東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

51 / 122
今回ちょっとグロいです。


空中決戦!!

「反応は……こっちだよ、エリザ!」

 

 ダウジングロッドを両手に握りながらナズーリンは自身の能力を用いてセドリックの居場所を探し当て、エリザと共に最上階の部屋へ向かっていた。

 

「もうすぐ……もうすぐよ。無事でいて、リック」

 

 愛する男の名を呟きながらエリザは足を速めた。

 

 

 

 

 

 フランス・デュノア社周辺の上空、一夏達はデュノア社のIS部隊を相手に空中戦を演じていた。

敵はデュノア社の警備部隊のみではなく、クローデットがデュノア社の経済力と影響力に物を言わせて得たコネにより援護を要請されたフランス軍のIS部隊も一部ではあるが出ている。

 

「まさか、市街地の上でドンパチしなきゃならねぇとは、なっ!!」

 

「キャアアア!!」

 

 そしてまた一人、一夏の手でISを駆るクローデットの私兵の一人がデュノア社の敷地内に叩き落され、地面に激突する。

落とされた女はピクピクと身体を痙攣させ、直後に気絶した事によりISは強制的に解除される。

落下の衝撃は想像以上に大きかったらしく、女の両腕と両足は不自然に曲がり、開いた口から覗く歯は殆ど折れているという、見るも無残な状態だ。

いや、彼女はまだマシなほうかもしれない。少なくとも『大怪我』で済んだという意味では……。

 

「畜生ぉ!死ね!死ね!!死ねぇぇぇーーーー!!!!」

 

 恐怖心と焦燥を憎悪と怒りに変換し、一人の女が一夏目掛けて上空からアサルトライフルを連射する。

地上への被害などまるでお構い無しだ。

 

「ッ!!」

 

 即座に一夏は急上昇し、女より上方へ移動して市街地への流れ弾を防ぐ。

 

「死ぬのは……お前の方だ!!」

 

 普段の闘志とは違う明確な殺意を醸し出しながら、一夏は一気に女に接近し、その身体目掛けて手刀を突き出した。

 

「ガッッ………え?」

 

「……《手刀『零落白夜〈改〉』》」

 

 女は自分の身に何が起きたのか一瞬理解できなかった。

一夏の発動したスペルにより、刃と化した手刀と、Dコマンダーのパワーが併さった一撃は女を切り裂いた。

それは身体に切傷を負わせたという意味ではなく、文字通り真っ二つに……上半身と下半身を搭乗していたISごと分断したのだ。

 

「ア゛ア゛ッァァァァァアァッッ!!!!!!!???!」

 

 声にならない耳障りな叫び声が上半身のみと化した女の口から響き渡る断末魔の叫びが一夏の鼓膜に反響する。

それに伴い一夏の全身に不快感が走る。

 

「分かってたとはいえ、やっぱり嫌なもんだな……だけど!」

 

 一瞬だけ表情を不快感に歪め、ISと共に爆ぜる女の姿を眺めながら一夏は数時間前の作戦会議を思い出す。

 

 

 

 

数時間前 聖蓮船・船内

 

「じゃあ大まかな作戦は、まず民間人に避難する時間を与えるため、真っ向から船を突っ込ませるわ。そして私達IS部隊が上空でドンパチやって、その隙に光学迷彩を装備したエリザ、文、ナズーリンがデュノア社内部に潜入。エリザとナズーリンは社長を救出して、文はデュノア社の不正を流出させる。それが済み次第、船に戻って脱出。追撃部隊が来たら即座に撃墜、此処までは良いわね?」

 

 会議を仕切るレミリアの言葉に全員が無言のまま頷く。

 

「だけど、この作戦ではどうしても市街地の上で戦わざるを得ない……。例え避難誘導しても完全とまではいかないでしょうし、いくら私達でも被害ゼロは難しい、敵を生かす事を前提にしている以上はね」

 

