東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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旅立ち
涙と常識を越えて(前編)


「……ん…ぅ」

 

「起きたか?」

 

 波乱の告白劇から数時間後、一夏が目を覚ました場所は自宅の寝室だった。

 

(俺は…………早苗姉ちゃん達から告白されて……)

 

 多少時間を掛けて自分が何故こんな状態になったのかを思い出し、一夏は赤面してしまう。

そんな一夏を余所に千冬は三枚の紙を一夏に放り投げるように渡し、背を向ける。

 

「これは?」

 

「あいつ等からの手紙だ、適当に読んでおけ。といっても内容は全部同じようなものだがな」

 

「う、うん……」

 

 いつもと違う無機質な千冬の声に違和感を感じつつも一夏は手紙を読み始める。

 

『一夏君へ

 

 いきなりあんな告白してしまって凄く驚いてると思います。

 でも、私の気持ちをどうしても知ってほしくて告白したの。

 返事は今すぐでも構いません。

 だけど私、真剣だから。それだけは覚えておいてね。

 

                   良い返事を期待しています。

                            東風谷早苗より』

 

「早苗姉ちゃん、咲夜、妖夢………」

 

 早苗に続き、一夏は他の二人の手紙も読む。

千冬の言うとおり二人の手紙の内容は早苗からの手紙とほぼ同じものだったが彼女達の想いは十分伝わるものだった。

 

「俺は……どうすりゃいいんだよ?」

 

 3人の美少女たちからの告白に一夏は頭を押さえながら苦悩する。

 

(皆の気持ちは正直嬉しいし、異性としてそれなりに意識もしていたと思う。……けど恋愛なんてした事ねぇから分かんねぇよ。……クソ!)

 

 自身の情けなさに言い様の無い苛立ちを覚え、一夏は思わず立ち上がり、物置部屋に向かった。

 

 

 

 一方、一夏の部屋を後にした千冬は自室で無言のまま鏡の前に座っていた。

 

「本当に、化粧っ気の無い顔だな……いい歳した女の癖に」

 

 鏡に映る自分の顔を見つめながら千冬は自嘲気味な言葉を漏らす。

思えば外界に居た頃から仕事以外で身だしなみに気を使ったことなんて殆ど無かった。

あの頃は仕事や一夏との生活の事で手一杯で恋愛など考えても居なかった。

そしてそんな状態が続いて気がついたらこの歳で男性経験皆無、SEXはおろか一夏以外とキスすらした事が無い……何とも情けない話だ。

 

「咲夜や早苗に比べれば歳食ってるかもしれないが、私だってまだ……」

 

 しかし今だけは男性経験の無い自分を褒めてやりたい気分だった。

そんな事を考えながら千冬は密かに自分の小遣いで購入していたある物に手を伸ばし、それを自分の唇に当てがった。

 

 

 

「フッ!……シッ!……」

 

 静まり返った部屋の中、一夏の息を吐く声と何かを殴るような打撃音が響く。

一夏は自作のサンドバックを物置部屋から取り出し、それを天井から吊るして殴り続けていた。

とにかく何も考えたくなかった。今はただ頭の中を空っぽにして自分の心の中を整理したかった。

 

-(………一夏)-

 

(………一夏さん)

 

(………一夏君)

 

「ッ……!」

 

 しかし出来ない。どうあがいても頭の中に咲夜達の顔が浮かんでしまう。

そして一夏にとって更に不可解なイメージが脳内を過ぎる。

 

(………………一夏)

 

「!!………何で、千冬姉の顔まで浮かぶんだよ?」

 

 咲夜達の事を少しでも考えると浮かんでしまう千冬の顔。

別に千冬は自分に告白したわけでもない。ましてや実の姉なのに彼女の事を考えてしまうと『何か』が……言い様の無い『何か』が締め付けられる。

 

「一夏……」

 

「ん?千冬……ね…ぇ………」

 

 そんな時だった。不意に背後から千冬に声を掛けられ、振り向いた先の千冬の姿に一夏は言葉を失った。

千冬の服装は普段と違い露出度の高い薄着、そして何より化粧をしていた。

 

(………綺麗だ)

 

 普段とは違う千冬の姿に一夏は思わず見惚れてしまった。

透き通るような白い肌、桜色の口紅が引かれた唇、決して薄すぎず濃すぎない化粧が千冬の元々の美顔を引き立てている。

 

「一夏……」

 

 もう一度愛しい弟の名を呼び千冬は一夏に近寄り、身体を押し付けるように一夏を抱きしめ、そしてそのまま自分の唇を一夏の唇に重ねた。

 

「ッ!?……ち、千冬姉!?」

 

 姉からの突然のキスに一夏は狼狽しながら千冬の身体を引き離す。

しかしそんな一夏の動揺などお構い無しに千冬は着ていた服を脱ぎ始め、やがて生まれたままの姿になる。

 

「一夏……私を、抱いてくれ」

 

 全裸となり再び千冬は一夏を押し倒すように抱きつきながら唇を奪う。

 

「んんっ……プハァッ!だ、抱いてって……何言ってんだよ!?」

 

「抱いてくれ……お願いだから…………」

 

「ち、千冬姉……!?」

 

 千冬の顔を見て一夏は目を見開いた。

千冬は泣いていた。両目から大粒の涙を零し、一夏を求めていた。

 

「好き…なんだ。……お前の事が」

 

