東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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幼馴染として(後編)

 トーナメント二日目……いよいよ大勢の人間が待ちに待ったエキシビションマッチが開幕の時を迎え、アリーナの観客席は観客達の騒ぎ声で沸き立つ。

観客は勿論の事、謎に包まれた河城重工の面子の戦闘力の秘密の一端を知る事が出来るかもしれないという思惑も有り、企業や国家からの来賓は昨日よりも多い。

そして試合開始まで残り5分を切り、いよいよ試合開始へのカウントダウンが始まる。

 

 

 

 

 

「よし、準備完了っと……」

 

 河城重工側の控え室にて、早苗は準備を整える。

軽い口調ではあるが、それとは裏腹に表情からはどことなく真剣さが滲み出ている。

 

(しかし箒は絶対妖夢と当たると思ってたのに、まさか鈴も妖夢を選んでいたなんてな……)

 

 一方で(ある意味)渦中の人物である一夏は、この試合の組み合わせに内心で驚いていた。

鈴音に続いて二度目となる幼馴染同士の対決に、流石に内心心苦しいものを感じてしまう。

 

「それじゃ、行ってくるわね。それと一夏君……」

 

「ん?」

 

「お膳立てはしっかりしてやっておくから、後は篠ノ之さんとしっかり話し合ってね」

 

「え?……まさか!?」

 

 早苗の言葉に一夏は察する。

早苗は自身の持つ『奇跡を起こす程度の能力』を少しだけ使い、箒以外の者が妖夢を選び、自分と箒が当たるように仕向けたのだ。

 

「東風谷早苗・非想天則、行きます!」

 

 一夏の驚きを余所に早苗はアリーナへと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……やっと来たか」

 

 アリーナでは先に箒がスタンバイし、早苗を待ち構えていた。

その雰囲気は先の鈴音との対戦時とは違い、今にも暴れまわりそうな獰猛さは成りを潜めている。

だが早苗を睨むその瞳は黒く濁り、敵意と悪意に満ち溢れている。

ある意味、鈴音戦での野獣そのものな敵意より、今の静かな敵意の方が不気味だ。

そうでなくともお互い実家が商売敵だった事もあり(当時の早苗が住んでいた家では守矢神社の分社を運営していた)、幼少の頃はお互い大した会話も殆ど無い非友好的な関係だったため、早苗的には鈴音との対戦時以上に敵意をむき出しにすると思っていた。

 

「お待たせ……とでも言えばいいのかな?この場合」

 

「嘗めた態度を取って……!」

 

 早苗としては普通に答えたつもりなのだが箒にはそれが挑発に思えたらしく、眉間に皺を寄せて目つきをより鋭くする。

 

「まぁいい。東風谷……戦う前に答えろ。

貴様、仮にも私と同じ一夏の幼馴染でありながら、何故一夏の変化を許容出来る?」

 

「…………は?」

 

 箒の問いに、早苗は思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

「何を言ってるの?」

 

「答えろ!何故貴様は一夏が変わってしまった事を受け入れられるんだ!?

あんなに優しかった一夏が変わってしまったというのに、どいつもコイツもそれを気にもしない!

貴様だって仮にも幼馴染ならあの頃の一夏の魅力は十分知っているはずだろう!?

なのに何故だ!?」

 

「……」

 

 箒の言葉を聞く中、早苗は苛立ちを感じ始める。

『変わってしまった』、『あの頃の一夏』……それではまるで……

 

「何故昔にばかりこだわるの?今の彼にだって良い所はたくさんあるじゃない!

一夏君が昔よりも劣化したとでも言いたい訳!?」

 

「ああそうだ!力だけ強くはなってもあの頃の優しさが無ければ何の意味も無いではないか!!

なのに何だ貴様らは!貴様も鳳も五反田も、昔を知っていながらなんでそんな平然としていられる!?」

 

 箒はヒートアップしてどんどん口調が荒くなっていく。そんな彼女を見る早苗の目はどこまでも冷ややかだった。

 

「……漸く解ったわ。

アナタがどうしてアレほどまでに私たちと相容れないかが」

 

「何?どういう事だ!?」

 

 問い詰めてくる箒に、早苗は僅かに溜息を吐き、両腕にブロウクンマグナム、そして周囲にはオンバシラを展開して構える。

 

「戦いながら教えてあげる。

今の頭に血が上ってるアナタじゃ言葉だけでは理解できないだろうから」

 

「何だと、貴様ぁ!」

 

『試合開始!』

 

 箒が激昂してブレードを構えた事で両者共に臨戦態勢となり、試合開始の合図が響く。

 

「調子に乗るなぁ!この三流巫女が!!」

 

 試合前での様子が嘘の様に感情的になった箒はブレードで斬りかかる。

先の鈴音戦と唯一違う点があるとすれば、的確に狙いを定めている所だろう。

鈴音との戦いでは怒りに身を任せて刀を振り回すだけに近かった動きだが、この戦いにおいては剣道の動きをキッチリ取り入れて的確さが上がっている。

 

(流石に学習は出来てるみたいね。この動きが出来れば鳳さんとの対戦でも善戦出来たでしょうに)

 

 回避しながら早苗は思う。

多少は鈴音との戦いで学ぶものは学んだという事を確信し、箒とて何も反省出来ない様な人間ではない事を理解する。

 

(だからこそ、今の彼女は徹底的に頭を冷やす必要がある。

今の状態で一夏君と対話したって、『何で変わった?』『昔が良かった』と言うだけの堂々巡りになるのは目に見えている。

なら、ココで私が悪役になってでも彼女の思い上がりを徹底的に叩く!!)

