東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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取り戻した絆と新たなる生活、そして罪人は……

 フランス、デュノア邸跡地近くの市街地……。

一人の女が誰もいない路地を這うように動いている。

女の顔面には……いや、顔面から身体にかけて真っ直ぐ4本の傷が入っている。

切り傷……というよりは浅く抉れていると言った方が正しいのかもしれない。

そして左腕は肩から先が無かった。

どちらにしてもこの女の命は風前の灯だというのは明らかだ。

 

「……だ、誰か……何で、誰も………出ないの、よ?」

 

 そんな醜く大きな傷を負いながら、その女……ノエルは手に持った携帯電話で部下と連絡を取ろうとするがそれも叶わない。

彼女が連絡しようとする部下たちは先の戦闘で既に戦死、よしんば生き残っていても警察に拘束、もしくはそれから逃れようと躍起になって逃走中だ。

そんな部下達にノエルからの連絡に応じる余裕などある筈も無かった。

 

「誰か……助、けて……し、死んじゃう……」

 

 誰一人として見えぬ虚空に手を伸ばし、直後にノエルは力尽きて気を失う。

まさにこの時、ノエルは地獄への入り口に片足を踏み入れつつあったが……。

 

「…………駒、確保」

 

 ノエル以外誰もいない筈のこの場所に、煙のように一人の少女の姿が現れ、無機質な声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 日本へと帰還する聖蓮船の一室、デュノア邸から保護されたセドリックは即席で用意された医務室へ搬送され、エリザとシャルロットに見守られ、事の経緯について説明を受けながら治療を受けていた。

最も、外傷はクローデットに殴られた傷のみで、衰弱の原因は基本的に数日間水しか口にしていなかった事による栄養失調のため、治療は栄養補給の点滴と包帯を少し巻く程度で済み、ある程度点滴が済み次第食事を採れば、ほぼ問題無く回復すると診断された。

 

「シャルロット、エリザ……すまなかった」

 

 ベッドの上に横たわったまま、セドリックはシャルロットとエリザを見つめ、そう呟いた。

 

「リック……」

 

「私が至らぬばかりに、クローデットを増長させてしまい……挙句の果てにお前たちまで巻き込んで……」

 

「そんな事無い!!」

 

 セドリックの言葉にシャルロットが大声を上げる。

 

「……お父さんは、ずっとボクの事を守ろうとしてくれたんでしょう?なのに、ボクは……お父さんの気持ちも知ろうともしないで、ずっと流されるだけで……」

 

 初めて父に思いの丈を打ち明け、シャルロットは嗚咽を漏らす。

そんなシャルロットの肩に手を置き、エリザは口を開く。

 

「リック……アナタが今まで私たちを守るために色々と手を回してくれたことを私は知っているわ。……だから、自分を責めないで。それに、それを言ったら私だってアナタと改めて一緒になるための努力を全部アナタに任せっきりになってたわ。それに、アナタを助けるためとはいえ、あんな残忍なやり方に手を染めてしまった。……それにね、私はもう人間とはいえない身になっている……こんな私でも、アナタは受け入れてくれる?」

 

 悲壮感の漂う表情でエリザは問う。

自身は既に妖怪である一輪の眷属、一般の人間と比べて寿命はかなり延びているし、身体の中には妖怪の力も混じっている。

その上、現代社会においては自分はもう死亡扱いとなり戸籍は無い。

今までと同じ生活を送るのはほぼ不可能だろう。

 

「……お前は正真正銘エリザなんだろう?なら、何も問題ないじゃないか。私はお前とシャルロットが無事に生きてさえいてくれれば、他には何も……」

 

 そこで一旦言葉を区切り、セドリックは震える手を伸ばす。

そして、体力が落ち、衰弱してはいるが、父として、夫としての包容力を持つその腕で二人を抱きしめた。

 

「お父さん……っ……」

 

「リック……っ……」

 

「シャルロット、エリザ……もう離さないからな」

 

 気が付けば三人は涙を流していた。

此処まで来るのに長い時間をかけた。しかし、それでも本来あるべき絆を取り戻すことが出来た三人はそれを噛み締めるようにしっかりと寄り添いあうのだった。

 

 

 

「失礼、少し良いかしら?」

 

 シャルロットら三人が再会した喜びに浸って十分ほどが過ぎた頃、部屋の外からノック音と共にレミリアが顔を覗かせる。

 

「スカーレットさん?どうぞ……」

 

