そこら辺を頭に入れて読んでください。
一夏が外界へ戻る方法を得た頃の外界、日本のとある町に一人の女性がいた。
整った顔付きで十分美女と呼べるプロポーションだが周囲が彼女を見る目は憧れなどの類ではなくむしろ奇異の目だ。
今の彼女の外観は髪の毛は伸び放題のボサボサで眼は虚ろ、服はボロボロの部屋着、その上手首にはいくつかの切り傷を付けているという余りにもみすぼらしいその姿に周囲の奇異の視線はある意味当然とも言える。
そして何より彼女が注目されているのは彼女の過去に原因がある。
女性の名は織斑千冬。織斑一夏の実の姉だ。
かつて千冬は世界最強のIS乗りとして『ブリュンヒルデ』と呼ばれる世界最強の栄光をつかみ、全世界の女の憧れの的だった。
しかし第2回モンドグロッソにて弟である一夏を失った今、過去の栄光は消え失せ、職にも就かずに日々アルコールに溺れる日々という余りにも惨め過ぎる人生の負け犬に成り下がっていた。
それ程までに一夏を失った悲しみは彼女に深い傷を刻み付けていたのだ。
約一年前
「一夏をどこにやった!?答えろ!!」
「し、知らない……逃げられて、そのまま見失ったんだ……信じてく、ウゴォッ!!!」
言い訳しようとする誘拐犯の顔を千冬は殴り飛ばす。それも一発や二発どころではない。
ドイツ軍から一夏が誘拐されたという知らせを受け、決勝戦を放棄して助けに向かった時、既に一夏の姿は無かったのだ。
怒りに駆られるままに誘拐犯達を血祭りにあげ、一夏の居場所を必死に問いただすが返ってくる答えは「知らない」「逃げられた」のみ。
「織斑さん、弟さんの血液が発見されました。残念ですが状況から考えて弟さんの命はもう……」
「言うなぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」
ドイツ軍の人間からもたらされた絶対に受け入れたくない事実に千冬は耳を塞いで叫ぶ事しか出来なかった。
その後、一夏の生存は絶望的という理由から捜索は打ち切り。
一夏は正式に死亡認定がされた。
この時、千冬は人目も憚らず泣き崩れた。
数週間後、千冬はドイツ軍に借りを返すため軍にて教官を務める。
仕事で孤独感を紛らわせようとしていたものの、やはりそれは適わなかった。
表面上は教官として振舞いつつも一度一人になってしまうと孤独感がぶり返してしまうのだ。
結局一夏を失った悲しみは癒えないまま期間を終えて日本に帰国。
IS学園の教師にならないかという誘いがあったものの今の千冬は何をする気にもなれず、その誘いを断り自宅に引き篭もるようになった。
家とコンビニを往復しIS選手時代に稼いだ貯金を減らしながらその日の飯と酒を買い、酒に溺れる日々。
誰の眼から見ても千冬の堕落振りは明らかだった。
更に悪い事というのは立て続けに起こるものであり、一度だけ千冬の熱狂的なファンを自称する女が千冬の自宅に押しかけた事があるが、それは千冬の名誉を更に落とす事になってしまう。
押しかけたその女は運悪く女尊男卑に染まりきっていた。分かりやすく言えば差別主義者とも言うべき性格の女だったのだ。
その女は千冬に対して最大の禁句を言ってしまったのだ。
「”たかが”弟が死んだぐらいで落ち込むなんて千冬様らしくありません!!」
この言葉を聞いた時、千冬の中で何かが音を立てて切れた。
気が付けば激情に駆られるままに女の顔面を力一杯殴り飛ばし、歯をへし折っていた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「一夏を侮辱したな……貴様に一夏の何が解る!!!アイツは誰よりも優しかった、お前のようなクズなんかよりずっと価値のある人間だったんだ!!!!それを”たかが”だと!?殺してやる!!殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
目尻に涙を浮かべながら千冬はひたすらに女を殴り続けた。
直後に通報を受けた警官に止められなければ千冬は本当に女を殴り殺していただろう。
その日以降、千冬に近寄るものは誰もいなくなり、現在に至る。
「一夏……一夏ぁ……」
時刻は夕方、酒を飲み終えた千冬はいつものように一夏の部屋のベッドで咽び泣く。
右腕で一夏の服を抱き締め、時折それを顔に押し当てて下半身に左手を伸ばし、自分を慰める。
日本に帰国直後は服を抱きしめるだけだった千冬だが、いつしか一夏の匂いに欲情し始めている自分に気付いた。
それが恋愛感情なのか、それとも一夏を失った孤独感からか、もしくは一夏を失って一夏への親愛が異性への愛に昇華したのか……。
どちらにしても姉として最低の行為であることに変わりはない。それを理解しつつも、止める事は出来なかった。
「何で……こうなったんだ?」
自分以外誰もいない部屋の中でそう呟く。
思えばこの自問をもう何回したのか覚えていない。
最初から一夏の安全を確保しておくべきだったのか?
いや、それ以前に自分がISなんか手を出してさえいなければこんな事にならなかったのではないか?
思えばあの日、親友の篠ノ之束に誘われ、彼女の作ったISで世界を変えてしまったから……。
あの頃の自分は荒れていた。親に捨てられ、姉弟だけで生きていかなくてはならない状況が辛くて……なんで自分達がこんな境遇にならなければいけないのだと、世界を呪い、世界を変えてやりたいと願っていた。
そんな時に束から誘われ彼女と共に世界を女尊男卑という歪んだ社会に変えてしまった。
その結果何人もの男が地獄を見る思いをして、一夏の死すら愚弄されてしまった。
やり直したい……何度もそう思った。
自分が束を止めていればISが世に出る事も無かったのでは?
あるいは束に男でも乗れるISを作るよう説得していたら?
白騎士事件など起こさせずに本来の目的である宇宙活動用のパワードスーツとして世間に公表していたら?
今になって思いついてしまう世界を歪ませずに済んだ可能性、しかし結局自分はそれをしなかった。
そう思うと後悔と自責の念だけが募っていく。
「っ……一夏ぁ……」
そして千冬は再び涙を流す。
どんなに泣いても涙は枯れず、終わらない負の連鎖だけが繰り返される日々……。
それが嫌で何度も自殺しようとしたが出来なかった……手首を切ろうとしてもどうしても躊躇ってしまい、躊躇い傷だけが増えていく。
きっと自分は心の奥底で救いを求めているのだ。もう二度と会えない最愛の弟、織斑一夏に……。
「一夏…………助けて……………………」
千冬の悲痛な声が部屋の中に虚しく響いた。
今回は千冬の話でした。
正直これぐらいの荒療治でないと千冬に後悔させる事は出来ないと思ったので……。