 

 一瞬だけ目を鋭く細め、早苗は振るわれるブレードの刀身をブロウクンマグナムの装備された右手で乱暴に受け止めた。

 

「何!?」

 

「動きが的確な分、先読みもしやすいってね。行け!ブロウクンマグナム!!」

 

 驚く箒を無視して早苗は空いている左手のブロウクンマグナムを稼動させ、箒の胴体に打ち込んだ!

 

「ぐぉぉっ!?」

 

 回転ドリルとロケットパンチの性能を併せ持つ一撃に箒……牽いては訓練機の打鉄が耐え切れるはずも無く、箒の身体は後方に吹っ飛ばされて体勢を崩した。

そして吹っ飛ばされた打鉄に早苗は飛び掛るように接近し、箒が手に持ったブレードを踏みつけてへし折った。

 

「ああっ!?き、貴様、刀を……うぐぁっ!!」

 

 箒の抗議の声を遮るかのように残った左手のブロウクンファントムによる拳撃が顔面に叩き込まれる。

 

「まだまだ……!」

 

 だがそれだけでは終わらない。

早苗はそのまま箒を押し倒し、馬乗りになって二度三度と殴り続ける。

普段の早苗からは考えられないラフファイトだ。

 

「グゥッ、ぐがっ!!き、貴様、こんな品の無い戦い方を……あぐっ!!」

 

「アナタだって一回戦で同じような戦いをしてたでしょうが!」

 

 箒の文句を早苗は拳と言葉で返す。

直後に拳を一度止め、箒の腕を取ってそのまま一気に背負い投げを決めた。

 

「グアァッ!!」

 

「さっきから聞いてれば、一夏君が変わっただとか劣化しただのと好き勝手な事ばかり言って……私はそうは思わないわ。

確かに厳しい態度や言動は増えたと思う。だけど、他人(ひと)を思いやる心は昔と変わらない。いえ、昔よりもずっと強くなった!

 

 

アナタは昔の一夏君に依存して、今の一夏君の成長を受け入れきれないだけよ!!」

 

 早苗は箒を背中から地面に叩きつけた後、今度は胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせ、アリーナの壁に押さえつける。

 

「違う!!私は一夏に変わってほしくなかっただけだ!!」

 

 だが箒も何も抵抗せずに黙っている訳ではない。

指摘に反論しつつ、早苗を振り解こうと躍起になって抗っている。

 

「変わった変わったって……それは寧ろアナタの方じゃないの?」

 

「何?」

 

 突然早苗の声色が今までの激情的なものから冷徹なものへ変化し、驚いた箒は一瞬抵抗を緩める。

 

「千冬さんは言っていたわ。

昔のアナタは、今と同じで意地っ張りで、負けず嫌いで、頑固だった。

だけど、自分が間違いを犯したら、それを認めてちゃんと謝る事が出来る素直な心を持っていたって!!

なのに今のアナタは何?一夏君に自分を見て貰う事しか考えずにそれ以外の人に迷惑や危害を加えても何の反省も謝罪も無い。その上それを咎められたら逆ギレして暴れる始末。

……こんな人に一夏君が振り向くと本気で思ってるの?」

 

「ち、違う!私は、一夏のためを思って……」

 

「一夏君を言い訳にしないで!!

二言目には一夏一夏って、一夏君の名前を出せば免罪符になるとでも思ってるの?

人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!!」

 

 矢継ぎ早に飛び出す指摘に狼狽しながら反論しようとする箒に、早苗は一際大きな怒声を浴びせる。

 

「アナタはこの学園に入学してから一度でも自分のやった事を思い返したり反省した事がある?

無いわよね?あるならそんな言葉は出る筈無い!

一回ぐらい一夏君やアナタに一方的にやられた人達の気持ちを考えてみなさいよ!!」

 

 怒りを多分に含んだ言葉と、それに呼応するように繰り出される平手打ちが箒の身体を横殴りに吹っ飛ばす。

 

(私がしてきた事を一夏がどう思ったかだと?そんなの………………あ、あれ?)

 

 脳裏に思い返されるクラス対抗戦での無人機襲撃時の出来事。

あの時自分は一夏のためをと思って放送室を占領した。だが一夏はそれを咎めた。

今の今まで何故一夏が怒ったのか考えた事など無かった。ましてや『もしも自分が一夏の立場だったら』など……。

そして考えた先に出た答えは今まで自分の思っていたものと真逆だった。

 

「わ、私は……邪魔になった、だけ?

ち、違う!!そんな筈は無い!!私は自分の身を危険に晒してまで応援したんだぞ!!

