東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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武術部の壁

 代表決定戦から数日後、一組の代表は一夏に決まり、咲夜とセシリアはその補佐という形に収まった。

当初は一夏と咲夜が試合を行う予定であったがレミリアの辞退と同時に咲夜も代表を辞退して一夏に譲ったため、補佐という形になったのだった。

そして代表決定戦の直後、先の戦いにて圧倒的な実力を見せた一夏達への憧れから彼等の所属する武術部には大勢の入部希望者が入部希望書を携えてやってきたが……それから数日経った今現在の部員数は僅か10人。

創設時から2人増えただけだった……。

 

「ほら、どうしたんですか!?正拳突きのスピードが落ちてますよ!回し蹴りとあわせてあと30回以上は残ってるのに」

 

「も、もう無理!私入部やめる!!」

 

「私も抜ける!!」

 

 美鈴から飛ばされる檄に耐えきれず、今日もまた次々に入部希望者が去っていく。

 

「まったく、この程度で音を上げるとか……生温い連中」

 

「ISなんて玩具に守られてると思ってるからあんな風に軟弱になるんですよ」

 

 去っていく女子たちを見ながら呆れ顔で呟くレミリアと妖夢。

武術部のメンバーは一夏達幻想郷の(新聞部に入った文、手芸部に入ったアリスを除いた)メンバー8名、そこに代表決定戦後入部した2名が加わった計10名で構成されている。

一度は大勢いた入部希望者達だったが、今ではその見る影も無い。

ではなぜ入部希望者達は姿を消したのか?

理由は簡単だ。一夏達武術部の訓練は他の部活の練習とは比較することも馬鹿らしい程過酷だったからだ。

しかし、そんな武術部の訓練に辛うじてながら付いていく事が出来た者も2人だけだがいた。

 

「間合いの取り方も反応速度も甘い!いくら戦闘スタイルが射撃重視だからって接近戦を疎かにしていい理由にはならないぞ!!」

 

「はい!」

 

 一人目は先日一夏達と一悶着起こしたセシリア・オルコット。

現在彼女は一夏による指導の下、接近戦に弱いという弱点克服のため目下特訓中だ。

先の代表決定戦以来、彼女の一夏達に対する態度は180度ひっくり返ったかのように軟化し、今では一夏達を師の如く慕う程だった。

 

(まだ、もっと……もっと強く!一夏さんやお姉様、そしてレミリア様に少しでも近付くために!!)

 

 もっとも、慕い過ぎて咲夜を『お姉様』、レミリアを『レミリア様』と呼ぶという変な方向に向かってしまったが……。

 

「まだ隙が多い!」

 

「はうっ!?」

 

 一夏のパンチ(かなり手加減)を顔面に受けて鼻血を出して倒れるセシリア。

目標への道のりはまだまだ遠い……。

 

 

「どうした!?攻撃がまた一瞬遅れてるぜ!」

 

「ハァ、ハァ……」

 

 そして現在魔理沙が相手をしているこの少女がもう一人の新入部員。

魔理沙と妖夢のクラスメートで日本代表候補、更織簪だ。

 

「簪、攻撃する時に余計な事考えてたら勝てるものも勝てなくなるぜ」

 

「……ごめん」

 

 魔理沙の指摘に簪は顔を俯かせる。

 

「もっと自信持てよ、お前は基礎はしっかり出来てるんだ。それを完全に出し切ればもっと上にいけるんだから」

 

「…………私にそんな才能」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「なんでもない……」

 

 簪が僅かに漏らした一言に魔理沙は反応するが、簪は何も無かったかのようにそそくさと次の特訓の準備に入る。

 

(……あいつ)

 

 どこか腑に落ちないものを感じつつ、魔理沙は簪に追従するように準備を始めた。

 

 

 

「んじゃ、次始めるぞ。ラケット2つとも持ったか?」

 

「はい、でも……」

 

「これで何やるの?」

 

 一夏から渡されたテニス用のラケットを両手にセシリアと簪は怪訝な顔をする。

武術部なのに何故自分たちはテニスをやらねばならないのか?

 

「これは集中力を磨くための特訓だ。これを見ろ」

 

 一夏が取り出したのは赤・青・黄に色分けされた3枚の的が2セット、そして的と同様にライン部分を色分けされたテニスボールだ。

 

「いいか、今から俺と魔理沙はお前たちにこのボールを投げる、お前等は投げられたボールをボールと同じ色の的に打ち返すんだ。勿論ラケットは両手とも使って良い」

 

「あぁ、そういう事ですか」

 

 納得したようにセシリアが声を上げる。

ボールの色を見間違えないための集中力とそれを維持する持続力、それでいて正確に的に当てる精密性……これらを磨くのにこの特訓は効果的だろう。

 

「これを一時間ぶっ続けだ。あと、最初は普通のボールを使うが後からどんどん重いボールにしていく。そして失敗したときのペナルティだが……」

 

 ペナルティという言葉に一夏と魔理沙がニヤリと笑い、セシリア達はビクリと身体を震わせる。

 

「失敗1回につき1ml、この特製激不味ドリンクを飲んでもらうぜ!!」

 

