驚愕と襲撃
一夏達幻想郷の住人たちが外界に出て数日が経過した今もなお、世界は衝撃の真っ只中にあった。
女性にしか扱えないはずのISを動かせる男が発見された……それだけでも十分ビッグニュースだがそれが世界最強のブリュンヒルデの死んだ筈の弟であり、その上行方不明となり自殺説まで浮上していた千冬の生存。
そして紫によって設立されたIS企業(名目上は以前から存在した無名の企業)、『河城重工』によって開発された『男性用IS操縦特殊スーツ』の発表。
テレビや新聞などのメディアは連日連夜報道を繰り返し、今や河城重工は一躍世界の注目の的であり虐げられてきた男達にとっての希望の星、同時にIS委員会保守派を始めとする女尊男卑主義の女達から敵視される事となる。
『こちらが、最近世界中の注目の的となっている男性用IS操縦特殊スーツです。河城重工社長、八雲紫氏の発表によりますと、このスーツを着用してISを操縦する事により生体データを変換し、ISに女性が搭乗していると誤認させることにより男性でもISが操縦可能になるそうです。欠点としましては、スーツ越しのためどうしても適正ランクが最高でCまでしか出ないという点ですが、現在河城重工によって改善策が目下検討中との事です』
「予想通り、中々の効果ね」
テレビのニュースに映る自分と河城重工の写真を眺めながら紫は呟く。
外界に出た直後から紫達の行動は素早かった。
まず一時的に同行してもらった慧音の能力でISに関する歴史を改竄し、現存するコアの数を増やし、河城重工の存在をでっち上げた。
直後に操縦スーツを政府と軍に売り込む事でIS業界に確固たる地位を確立し、女尊男卑の風潮の緩和を開始したのだった。
なお、一夏に関しては以下の内容で世間に生存が発表された。
『織斑一夏は第2回モンドグロッソの際に誘拐され、自力で誘拐犯から逃げ出したものの重傷を負ってしまい行き倒れになっていた所を偶然発見した河城重工社員が保護したが、その時のショックで記憶喪失状態になってしまい、行き場を失くしたためそのまま河城重工で働くようになった。
その後、一年掛けて身元を調べ上げることに成功し、秘密裏に姉である織斑千冬に連絡を取り、彼女の協力もあり記憶喪失から回復した。
なお、河城重工では以前からISを男性に使用できるようにする研究がされており、一夏はその研究に協力しており、戦闘訓練を受けているため、高い戦闘力を得ている。』
「それで藍、世間の方は?」
「はい、徐々にではありますが男性の権威が回復の傾向です。各企業(河城重工含む)や軍が男性のテストパイロットを募集しています。あと、今の所男性の女性への報復行為などはそれ程多くはありませんが、随時注意深く調査していく予定です」
紫の質問に藍は淡々と答える。
男女平等へ戻す際の最大の懸念事項は男性の権威回復に伴う反動だ。
これまでの風潮によって不満の溜まった者が突然男女平等になってしまえばこれまでの反動から男女平等どころか男尊女卑に傾きかねない。
そうなってしまえば本末転倒もいい所だ。
そこでランクCまでしか出せない操縦スーツを先に出すことで女尊男卑を緩和し、順序良く男女平等に戻していくという計画が立てられたのだ。
(正直、妖怪である私からしてみれば別に男尊女卑になろうが別にどうって事無いんだけどね……ある意味こっちの女達の自業自得だし。でもそうなるとあの閻魔がうるさいし)
面倒臭がりな妖怪の賢者、八雲紫も閻魔である四季映姫の説教は出来れば勘弁して欲しいもののようだ……。
「そういえば、例のIS学園だったかしら?一夏達が入学試験受けてる場所」
「ええ、正確には編入試験だそうですが……もうそろそろ始まってる頃だと思いますけどね」
「さっさと終わらせてこっちの仕事手伝ってくれないかしら?」
そんな事を呟きながら紫は窓の外を眺めた。
「ハァ、ハッ……う、嘘、でしょ?こんな事って……」
IS学園編入試験会場のアリーナにてIS越しに膝を付く一人の少女、彼女は目の前の現実が信じられなかった。
目の前で仁王立ちして余裕すら感じさせるのは世界初の男性IS操縦者であり、河城重工で戦闘訓練を受けてきたという少年、織斑一夏……彼の実技試験の対戦相手として選ばれた時、正直言って自分は油断していた。
いくら世界最強である織斑千冬の弟であり、戦闘訓練を受けていようがISに関しては初心者、どんなに過大評価しても代表候補生ぐらいなものだと高を括っていた。
しかし蓋を開けてみれば出てきたのはとんでもない化け物だった。
ナノマシンで構成された水の防御を意図も簡単に突き破る圧倒的なド迫力のパワー。
クリア・パッションによる広範囲攻撃も即座に見抜き射程範囲外に瞬く間に退避してしまう洞察力と機動力。
そしてこちらの攻撃を全く恐れずに突っ込んでくるにも拘らず大半の攻撃を避ける柔軟性と突撃力。
そして何よりその強さを感じさせるのが彼から発せられる圧倒的な覇気。
(戦い慣れしてるというの?まるで命がけの戦いに常に身を置いているような……そ、そんな!あ、ありえない!!)