 レミリアの言葉の意図に一部の者は表情(かお)を顰める。

詰まる所、自分たちが今からやる事は大義名分はともかく、立派な犯罪行為なのだ。

少なくとも戦闘中、義は相手側がほぼ独占するだろう。

義の有無は意外と大きい、特に市街地の上で戦闘を行う以上、民間人に被害が出ようものであれば此方側は簡単に悪役になってしまう。

逆に言えば大儀さえあれば大抵の事は許容されてしまうのだ。クローデット一派は多少民間人を犠牲にしても構わないというアドバンテージを持っているのだ。

 

「民間人の命と敵の命……どっちを優先するかは選ぶまでも無いな」

 

 言葉を発したのは一夏だった。

 

「良いのね?一夏……」

 

 咲夜が静かに訊ねる。

一夏が敵を殺したのは後にも先にも学園入学前の過激派による襲撃事件の際だけだ。

この戦いに参加すればそれと同じ事を何度もしなければならないだろう。

 

「俺は……外界に出た時から、覚悟は出来てる!……他の皆にも聞く。もし、敵とはいえ人を殺す事が出来ないっていうなら今の内に言ってくれ。無理ならこの戦いに参加しなくて構わない。俺達は誰もそれを責めない!」

 

 一夏のまっすぐで真剣な眼差しが船内に居る全員に向けられ、全員がそれに真っ向から見つめ返す。

 

「自分から敵を殺そうとは思っていない。だけど、私はあの人を助ける。その為なら自分の手が汚れたって後悔はしないわ」

 

「ボクも、今までずっと流されっぱなしで、何も出来ないまま後悔してきたけど……もう逃げちゃいけないって解ったから!だから全力で皆をサポートしてみせるよ」

 

 最初に返答したのはエリザとシャルロットの母子だ。

それに追従するように他の者達からも声が上がっていく。

 

「殺生は決して許される行為ではない……それは私達にも、これから戦う方々にも言える事です。私は私の出来る範囲で守れる命を守りたいのです。たとえ、その結果他者から恨まれようとも」

 

「眷属が覚悟決めてるのに、主人の私が決め兼ねてちゃ、格好悪いわよね。ねぇ、雲山?」

 

「…………」

 

 エリザ達に続いて白蓮が、そして一輪も参加意思を表明し、雲山も無言ではあるが力強く頷いてみせる。

 

「今夜だけは、昔みたいに船幽霊の本分を発揮してやろうじゃないの!」

 

「仲間が覚悟を決めて、私だけ覚悟を決めないなんて、出来る訳無いじゃないですか」

 

「ま、相手の親玉は悪人だし、ちょっとばかし残酷になっても抵抗感は少ないよね」

 

「私は元々人間が嫌いだ。それが悪党なら尚更ね」

 

 村紗、星、ナズーリン、そしてぬえ……コレで命蓮寺のメンバー全員の参加が決定した。

 

「私達紅魔の者達は既に準備出来てるわ」

 

「あややや、コレで私一人残ったら完全に悪者じゃないですか」

 

 そして最後にレミリアと文が発言し、戦闘員全員の参加が決定したのだった。

 

「コレで決まりね。一時間後に行動開始よ」

 

 不適に笑みを浮かべるレミリアの一言により、作戦会議は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

「シャルロット!市街地の被害状況と住民の避難状況は!?」

 

 回線を開いて一夏はシャルロット(苗字ではデュノア社長やエリザ(厳密には違うが)と被ってしまうため、一夏はシャルロットを名指しで呼ぶようにしている)に周辺状況を確認する。

 

「街への被害は10%未満。こっちはまだ許容範囲だから問題ないけど、避難の方はまだ少し人が残ってるから注意して!」

 

「了解だ」

 

 確認を取り終えた一夏は再び敵を迎え撃つ。

己が覚悟を胸に抱きながら……。

 

 

 

 

「何、なのよ……こいつ等は?」

 

 専用のラファールを身に纏い、後方で突如現れた謎の集団の戦闘力を目にしてノエルは声を震わせる。

 

 

「落とす!《『レイディアントトレジャー』!!》」

 

「ギャアアアアアァァッ!!」

 

「逃がさない!《湊符『ファントムシップハーバー』!!》」

 

「ひっ……キャアアアアァァッ!!」

 

 レーザー状の光と巨大な錨が、それぞれ警備部隊の者達を容赦なく襲い、次々に落としていく。

警備部隊も抵抗こそしているが、その抵抗もまるで意味を成していない。

 

