじゃ心許ないし……。どうやって相手の武器を封じるかが鍵ね)
(美鈴さん直伝の拳法か……。距離の取り方が重要になるわね。
近付けば有利だけど、近付きすぎて懐に入られると逆に不利……案外やり辛くなりそう)
両者共に睨み合いながら、脳内でそれぞれ戦法を確立させる。
ピリピリとした空気を醸し出す中、試合開始時刻は残り十秒を切った。
「全力で行くわよ……」
「望む所です」
鈴音と妖夢……それぞれが挑発的な言葉を掛け合う。
それと試合開始の合図が響いたのはほぼ同時だった。
『試合開始!!』
「《シマリス脚!》」
開始早々に先手を取ったのは鈴音。
先の簪との対戦で見せた高速の跳び蹴りで妖夢を強襲する。
「甘『……と、見せかけて』……えっ!?」
これを難なく回避しようとする妖夢だが、直後に出た鈴音の言葉と行動に虚を突かれ、動きが一瞬鈍ってしまい、そこを鈴音は狙った。
「《山猿拳!》」
「グッ……このっ!!」
跳び蹴りから体勢を変え、真横に避けた妖夢目掛け繰り出される拳撃。
何とか反応して防御し、反撃に転じようとする妖夢だが、鈴音は攻撃の反動を活かして後方へ飛び退き、これを回避して見せた。
「まだまだ、もう一発!!」
「やらせない……!」
続けて龍咆を展開して衝撃砲を発射して追い討ちをかけようとする鈴音。
だが、これを易々と喰らうような妖夢ではなかった。
衝撃砲が発射される前に跳び上がり、俊足とも言える速度を以って鈴音との距離を詰め、白楼弐型による斬撃を叩き込んだ。
「あぐぅっ!!……は、速い」
「魂魄流・燕返し……地上で私相手にちょっとやそっとの間合いは、意味ありませんよ」
「クッ!言ってくれるじゃない、のっ!!」
改めて衝撃砲を発射する鈴音。
当然これは避けられるが、再び距離を開く事に成功し、鈴音はそこから更に距離を開け、今度は燕返しでも届かない距離まで下がった。
「仕切りなおしよ。次は今みたいにはならないんだから!」
「こちらも同じ手は通じませんよ」
お互いに闘志を燃やし、再び構えなおす二人。
ここまでは所詮小手調べ。本当の戦いはここからである……。
「一気に行くわよ!ダァァァーーーーッ!!」
気合の叫びと共に鈴音は妖夢目掛けて一気呵成に攻め込む。
元々血気盛んな鈴音にとって、箒との戦いで見せた搦め手はあくまでも格下を相手にした時に使える遊び技術程度の域を出ない。
つまり鈴音にとっては、疾風怒濤の攻めこそが自分の本領が発揮される時なのだ。
「《百里道一歩脚!!》」
「これは…!?」
そして繰り出される蹴りの連打に妖夢はそれを回避し続けると同時に戦慄を覚える。
鈴音はただ蹴りを乱射している訳ではない。全ての蹴りで妖夢の顎、鳩尾、人中など、人間の持つ急所を的確に狙っているのだ。
(シールドや絶対防御があっても動かすのは所詮人間。
急所に衝撃を受ければ動きは必ず鈍り、麻痺する。でも……)
顎下目掛けて繰り出される鈴音の脚。しかし、それを妖夢は剣を一度手放し、その手で受け止め、掴み取った。
「っ!?」
「狙いが正確な分、動きも読みやすい!」
「うわぁぁっ、ふぎゃっ!!」
甲龍の脚部を掴み取った手に力を込め、そこを軸に回転し、鈴音を地面に叩きつける。
プロレスなどで使用される投げ技、ドラゴンスクリューだ。
「ぬぐぐ……まだまだぁ!!」
「上等です……!」
しかし鈴音の闘志は衰えることを知らずに燃え続け、再び立ち上がって身構える。
そんな彼女に触発されたのか、妖夢は口元に浮かぶ笑みを隠せなかった。
「ちょっと早いけど、見せてやるわ!今日のために作っておいた私の新技を!!」
再び妖夢との距離を取り、鈴音は脚に力を込め、全身系を集中させる。
今から出す技は美鈴も知らない、密かに特訓して作ったまだ名前も無い新技だ。
「行くわよ……!