 ひとまず再会の興奮も収まり、シャルロットたちはレミリアを迎え入れる。

 

「失礼するわ。アナタ達の今後について先にいくつか話しておこうと思ってね」

 

 思わず出てきた現実的な話題にシャルロットたちは一瞬目を丸くするが直後に真剣な表情でレミリアの言葉を一元一句逃さないように心がける。

デュノア社が壊滅した以上、クローデットの不正の責任は社長であるセドリックも負う事になる。

それ以前の問題として、建前上セドリックは誘拐されたという事になるため、表社会で生きていくのはかなり難しい。

 

「とりあえず、選択肢は大きく分けて二つ。一つ目は戸籍と顔を変えて表社会に戻る事。まず、エリザとセドリック。アナタ達の場合、こっち側で戸籍は何とか用意できるし、整形手術も可能よ。ただ、シャルロットの場合はIS学園に所属しているし、戸籍を変える事は出来ないわね」

 

 下手に騒ぎが大きくなるとシャルロットやシャルロットがスパイを行おうとした河城重工にも何らかの調査が入るだろう。

調査を欺くのはそれほど問題ではないが、シャルロットはいくらIS学園所属とはいえそれにも限度がある。

 

「そしてもう一つ選択肢。こっちはリスクが少ないけど、その分覚悟は必要よ。裸一貫からやり直す事になるわ」

 

「……例の、エリザの言っていた幻想郷という所か?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 セドリックの問いにレミリアは頷く。

確かに幻想郷へ移り住めば外界からは干渉の仕様がない。

しかし、生活基盤などを一から作り直すというのは口で言うほど簡単ではないという事をセドリックたちは知っている。

 

「返事は、明日ぐらいまでなら待てるわ。じっくり考えなさい」

 

 用件を伝え終え、レミリアは部屋を後にする。

セドリックは暫し目を伏せ、やがて何かを決意したかのように目を開いた。

 

 

 

 

 

 翌日、デュノア社壊滅が知らされた後のIS学園では、ある事件で大騒ぎとなっていた。

 

「…………ど、どうですか?」

 

 1年1組副担任である真耶は、震える声で学園を訪れている鑑識官の男性に尋ねる。

 

「…………大変、申し上げにくい事ですが、この筆跡はシャルロット・デュノア本人のもので間違いありません」

 

 鑑識官の男の言葉に周囲の教師達の間にどよめく。

鑑識官の手元に置かれた一通の手紙と便箋、そこに書かれていたものは……。

 

 

『遺書

 

デュノア社がこのような事態に陥り、私の性別詐称とスパイ行為が判明するのも時間の問題でしょう。

母を失い、父をも行方不明となった今、生きる事に疲れてしまいました。

愚行と不孝をお許しください

 

                                     シャルロット・デュノア』

 

 

 本日早朝、デュノア社壊滅の報せを受けたシャルロット・デュノアは、この遺書を残して姿を消した。

その後、学園から最も近い海岸にて、シャルロットの靴と待機状態のラファールが発見され、彼女が死亡した確率は濃厚なものとなるのは、これから約数時間後の事である。

 

 

 

 その日は昼まで授業は殆ど自習となり、3限目から漸くまともな授業となった。

学生達にとっては七面倒臭い授業が2時間分自習になったのは普通なら嬉しい事だが、今回に限ってはそうもいかなかった。

特に渦中の人物であるシャルロットが所属していた1年1組では深刻かつ重苦しい空気が流れ続けている。

そして3限目になって千冬と真耶が教室に入り、教壇に立った時、不意に生徒の一人が立ち上がった。

 

「あ、あの織斑先生!」

 

「……何だ?」

 

「でゅ、デュノア君……じゃなくて、デュノアさんが自殺したって…………本当なんですか?」

 

 戸惑いがちに尋ねる生徒に千冬は一瞬目を伏せ、直後に真剣な表情で口を開く。

 

「……本当の事だ」

 

 千冬の言葉に場の空気がより重くなる。

余りにも現実感を欠いた(と、生徒たちは捉えている)事柄に誰もが閉口して黙り込む。

 

「この際だから言っておく。このような事態はこの業界において決して珍しい事ではない。ISはスポーツ用品でもアクセサリーでもない。関わっていけば少なからず汚い仕事や世界にも直面しなければならない……。それが受け入れられないのなら悪いことは言わん、ISから手を引く事だ。国家所属のISパイロットはテロリストや内紛、果ては戦争にだって駆り出される事もある。それでもISに関わることを望むのなら学園で学ぶ内に覚悟を決める事だ。……さて、話はコレまでだ。授業を始めるぞ」