「雲山、やれ!!」

 

「ぬぅうううん!!」

 

「な、何で雲が動いて……グゲアアアアアァァッ!!!?!」

 

 そして頭巾を被っているような女が使役するかのように巨大な雲の手が落とされた者達を合掌して叩き潰し、一網打尽にする。

あんなやられ方では絶対防御も大して役に立たずに最低でも全身の骨が折れているだろう。

 

(……冗談じゃないわ。こんな連中の相手なんてしてたら命がいくつあっても足りない。デュノア社の後ろ盾を失うのは惜しいけど命の方が大事よ!専用機を持ち逃げすれば行き先なんていくらでもある。そうよ、この私がこんなところで終わっていいはずが無い!!)

 

 引き攣った笑みを浮かべてノエルは戦場に背を向ける。

彼女にとってデュノア社は自身の装飾品(アクセサリー)の一つでしかない。

自身の安全と再起への可能性さえ残っていれば何度でもやり直せる自信が彼女にはあったし、自分の安全と再起のためならば、実家(デュノア社)や母親(クローデット)が潰されようと知った事ではない。

早い話、ノエルという人間は極端なまでの自己中心人間なのだ。

彼女にとっては社会風潮である女尊男卑も周辺の男を顎で扱き使う口実に過ぎない。

本来の彼女は女尊男卑など関係なく自分以外の大抵の人間など等しく下等生物でしかないのだ。

 

「あら?引き際を見極める程度の頭脳は持っているようね。」

 

「!?」

 

 ノエルの目の前に突如現れる槍を構えた黒い影――レミリア・スカーレット。

小柄ではあるが、何処までも不気味で底の知れない覇気を醸し出すその姿は、大きな不安と恐怖心を煽ってくる。

 

「でも、部下を見殺しという点はいただけないわ。所詮は外道の娘は外道……」

 

「っ……この、化け物がっ!!」

 

 嘲笑しながら槍の切っ先を向ける影を前に、この状況で逃げるのは不可能と判断し、僅かでも相手に隙を作るべく、ノエルは自身のカスタム型ラファールの専用武装であるガトリングを左腕に展開し、撒き散らすように弾幕を張る。

 

「この程度の弾幕で……っ!?」

 

 槍を高速回転させてガトリング弾を防ぐレミリアだが、視界が突然煙に覆われる。

ノエルが撃ったのは爆煙が大量に出る炸裂弾、そして同時にノエルはIS用音響閃光弾を投げつけ、それを爆発させてレミリアの視界と聴力の自由を奪ったのだ。

 

「引っ掛かったな、馬鹿が!一生煙の中で遊んでなさい!!」

 

 炸裂弾の粉塵に包まれるレミリアを嘲笑いながらノエルはブースターを吹かして撤退しようとするが……。

 

「《紅符『スカーレットシュート』》」

 

 一瞬、たった一秒にも満たないその一瞬だった。

煙と閃光の中から紅い円盤状の光が飛び出し、光は刃と化してノエルの左腕を斬り落とした。

 

「ガァァアアアアアアアアアッッ!?……な、何で…………!?」

 

「臭うのよ、アナタ。私腹を肥やした人間特有の脂が乗りすぎて糞不味い血の臭いがプンプンと……。それだけで十分に位置が分かる程にね」

 

 切断された左腕を押さえてもだえ苦しむノエルの様子に、レミリアは視界の自由と聴力の何割かが利かない事を残念に思いつつ、レミリアは自らの手に持つ妖力の槍をより一層大きくする。

あらゆるものを軽々と貫く一撃必殺のスペルカード「神槍『スピア・ザ・グングニル』」……先程のスペル(スカーレットシュート)と同様、この一撃の前には絶対防御など薄い鉄板程度の厚さでしかない。

 

「あ……ぁ…………」

 

 恐怖で痛みも忘れて声が出なくなり、身動きも取れなくなる。

ノエルは本能で察した。目の前に居る相手は自分達の常識をはるかに超えた存在……。

自分達は人外とも言うべき化け物に目を付けられてしまったのだと……。

 