ハアァァァァァァァァッ!!!!」
ISのパワーを活かして鈴音は飛び上がり、妖夢との距離を詰めにかかる。
そして彼女の周囲を旋回しながら急降下キックを繰り出した!
「この程度で!」
しかし、その一撃は妖夢の持つ楼観弐型を盾代わりに使って防御する。
「アンタを倒せるなんて思ってないわよ。だけどねぇ……」
不敵に笑みを浮かべ、鈴音は妖夢からまたしても距離を取り、再び飛び上がっての旋回キックを繰り出す。
「クッ!」
「一撃だけじゃ軽くても何度も繰り返せば!!」
「ググッ(……こ、これは、まずい!)」
幾度も繰り返される鈴音の旋回蹴りに、妖夢は内心臍を噛む。
鈴音は連続して繰り出す蹴りを全て妖夢の持つ楼観弐型に打ち込んでる。
これを繰り返されれば如何に妖夢と言えど腕に疲労が溜まり、いずれ防御が崩れる。
仮に反撃しようとも小型の白楼観ではリーチ差が仇になるのは明らかだ。
「ならば!」
判断を切り替え、妖夢は自分と距離を開けようとする鈴音を追い掛けるように自らも飛び上がった。
「!!」
「攻撃前から接近すれば『かかったわね!』な!?」
「《龍虎両破腕!》」
眼前に迫る妖夢の姿に鈴音は笑みを浮かべながら妖夢の肩目掛け拳を突き出した!
「グアァァッ!!う、腕が……」
鈴音からの思わぬ一撃に妖夢の両腕は力なくダラリと下がる。
肩の関節に強い衝撃を受けて腕が一時的に麻痺したのだ。
「イケる!これでぇぇ!!」
千載一遇のチャンスに鈴音は双天牙月を展開して大きく振りかぶるが……。
「腕が、無くとも……」
だが妖夢の顔に焦燥は無い。
鈴音が刀を降り下ろすよりも先に身を屈め、鈴音目掛けて踏み込み……
「足と、口がある!!」
「え!?うわっ!!」
なんと口に楼観弐型を銜え、鈴音の手元に一撃を加えたのだ。
その衝撃はさほど大きいものではないが、鈴音が双天牙月を落としてしまうには十分なものだった。
「あ……しまっ」
「取ったぁ!」
「あぐっ!」
鈴音に生じた一瞬の隙を突いた妖夢は、鈴音の身体に蹴りを打ち込み、彼女を後方へ弾き飛ばす。
そして腕の痺れが治まり始めたのを確認し、再び白楼弐型を握って構え、上空高く上昇し、そのまま一気に鈴音目掛けて落下していった!
「《魂魄流・竜角落としぃ!!》」
「クガァッ!!」
妖夢の剣技による破壊力に落下スピードが加わった斧のような衝撃。
その直撃を受け、そのまま地面へ落下し、激突する鈴音、そして甲龍。そして……
『試合終了―――――勝者・魂魄妖夢』
甲龍のシールドエネルギーが底をつき、勝敗は決したのだった。
「ハァ、やっぱ強すぎよ。
いや、それ以上に私って詰めが甘いわ」
「自分で気付いた欠点なら十分直せますよ」
気落ち気味に呟いて立ち上がる鈴音に手を貸しながら妖夢は賞賛の言葉を送る。
(私もまだまだ精進が必要……それがよく解りました。
鈴さん、アナタに感謝します)
そして妖夢もまた自分を見詰め直し、今後更なる精進を決意したのだった。
「あ、あの動き……まさか!?…………水鳥、脚?」
試合を観戦しながら美鈴は僅かに身体を震わせていた。
鈴音が見せた連続旋回蹴り……その動きに美鈴は既視感が、もっと言うなら鈴音の動きに似た心山拳の技『水鳥脚』を美鈴は習得していた。
だが、あり得ない。水鳥脚はまだ鈴音に教えてないし、自分も学園に入ってからまだ一度も使用していない技の筈だ。
「お師匠様……」
無意識の内に美鈴はそう呟いた。
美鈴は確かに見た。鈴音が見せたその姿に……自らの敬愛する師、レイ・クウゴの面影を……
次回予告
エキシビションマッチも残す所あと2戦。
副将戦は弾vs美鈴。
美鈴に想いを寄せる弾の魂の叫びは美鈴に届くのか?
次回『燃えろ弾!男の底力!!』
弾「負け、ねぇ……負け、られるかよ……」