それは突然に、しかしある意味当然の事だった。
「職を探したいんだが……」
永遠亭での戦いから約一週間が経った頃の朝、千冬は突然そんな話題を切り出した。
「どうしたんだよ?藪から棒に」
「いや、ココ最近お前の仕事を手伝ってみたが……私、雑用と肉体労働ぐらいしかやれる事無いじゃないか」
千冬が一夏の万屋を手伝い始めて1ヶ月半近くが経った訳だが……千冬がまともに手伝うことが出来る仕事は肉体労働と雑用ぐらいなものだった。
一夏と千冬の職務能力比較
※(一夏:千冬)
料理・高:低
事務処理・高:普
肉体労働(畑仕事、建築工事など)・高:高
家事手伝い・高:低
雑用(清掃活動など)・高:やや高
「↑ほらな……お前より職務能力で私が勝ってる所なんて無いじゃないか……それにそろそろ手に職を付けておきたいし。あと、自分の剣ぐらい自分で買いたい」
結構凹んでいる千冬だったりする。
流石にこれでは姉の面目が立たない。
ちなみに前回の異変で鈴仙に壊された剣は修復不可能なため新しく買いなおす他無かった。
「メタ発言はともかく、まぁ良いんじゃない?」
まさかのメタ発言に若干引きながらも一夏は千冬の意見に賛成する。
「しかし、仕事かぁ……千冬姉に出来そうなのっていえば……」
一時間後 香霖堂
「つーわけで霖之助、お前の所で雇ってもらうの、ダメカナ?」
「ダメダヨ♪」
とりあえず数少ない同性の友人に聞いてみたがダメだった……。
一夏と会話する眼鏡をかけた男の名は森近霖之助。
妖怪と人間のハーフであり、魔法の森の近くで古道具屋「香霖堂」を営む青年だ。
「やっぱ無理か……」
「うん、ゴメン。いやね、君には結構世話になってるし、期待にこたえてあげたいのも山々なんだけどさ、こっちも僕一人でやってくので精一杯だし」
「だろうなぁ。掘り出し物は一握りであと全部ガラクタだし」
そう言って一夏はぐるりと店内を見回す。
店の中にあるのはストーブ、本、コンピュータなどの人間の使う日用品から人魂灯、河童の五色甲羅などの妖怪用のものまでさまざまなものが揃っている。
しかし幻想郷の人間から見て実用的な物はあまり無い。
あってもその何割かは非売品だ。
「ガラクタって……君も言うようになったね。っていうかそういう所魔理沙に似てきたよ、本当に」
「じゃあ文句は魔理沙に言ってくれ」
男二人が軽口を叩き合う中、千冬は壁に飾られたある物を凝視していた。
「打鉄のブレード……か。こんな物までこっちに流れているとは」
訓練用IS『打鉄』の武器である近接戦用のブレード。
破損してスクラップ行きになったものが幻想郷に流れ着き、それを修復した物が飾られている。
「自分の犯した罪は忘れるべきではないという事か……」
一夏との生活の中、目まぐるしくも充実した日々に薄れ掛けていた自分の罪の記憶が蘇る。
どう足掻こうも自分は罪人。その罪を償うまで……いや、罪を償った後も罪と向き合う事を忘れてはならないのだと目の前の剣がそう自分に言っている…………千冬にはそう感じた。
「結局収穫無しか……はぁ〜〜、外界で無職なら幻想郷でも無職なのか私は」
香霖堂を出た後、二人は人里でいくつか(千冬に出来そうな)仕事を探してみたものの結果は全敗。
人里には自営業が多く、事務職を必要とする仕事が少ないため真っ先に断念。
建設や工事などの仕事も最近は需要が低く、人を雇う余裕が無かった。
料理店などは空きがあるが千冬のステータス的な問題でその手の場所への就職は不可能。
結局良い結果が出せず、休憩に入った甘味処で千冬は肩を落とす。
「ま、そう気を落とすなよ千冬姉。その内良い仕事が見つかるよ。っていうか俺の所で働いているんだし無職じゃないじゃん」
「それでもだ……弟がしっかり働いているのに姉である私がこんな様では正直情けなくて、辛い」
拳に軽く力を込めながら千冬は表情を曇らせる。
そんな千冬を一夏は何も言わずに見守る。一夏も中学に通っていた頃は一人働く姉を眺めながら何も出来ない自分を歯痒く思っていたため今の千冬の気持ちは痛いほど解るものだった。
しかも弟である自分に養われている分その歯痒さは自分よりも強いだろう。
「ん?一夏じゃないか」
甘味処に入ってきた一人の女性が一夏に声をかけてくる。
常連客の上白沢慧音だ。
「おお、慧音か。こんな時間に珍しいな、寺子屋はどうした?」
「今日は休みだ。最近は人手不足で休む間が無かったから、久しぶりにのんびり団子でも食べようかと思ってな」
「人手不足……そうだ!何でその手に気付かなかったんだ!?」
『人手不足』……慧音が何気なく発したこの言葉に一夏は過敏に反応した。
数日後 寺子屋にて
「先生ー、この漢字どう読むの」
「ん、どの漢字だ?」
生徒の一人が新任の教師に質問をする。
教壇に立つ教師はそれに応じ、ゆっくりとその生徒に歩み寄る。
「これ、この字」
「どれどれ、これはだな……」
少女の質問に新任の教師、織斑千冬は柔らかな表情でそれに答える。
そんな光景を一夏と慧音は窓からこっそりと覗いていた。
「千冬姉、良い感じだな」
「ああ、流石はお前の姉だ。まだ未熟な所はあるが教師の資質は十分だ」
寺子屋の教師……それが千冬の就職先だ。
一夏は寺子屋の人手不足を知るや否や慧音と寺子屋の面々に頭を下げて千冬を教師として雇うよう頼み込んだ。
千冬の方は仮にも以前テロ同然の事をした自分が教育者になる事に不安を抱いていたが、『過ちを犯した事があるからこそ子供達に同じ過ちを起こしてはいけないという事を教えてほしい』という慧音からの説得で教職に就いたのだった。
「ま、色々手間が掛かることもあると思うけど千冬姉の事よろしく頼むぜ、慧音」
「ああ、任せておけ。……それより、お前仕事はしなくていいのか」
「ちょっと休憩してるだけだ、今から戻るよ。あ、あとこれ千冬姉の弁当だから渡しといてくれ」
一夏は慧音に弁当を手渡すと依頼人の下へ飛び去っていった。
「まったく……姉弟なのに、これではまるで夫婦だな。どっちが主婦(主夫)だか分からんが……」
飛び去っていく一夏を尻目に慧音は苦笑いしながら寺子屋の中へ戻っていくのだった。