圧倒的な一夏の強さを前にして、IS学園生徒会長にしてロシア国家代表、更識楯無は驚愕を隠せなかった。
「なかなか、上々じゃないか。さすがにとりだ、良い仕事してくれるぜ」
楯無の驚愕など余所に、一夏は自分が纏う機体を見ながらそう呟いた。
一夏の専用機『ダークネスコマンダー(魔の拳士)』……武装は両手両足に装備された格闘用特殊アーマー『Dアーマー』と腕から拳にかけて装備された腕部荷電粒子砲『Dガンナー』の二つ、スタンダードな物のみで装甲も量産型と遜色無いものだが、その反応速度と機動性は一夏の能力にも付いて来られる程高いものに仕上がっている。
文字通り”シンプルイズベスト”とも言うべき機体だ。
「さて、プライド潰しまくって悪いけどさ、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」
ニヤリと不適に笑い、一夏はゆっくりと楯無に歩み寄る。
(ま、まだよ……私にはまだアレがある。油断してる所を狙えば……)
しかし楯無はまだ勝負を諦めていない。
彼女にも国家代表としてのプライドがあり、それに加えて切り札もあった。
自身の専用機『ミステリアスレディ』最強の武器『ミストルテインの槍』……ナノマシンを一点集中させて攻撃する気化爆弾4個分のエネルギーを持つ一撃必殺の攻撃。
それさえ当てれば逆転も夢ではない……彼女はそう思っていた。
「(まだ…あと少し……………………)貰ったぁ!!」
射程距離に一夏が入ったと同時に楯無はミストルテインの槍を繰り出した。
「っ!!?…………ガ……ぁ、……」
絶対防御をも通り越して激痛と鈍痛が一気に襲い掛かり、轟音と共に声にならない呻き声が上がる。
しかしそれは一夏からではない、他ならぬ楯無自身からだった。
「悪いな。洞察力と瞬発力には結構自信があるんだ」
一夏は最初から楯無が何かを狙っている事に気が付いていた。
それを知りつつも一夏はあえてそれを利用した。
楯無がミストルテインの槍を繰り出そうとしたその刹那、一夏は超人的な脚力で即座に楯無に接近、楯無の鳩尾に拳を叩き込むと同時に楯無ごとミストルテインの槍の攻撃範囲からイグニッション・ブーストで退避し、殆どダメージを受ける事無く攻撃と防御の両方を成し得たのである。
「安心しろ。内臓には一切傷をつけていない。……って言っても、聞こえちゃいないか?」
地面に倒れ付し、ピクピクと痙攣する楯無を見下ろしながら一夏は背を向ける。
『――勝者、織斑一夏』
無機質なアナウンスが一夏の勝利を告げる。
試験官たちは呆然とした表情で一夏の姿を見る。
世界初の男性操縦者とはいえ新人が国家代表を相手に圧勝したのだ。それもシールドエネルギーを6〜7割も残してだ。
余りにも現実離れした光景に試験官たちは自分たちの常識が根底から覆されたような衝撃を受けている。
そんな様子を一夏は全く意に介する事無くアリーナを後にした。
余談だがこの戦いを控え室のモニターで見ていたレミリアはこの戦いをこう評した。
「まるでゴリラ対犬ね」
「そ、それでは試験結果は後日報告しますので、本日はご帰宅していただいて結構です………」
一夏の実技試験から約一時間後、他メンバーの実技試験も終わり、担当試験官は上ずった声で試験終了を告げた。
当然ながら一夏以外の面子の試験結果も全戦全勝。
河城重工メンバーの担当実技試験官達は試合後、全員口をそろえてこう言った。
「あいつ等に私たちの常識は通用しない」と……。
当然ながら一夏達全員が合格した事は言うまでも無い。
やがて一夏達は帰路に着き、迎えの(大型)車に乗って河城重工へと向かう。
ちなみに運転席に座っているのは勇儀(なお、角には認識阻害の術式を施している)である。
「勇儀さん、免許なんて持ってたんですか?」
「いや、そんなの持ってないよ。紫に偽造品貰っただけ。あとこれ、河童が作った自動操縦のヤツだから」
一夏からの質問に勇儀は運転する振りをしながら答える。
その言葉に一夏は少し安心するが同時に別の不安が頭を過ぎる。
(しかし、よりによって勇儀さんって……絶対人選ミスだろ)
勇儀にせよ萃香にせよ幻想郷の鬼は酒豪のため、常に酒を飲んでいると言っても過言ではない。