なのに、それが間違い何て、あって良い筈が……」

 

「自分を危険に晒した?それは他の皆を巻き込んでまでやるべき事なの?

結局アナタはただ一夏君の気を引くためだけに自分の命も他人の命も軽く扱っただけじゃないの!!

それで一夏君がアナタに感謝すると本気で思ってるの!?ふざけるのもいい加減にしなさいよ!!」

 

 両手で頭を抱え、必死になって結論を否定しようとする箒に早苗からの追い討ちの言葉が突き刺さる。

 

(ち、違う……違う!私は、間違ってなんか……)

 

(…………そろそろ、頃合いね)

 

 そして、箒の精神が限界に近付いている事を確認した早苗は、ココでとどめの言葉を言うべく口を開いた。

 

「……やっぱり、姉妹よね」

 

「え?」

 

「周りの事を考えないで他人を巻き込んで傷付けて、自分のやった事にはまるで無自覚。

そういう自分勝手な所、そっくりよ。…………アナタの姉、篠ノ之束にね!」

 

「っ!!?」

 

 それは箒にとって最大の禁句だった。

篠ノ之束……自身の姉にしてISの生みの親。

そして自分を家族から、そして一夏から引き離されるきっかけを作った張本人。

箒にとってそんな姉は恨みの対象だった。

自分が生まれてから受けた多くの不幸……その殆どの根底に姉が関わっている。

にもかかわらず姉はいつもどこかでヘラヘラ笑っている。

そんな姉と同類と呼ばれる事は、箒にとって何よりも屈辱だった。

 

「違う……違う…………。

一緒にするな……私は、私は…………私は身勝手なんかじゃないぃぃっ!!!!!」

 

 束の名が引き金となり、箒は叫び声を上げて立ち上がり、勢いに任せてあらん限りの力で拳を振り上げ、早苗の顔面に叩き込んだ!

 

「グゥッ!」

 

 剣道全国大会優勝者である箒の拳を直で喰らい、早苗の身体は仰け反った。

 

 

「………………フフッ」

 

 だがそれだけだった。

早苗は脚で地を踏みしめ、踏ん張りを利かせて箒のパンチを耐え切り、不適に笑みを浮かべて見せた。

 

「アナタのパンチなんか、全っ然効くもんですか!!」

 

「何…だと……?」

 

「軽いのよ!アナタの拳は!!」

 

 箒のパンチをものともせず、早苗は目には目をとばかりに武装無しの拳を叩き込む。

こちらの一撃は箒を強制的に後退る程の威力がある。

少なくとも仰け反らせるだけだった箒のそれよりは大きい。

 

「ガハッ!!……なら、どうすれば良い?

だったら私はどうすれば良かった!?どうすれば一夏に認めてもらえたんだ!?」

 

「そんなの!自分で考えなさいよ!!」

 

 我武者羅になって拳を振るう箒とそれに応えるように殴り返す早苗、

IS戦においては非常に珍しい原始的な殴り合いの構図だった。

 

「クソ!クソ!!クソ!!!畜生ぉぉっ!!!!

何で私じゃなくてお前らなんだ!!何で私は一夏に認めてもらえない!?

私とお前らの、何が違うって言うんだぁーーーーーーっっ!!!?」

 

「そういう台詞は、一夏君と向き合ってから言いなさいよぉーーーーっ!!!!」

 

 両者の拳がほぼ同時に二人の顔面を捉えて打ち込まれる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 一瞬だけアリーナ全体が一気に静まり返り、直後に二人の身体が同時に動き出す。

 

「……何で、私は…………勝てないんだ?」

 

 箒の身体は音を立てて地面に倒れ伏したのだった。

 

 

 

「…………一夏君は」

 

「え?」

 

「一夏君はね、アナタの事を友達だって今でも思ってる。

受け入れなさいよ。折角の友達なのに、否定してばっかりじゃお互い辛いだけじゃない」

 

 ざわめく観衆を気にせず、早苗は倒れている箒に声を掛ける。

 

「…………」

 

「お互い、理解し合って、ちゃんと話し合って、向き合ってみなさいよ。

お互い友達意識が残っているなら、歩み寄れるはずでしょ。

あと、もう一つ……私も一夏君の事が好き。彼に恋人がいるって解っててもね。

だけど諦めるつもりは無いわ。私は私の魅力を磨いて、彼を振り向かせてみせる。

アナタも一夏君が好きだって言うなら、私にライバルだって思わせて見せなさいよ」

 

 殴られた痕が僅かに残る顔に優しい笑みを浮かべて早苗は論するように箒に語りかける。

それに対し、箒は早苗から顔を背けて身体を奮わせる。

 

「…う……ぅぅっ…………!

(敵わない……コイツには、コイツらには…………とても、敵わない)」

 

 

 篠ノ之箒――――完全敗北

 




次回予告

第一試合は早苗の勝利で終わった。

続く第二試合・セシリアVS文。
圧倒的なスピードを持つ文はセシリアにとって相性の悪い相手だ。

そんな中でセシリアの取る手段は…………?

次回『風向きを読め!!』

セシリア「相性が悪い……上等ですわ!」


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