「さよなら。死神によろしくね」

 

 そしてレミリアは極々自然に、同時に無慈悲に、槍(グングニル)をノエルへ投げつけた。

 

「ノエル様!」

 

 しかし、その一瞬……ノエルの耳に飛び込んできた一人分の声、デュノア社の警備部隊の一員はノエルを救出するべくノエルに向かって一直線に飛んでくる。

それを理解した時、ノエルは醜く歪んだ笑みを口元に浮かべた。

 

「私は死ねないのよ。こんな所でこの私が終わって良い筈が無い。だから……!」

 

「……え?」

 

 助けようと自身に差し延べられた手ではなく腕を鷲掴み、ノエルは歪んだ笑みを崩さぬままそう言った。

 

「アンタが代わりに死ねば良いのよ」

 

 そしてそのままノエルは部下の身体を地震とレミリアの間、即ちグングニルの射線上に放り投げた。

 

「ア゛ァァァァッァアアァアァアッァァァッッッッ!!!!?!?!」

 

 フランスの市街地上空に鳴り響く一際大きな断末魔。

その身を槍で貫かれた女性パイロットの怨嗟、呪詛、悲痛、絶望……あらゆる負の感情を一纏めにしたような叫び声を残して身に纏うラファール諸共女は爆発の中に消え去った。

 

「フフ、アハハハ!私は生きるのよ……生きて、そして勝つ!勝利者は私一人だから」

 

 狂った笑いと共にノエルは急降下して大地を目指す。

地面に降りさえすればあとはISを解除して身を隠し、戦闘の混乱に乗じて逃げれば良い。

デュノア社は潰され、自分は行き場を失うだろうがそんなのは知った事ではない。

自分には専用機もあるし、能力もある。女尊男卑主義の過激派団体にでも自分を売り込めば後はどうにでもなる。

自分は勝利者となるべく生まれた人間、絶対に此処で終わって良い筈が無い。

いずれはこの化け物共すら皆殺しに出来る……ノエルはそう信じて疑わない。

 

「……調子に乗るなよ。ごみ屑が」

 

「……え?ヒィッ!!」

 

 まるで気が付かなかった。

ノエルの意識が元々レミリアの居た位置に向いていた事も差し引いても気が付かない程に。

目の前に居る影を纏った少女は影越しでも解る程に冷たい眼をしていた。

文字通り絶対零度と呼べる程に。

 

「此処まで見ていて不快な人間も珍しい……」

 

 静かに、しかし一瞬の内に、ノエルの反応が間に合わない速度でレミリアは静かに彼女の顔の前に、その手を……鋭く獰猛な爪を立てて近付け……

 

「故に、アナタに相応しい絶望を送るわ」

 

 そして顔面から下半身まで、一直線に裂いた。

 

「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 顔面から股先まで裂かれ、傷口から血が噴出す。

なまじ致命傷でないだけ痛みがダイレクトに伝わり、ノエルは喉が潰れかねない程の悲鳴を上げた。

 

「吸血鬼の私ですら吐き気を催す人間の底辺にも満たぬゴミよ、消え失せなさい」

 

「ゴガァッ!!」

 

 そしてレミリアはノエルをその細い腕で地面目掛けて叩き落す。

ISの絶対防御なら落下の衝撃自体は問題無いだろうが、ノエルのあの出血では最早誰かに救助でもされぬ限り生存は難しいだろう。

しかし、レミリアにとってそれはどちらでも良い。

ノエルが死ねば、彼女はそのまま地獄で絶望し、生き残れば顔と身体に残った醜い傷に絶望し、生き地獄を味わう運命になる事は明白だ。

 

「ノエル・デュノア……この私を本気で不快にさせ、あまつさえ好まぬ力技を使わせた愚者よ、アナタの運命は絶望以外許されない」

 

 吐き捨てるように言い放ち、レミリアは無言のまま背を向け、戦場へと戻る。

最早この時、デュノア社側の戦力は大半を失い、IS部隊員達の士気も駄々下がり状態となっており、多少ではあるが逃亡するものも居た。

デュノア社の陥落は最早時間の問題だった。

 

 

 

 

