謎の無人機の乱入後、対抗戦は中止となり、事件の当事者である一夏と魔理沙、避難誘導を担当していた一年の専用機を持つ者達、そして放送席を占領した箒が管制室に集められ、千冬による事情聴取を受けていた。
「…………」
「…………」
室内には重苦しい空気が流れているもののそれは事情聴取によるものではない。
室内に居る者の殆どの視線が箒に集まり、白い目を向けている。
それに対して箒も周囲を睨み返し、今にも飛び掛らんばかりの敵意が滲み出ている。
「では、先程も言った通り政府の方には私達から連絡しておく。余計な混乱は避けるため、証拠を隠滅した人物については一般生徒には他言無用で頼む」
一通りの聴取を終え、千冬は方針を伝えて事情聴取を終える。が、その空気はまだ張り詰めたままだ。
直後に千冬の厳しい視線が箒の方へ真っ直ぐ向く。
「さて、次はお前の件だ篠ノ之」
「私、ですか?」
突然向けられた視線と言葉に箒はやや戸惑いがちに反応する。
「わ、私が何か……」
「アナタ、自分のやった事を忘れたの?」
戸惑う箒に背後から咲夜の冷たい声が突き刺さる。
「わ、私が何をしたというんだ!?」
僅かに気圧されながらも箒は咲夜に食って掛かる。
そんな彼女を見る周囲の目はますます蔑みを増していく。
「決まってるでしょ!アナタが放送席を占領して一体何人の人が危険にさらされたと思ってるの!?」
箒の態度に怒りを感じ、早苗は声を荒げて箒を糾弾する。
「ハッキリ言いますが、早苗さんが助けに入らなければ凰さんはアナタ共々死んでいましたよ。アレだけの威力の攻撃なら絶対防御だって通り抜ける可能性は大ですからね」
「お前が一人で勝手に突っ走って自滅するのは勝手だぜ。だけどそれで周りの人間まで巻き込むんで、それでお咎め無しなんて思ってんのか?」
「グ、ウゥ……」
妖夢と魔理沙から続けざまに掛けられる糾弾と叱責に箒は唇を噛み締めながら握った拳を震わせる。
「そういう事だ。……篠ノ之、お前の身勝手な行動一つで凰だけでなく避難している者達全ての命が危険に晒されたんだ。それを解らんような者にIS(兵器)を扱う資格は無い。処罰の方は追って伝える、それまで当分の間反省室に入っていろ」
俯く箒に千冬は冷淡に言い放ち、全員に解散するように伝える。
しかし、それで箒は終わらなかった。
「……納得いかない」
「何?」
突然発せられた箒の言葉に千冬達は再び箒を見やる。
「何言ってるの?アナタ……」
「私は私が出来ることをやったんだ!それの何が悪いと言うんだ!?」
箒は鬱憤をぶちまけるように大声で反論する。その表情に反省の色は全く見られない。
「何ですって……」
「アナタ、今さっき言われたこと解ってないの?」
咲夜と早苗が目つきを鋭くし、怒気を発しながら箒を睨みつける。
しかし箒の勢いはまるで止まらず咲夜達に噛み付くように喚き散らす。
「うるさい!私は一夏があの連中に苦戦しているから喝を入れてやったんだ!!それの何が間違っているというんだ!?」
「コイツ……!!」
妖夢は怒りに身を任せて箒の胸倉を掴む。
「ウグッ!」
「いい加減にしなさいよ!一歩間違えればアナタを止めに入った凰さんは死んでいたかもしれないのよ!!」
感情を露にしながら妖夢は鬼気迫る表情で捲くし立てるがそれでも箒は睨み返す。
「止めてくれなどと頼んだ覚えは無い!第一死人は出てないんだから何の問題も無いだろうが!!」
頭に血が上りすぎて完全に前後不覚になり、箒は遂に鈴音に対してまで暴言を吐く。
しかしその言葉は彼女にとってもっとも最悪の形となって返ってくる。
「……箒」
「え?いち、…………グガァッ!?」
振り向いた箒を待っていたのは一夏の強烈な鉄拳制裁だった。
「い、一夏、何を……」
「お前、いい加減にしろよ!鈴や他の皆の命を危険に晒しておいて犠牲が出なかったからそれで良いだと!?ふざけるな!!お前の無意味な応援なんかの為に鈴達は危険な目に遭っても良いって言うのか!?ああ!?」
「ひっ……」
今までに見た事の無い一夏の鬼気迫る表情と怒気、そして殺気に今までの勢いは完全に萎縮し、箒は震え上がる。
「謝れよ」
「え?」
「謝れって言ってんだ。お前のせいで危険な目に遭った鈴や学園中の皆に頭下げて謝れ!!」
一夏は箒の胸倉を掴んで無理矢理彼女を立ち上がらせ、鈴音の方を向かせる。
この時一夏は殺気を押さえて箒の平常心を保たせようと配慮したものの、ある意味その行為は失敗だった。
(何で私がこんな目に……元はといえば一夏達が苦戦するから私が喝を……そ、そうだ!そうじゃないか!!)