もしも警察にアルコール検査でもされたら一巻の終りだ。
「まったく、外界ってのは酒飲みに厳しいねぇ。来る前に酔い覚ましなんか飲まされて酒気が消えちゃったよ。あ〜、帰ったらまた飲まなきゃ」
(何だ、良かった……)
勇儀以外の全員が心の声をそろえて同じ事を思った。
やがて車は博麗神社及び河城重工のある山中に入り、河城重工を目指す。
そんな時、一夏達は妙な予感を感じていた。
「ねぇ、何か近づいてない?」
「早苗さんも感じましたか?」
早苗が真っ先に声を上げ、車内に緊迫した空気が立ち込める。
「椛!」
「はい、今探ってます!」
文の言葉に椛は僅かに窓を開けて鼻を利かせる。
白狼天狗である彼女は嗅覚が犬並に鋭いのだ。
「数は15前後……この女性と機械のものが交じり合った独特の臭い……間違いありません、ISです」
「やっぱりか。早速来やがったか……」
嫌悪感を含んだ表情を浮かべながら一夏達は身構え、待機状態のISをいつでも展開可能にする。
「恐らく例のIS委員会のタカ派でしょうね。まったく……無知とは恐ろしいものね。簡単に自分自身を破滅に持っていくんだから」
呆れたように呟くレミリア。しかしその身体からはいつでも敵を殺せると言わんばかりの殺気を放っている。
「奴等が攻撃してきたと同時に出るぜ」
魔理沙の言葉に全員が頷き、静かにその時を待つ。
そして車が駐車場に止まったと同時に量産型IS部隊は姿を現した。
「撃てぇぇーーーーー!!!!」
出現と同時にワゴン車をアサルトライフルで集中放火するIS部隊。
リーダー格の女は勝利を確信したかのように口元をゆがめて笑みを浮かべるが直後にその表情は凍りつくことになる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
絶叫と共に隊員の一人の腕がありえない方向に曲がる……いや、捩れた。
車から飛び出した一夏の繰り出した一撃が一人の女の腕の骨を粉々に砕いたのだ。
「ひ、怯むな!撃て、殺せぇーーーっ!!!」
自己暗示をかけるようにリーダー格の女は隊員達に命令を飛ばすがそれは適わなかった。
「があああああっ!!?」
「うぐえぇぇっ!!?!?」
「た、助け…ギャアアアア!!!!!」
次々に聞こえる断末魔にも似た悲鳴の数々、15名いたはずの隊員の内12人が一気に倒され、地面にたたきつけられた。
「ア゛ア゛ァァーーーーーーッ!!!」
そしてより一層大きな悲鳴が聞こえ、反射的に残った二人の女は声のした方向を向いてしまう。
そして見てしまった。最悪の絵図を……
「まずい血……やっぱり私腹を肥やす豚みたいなヤツの血なんて不味いったらありゃしない。脂が乗りすぎよ」
レミリアの指が隊員の顔、正確には左目を抉り取っているのだ。
まるでB級のホラー映画のように指先に付いた血をペロリと舐めるレミリアのその姿に襲撃者達の恐怖心が更に煽られていく。
「ひぃぃっ!…う、動くな!コイツを殺………グギャぁッ!!」
「鬼を人質に取ろうたぁ、良い度胸してるじゃないか」
恐怖に駆られ隊員の一人は近くで静観していた勇儀を人質に捕らえるが逆に彼女の鉄拳で顔面が潰されてしまう。
「ば、化け物……」
残ったのはリーダー格の女ただ一人。その彼女も最早戦意を失いただガタガタと震えるだけの存在になりさがっている。
そんな彼女に逃げる力すら残されている筈も無く、なす術なく拘束されたのだった。
「お疲れ様。あとの始末はこっちでやるわ」
襲撃部隊全員を拘束し、河城重工に戻った一夏達に紫は労いの言葉と共に捕らえた女たちを見据える。
「それで、教えてもらえるかしら?アナタ達が何処の誰で何が目的か」
怯える女達に歩み寄り紫は静かに問いただす。
殆どの面子が怯えきっていたが唯一リーダー格の女は紫を睨みつけて声を上げる。
「あんた達があんなもの作るからよ!この裏切り者が!!」
恐怖心を怒りに変換したように女は紫に噛み付かんばかりに喚き散らす。
そんな女の反応に紫はつまらなそうに溜息を吐く。
「何でよ!?何であんなもの作ったのよ!?アレが無ければ私達女の地位は……」
