東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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幻想郷の万屋

 此処は幻想郷。結界を隔て、現代の裏側に存在するもう一つの世界。

此処では人間、妖怪、妖精、神などが共存する世界でもある。

 

「さ〜て、今日も開店っと……」

 

 幻想郷の中にある人間の里、正確にはその近くに存在する一軒の二階建ての店から和服姿の一人の少年が外に出て玄関に『OPEN』と書かれた表札をかける。

少年は肩まで伸ばした髪に引き締まった肉体、そして右頬に刻まれた真一文字の傷跡はその歳に似つかわしくない修羅場を潜り抜けた事を物語っている。

その少年の名は一夏。そして店の看板に書かれている店名は『万屋・ORIMURA』。

そう、ココはかつて霧雨魔理沙に助けられた織斑一夏の営む店だ。

その業務内容は報酬と引き換えに草むしりから妖怪退治まで幅広く手掛ける所謂なんでも屋である。

 

「幻想郷(ココ)に来て、もうすぐ一年か……」

 

 幻想郷の風景を眺めながら一夏はそう呟いた。

 

 

 

 一年前、魔理沙に助けられた当初は元の世界に戻る事を望んでいた一夏だったが、「怪我が治るまで静養していた方が良い」と魔理沙からのありがたい忠告により、暫くの間幻想郷で暮らすことになった訳だが、幻想郷という世界は彼にとって余りにも理想郷に近いものだった。

人、妖怪、妖精、神、亡霊……あらゆる種族が共存するこの幻想郷(せかい)、多少危険はあれど人種差別など殆ど無い世界、何よりも自分を『世界最強の弟』としてしか見ない外界と違い、幻想郷の住人達は自分を織斑一夏個人を見てくれる。

一夏にとってそれは今まで感じたことの無い新鮮さを感じさせるには十分だった。

 

 そう思うと自分が元居た外界が酷く汚れて見えてくる。

ISの登場によって生まれた女尊男卑という歪んだ社会、自分を『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』としか見ない周囲の人間、そこに安らぎがあったのかと聞かれれば正直言って首を縦に振ることなど出来ない。

それでも自分を守り、養い続けてくれた姉の事を思うと望郷の念は少なからず湧いてしまう。

 

 気に入ってしまった幻想郷、姉のいる外界、相反する二つの想いを抱える内に気付けば怪我が完治した後も幻想郷を離れる事が出来ず、ずるずると答えを保留していく内に一年近くが経過していた。

 

 そして悩む一方で一夏は魔理沙から教えてもらった弾幕戦やスペルカードルールなどにのめり込むようになり、妖怪退治や異変解決で活躍できるほどの戦士に成長していった。

 

 

 

「一夏ぁ〜〜!あたいと勝負しろぉ〜〜!!」

 

「またお前かチルノ……毎度毎度懲りねぇなぁ……」

 

 一夏が物思いに耽っているところに大声と共にウェーブのかかった水色のセミショートの髪に背中に氷の結晶の様な羽を持った少女が飛んでくる。

彼女の名はチルノ。氷の妖精という二つ名を持つ妖精であり一夏の友人(?)である。

彼女は以前一夏が解決に貢献した異変の際に出会い、スペルカードルールで倒されて以来一夏を一方的にライバル視しており、今では暇な時に一夏に戦いを挑んでは返り討ちに遭うのが定例となっている。

 

「お前これで何回目だ?」

 

「ん?え〜と…………そんな事いいからあたいと勝負しろぉ〜〜!!」

 

「ったく、しょうがねぇな。一回だけだぞ」

 

 ため息を吐きながら一夏は表札を付け替え(内容は『ただいま喧しいチビの相手に行ってるので少し待て』と書かれたもの)、空を飛んでチルノと共にその場を離れる。

 

 その後、店から少し離れた森の上空で止まり、お互い臨戦態勢に入る。

 

「今日こそお前をあたいの子分にしてやるんだから!」

 

「そんな約束した覚えは無いぞ……」

 

「うっさい!『氷符・アイシクルフォール』!!」

 

 チルノを中心に氷柱の弾幕が展開され、一夏に襲い掛かる。

しかし一夏は動揺する事無く弾幕を掻い潜りながら両拳に力を集中していく。

 

「毎回毎回、ワンパターンなんだよ!」

 