 

 千冬はハッキリとそう言い放ち、話題を締め括ったのだった。

 

 

 

 

 

 幻想郷、人間の里。

 

「また一からやり直しか……。お前たちにはつくづく面倒を掛けてしまうな」

 

 用意された家屋を眺め、セドリックは後ろに立つ二人に申し訳なさそうに声を掛ける。

 

「そんな事無いよ。僕だって、心機一転できる良い機会だし、お母さんも一輪さんたちと離れ離れにならずに済むでしょ?」

 

「ええ、それに何より夢にまで見た夫と娘と一緒に暮らせるんだもから、これ以上の選択は無いと思ってるわ」

 

 セドリックの背後に立つ二人……シャルロットとエリザは穏やかな笑みを浮かべて返す。

 

当然ながらシャルロットは自殺などしておらず、発見された遺書や海岸の靴などは全て偽装工作だ。

セドリックは幻想郷で妻子と共に生きる事を選んだ。

家屋や今後の事業への着手金は、河城重工に協力する事(量産機のテストパイロット等)を条件に借受け、これから先は文字通り振り出しからのスタートだ。

 

「エリザ、シャルロット……。色々大変だと思うが、着いてきてくれるか?」

 

 セドリックの問いに二人は力強く頷く。

後にセドリック達一家は家具等の修理業者を開業し、かなり早い段階で幻想郷に完全に馴染むようになるが、それはまた別の話……。

 

 

 

 

「全…アイツ、…の……だ。みな…し、………てやる……」

 

 フランスのとある拘置所内の房の一つ、その角で右腕と左足の無い女がブツブツと独り言を呟き続ける

 

「全部アイツ等のせいだ!殺してやる!!皆殺しにして八つ裂きにしてやるァァあっ!!!!」

 

 突然その女……クローデット・デュノアは立ち上がり叫び声をあげる。

同じ房の囚人達は驚き、目の前でクローデットの放つ狂気から距離を取ろうとする。

 

デュノア社壊滅後、不正の証拠を(文の誘導で)全て摘発されたクローデットは即座に拘束され、失った腕と脚は簡易な治療のみしか受けられず、今や裁判を待つ身だ。

その裁判も弁護・弁解の仕様が無く、実質結果のわかった出来レースの魔女裁判同然だ。

横領や殺人教唆など挙げればキリが無い罪状だ、どう見積もっても極刑、良くても終身刑は間違いないだろう。

元々クローデットが掌握していたデュノア社の評判は非常に悪い。

経営は落ちる一方だというのに何かにつけて威圧的に振舞い、素人の癖にフランスの軍事にも口を出していたクローデットに人望など殆ど無く、彼女の下に着いていた部下達も所詮女尊男卑の思想を捨てきれず、その風潮が色濃く残るクローデット支配下のデュノア社に入った連中でしかない。

 

そんな絶望の真っ只中にいるクローデットには顔も分からぬ侵入者達、自分をこんな目に遭わせ

挙句の果てには腕と脚をネズミに喰わせた者達への復讐心に縋る以外無かった。

 

 

 そんな時だった……突然轟音が拘置所内に鳴り響いたのは。

 

「な、何だ!?何が起き、ウワァァァ!?」

 

「な、何だこのISは?ギャアアア!!」

 

 室外から聞こえてくる声に、クローデットは混乱して目を白黒させるが、直後に房の扉が吹っ飛ばされる。

そこから現れたのは完全装甲(フルスキン)のIS。

 

「ココに居たのね?……ママ」

 

 やがてそれはクローデットと目を合わせると顔のバイザーを開いた。

そこにあった顔は大きな傷跡こそ残り、顔の3〜4割をフェイスマスクで覆っているものの、絶対に見間違える筈も無い。

まごう事無き自身の娘、ノエル・デュノアだ。

 

「ノエル!?」

 

「ママ、話は後でするわ。まずはココを出ましょう」

 

 淡白にそう答え、ノエルはクローデットを担いで壁に風穴を空け、拘置所を飛び立った。

この時、クローデットは安堵していた。

自分は助かる。コレで死刑にならずに逃げる事が出来る。

そしていずれはノエルと共に力を着け、あの連中や自身を(クローデットから見て)裏切ったフランス軍に復讐できる。

そう考えただけでクローデットの顔は邪悪な笑みに歪んでいく。

だが、クローデットは気付かなかった…………自身を担いでいるノエルが、それ以上に邪悪な笑みを浮かべていた事に……。

 

