東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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折れるプライド、砕けた慢心

一夏VSレミリアの試合後、咲夜との試合を目前にして、セシリアは控え室の中で頭を抱えながら身体を震わせていた。

 

(あ、あんな人(レミリア)に勝てる訳無い……で、でも、最下位になってしまったら……)

 

 セシリアは今、自分で自分を殴り飛ばしてやりたい気分だった。

何故あの時自分は一夏に喧嘩なんか売ってしまったのだろう?

いくら男といえど彼は正式な訓練を受けているのだ。そんな彼が弱いはずが無いじゃないか。

いや、そもそも男という理由で相手を下に見る事自体が間違っていた。

あの時自分は今まで見下していた男が河城重工の活躍で急速に力を伸ばしている事が気に入らず、一夏に対して自分の優位を示そうとしていたが、その浅はかな行動の結果がこれである。

自分は何て馬鹿だったのか、社会の風潮に流されるだけで他人の本質を全く見ようともしない……これでイギリスの名家であるオルコット家の次期当主だなどとよく言ったものだ。

いや、最早それすら自分の前から消えかかっている。

レミリアとの賭けに負けてしまえば代表候補生を辞退、更には河城重工にブルーティアーズを奪われてしまう。

自国のISが他国に渡ってしまうという事の意味は自分でも解る。

 

「もし、そうなってしまえば……わ、私は」

 

 脳裏に浮かぶ様々なシチュエーション。

代表候補生ではなくなってしまった自分には最早イギリスは味方ではない。即座に強制送還、そして投獄と損害賠償の請求。

オルコット家は取り潰され、自分は良くて施設か刑務所送り、悪ければ国外追放。

そうなってしまったが最後、誰も自分を助けてなどくれない。当たり前だ、自国に大損害を与えた者など誰が喜んで引き取ってくれるものか。

 

「嫌…嫌ぁ……!!」

 

 気が付くとセシリアは涙を流していた。圧倒的な絶望に彼女の涙腺は耐え切れなかったのだ。

 

「お母様……もうお父様でも誰でも良い。誰か、助けて……」

 

 数え切れない不安に押しつぶされながら、セシリアは弱々しくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 一方、Aピットでは咲夜が自身の専用機、『パーフェクトサーヴァント(完璧なる従者)』を展開、装着し、出撃準備を終えていた。

 

「咲夜、私まで回す必要は無いわ。叩き潰してあげなさい」

 

 親指を下に向けて突き出しながらレミリアは咲夜に命じる。

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 咲夜はその言葉に不適に笑みを浮かべると共に咲夜はアリーナへ出撃した。

 

 

 

「オルコットさん、そろそろ時間です。準備をお願いします」

 

「っ……は、ハイ」

 

 控え室で蹲っていたセシリアに真耶からの通達が入る。セシリアにとってそれは死刑宣告にも近いものだった。

 

(負けられない……勝たなければ私は終わってしまう……!)

 

 彼女にとって最後に残された道は唯一つ、咲夜に勝利して命を繋ぐ事……それが出来なければ自分は破滅だ。

 

「勝つしかない……勝つしか」

 

 自己暗示をかけるかのようにセシリアはただひたすらうわ言の様にその言葉を繰り返しながらブルーティアーズを展開し、出撃する。

出撃した先には咲夜が既に待ち構えており、セシリアは緊張した面持ちで武器を構える。

 

「ずいぶん余裕の無い顔ね。慢心が無いのは結構だけど、そんな状態で戦えるの」

 

「よ、余計なお世話ですわ!!アナタに負けたら、私は……」

 

 恐怖心を無理矢理押さえつけ、試合開始と同時にセシリアはブルーティアーズのビットを展開して咲夜に攻撃を仕掛ける。

 

「落ちろ!落ちろ!落ちろぉ!!」

 

 わらにもすがる思いで繰り出されるビットによる連続攻撃、しかしその攻撃も咲夜の顔色一つ変える事が出来ない。

全ての攻撃が先の一夏戦同様回避され、攻撃の一つ一つが虚しく空を切る。

 

「後が無いのは分かるけど、もう少し冷静になりなさい。そんながむしゃらな攻撃じゃ格上には絶対通用しない。遠距離攻撃っていうのはもっとピンポイントに狙うべきなのよ、こんな風にね」

 