『け、警備部隊約65%壊滅!協力を要請していた軍も撤退していきます!!』

 

『そ、そんな!ど、どうすれば良いのよ!?』

 

『こっちが聞きたいわよ!!誰か何とかしなさいよ!!』

 

「ぐ…く……この、役立たず共が!!」

 

 最上階の一室……セドリックを監禁している部屋の中で、通信機の先から聞こえる管制室内の混乱と恐怖の罵詈雑言にクローデットは醜く表情を歪めて備品である机を蹴飛ばす。

 

「フン……どうやら、貴様も年貢の納め時だな、クローデット」

 

 衰弱した顔に嘲笑を浮かべてセドリックはクローデットを皮肉る。

 

「黙れぇっ!!」

 

 しかし、その反応が癪に障ったのかクローデットは通信機をセドリックに投げつける。

 

「ウグァッ!」

 

「まだよ、私が生き残る手はまだ有る……今すぐアナタの私有財産全てを私に寄越せ!!」

 

「馬鹿か貴様は。そんな真似した所で何になると」

 

「私が逃げられるわ!」

 

 クローデットの口から出た言葉にセドリックは驚愕する。

目の前に居る女は何と言った?

『自分が逃げられる』……つまりそれは

 

「き、貴様!自分一人だけ生き延びようとでもいうのか!?」

 

「そうよ!それの何が悪い!?」

 

 悪びれもせずにクローデットは言い放ち、セドリックは絶句する。

クローデットは自分一人だけ金を持ち逃げして他の者は全て見捨てようというのだ。

いや、娘のノエルをどうするのかは定かではないがそれでも十分性質が悪いことに変わりは無い。

この一件が収束したら間違いなくデュノア社は公安に調査されるだろう。

そうなればクローデットの横領などは即座に見つかり、デュノア社は即倒産、財産は差し押さえられて逮捕も免れないだろう。

だが、クローデットはその前にセドリックの私有財産を奪って整形と高飛びの費用に当てて逃げてしまおうというのだ。

 

「貴様という奴はどこまで……グォッ!!」

 

「口答えするな!下等な男風情が!!」

 

 怒りの篭った視線で睨み付けるセドリックをクローデットは懐から取り出した銃の底で殴りつけて喚き散らす。

 

「どいつもこいつも……私の!このクローデット・デュノアの命令一つ満足に実行できない役立たずのゴミを捨てて何が悪い!?お前も!!この私と結婚出来たという名誉も忘れて、誰のお陰で貴様の虫けら同然の企業を大きくしてやれたと思ってる!?この恩知らずが!!」

 

 口汚く暴言を撒き散らし、クローデットはセドリックを何度も何度も殴り続ける。

例え流血しようが白目をむきそうになろうがその手を緩める事はなく、感情のままヒステリックに腕を振るい続ける。

 

「ハァ、ハァ……最後のチャンスよ、セドリック。今すぐあなたの私有財産を寄越して責任を全て被りなさい。そうすれば命は助けてあげるし出所後も面倒を見てあげるわ。さぁ、言いなさい!この私に従うと!!」

 

 銃を突きつけ、先程とは一転した猫撫で声でクローデットはセドリックに迫る。

 

「……断る!!生憎だが私の私有財産は既に貴様が解雇した社員達への退職金に使った!第一、私は貴様と結婚した事を名誉に思った事など一度たりとも無い!!貴様はココで終わる、私と共にな!!」

 

 だがセドリックは動じない。

彼は既に覚悟を決めた人間。そんな彼が拳銃を突きつけられた程度で何を恐れる事があると言うのか?