 

 

 

 

 何処とも知れぬ場所……ラボらしきその場所に一人、多数のPC画面を睨みながらキーボードを猛スピードで操作する女が一人……篠ノ之束である。

 

「……ん?」

 

 キーボードを叩く音以外の別の音を聞き取り、束はPCから目を離し、携帯電話を手に取る。

送信者の欄には『くーちゃん』と表示されていた。

 

「はいは〜い、束さんだよ〜」

 

「私です。ノエル・デュノアが動き出しました。……束様の読み通りです」

 

 ふざけた態度で対応する束にくーは慣れたように冷静に返す。

 

「ふ〜ん」

 

 くーからの連絡に束はさほど興味の無い様子で応える。

まるで『どうせこうなる事は分かっていた』という様子だ。

 

 

 約20時間程前の事だ。

フランスの市街地で、くーは瀕死の状態で倒れたノエルを回収し、束から受け取った義手とフェイスマスクを使用して治療した。

やがて、目を覚ましたノエルと画面付きの通信機越しに会話した束の会話をくーはキッチリ覚えている。

 

「し、篠ノ之束博士!?」

 

『やぁやぁ、随分酷い目に遭ってるみたいだねぇ』

 

 驚くノエルに束は小馬鹿にした態度を見せる。

 

「な、何故アナタが……」

 

『どうでも良いじゃん、そんなのさぁ〜〜。それより、あの化け物が何なのか知りたくない?』

 

 束の言葉にノエルの顔色が変わり、徐々に顔色が怒りと憎悪へと染まっていく。

 

「し、知りたいわ!いえ、ぶち殺してやる!!私をこんな目に遭わせやがったあのクソ虫共を!!」

 

『ふぅ〜〜ん。じゃあさぁ、束さんの言う事聞いてくれれば、協力してあげても良いよぉ』

 

 ノエルの醜く歪んだ顔を眺め、束はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「何でもするわ!何をすれば……」

 

「簡単だよ。くーちゃんに渡してある*を使って、君のお母さんを……」

 

「!?」

 

 束の言葉にノエルの顔は一瞬で驚愕の色に変わる。

 

『無理にとは言わないよ。2〜3日ぐらいなら待ってあげるからゆっくり考えて……』

 

「やるわよ……」

 

 束の言葉を遮るようにノエルは口を開く。

その顔には狂気を秘めた邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 フランスのとある安ホテルの一室、ノエルはクローデットと共に顔を隠してチェックインし、ベッドに腰掛けるクローデットにコーヒーを差し出す。

 

「ママ、大変だったでしょう?コレ飲んでゆっくりして」

 

「ええ、ありがとうノエル。アナタは最高の娘よ」

 

 ノエルに言われるがまま、クローデットはコーヒーに口を付ける。

それから先はノエルによる現状報告だ。

ノエルが束と接触した事を知り、クローデットは当初驚いたものの、すぐに先のノエル同様邪悪な笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、あの化け物を殺せるのね?……いえ、それだけじゃない!篠ノ之博士と接触出来たのなら前以上の権力を得る事も……」

 

 欲望に満ちた笑みがクローデットの顔に浮かび上がる。

その辺りはまさに親子というべきだろうか、邪悪な表情を浮かべる様はノエルそっくりだ。

 

「ええ、そうよ。……もうそろそろ迎えが来るわ。外の様子を見てくるから、ママはここで待っていて」

 

 そう言い残してノエルは部屋を去る。

黙って見送るクローデットの顔には一変の疑念も無かった。

これから起きる地獄も知らずに……。

 

 

 

 ノエルが部屋を出て十数分程経った頃、部屋の角から不意に物音が聞こえてきた。

怪訝に思って振り向くとそこにいたのは……。

 

「ひ、ヒィィッ!!く、来るなぁぁ!!!!」

 

 そこにいたのは一匹のネズミだった。

だがネズミに腕と脚を喰われたクローデットにとっては、たとえ一匹だろうとそれだけで恐怖を与えるには十分な存在だ。

恐怖に駆られたクローデットは手元にある小物などを手当たり次第に投げつけ、ネズミを追い払う。

だが、そんなクローデットの背後からドアが開く音が聞こえる。

ノエルが戻ってきたのかと思い、クローデットは背後を振り向くが……。

 