「アナタみたいなのが威張り散らす社会なんてつまらないから、これが理由よ。もう連れて行って、お約束過ぎてつまらないわ。このまま警察と政府に引き渡すからせいぜい独房で永久に後悔する事ね」
襲撃者に対する興味を完全に失い、紫はいい加減な態度で白狼天狗達に襲撃者達を連行するように命じ、女達は白狼天狗達によって連行され、彼女等の表情は絶望に変わっていく。
「(私が終わり?そんな…せっかくIS委員会所属のパイロットになったのに……こんな下等な男や裏切り者共のせいで……)う、うぉぁああああああああああああああああああああ!!!!」
「!(…手榴弾!?)」
逆上したリーダー格の女は隠し持っていた手榴弾を取り出し、がむしゃらに投げつけようとするが、手榴弾の存在にいち早く気付いた一夏は素早く反応して女の身体に拳を叩き込んだ。
「げ…ガッ……」
女の口から呻き声が上がると同時に血が流れ落ちる。
一夏の喰らわせた一撃は彼女の体中の骨を打ち砕き、砕かれた骨が内臓を破壊したのだ。
「あ……ぁ……いや…………死にたく…な……………」
恐怖で引き攣った表情で女は目を見開いたまま絶命した。
他の女達はその光景に絶叫し、発狂して暴れまわるが白狼天狗や他のメンバー達に押さえつけられて強制的に連行される。
そんな中で一夏はたった一人その場に残り、突発的とはいえ敵を殺してしまった自分の手を呆然と見詰めていた。
「お、俺が……こ、殺し……たのか?」
初めて知った殺しの感覚。今まで自分の命を懸けることは何度もあった、しかし直接敵を手にかけたのはこれが初めてだった。
「一夏……」
いつの間にかやって来た千冬が心配そうな目で自分を見つめている。
「千冬姉……俺、人を」
「それ以上言わなくていい」
千冬は一夏の言葉を遮るように彼の身体を抱きしめる。
その行動に一夏の瞳に少しずつではあるが生気が戻っていく。
(千冬姉……そうだ、いつかこうなる事は覚悟していたはずだ。悲しんでいる暇なんて、無いんだ)
気を取り直し、一夏は再び自分の覚悟を再確認する。
世界を男女平等に戻す……それは女尊男卑主義者を全て敵に回すのと同じ事。
今回のような襲撃も再び起こる可能性だってある。
しかし自分はそれを覚悟の上で外界に戻ってきたんだ。
「ありがとう千冬姉……もう、大丈夫だよ」
感謝の言葉と共に千冬を抱きしめ返す一夏の目から一筋だけ涙が零れる。
泣くのはこれまでだ。本気で泣くのは全て終わってからにしよう……一夏は固く決意した。
「一夏……お前の罪も悲しみも私が一緒に背負ってやる。お前が私にそうしてくれたように……」
そして一夏の涙に同調するかの様に千冬も一筋だけ涙を流したのだった。
それから数日後、襲撃者たちはさとりによる取り調べの結果、やはりIS委員会のタカ派の送り込んだ部隊である事が判明。
しかし、IS委員会は一部の人間による独断専行だと断言。結果として襲撃者達だけが切り捨てられる形で事態は収束した。
それと同時期に一夏達のIS学園への入学と千冬の教師就任が決まり、物語の舞台はIS学園へと移る。
次回予告
IS学園に入学した一夏達。
入学早々一夏は幼馴染との再会やイギリス代表候補生との一悶着などトラブルが耐えない。
しかし、そんなトラブルも一夏にとっては外界での仕事の一つでしかない。
次回『IS学園入学』
一夏「随分程度の低い事で威張るんだな、お前は」
レミリア「スカーレット家に喧嘩を売るとどうなるか、身の程を以って教えてあげるわ」
IS紹介
※評価は上からA、B、C、D、Eでランク付けしています。
ダークネスコマンダー(魔の拳士)
パワー・C〜A(一夏のパワー次第)
スピード・A
装甲・C
反応速度・A
攻撃範囲・D
射程距離・C
パイロット・織斑一夏
武装
格闘用特殊アーマー『D(ダークネス)アーマー』
両手両足に装備された特殊装甲。
一夏自身のパワーに比例して威力を上げる事が出来る
腕部荷電粒子砲『D(ダークネス)ガンナー』
威力に優れた射撃武器。
発射時は腕をまっすぐ伸ばす必要がある。
一夏は拳から弾幕などを発射する時と同じような感覚で使用している。
にとりによって製作された一夏専用機。
一夏の格闘能力を最大限に活かせるように設計されている。
カラーリングは黒地に白のライン。待機状態は腕輪。