 打ち出された一夏の拳から魔力の弾幕が発射される。

魔力と拳の威力を併せた攻撃方法、一夏はこれを『魔拳』と呼んでいる。

 

「ふにゃっ!!」

 

 凄まじいスピードで迫り来る弾をモロに喰らいチルノは瞬く間に撃墜された。

 

「これで勝ったと思うなぁ〜〜!!」

 

 噛ませ犬っぽい捨て台詞を吐きながらチルノは落ちていった。

 

「さて、営業再開っと」

 

 面倒事を片付け、軽く首を鳴らしながら一夏は店へ戻る。

 

「あら?妖精の相手はもう終わったの?」

 

「!?……紫さん」

 

 突如として空間に裂け目が現れ、中から一人の女性が現れる。

ふわふわとした長い金髪に赤い瞳、そして紫のドレスを着た女性。

幻想郷最古参の妖怪にして妖怪の賢者、八雲紫である。

 

「何の用ですか?アナタに限って仕事の依頼って事は無さそうだし」

 

「まぁね、家には優秀な式(式神)がいるし。アナタに一つ良い事を教えに来てあげたのよ」

 

 裏の読めない妖しい笑みを浮かべながら紫は一夏の耳元に唇を寄せてくる。

流石に一瞬ドキリとしてしまった一夏だが直後のその表情は凍りつくことになる。

 

「幻想郷と外界を自由に行き来する方法、知りたくない?」

 

「!!」

 

 幻想郷と外界の行き来……基本的に幻想卿は結界を隔て外界と剥離しているため自由に行き来は出来ない。

外界に戻る事は不可能では無いがその後に幻想卿に戻ることは基本的に出来ない。

これが一夏が外界に戻る決心がつかない理由でもある。

しかしそれが可能になるというのであれば話は別だ。それが出来るのであれば一年近く離れていた姉にすぐにでも会いたい。

 

「あらあら、顔は口以上に正直ね」

 

 どうやら完全に顔に出ていたようだ。

 

「どうやればそんな事が出来るんですか?」

 

「多少体力と魔力は消費するけど、簡単よ。アナタの能力を使えばね」

 

 幻想郷の住人の中にはそれぞれ特殊な能力を持つ者が数多く存在し、一夏もその一人である。

一夏の能力は『あらゆるものを打ち砕く程度の能力』。

文字通りありとあらゆるものを打ち砕く力である。

ただし、それは物理的な意味だけでなく、未来、運命、障害、己の恐怖心、敵の能力など、概念的、精神的な意味を含めてである。

 

「俺の能力でどうやって外界に行くっていうんですか?まさか結界を砕けとでも……」

 

「まさか、その逆よ。打ち砕くのは一夏、アナタ自身よ」

 

「俺自身?あの、それはどういう……」

 

 思わず物騒な事をイメージしてしまい若干引き気味に一夏は訊ねる。

 

「言葉通りよ、基本的にアナタは結界を素通りする事は出来ない。勿論これはアナタに限った話ではないけどね。だけどこう考えてみなさい?アナタの中には『織斑一夏は結界を突破出来ない』という概念がある。だから結界を突破出来ない」

 

 そこまで言われて一夏は漸く理解する。要は結界を突破する事が出来ないのであれば自分自身を結界を突破出来るようにしてしまえば良いのだ。

 

「つまり、俺自身の中にある『結界を素通りできない』っていう概念を打ち砕くことが出来れば……」

 

「ええ、その通りよ。能力に目覚めたばかりならともかく、能力を十分使いこなせる様になった今のアナタなら不可能ではない筈。どう?やってみる?」

 

「勿論!」

 

 希望に満ちた表情で一夏は頷いた。

 

「出発は夜にしなさい。あまり明るい内に行って変に目立つのはお奨め出来ないから」

 

「はい、分かってますよ」

 

 そう答えて一夏は自宅に戻ろうとする。

しかし突然紫に向き直り、口を開いた。

 

「紫さん、何故俺にそんな事を教えてくれたんですか?」

 

「……必要だと思ったから。アナタにとってもこの世界にとってもね。と言っても勘だけど」

 

(勘だけで……)

 

 イマイチ要領の掴めない返答に首を傾げながらも一夏は自宅へと戻っていった。


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