「う……ん……」
時刻はもう昼過ぎ。
窓から差し込む日の光に照らされ、千冬は意識を取り戻す。
(私は、どうなったんだ?確かあの時私は刺されて、それで……)
まだハッキリしない意識の中、千冬はゆっくりと昨夜の記憶を蘇らせる。
(そ、そうだ!!あの時一夏が助けてくれて、怪我をしている私を介抱してくれて、それでその後一夏と一緒にいた少女に私は担がれて、その後は……)
そこで記憶は途切れている。それもその筈だ、千冬は担がれて移動する途中で意識を失ってしまったのだから。
しかし千冬にとっては今はそんな事どうでもいい。
「い、一夏!」
あの時自分をナイフを持った女から助けてくれた最愛の弟を思い出し、千冬は布団から飛び起きる。
「う!ぐぅぅ……」
刺された傷から痛みが走り、千冬をより一層現実へ引き戻す。
「夢じゃ、ないんだな……一夏は、生きている」
しかしその痛みも昨夜の出来事が夢ではない事の証拠。今の千冬にとっては嬉しい痛みだ。
すぐに一夏を探そうと立ち上がるが……。
「ココは何処だ?」
目の前の見知らぬ部屋を見て千冬は現実に引き戻された。
ひとまず外の様子を見ようと窓を開けてみるがそれを見て千冬は更に驚愕する。
「な、何だ?此処は……」
目の前に広がるのは緑豊かな森、そして別方向の少し離れた所にはいくつかの家らしきものが並んでいる。
そのどれもが千冬にとって異様なものだった。
近代化の進んだ現代とはまるで違い、そこにはマンションや鉄筋コンクリートの建物などまるで見当たらない。
森にしても開発の進んだ現代日本でこれだけ立派(?)な森は自然公園に行ったって見れない。
この光景にまるで自分が明治時代辺りにタイムスリップしたような錯覚に陥ってしまう千冬だった。
「お!目が覚めたのか?」
窓の外を眺めながら呆然としていた千冬の背後から声がかけられる。
驚いて振り向くとそこにいたのは昨夜一夏と一緒に行動していた少女、霧雨魔理沙だ。
「お、お前は……痛っ……」
一夏の行方を知る人物に千冬は駆け寄ろうとするが腹部の傷がそれを許さず、傷口を押さえて呻き声をあげる。
「おい、まだ動くなって。傷口開くぞ」
「い、一夏は?一夏はどこにいるんだ?」
「今止血剤買いに行ってる。それまで安静にしとけ。ほら、スープ持って来たぜ」
千冬を支えながら布団まで運び、盆に載せたスープを千冬に手渡す。
「ああ、すまない。……お前の名前は?」
「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ!」
「……は?」
突然魔法使い等と言われ、流石の千冬も間の抜けた声を出してしまう。
「いや、『は?』って随分なご挨拶だな……まぁ、とりあえずスープ飲めよ。冷めちまうぜ」
「あ、ああ」
些か戸惑いながらも千冬は出されたスープを口に運ぶ。
舌先に触れると鶏がらで取った出汁と刻まれた野菜の味が口の中に広がる。
今までに飲んできたスープと全然違う味だがどこか懐かしさを感じさせるものだ。
「これ、作ったのは……」
「一夏だぜ。美味いだろ?」
予想通りの答えにやはりと思うと同時に嬉しさが込み上げてくる。
一夏の作った料理……もう二度と味わうことは出来ないと思っていた味……思わず涙が零れそうになり、涙でスープの味が変わらないように器に口をつけてスープが零れるのも気にせず胃の中に流し込む。
「おいおい、慌てて飲むなよ」
「すまない……っ……」
押し隠してはいるものの千冬が泣いている事を魔理沙は察し、それ以上口を挟む事は無かった。
「それじゃ、私は下に降りるから、詳しい事は一夏に聞いてくれ」
それだけ言って魔理沙は部屋を出た。
「で、さっきから何コソコソしてんだよ一夏」
部屋を出た後、階段の近くで佇んでいた一夏に魔理沙は声をかけた。
「いや、その……」
気まずそうな表情で一夏は目をそらす。
「俺……いくら、こっちが気に入ったからって、自分の事情だけで一年間も千冬姉から離れてたからさ……いざ会う時になったら今更どの面下げて会えば良いのか……痛てっ!何すんだよ!!」
一夏の言葉に魔理沙は箒で一夏の尻を叩いた。
「そんな下らない事でウジウジ悩んでる暇があったらさっさと会いに行けよ!!絶縁してるわけでもあるまいし。それにお前の姉ちゃん……泣いてたぜ」
「!……分かった」
千冬が泣いている。誰よりも強く気丈だった姉が自分のせいで泣いている。
その事実を知り、一夏は漸く決心がつく。
「………魔理沙」
「ん?」
「ありがとう」
一夏は魔理沙に一言礼を言い2階に向かった。その行動に魔理沙は笑みを浮かべ、一夏の店を後にしたのだった。
魔理沙が1階に降りてから暫くして千冬は部屋の扉の近くに人の気配を感じた。
そしてそれと同時にドアが開かれ、一夏はその姿を現した。
「一夏……」
「その……久しぶり、千冬姉」
震える声で自分の名を呼ぶ千冬に一夏はぎこちなくではあるが笑顔を見せる。
「一夏ぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」
そしてそれとほぼ同時に千冬は一夏に駆け寄り、思いきり飛びついた。
「一夏……!一夏ぁ……!」
自分に抱きつきながら大粒の涙を零す千冬に一夏の中に罪悪感が生まれる。
自分が戻らぬばかりに姉の心はココまで磨り減っていたのだ。その事実からくる罪悪感に一夏は千冬を抱き返す。
「心配かけて……ゴメン、千冬姉」
(違う、違うんだ一夏……謝るのは私の方なんだ。私が白騎士事件なんか起こしたせいで、お前を守れなかったせいで、世界を狂わせたせいで……お前を危険な目に遭わせてしまったんだ)
言葉を出そうにも涙が止まらず出てくる言葉は嗚咽に変わってしまい、千冬は上手く話せない。
そんな彼女を一夏は優しく抱きしめ、千冬もそれに呼応するように抱きしめ返す。
一年という決して短くない時を経て再会した姉弟はそれから暫くの間、ずっと抱き合っていたのだった。