 震える声で自らの想いを告げる千冬。そんな彼女を一夏は咲夜達から告白された時と同じように呆然と見つめる。

一つだけ違いがあるとすれば前回程混乱していない事だ。

何故かは分からないが千冬の気持ちが言葉と共に伝わり、脳が理解し、千冬の事しか考えられなくなる。

 

「あの時お前が私の前から消えて、独りになってからお前のことしか考えられなくて……もうお前以外異性として見れないんだ」

 

 次々に吐露される千冬の想い。恥も外聞も捨て去り千冬は胸の奥に秘めた想いをぶちまける。

 

「だけど、俺達は姉弟……」

 

「そんな事分ってる!だけど、もう抑えられないんだ。このままじゃお前は私から離れてしまうだろ……」

 

 千冬の言葉に一夏の脳裏に咲夜達3人の顔が浮かぶ。そんな一夏の考えを知ってか知らずか、千冬は言葉を紡ぎ続ける。

 

「私は咲夜みたいに料理も上手くない、早苗のような女らしさも妖夢のような実直さも無い。だから……」

 

 声だけでも泣いている事が解る程に千冬は声を震わせ一夏の身体を求めようと右手を一夏の下半身に動かし、左手で一夏の手を掴んで自分の乳房に触れさせようとする。

 

「ち、千冬姉!?」

 

 一線を越えようとする千冬の身体を一夏は必死に抑え付けようとするが千冬はそれに抗うように自分の身体を一夏の身体に密着させようとする。

 

「抱いて!お願いだから私を抱いてくれ!!」

 

「千冬姉、落ち着け!」

 

「落ち着いてなんかいられるか!お前が誰かのものになってしまうなんて耐えられない!!」

 

「だ、だけど……」

 

「私にはもう、こうするしか無いんだ……身体でお前を繋ぎ止めるしか……。どうして分かってくれないんだ!」

 

「ッ!……千冬姉ぇっ!!」

 

 一夏の声と共に乾いた音が鳴り響く。そしてその直後、千冬の身体は真横に弾き飛ばされる。

一夏の平手打ちが千冬の頬を張ったのだ。

 

「………あ」

 

 勢い余っての事とはいえ千冬を打ってしまった事実に一夏は唖然としてしまう。

 

「ご、ごめん千冬姉……」

 

「…………わ、私……何て、事を」

 

 千冬は一夏の言葉に何の反応も見せず、自分で自分の行為に怯え、震えだす。

一夏に打たれて正気を取り戻し、自分が何をしようとしたのかを理解してしまう。

自分は姉でありながらあろう事か弟を(逆)レイプしようとした……犯そうとしてしまったのだ。

それは姉としてだけでなく人間として最低な行為だ。

 

「千冬姉……?」

 

 千冬の変化を心配し、一夏は声を掛けるが千冬の耳にはまるで届かない

 

『アナタ最低ね』

 

 千冬の頭の中で咲夜の声が自分を非難する。

いや、それは咲夜だけではない。

 

『見損ないましたよ。テロ紛いの行為だけに飽き足らずこんな性犯罪まで』

 

『アナタのような人が一夏さんのお姉さんだなんて』

 

 早苗が……妖夢が……。

 

『千冬姉、何でこんな事したの?』

 

 幼い姿の一夏が自分を責め立てる。

 

(やめろ…やめてくれ……)

 

『最低』

 

『性犯罪者』

 

『姉失格』

 

『お前なんか姉さんじゃない』

 

『クズ』

 

『下種』

 

『ゴミ』

 

 次々に掛けられる悪意の言葉。それらは全て千冬自身の潜在意識からくる自分自身への後悔と自責の念。

やがてそれは千冬にとって最も最悪な形となって彼女を襲う。

 

『ねぇちーちゃん。幻想郷に来てさ、自分は罪に気付いて変わることが出来たとでも思った?』

 

(たば、ね……!?)

 

 脳内に響く声の主は白騎士事件の主犯にして外界に居た頃の親友、篠ノ之束だ。

 

『ちーちゃん、変われるなんて本気で思った?無理だよ。だってちーちゃんは"ひとでなし"だもん』

 

(違う!)

 

『違う事ないじゃん。だってちーちゃん、今まで何してきたのか覚えてないの?私と一緒に勝手に世界を変えて色んな人不幸にしてさぁ〜。そして今まさに弟に手を出す性犯罪者になっちゃって……変われっこないよ、ちーちゃんは。どんなに後悔したって本質がダメなんだから。そうでしょ?独りよがりで身勝手な犯罪者さん?』

 

(違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違うチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!!)

 

「千冬姉!」

 

 苦悩の渦に嵌まる千冬を一夏の声が現実に引き戻す。

しかし千冬の頭はまだ混乱の真っ只中であることに変わりはない。

 

「どうしたんだよ?そんなに痛かったのか?」

 

 心配そうに自分の顔に手を伸ばす一夏。

だが千冬には一夏のその手が怖かった。触れてしまえば自分はまた同じ過ちを犯してしまう気がして……。

 

「っ……ウアアァァーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

 そこからはもう無意識だった。

ココから逃げたいという衝動と本能のまま千冬は自分に手を伸ばす一夏の身体を突き飛ばし、窓から家を飛び出した。

 

「痛っ…千冬姉!ど、どこ行くんだ!?」

 

 一夏の静止の声も聞かず、千冬は一糸纏わぬ姿で森の中へと駆け抜けてしまう。

その場には千冬の名を呼び続けながら彼女を探す一夏だけが残された……。


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