 指摘と同時に咲夜は目を細め、自機の武装である投擲用短剣『Sナイフ』を展開、同時にビット目掛けて素早く投げつける。

 

「なっ……!?」

 

 僅か一瞬の出来事だった、咲夜の投げた一本のナイフは正確にビットを刺し貫き、破壊してみせたのだ。

 

「う、嘘……たった一本で」

 

 目の前の光景に愕然とするセシリア。

たった一本のナイフの投擲……たったそれだけでビットを破壊されたのだ。

これがライフルでの狙撃ならまだ分かる。だが(ある程度IS用に加工されているとはいえ)投げナイフでこれを成すには卓越された正確さ、俊敏性、そして瞬発力が無ければ絶対に不可能だ。

やはり相手が悪すぎた。自分とは戦闘力がまるで違いすぎる……もしも自分が最新式、咲夜が最旧式の機体に乗って戦ったとしても自分は手も足も出ない。

 

(だ、だけど……だけどだけど!!ココで負けたら私は、オルコット家は……!!)

 

 しかしもう後戻りできない。自分が蒔いた種故に逃げ場は何一つ残っていない!!

 

「う、うぁああああああああああ!!!!!」

 

 最早自暴自棄を起こしたかのようにセシリアはビットを乱射する。

しかしどれ一つとして咲夜の身体を掠めることさえ出来ず、逆に彼女のナイフで瞬く間に撃墜されていく。

それがダメならばと武器をスターライトmk-Ⅲに切り替えて咲夜を攻撃し続ける。

 

「無様ね。これなら一夏と戦ってる時の方がまだ良い動きだったわ」

 

 静かに、そして冷徹に咲夜は言い放つと同時に炸裂短剣『EXナイフ』をスターライトmk-Ⅲに投げ付け、投げられたナイフはライフルに突き刺さると同時に爆発を起こす。

 

「キャアアアアアアァァァァァ!!!!」

 

 自分の手に持つライフルが爆散し、セシリアは悲鳴を上げる。

これでセシリアのブルーティアーズの主武装は全て破壊された。残っているのは近接戦闘用の短剣『インターセプター』唯一つ。

しかしそんなものが残っていた所で格闘戦が不得手なセシリアではどうしようもない事はもう明白だった。

最早この時、セシリアに戦意など残ってはいなかった。

今のセシリアはただ、非情な現実に打ちのめされ身を震わせる弱い少女でしかなかった。

この時彼女は蛇に睨まれる蛙の気持ちを心の底から実感していた。

 

「終わりよ」

 

「ひぃぃっ!い、嫌ぁぁ!!」

 

 そして告げられる死刑宣告とそれに伴う無数の投げナイフ。それから必死にセシリアは逃げ続ける。

もう見栄も外聞もどうでもよかった。ただ目の前の恐怖から逃げること以外セシリアの頭の中には何も無かった。

 

「鬼ごっこはそこまで。悪いけどもう終わらせてもらうわ」

 

「な、何を……あ、ああぁぁっ!?」

 

 ただひたすら逃げ続けたセシリアに再び告げられる無情な宣告。

最初は意味も分からず戸惑ったセシリアだが周囲を見て表情を更に恐怖に歪ませる。

 

「驚いた?私のナイフにもアナタのと同じようにビット処理がされてるのよ。簡易的なものだけどね」

 

「あ…ぁ……」

 

 咲夜の説明も耳に入れることも出来ず、セシリアは声にならない声を上げながら絶望する。

セシリアの周囲には咲夜が先程までに投げたナイフの殆どが取り囲んでいた。

 

「そしてこの『Sナイフ』……これの正式名称は『ステルスナイフ』、その名の通りステルスを装備してその姿を隠すことが出来るわ。つまりアナタは詰んでたのよ、射撃武器を失ってナイフを迎撃できなくなったときからね……さて、これでチェックメイトよ」

 

「……して」

 

 とどめを刺そうとする咲夜だったが、不意にセシリアの口から出た言葉にその動きを止める。

 

「何?」

 

「許して、ください……謝りますから、アナタの言う事も何だって聞きます。……だから、私から…家を、取らないで……」

 

 それはセシリアにとって最後のプライドが砕けた瞬間だった。

セシリアは屈した……一夏、レミリア、咲夜、そして恐怖に……。

 