「何やってんだ?さっさと……」
「お前等が謝れ!!」
『は?』
箒の口から出た思いもよらぬ言葉にその場にいた全員が思わず声を揃える。
「元はといえば一夏と霧雨があんな連中に苦戦してもたもたしていたのが原因ではないか!だから私は喝を入れてやったんだ!!私に謝れと言うなら貴様等が先に謝るのが筋というものだろう!?」
余りにもとんでもない箒の暴論に全員が呆れ顔になる。
箒の意見は素人そのもの、最初から一夏達は苦戦などしていないのは代表候補であるセシリアや鈴音にも解ることだった。
「篠ノ之……本気でそう思っているのか?」
暴走を続ける箒に千冬が一歩前に出る。
「あ、当たり前です!そうでなければ私だってあんな危険な事はせずに……」
「そうか……なら」
今までの無表情を怒りの表情に変え、千冬は箒の顔をがっしりと掴む。
「歯ぁ、食い縛れ!!」
「グゴァァッ!!?」
直後に千冬から繰り出されたのは慧音直伝の頭突きだった。
額に叩き込まれる鈍器で殴られたような一撃に箒は悶絶し、のた打ち回る。
「笑わせるなよ素人が!織斑達が皆を逃がすために加減していた事も知らずに、よくそんな勝手な事が言えるな!!」
「ぐぐ……だ、だったらさっさと奴等を倒せば」
「だから素人だと言っているんだ。敵はバリアを破壊できるほどの武器を持っている相手だぞ、そんな奴を下手に破壊してみろ。武器が暴発して何処にビームが飛ぶか分かったものではない。織斑と霧雨はやつらが暴走しないように誘導していただけで倒そうと思えば簡単に倒すことが出来た。お前が凰に引き摺られた後の戦い方を見ていれば十分理解できる筈だ」
「う……うぅ……」
悔しそうに唸る箒。そんな彼女を一瞥し、千冬は一夏達の方を向き直る。
「コイツは私が反省室に連れて行く。お前達は後で事後処理があるがそれまで休んでいろ。山田先生、政府への報告をお願いします」
「分かりました」
千冬の言葉が号令となり、その場は解散となった。
「お前が束やISの事で辛い思いをしてきたことは分かっているつもりだ」
反省室に入れられた直後、ドア越しに千冬は箒に語りかけた。
「勝手ではあるが、生徒の事は全員調べさせてもらった。……お前が要人保護プログラムのために辛い思いをしてきたこともな」
「…………」
「お前が一夏の事をどう思っているかも分かっている。だが、お前のそれは依存と同じだ……ただ独占しようとしているだけだ。お前が一夏を想っているなら、アイツを信じてアイツを射止められるように努力するべきだ(その時は……私も腹を括ってやる)」
ある意味、これは千冬の女として最大限の配慮だったのかもしれない。
普段の千冬なら自分からライバルを増やす真似はしないが、自らも箒の辛い過去の原因の一端を担っている者としての負い目が、彼女への助言という形で現れた。
「最後に、もうあんな真似は絶対にするな。アレは一夏の為なんかではない。お前の自己満足のための身勝手極まりない行動だ。お前の過去を差し引いても到底許されることではない」
その言葉を最後に千冬は反省室の前から去っていった。
「私は一夏の事を誰よりも解っている。信じているからこそ、アイツに変な虫が付かないように、私がアイツを元に戻してやらないといけないんだ……」
反省室の中で箒の虚ろな呟きが虚しく木霊した。
翌日、篠ノ之箒には2週間の停学、及び反省文50枚の処罰が与えられる事が決定した。
そして箒が去った後、一夏達河城重工のメンバーは一夏と美鈴の部屋に集まっていた。
「……やはり、間違いないわね」
「ああ、僅かだけど魔力の気配が残っているぜ」
非想天則のオンバシラを部分展開させ、アリスと魔理沙は顔を顰める。
無人機の攻撃を防いだオンバシラには僅かだが魔力の残り香のようなものが感じられたのだ。
「あれだけの威力を持っているビームにこの魔力、おそらくその用途は……」
「単純に考えて挙げられる可能性は、まずビームの威力増加、もしくは……」
「軌道コントロールだな。恐らく箒って奴にビームが当たらないための」
真剣な表情で可能性を挙げるアリスと魔理沙。
もしもこれが後者なのであれば今回の無人機襲撃の黒幕はたった一人しかいない。
「束さん……って事か」
室内を戦慄が走る。
凄まじい攻撃力を誇るビームの軌道をコントロールするには途轍もない魔力の量と卓越したコントロールセンスが必須だ。
それを可能にしているという可能性はその場にいる者全員に戦慄を覚えさせるには十分なものだった。
「そして最後に現れたなぞの少女……月に攻撃した無人機の指揮をとっていたという少女は彼女と考えてほぼ間違いなさそうね」