セドリックはデュノア社と共にクローデットを道連れにすると決めた時、この日が来るのを待っていたのだ。

そんな彼に恐れるものなど何も無かった。

 

「そう……だったら望み通り始末してやるぁぁっ!!テメェ殺して遺産と保険金せしめれば同じ事だぁっ!!」

 

 口調が変わるほどに顔を狂気に歪めてクローデットは指に掛けた引き金を引き絞る。

セドリックは最早これまでとばかりに覚悟を決め、硬く目を閉じる。

そして次の瞬間一発の銃声と一人分の悲鳴が室内に木霊した。

 

「ギャアアアァァーーーーー!!!!」

 

「!?……な、何が?」

 

 だが、銃弾はセドリックに命中する事無く壁に穴を開けただけであり、悲鳴を上げたのは他ならぬクローデット自身だった。

思わぬ展開にセドリックは目を見開いて何が起きたのかを確認しようとする。

まず目を引いたのはクローデットの肩に深々と突き刺さっているクリスタルだ。

クローデットが銃を撃つよりも先にクリスタルが彼女の右肩に突き刺さり、狙いが逸れたのだ。

 

「よくも、よくもリックをこんな目に……!!」

 

 静かながら熱い怒りが込められた声と共に室内に入る二人の黒い影。

一人は小柄で頭部に鼠の耳のようなものが付いた少女、そしてもう一人はスレンダーで美しい体つきをした女性のシルエットだった。

そして女性の声、言葉を耳にしたセドリックは驚愕の表情をより一層強くする。

自分の事をリックという愛称で呼ぶ女性は今は亡き彼の母親以外ではたった一人しか居ない。

 

「ひっ!だ、誰かぁ!!し、侵入者が……」

 

「ッ!!」

 

「グガァアアア!!!!」

 

 大声を上げて助けを求めようとするクローデットに再び女性……エリザの手からクリスタルが放たれ、クローデットの左脚を穿つ。

 

「《束縛『ジェイルクリスタル』」

 

 そして直後にエリザは千冬との戦いで見せたスペルを発動して魔力で強化された糸を操作し、クローデットの身体を壁に磔状態にする。

 

「許さない……アナタだけは、絶対に……!!」

 

『いつでもイケるよ!計算はこっちに任せて!!』

 

 イヤホンから聞こえるシャルロットの言葉にエリザは手に持った全てのクリスタルに魔力を込め、己が最大のスペルを発動する!

 

「《反符『リフレクトクリスタル』!!》」

 

「ギィぃヤアアアアアア゛アアアアア゛アアアアアア゛アアアアアアアアぁああっっっっい゛アアァァアァァァ!!?!?!?!!?」

 

 魔力の弾が暴風雨の如くクローデットを打ちのめす。

何度も……そう、何度もだ。たとえ顔面の形が変形しようが一部の骨が砕けようが攻撃の手は決して緩まない。

そして今回のリフレクトクリスタルには、前回と比べて制限が大きく緩和されている。

聖蓮船にて通信を務めるシャルロットがにとり特製の演算機を用いてエリザが本来行うべき入射角と反射角の計算を行っているため、発動時間が格段に長くなっている。

 

「や、やめろぉぉあおぉぉぉおおぉ!!!!私を、誰だと思…… げごぁぉおぉおぁおおぉぉ!!!!???!?」

 

 クローデットの制止の声も誰一人として届く事は無い。

エリザとシャルロットの怨念を体現したかのように魔力弾はクローデットを決して許そうとはしなかった。

 

「ひぃぎやああああああああああッ!!?ぐぇぉぉおおおおオオオおおおぁああぁぁぁアアアアア!!?!?!!?!??!!?!?」

 

「…………解ってはいたけど、やっぱり気なんて晴れないわね」

 

 やがてクローデットの顔面が血に塗れ、全身の骨の至る部位の骨がへし折られた頃、エリザは唐突に攻撃を止める。

 

「だ……助け、て……お金なら、いくらでも……あげる、から」

 

 ボロボロの状態で無様に命乞いをするクローデットを、エリザともう一人の侵入者であるナズーリンは冷めた目で見つめる。

 

「助けて?……そうやって助けを求める相手を、アナタは今まで何人蹴落としてきたと思ってるの?」

 

「お前のやってきた犯罪行為はキッチリ調べてるよ。随分汚い手で何人もどん底に落としてきたようで……」

 

 言葉を一蹴され、クローデットの表情が絶望に染まっていく。

そんなクローデットを鋭く睨みながらエリザは再び口を開く。

 

「アナタを殺しはしないわ。アナタの様な人、殺す価値も無い……だけど、落とし前は付けさせて貰うわ!」

 

 そう言い放ち、エリザは隣に立つナズーリンに目を向ける。

 