「その言葉は私じゃなくてお嬢様に言う事ね。生憎私はそれほど優しい人間じゃないから」

 

「そ、そんな……」

 

 目に涙を浮かべながらの懇願すら一蹴され、セシリアは失意のどん底に叩き落される。

そしてそんな彼女を静かに見据え、咲夜は口を開き、言い放つ……。

 

「精々祈る事ね。アナタの信じる神か悪魔に」

 

 それだけ言い、咲夜は指をパチンと鳴らす。

それと同時に大量のナイフがセシリア目掛けて降り注ぐ。

「ひっ……ギャアアアアア!!!!」

 

 降り注いだ大量のナイフが一斉にセシリアを襲い、瞬く間にブルーティアーズのシールドエネルギーを奪い取る。

そして攻撃が終わった後、その場に残ったのは無数の切傷と刺し傷が刻まれたブルーティアーズとそれを纏って泡を吹いて気絶しているセシリアの姿だった。

直後にセシリアの気絶によってブルーティアーズは解除され、セシリアは地面に落下するが咲夜がそれを抱きかかえる形で止める。

 

「勝者・十六夜咲夜」

 

 そして告げられる咲夜の勝利宣言。それを全く気にする事無く咲夜はセシリアを抱えてピットに戻っていく。

その姿に観客達は様々な反応を見せる……

 

「か、格好良い……」

 

「お、お姉さまって呼びたい……」

 

 華麗な戦いに心奪われた者

 

「な、何で男と馴れ合うようなヤツがあんなに強いのよ……」

 

 恐怖を感じる者

 

「忌々しい…専用機さえあれば私だってアレくらい……」

 

 嫉妬を抱く者(←箒)

 

 様々な視線を感じながら咲夜は主人の待つピットへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様。ご苦労だったわね、咲夜」

 

「いえ、お嬢様の命令を果たしただけですわ」

 

 ピットに戻った咲夜をレミリアは労いの言葉で迎え、それに対して咲夜は穏やかな笑顔で応える。

 

「さて、次は十六夜とスカーレットの試合だが……」

 

「あ、その事だけど千冬。私……」

 

 代表決定戦を進めようとする千冬だったが、不意にレミリアは口を開き、ある事を告げる。

そしてそれから数分後、代表決定戦は唐突に幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 数時間後

 

 夕焼け色に染まった誰もいない屋上でセシリアは一人膝を抱えていた。

目が覚めたときはもう何もかも終わっていた。

結局自分は1勝も出来ないまま代表決定戦は終わってしまった。

クラス代表は一夏で決定したらしく、それを千冬と真耶から告げられる途中、事実を聞く事に耐えられなくなったセシリアは、保健室を飛び出して屋上で咽び泣いていた。

 

「あら、何やってるのこんな所で?」

 

 そんなセシリアの前に現れる一人の人影、彼女にとって今最も会いたくない人物レミリア・スカーレットだった。

 

「何しに来たのですか?」

 

 敵意を隠す事無くセシリアはレミリアを睨みつける。

 

「さぁ、何に見える?」

 

 余裕たっぷりの笑みを浮かべながら返すレミリアにセシリアは表情を憤怒に染め上げる。

 

「笑いたければ笑えばいいでしょう!!もう私は代表候補でも専用機持ちでもない!ただ自意識過剰な馬鹿な小娘だってそう言いたいんならさっさと言いなさいよ!!」

 

 目から溢れる涙を拭う事もせず、セシリアは声を荒げる。

 

「自意識過剰と馬鹿な小娘って所だけは当たってるわね。っていうか自分の事よく分かってるじゃない」

 

「っ……アナタはどこまで私を馬鹿にすれば……!」

 

「私がアナタと交わした約束、よく思い出してみなさい」

 

「っ……!?」

 

 唐突に出てきたレミリアの言葉にセシリアは言葉を詰まらせる。

 

「私はあの時こう言ったわ、『アナタが私に勝てたら専用機をあげる』とね。これが何を意味するか解る?」

 

「それが何だと言うのですか!?結局私はアナタと戦う前に気絶して不戦敗に……」

 

「だからそれが間違いなのよ。まぁ、勘違いでもしてなきゃ保健室を飛び出すような真似しないだろうし……私は、代表を辞退したわ。アナタが咲夜に叩きのめされた直後にね」

 

「……え?」

 