「「ひぃぃぃ!!」」

 

 魔理沙から発表されたペナルティの内容に二人の悲鳴がこだまする。

魔理沙特製激不味ドリンク……魔理沙が栄養剤として作った飲み物の失敗作。

栄養価自体は非常に高いのだが味を全く考慮せずに作ったためその味は滅茶苦茶不味い。

これは武術部においてある種の罰ゲームとして使用されており、武術部全員の恐怖の対象である。

 

「それじゃ、始めるぞ」

 

 一夏の合図で二人は身構え、ボールを迎え打つ。

 

「赤!」

 

「黄色!」

 

 飛んでくるボールを次々と見極め、打ち返していくセシリアと簪。

流石は代表候補というべきか、確実に一発一発打ち返し、的確に的に命中させている。

 

「気を抜くなよ、徐々にスピードアップするぞ」

 

 一夏の言葉通りボールが投げられる頻度は徐々に増えていく。

そして大体30分が過ぎた辺りで異変は起こった。

 

「これは…青!」

 

 即座にボールの色を見切り、簪は青の的へ狙いを絞るが……。

 

「それ、赤だぞ」

 

「へ?……っ!」

 

 一夏からの思わぬ言葉に簪は一瞬面くらい、慌ててボールを打つ軌道を修正する。

しかし……

 

「アウト!ボールと的の色が違います」

 

 審判役を務めていた妖夢が声を上げる。

簪が当てた的は赤、しかしボールは青だったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待って!今の有りなの!?」

 

「有りだ。誰も妨害しないとは言ってない!それに今のは集中さえしていれば俺の言葉が嘘だとすぐ分かった筈だ!!」

 

「あ……」

 

 そこまで言われて簪とセシリアは気付く。

これこそがこの特訓最大の難関、長時間集中力を持続していれば次第にそれは衰えて注意力散漫になる。

 

「ほら続けるぞ!次からは球がどんどん重くなっていくぜ!」

 

 間髪入れずに一夏は特訓を再会する。

ここから先の結果は先程とは明らかに違うものだった。

 

「黄色、いや違う青……いや赤!」

 

「アウト!」

 

「ハァハァ……赤!あぁ、届かない」

 

「アウト!」

 

「黄色!……お、重い!?」

 

「アウト!」

 

 一度集中が削がれてしまうとそれを皮切りに次々に失敗が増えていく。

それに加えて体力の消耗も激しくなり、終盤に入った頃には二人の身体は疲労困憊で立っているのもやっとだった。

 

 

 

「はい終了」

 

「はぁ、はぁ……」

 

「も、もう……ダメ」

 

 満身創痍で倒れ込むセシリアと簪、そんな二人を見下ろしながら一夏は二人の能力をそれぞれ評価する。

 

「セシリアは技術面は高いが、純粋な身体能力が不足しているな。今後はそれぞれを底上げする事を目安にしよう」

 

「は、はい……」

 

 一夏の言葉にセシリアは力無く返事する。

 

「そして簪。お前は基礎はしっかりしてるし、能力的にはセシリアより上を行っててもおかしくない。……ただ、お前の場合メンタル面が問題だな」

 

「……メンタル?」

 

 一夏からの思わぬ一言に思わず簪は聞き返す。

それに対して一夏は表情を厳しくして頷く。

 

「ああ、何て言うか……お前は自分で自分の事を信じてない。って言うか、お前の戦い方からはお前らしさが欠けてるって言うか……何かを真似ているって言うか……。とにかくお前のその欠点は致命的だ。直さないと負け癖が付くぞ」

 

「っ……!!」

 

 『真似ている』……一夏が何気なく口にしたその一言に簪は過敏に反応した。

 

「アナタに……」

 

「え?」

 

「アナタに何が分かるって言うの!?」

 

 目尻に涙を浮かべて簪は部室を飛び出してしまった。

 

「あ、おい、簪!」

 

 突然飛び出した簪に一夏は思わず戸惑うもすぐに追いかけようとする、しかしそんな彼をある人物が止める。

 

「待てよ、私が行く」

 

「魔理沙?」

 

「アイツさ、何か放っとけないんだ。昔の私みたいでさ……」

 

 どこか遠い目をしながら、魔理沙は簪の後を追った。

 

 

 

 

 

「どうして……どうして私は、こんなに…弱いの?」

 

 部室を飛び出した簪は校舎裏で一人、自分自身への批判の言葉を呟きながら涙を流していた。

幼い頃からずっとそうだった……常に自分は実の姉である楯無の背中を追い続けた。しかしどんなに頑張っても努力しても姉との差はまるで埋まらない。

姉はいつだって自分の憧れでありコンプレックスだった。

専用機を自分の手で設計し、在学中に国家代表の座も得て……そんな事が続く度に自分ではどんなに頑張っても彼女には届かないのだと言われてる様な気がして、次第に簪は自分が更織家の落ちこぼれだと感じるようになっていた。

 