レミリアの言葉にその場にいる全員が頷く。
「……?……誰か来ます」
沈黙が支配する中、不意に椛が口を開き、ドアの方へ視線を向ける。
直後にやや控えめなノック音が部屋に響いた。
「誰だ?」
「あ、一夏?私だけど、今良い?」
声の主は鈴音のものだった。
普段の活発なものではなく、寧ろ大人しい印象の声色だ。
「ああ、今開ける」
「ま、待って!このままで良いから、聞いてほしいの」
一先ず話を中断して開けようとする一夏を鈴音はドア越しに止める。
「?……どうかしたのか?」
「うん、その……この前、食堂でアンタを殴った事、謝りたくて……アンタの気持ちも考えずに八つ当たりみたいな真似して、本当にごめんなさい」
それだけの言葉を残し、鈴音はその場を静かに去っていく。
「…………」
「追って一声掛けなくて良いの?」
「そんな事する資格、俺にはねぇよ…………(鈴、ゴメンな)」
レミリアの言葉を背に受けながら、一夏はかつて想いを寄せられた幼馴染に心の奥で謝罪した。
「……はぁ〜〜、解ってはいたけど、やっぱりちょっと辛いな」
部屋から離れた場所で鈴音は溜息を吐く。その目には僅かだが涙がにじんでいる。
一夏に振られ、美鈴に叩きのめされたあの日、自分は悔しさの余り自室のベッドでルームメイトが居る事も気に留めずに泣き喚いた。しかしそれがきっかけで頭が冷めたのもまた事実だ。
そして今日、改めて一夏の戦いぶりを見て、何かを悟った気がした。
(もう、昔とは違うんだよね)
戦っている時の一夏は今までに見たことが無いほど凛々しく、猛々しく、別世界の存在とさえ思えた。
一夏は成長したんだと思う。この数年で心も身体も自分より遥かに大人になった。
そう考えると自分が酷く矮小に思えた。
「もっと良い女になって、良い男見つけて……見返してやるんだから」
涙を拭い、未練と決別して鈴は再び歩き出す。
その表情にどこか清々しいものを浮かべながら……。
都内某所の精神病院、その中の剥離された一室の中に二人の女性がいた。
「それで、その後どうなったの?」
薄紫のロングヘアーを揺らしながら、その女……篠ノ之束は患者用の服を着た女に尋ねる。
その女はかつて千冬を逆恨みから殺そうとした女だった。
「あ、あの男に頭を掴まれて、そしたら急に喋れなくなって……アイツ(千冬)は魔女みたいな格好した女が箒に乗せて、そのままどこかに飛んでいって……」
「ふ〜ん、そうなんだ」
束は女の言葉にどこか冷ややかな目をしながら相槌を打つ。
「全部本当なんです!信じてください!!」
「んー?信じるよ。そういう事出来る奴等知ってるもん私」
女の嘆願に束は興味なさそうに適当に答えると腰のホルスターに入れてある物に手を伸ばす。
「情報どーもね。あとさ、お前もう用済み」
「え?」
「だから死ね」
無表情に、無慈悲に、無感情に束は取り出した拳銃の引き金を女の眉間に向けて引き金を引いた。
直後、まるでスイッチの切れたおもちゃのように女の身体は崩れ落ち、物言わぬ躯と化した。
「くーちゃん、居る?」
「ハイ。居ますよ、束様」
束以外誰も居ない室内に一人の少女が突如として現れる。
『くー』と呼ばれたその少女は数時間前、一夏達の前に姿を見せた少女だった。
「消しといて、このゴミ」
「畏まりました」
束の指示に従い、くーと呼ばれる少女は女の死体に近寄り、それに触れる。
すると女の身体は血液ごと消え失せた。まるで最初から何も無かったかのように……。
「ちーちゃん……ちーちゃんは、裏切ったりしないよね?」
くーの手で消え失せる女の死体に目も向けず、束は独り言のように呟いた。
次回予告
知る人ぞ知るあの男が河城重工を訪れる。
河城重工の日常に触れ、男は何を思うのか……。
次回『番外編・○○○○の○○○○○○と○○○の○○○ー○ー』
ネタバレ防止のためにタイトルは伏せさせてもらいます。
??「腹が、減った……」
18禁サイドストーリーを新規投稿しました!!
そちらも是非読んでみてください!!
申し訳ありませんが、この度アンケートを中止する事にしました。
感想でのアンケートは規約違反だったらしく、一時非公開になってしまい、知らず知らずの事とはいえ、このままアンケートを続けるといろいろと混乱してしまうかもしれないので、誠に勝手ですが、中止という形を取らせていただきました。
今後の予定(弾のヒロイン)としては、プロットで最も展開が纏まっていた美鈴でいこうと思いますが、展開次第では虚もヒロインに加える可能性もあります。
身勝手な行動を取ってしまい、まことに申し訳ありません。
今後とも東方蒼天葬をよろしくお願いします。