 意外すぎる言葉にセシリアは思わず間の抜けた表情になり、唖然とする。

 

「つまりアナタと私は戦ってすらいないという事、賭けは無効よ。理解していただけたかしら?」

 

「っ……!?」

 

 漸く事を理解したセシリアだがその表情に浮かんだのは安堵ではなく混乱、そして怒りだった。

 

「何故……そんな事を?情けでも掛けているつもりなのですか!?敵であるはずのこの私に!!」

 

「あら、よく解ってるじゃない」

 

 セシリアの叫びに対し、レミリアが見せた反応は肯定だった。

 

「セシリア・オルコット……ハッキリ言うけど、アナタは愚か者よ。下らぬ社会風潮に踊らされ、アレだけの殺気を一夏と咲夜から浴びても尚虚勢を張り続け、自分と相手の力量差から目を逸らし、理解しようともしなかった。その軽はずみは決して勇気ではない、ただ無知で低脳な狂犬と同類よ」

 

 完全に見下した目でセシリアを見つめ、レミリアは彼女を貶し続ける。

セシリアは怒りと悔しさの余り唇を震わせるが殆ど事実のため何も言い返すことが出来なかった。

 

「けど、たとえ無知とはいえアレだけ強がることが出来る威勢の良さ、自分へのリスクも理解しておきながら私からの賭けに乗る度胸、そして上に行こうとする上昇志向は評価できるわ」

 

 そして次に出た言葉は意外にも賞賛。

セシリアは目の前にいる自分より一回り小柄な少女がまるで自分よりも遥かに大きく感じていた。

 

(この人は…この人の器は……何て、大きい…………)

 

「這い上がってきなさい、セシリア。底辺を味わった小娘がどこまで強くなれるか、私に見せてみなさい」

 

 レミリアの全身から溢れ出る圧倒的なまでの威厳、そしてカリスマ。

それを始めて理解した時、セシリアの身体は無意識の内に膝を付き、跪いていた。

 

「う…うぇ……うぁあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 そして号泣。屈辱、感涙、安堵……様々な思いの入り混じった感情が涙となってセシリアの目から流れ、叫び声となって口から吐き出される。

そんな彼女を尻目にレミリアは何も言わず屋上を後にしたのだった。

 

 

 

 この翌日、セシリア・オルコットはクラスメート全員の前で日本とスカーレット家への暴言を土下座で謝罪。

更に武術部への入部希望書を提出し、己を一から磨きなおす事を決意する事となる。




次回予告

クラス代表決定戦後、武術部への入部希望者が大勢現れるが、その余りにも過酷な訓練に入部希望者は皆根を上げて逃げていく。
そんな中残った二人の少女、彼女達のコーチを担当することになった一夏と魔理沙はそれぞれの短所を挙げ、改善方法を考えるが……。

次回『武術部の壁』

一夏「お前のその欠点は致命的だ。直さないと負け癖が付くぞ」

魔理沙「追いつく、なんて考えじゃダメだ。目標は越えるためにあるんだぜ!」

IS紹介

パーフェクトサーヴァント(完璧なる従者)
パワー・D
スピード・A
装甲・C
反応速度・A
攻撃範囲・A
射程距離・B

パイロット・十六夜咲夜

武装
光学迷彩短剣『S(ステルス)ナイフ』
ステルス機能を備えたナイフ。
簡易ビットとしての機能も兼ね備えており、咲夜の手元を離れても動くことが出来る。

炸裂短剣『EX(エクスプロージョン)ナイフ』
爆発機能を備えたナイフ。基本的な性能は『Sナイフ』と同じ。
対象に刺さるすると同時に爆発する特性を持つ。
『Sナイフ』と合わせて合計500本展開可能。

腰部荷電粒子砲『ミーク』
腰部に装備された荷電粒子砲。
咲夜はナイフを失ってしまった際の非常時用の武装として使用している。
威力はそれなりに高い。


咲夜専用機。
軽量かつ燃費が非常に良い機体。
パワーは低いが手数でそれを補っている。
ナイフには全て簡易ビット処理が施されており、ある程度遠隔操作も可能。
ただし出せる命令は『敵に向かって飛ばす』か『自分の手元に戻る』の二つだけだが元がナイフなので大した問題にはならない。

カラーリングは銀、待機状態はイヤリング

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