「ナズちゃん!」

 

「OK!さぁ皆、餌の時間だよ。ただし、右腕と左脚だけだからね!!」

 

 ナズーリンの合図と共に、彼女の支配下にある多数の鼠が一斉に室内に入り込み、壁に張り付けられたクローデットの右腕と左脚に群がり始める。

そして直後、ネズミたちはその歯を立ててクローデットの右腕と左脚の肉に齧り付いた。

 

「ぎぃぃややあぁぁぁぁぁあああああああああああああああああぁっぁっっあーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!?!??!」

 

 同時にクローデットの絶叫が鳴り響く。

ネズミは本来肉食、クローデットの右腕と左脚は、今まさにネズミ達に喰われているのだ。

そして自身を拘束する糸が止血の役割を果たしているため致命傷には至らず、神経も先程のリフレクトクリスタルで痛め付けられた為、痛覚が麻痺してショック死することも出来ない。

クローデットは、生きながらに腕と脚を喰われるという地獄をその身と心で味合わされているのだ。

 

「私の腕が、私の脚がぁぁぁあああ!!??!?嫌ァァッァァァッァァァァあああああああーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 やがて右腕と左脚が喰い尽くされ、その頃にはクローデットは口から泡を吹き、目は白目を剥き、大量の失禁と共に失神していた。

 

「…………お前、いや君は……まさか……エリザなのか?」

 

 クローデットの受ける地獄の断罪を呆然と見ていたセドリックが、恐る恐るエリザに声を掛ける。

外道が相手とはいえ、残虐な行為に及んでしまったエリザは、気まずそうに一度俯くが、やがてぬえから受け取った正体不明の種を外した。

 

「え、エリザ……」

 

「リック……」

 

 お互いの名前を呼び合い、二人はお互いに相手の存在をしっかりと認識する。

やがてセドリックの目から涙が流れ落ち、それに釣られてエリザの目からも涙が零れ落ちる

 

「エリザ……!生きて、いてくれたんだな…………!」

 

「ええ……!……シャルロットも無事よ。リック……アナタのお陰で」

 

 二人は静かに歩み寄って抱擁を交わす。

長く引き裂かれていた二人の距離は、今漸くかつての青春時代のものと同じ距離にまで戻ったのだった。

これより数分後、エリザとナズーリン、そしてデュノア社(正確にはくローデット一派)の犯罪行為をフランス中に流出させる事に成功した文と合流し、聖蓮船に帰還した。

 

 そして、クローデットが目を覚ました時、既にデュノア邸内には警察の手入れが入り、クローデットは保護の名の下に拘束、やがて不正の証拠が摘発されて逮捕されたのだった。




次回予告

 無事に保護されたシャルロット、エリザ、セドリックは長い間失っていた家族の時間を取り戻し、今後について語り合い、一夏達は事件の後始末に奔走する。
そして、自業自得で全てを失い、絶望の淵に叩き落されたクローデットはどのような末路をたどるのか?

次回『取り戻した絆と新たなる生活、そして罪人は……』

???「……駒、確保します」

オリキャラ紹介

ノエル・デュノア
デュノア社社長夫人、クローデット・デュノアの娘。精子バンクからの人口受胎で生まれた存在。
表向きには女尊男卑主義者だが、その実態は自分以外の殆どの存在を見下す正確の持ち主。
自分のために他人を利用しようが殺そうが全く沿ぐわぬ者を決して認めない支配欲を持っており、母親に負けず劣らずな外道。
しかし、クローデットとは違い、非常に優秀な遺伝子を持つ父親(詳細不明)の才覚を受け継いでおり、状況を見抜く観察力や、クローデットの不正を隠蔽出来るだけの高い情報処理能力を持っている優秀な人物でもある。
幼き日からの英才教育と母の無能さを反面教師に物事を客観的に見極める洞察力に関してはセドリックですら認めるものであり、セドリックはノエルがクローデットの異常な自尊心と支配欲を受け継ぎさえしなければノエルは人の上に立つ器を持つ事が出来ただろうと常々思っていた。
レミリアに顔面と身体を引き裂かれ、撃墜されたが……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。