「い、いたぞ!クローデット・デュノアだ!!」

 

「ほ、本当だ!放送通りだ!!」

 

「ひっ、ぎ、……ア゛ァァァァァァァァァァぁぁぁァァァァァあっぁぁあぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁァあぁぁぁぁぁアアァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 断末魔にも近い叫び声が部屋だけでなく廊下にまで響き渡る。

クローデットの目に映るのは巨大なネズミ……人間と同じ大きさはあろうかという程の化け物ネズミの群れだった。

 

「く、来るな!!ネズミ共がぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 わめき散らしながら左腕を振り回して抵抗するクローデットだが、その行為が目の前のネズミ達の感情に火をつけた。

 

「こ、このババァ……犯罪者の癖に……!!」

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

「そうだ、殺っちまえ!!」

 

 たがが外れたようにネズミ達はクローデットに襲い掛かった。

腕と脚を一本ずつ失っているクローデットに碌な反撃など出来るはずも無く、クローデットは為す術無く拳と蹴りの嵐をモロに受けた。

 

「グギャアアァァァァァァーーーーーーーーッ!!!!や、やめt……ガァアァアァアアァァァァッ!!痛い!!嫌!!!!やめてぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇえっぇぇぇっぇ!!!!!!!」

 

 とまらぬ暴力による苦痛に叫び声を上げるクローデットだが目の前のネズミ達は全く意に介さない。

必死に逃げようと身をよじったそのとき、不意にクローデットは窓の外にある一人の影に気が付いた。

 

「の、ノエル……助け………!?」

 

 対面のビルの屋上でこちらを見る娘の顔は、笑っていた。

そしてノエルの唇が動いたとき、クローデットは娘が何を言っているのかをハッキリ理解した。

 

 

  ”ざまあみろ”と………

 

 

「ノエルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

 この時、クローデットは漸く理解した。

自分が見ているこの光景は、目の前のネズミ達による暴力は、この地獄の苦痛は……全て娘が仕組んだものだという事を……。

 

 

 クローデット・デュノアがリンチの果てに絶命するのは、コレより数分後の事である。

 

 

 

 

 

「しかし、束様……なぜクローデット・デュノアを始末しなければならないのですか?」

 

「ああ、そういえばくーちゃんにはまだ教えてなかったね」

 

 通信越しにくーは、束に疑問を問う。

その質問に束は忘れていた事を思い出したかのような表情を見せる。

 

「肉親……特に親子ってのは魔力とか霊力の質がよく似るんだよ。能力次第ではそこから足が着く事もある程にね。束さんはそんなのノープロブレムだけどさ」

 

 おどけた調子で束は説明する。

 

「それに、束さんが作った薬と研究成果も調べときたかったから。……結果は上々、さすが私。自分で自分に惚れ惚れしちゃうよ」

 

 そして満足気な表情でノエルに渡したものと同じ薬を見る。

ノエルがコーヒーに盛った薬は束特製の魔法薬、これを飲めば飲んだ者のトラウマが刺激され、近くにいる人間の殆どが(ハッキリ認識できるほど親しい者などを除いて)、自身がトラウマを感じているものに見えてしまうというとんでもない幻覚剤だ。

最も原料を手に入れるのはかなり面倒なため、束は実験程度にしか捉えていなかったが。

詰まる所クローデットが見た巨大ネズミは全て人間であり、幻覚とリンチによってクローデットは心身共に抹殺されたと言っても過言ではない。

 

「あと、アレがどんだけ外道な事出来るか確認する意味もあったしね。……でなきゃ捨て駒にもならないもん」

 

 そして束は、最後にノエルの映る画面を眺めて吐き捨てる。

くーを見るときとは明らかに違う、見下し、蔑み、軽蔑といった感情を孕んだ目で……。




次回予告

 トーナメントを間近に控えた弾、セシリア、簪は椛の協力の下、特訓とコンディションの仕上げに入る。
しかし、武術部を快く思わない者達、そして一夏と椛に恨みを抱くラウラが牙を剥いて襲い掛かるが……。

次回『武術部のプライド』

弾「テメェ等みたいな腐った連中にやられてちゃ、俺をココまで強くしてくれた勇儀姐さんと萃香、そして一夏に申し訳がたたねぇんだよ!!」

ラウラ「こんな群れなければ何も出来ないクズ共と一緒にするな!!」

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