そんな時に入った衝撃的な知らせ……姉が世界初の男性ISパイロット、織斑一夏に負けた、それは簪にとって自分の常識を根底から覆すものだった。

そんな彼に近付き、彼と同じ訓練を受ければ自分は姉に追い付けるのではないのかという僅かな希望。

だがいざ武術部に入ってみれば待っていたものは想像を絶するほど過酷な訓練……そんな訓練を普通にこなす一夏達河城重工の面子の姿を見ていると自分の弱さを改めて痛感させられる。

「最初から、間違ってたのかな?……私みたいな落ちこぼれがお姉ちゃんに追い付くなんて」

 

「何を諦めるって?」

 

 やがて自嘲は諦めに変わり始めた頃、不意に背後から声を掛けられる。

自分のクラスメートでルームメートの少女、霧雨魔理沙だ。

 

「……何しに来たの?」

 

「連れ戻しに来たぜ」

 

 簪の態度にもお構い無しに平然と魔理沙はそう言ってみせる。

 

「放っといて。私はもう……」

 

「ストップ!……お前、そこで諦めちまったら本当の落ちこぼれになっちまうぜ。ただでさえ落ちこぼれになりかけてんのにさ」

 

 魔理沙の言葉に簪は魔理沙を睨みつける。だが魔理沙はそれを意に介する事無く簪の隣に座りこむ。

 

「お前さ、姉ちゃんが目標なのか?」

 

「盗み聞きしてたの?」

 

「聞いてんのは私だ。いいからさっさと答えろ」

 

「……そうよ。私はお姉ちゃんに追いつきたい、それが何なの?」

 

 横暴にも見える魔理沙の態度に不快感を感じながらも簪は渋々答えた。

 

「追い付きたいか……だからダメなんだよ、お前は」

 

「っ、アナタに何が……!」

 

「私にもな、目標にしてる人がいるんだ」

 

 魔理沙の言葉に声を荒げる簪。

だが魔理沙はそれを遮る様に言い放った。

 

「……え?」

 

「魅魔様…私の師匠なんだけどさ、私は元々出来の良い弟子じゃないってよく言われてたんだ。けど、そんな魅魔様が私の事で褒めてくれた事があるんだ。何だと思う?」

 

「…………何?」

 

 圧倒的な戦闘力を持つ魔理沙にも目標がいるという事を知り、簪は徐々に興味を引かれ、問い返す。

 

「『お前はどんな事があったって絶対に諦めずに努力し続ける。それは人が持つ事の出来る最高の才能だ』って、あの時は嬉しかったぜ。才能なんて無くたって諦めない心を持っていれば私だって認めてもらえるんだって」

 

(この人は、どうしてこんなに……私が勝てる訳無いじゃない)

 

 誇らしげに語る魔理沙に簪は自分には無い決定的な何かを感じる。

 

「簪、今のお前……いや、お前はずっと諦めたままだろ?」

 

「そんな事無い!私はお姉ちゃんに追い付くために今まで……」

 

「追い付くだけか?追い付いてまたすぐ差を付けられるのか?」

 

「!?」

 

 魔理沙の指摘に簪は何かを突き刺されたような感覚に襲われる。

そうだった……幼い頃、自分は姉を超えたいと思っていた。

しかしそれを適える事が出来ず、いつしか自分の心は腐り始め、目先の目標に追い付くだけで満足するようになっていた。

自分は姉の背中だけを見ていた。姉を追い続け、真似るだけの空虚で中身の無い人間に成り下がっていた。

 

「追いつく、なんて考えじゃダメだ。目標は越えるためにあるんだぜ!……簪、お前はどうしたいんだ?」

 

「……強く、なりたい。強くなりたいよぉ……私だってお姉ちゃんを超えたい、もっと強くなってやれば出来るって証明したい……諦めたくない!」

 

 気が付けば簪はまた泣いていた。

これだけ自分の感情を吐露したのはもう何年ぶりだろう……。

きっと自分は魔理沙の言うとおり諦めていた。自分に才能が無いと言い訳して僻み、姉の真似事で満足していただけだった……。

それを自覚したとき簪は己の小ささを嘆き、涙を流した。

 

「ならさっさと戻ろうぜ、皆待ってるんだからな。お前がいないと飯食いながら反省会出来ないだろ?」

 

「……うん!」

 

 快活に笑いながら手を差し伸べる魔理沙。簪はそんな彼女の手を握る。

簪の目元にはまだ涙が残っているが、その表情は魔理沙同様笑みを浮かべていた。

 

(霧雨さん……格好良い。私も努力すればこんな風になれるのかな?……ううん、なりたい。霧雨さん……魔理沙みたいに格好良く)

 

 手を引かれながら簪は魔理沙に見えないように頬を赤く染めたのだった。




次回予告

 クラス対抗戦を間近に控え、コンディションを整える一夏達。
そんな中2組に中国からの転校生、鳳鈴音がやってくる。
箒同様一夏に想いを寄せる彼女はクラス代表と一夏のルームメートの座を狙ってクラス代表の美鈴に試合を申し込む。
そして鈴音の想いを(一応)察し、一夏はどう対応するのか?

次回『中国代表候補?何それ美味いの?』

セシリア「嗚呼、情けない……私もアレと同類だったと思うと」

美鈴「怪我しちゃっても恨まないでくださいよ!」

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