時刻は午前0時、夜になり周囲が真っ暗となった頃、幻想郷と外界を隔てる結界の前に一夏の姿はあった。
「ところで、何で魔理沙までいるんだ?」
どこで話を聞きつけたのか、一夏の目の前にはかつて一夏の命を救った少女、霧雨魔理沙の姿があった。
「なんか面白そうだから私もついて行く事にしたんだ。それに一夏の姉ちゃんも見て見たいし」
「はぁ……まぁ、いいけど。あ、帽子は外していけよ。それ外界じゃ絶対目立つから」
完全に興味本位の魔理沙に一夏はため息を吐きながらも出発する準備に入る。
魔理沙の性格から考えてどの道止めた所で勝手に着いてくるのは目に見えているからだ。
「…………」
静かに目を閉じ、魔力を体中に循環させる。
既に昼間の内に何度か実験し結界の内側と外側への行き来に成功しており、外界でも能力の使用が可能である事も確認した。
今回は自分だけでなく魔理沙の中にある概念も破壊すれば魔理沙にも幻想郷と外界の行き来は(一時的に)可能になる筈だ。
(大丈夫、やれる!)
心の中で自分を激励し、己の能力を発動する。
直後に自分と魔理沙の中にある『結界を素通りできない』という概念を打ち砕いた。
「……よし、成功だ!」
「うん、こっちもOKだぜ」
二人の中でそれぞれ己の中にある何かが砕けるような感覚を覚える。これは一夏の能力がうまく発動した証拠だ。
「よし、行くぞ魔理沙。間違っても飛んでる所を誰かに見られるなよ」
「わかってるぜ!」
二人は闇夜に紛れながら空を飛び、一夏の家を目指した。
窓から差し込む月光の中で千冬は目を覚ました。どうやら泣いてる途中で眠ってしまったらしい。
「もう……0時過ぎか……」
時計を眺めて千冬はそう呟く。
またいつもと同じように一日が無為に過ぎていく。これで何度目だろう?
「何をやってるんだ?私は……」
今度は自分の情けなさに涙が零れる。
自分はどれだけ無様なのだろう。死者にいつまでも縋り付いて、酒と自慰行為に明け暮れるだけの無意味な毎日……こんな様で死んだ一夏が浮かばれるはずがない。
「だけど……だけど……っ」
一度流れた涙は止まらず、どんどん流れ落ちる。
きっと自分は心のどこかで一夏が死んだという事実を受け入れられず、一夏がまだどこかで生きているんだと必死に信じようとしているんだ。
せめて死体を見ていたのなら諦めも付いたかもしれない。
だけど信じたくない、諦めたくない。もし諦めてしまったら本当に一夏が戻ってこない気がして……。
「一夏……」
一夏の名前を呟いた、その時だった。
突然ドアのインターホンが鳴ったのだ。
「?…………誰だ?」
ドアに近寄りながら問いかける。しかしまったく返事はない。
「おい!誰なんだ!?」
全くの無言に苛立ち思わず声を荒げてしまう。
「………………………まさか、一夏…………なのか」
そんな筈は無い、そう思いながらも震える手でドアノブに手を伸ばす。
「一、か………っ!?」
ドアを開けた瞬間に腹部に鋭い痛みが走る。
痛みを感じる部位を見下ろすとそこにはナイフが深々と突き刺さっている。
「お、お前は……」
目の前にいるのは一夏ではなかった……。
「ハハ……アハハハ!!!アンタが悪いのよ!!アンタが私の顔をこんなにしたから!!」
そこにいた者、それは以前一夏を侮辱したために千冬に殴られ重傷を負った女だ。
女の顔は以前と違い鼻が曲がり、歯はボロボロ、更に右側の頬骨が割れて右頬がひしゃげてしまっていた。
「ぐ…ぁ……はっ…………」
言葉を発せようにも痛みでうまく言葉が出てこない。
「アンタのせいでこんな顔にされて、私の人生無茶苦茶よ!!」
(ふざけるな……一夏の事を愚弄しておいて)
女の理不尽な言葉と行為に怒りを感じ、千冬は女を睨みつけ、反撃しようとするが深手を負った体は脳の言う事を聞かず、逆に馬乗りの状態で押し倒される。
「アハハ……いい気味……このままアンタを汚らわしい弟の所に送ってやる!!!!」
馬乗りになった女の手に持ったナイフが振り下ろされる。
もはや成す術も無い状況に千冬は固く目を閉じ、死を覚悟した。
しかしその時だった……。
「ぐぎゃああああああああああああああ!!!!!!!」
部屋に響いたのは千冬ではなく女の悲鳴だった。
(な、何が……?)
混乱する頭で何が起きたのか確かめるために千冬は閉じていた目を開く。
そこには…………。
「千冬姉、しっかりしろ!!大丈夫か!?」
「い、………いち……か……!?」
そこにいたのは紛れもなく自分がずっと会いたかった最愛の存在、織斑一夏だった。
「魔理沙!その女の口塞げ!!」
「あ、ああ!」
一夏は懐からハンカチを取り出し魔理沙に渡し、直後に自分の服を引きちぎって千冬の刺された部位を覆い、止血を始める。
一方で魔理沙は一夏に従い、女の口を受け取ったハンカチで塞ぐ。
「急いで幻想郷に戻ろう。すぐに手当てするんだ」
本当に危なかった。
博麗神社から織斑家までの距離がもう少し離れていたら本当に千冬は殺されていたかもしれない。
急いで魔理沙は千冬を担ぎ、飛び立つ準備に入る。
「準備できたぜ!」
「よし」
準備も完了し、いよいよ幻想郷に戻るため、魔理沙は箒に乗って宙に浮く。
一方で一夏は倒れた女に近づき蹴りとばす。
「ん゛んぅっーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「このクズが!二度とその汚ぇ面見せるな!!」
口を塞いでいるハンカチを奪い取り一夏は女の頭を掴んで能力を発動させる。
「ッ……………………!!?!!?」
「貴様の中に存在する『喋る』という概念を打ち砕いた。少なくとも2〜3時間は助けも呼べないだろうな!!」
それだけ言い放って一夏は魔理沙と共にこの懐かしくも最悪な世界から飛び去っていった。
数時間後、漸く喋れるようになった女は大声で助けを求め、救急車によって運ばれ、警察に自分が何をされたのかを必死になって訴えたが、余りに非現実的な話に到底信じてもらえず、逆に自分の持っていたナイフが発見されたことにより立場が悪くなり、最終的に精神異常者の烙印を押されてしまう事になる。
感想についてですが、自分は主に携帯版でアクセスしているので返信がかなり遅くなると思いますがご了承ください。