「喰らえぇぇーーーーーーー!!!!」
「がっ……はっ…!」
光の剣を携え、千冬は渾身の一撃を鈴仙に叩き込んだ。
予備策を思わぬ方法で破られた鈴仙にとってその一撃は防ぎようも無く、千冬の零落白夜は見事直撃し、鈴仙は床へ叩きつけられた。
「やった……か……うぅっ」
鈴仙が落下するのを見届けると同時に千冬はとてつもない脱力感に襲われ、自らも落下するように降下し、床に着地する。
(だ、ダメだもう動けない…今ので魔力を使い切ってしまった……これで倒せてなければ私の負けだ)
へたり込むように膝を付き、千冬は鈴仙を叩きつけられた場所へ目を向ける。
(頼む……もう起き上がってこないでくれ)
僅かな望みに賭けるように心底からそう願う千冬。
「……クッ…さ、流石に……今のは効いたわ」
しかしその想いとは裏腹に鈴仙の身体がピクリと動き始め、やがて立ち上がるまでに至った。
「そ、そんな……零落白夜でも倒せないというのか」
「いえ、あの一撃が完全に決まっていれば私は負けてた。だけど直前にアナタが私の弾を消し飛ばして魔力を消費したから剣の威力が落ちたのよ」
「なるほどな……結局お前の予備策が功を制したという事か……ぅ…ぁ……」
鈴仙の説明に自嘲気味に苦笑を浮かべ、千冬はそのまま倒れ、意識を失った。
「ハァ、ハァ……本当、コイツが経験浅くて助かったわ。これで熟練者とかだったら本当に負けてたかも」
千冬の気絶を確認し終え、鈴仙は零落白夜で受けた傷を手で押さえながら息を荒げる。
千冬の見ている手前強がってはいたものの、やはり零落白夜の一撃は大きなダメージを鈴仙に与えていたのだ。
「け、けど……こんな所で休んでられない。早くお師匠様達を援護しにいかないと……」
覚束ない足取りながら鈴仙は永遠亭の奥へと歩き出す。
「フニャアアア!!」
しかしそんな時、突然隣の部屋から何者かの悲鳴が聞こえ、直後に轟音と共に壁が破壊される。
「アナタを行かせる訳にはいかない!」
「な!?」
崩れた壁の先から飛び出して来たのは因幡てゐと戦っていた筈の魂魄妖夢の姿だった。
そして当のてゐはというと……
「きゅう……」
崩れた壁の先の部屋の中で伸びきっていた。
「フンッ!」
「ギャン!?」
突然の出来事に戸惑う鈴仙に妖夢は容赦なく刀の鞘を脳天に叩きつける。
「ぁぐっ……」
千冬との戦いでの大ダメージを受けた身体に不意打ちにも近い一撃を喰らい、鈴仙は呆気なく倒れ、気を失ってしまった。
「ふぅ……ようやく下っ端は片付いたわね」
頭にたんこぶを作り、目を回して倒れている鈴仙を尻目に妖夢は一息吐き、倒れている千冬に近寄って彼女の身体を抱え上げる。
「……ぅ」
「あ、気が付きました?」
抱え起こされた振動で千冬は目を覚ます。
「お前は……妖夢、だったか?私が戦っていた兎は?」
「今私が倒しました。アナタが戦ってくれたお陰で楽に倒せましたよ」
そう言って妖夢は千冬に倒れている鈴仙の姿を見せる。
「本当はもっと早く加勢しにくるつもりだったんですが、私が戦った相手(因幡てゐ)が思っていたよりかなり狡猾で結構時間をかけてしまいました」
「そうか……なぁ、私は一夏の役に立てただろうか?」
「十分役に立ててますよ。正直私一人ではこの兎達に勝てたかどうか分かりませんから」
「そうか……なら、良かった」
自分でも一夏の役に立つ事が出来たと知り、千冬は満足気に笑った。
そして一夏と輝夜による月下の戦いも新たな局面を迎えつつあった。
「『難題・燕の子安貝!!』」
輝夜の身体からレーザー状と星型の霊力弾が広範囲に放たれ、まるで蜘蛛の巣の如く獲物である一夏を捕らえようとするが、一夏はその数多のレーザーと弾幕の隙間を縫うように掻い潜っていく。
(どういう事なの?もう15分近く戦ってるのにコイツは発狂しないどころか集中力がまるで落ちてないじゃない)
「今だ!『魔符・ショットガンスパーク!!』」
輝夜の動揺を察知し、一夏は即座に自らもスペルカードを発動させ、魔力の拡散レーザー砲を拳から放つ。
「!?……クッ!」
紙一重で回避しようとした輝夜だがわずかに反応が遅れ、僅かではあるが一夏の魔力弾は輝夜の身体を掠める。どうやら腕にダメージを受けてしまったようだ。
「どうした?さっきまでの余裕はもう終わりか?」
「……アナタ、本当に人間?これだけ月の光を浴びながら戦って何とも無いなんて」
先ほどとは一変して警戒心を丸出しにして問いかける。その表情には戦闘前の余裕は殆ど薄れていた。
「失敬な奴だな、俺は人間だぜ。ただあらゆるものを砕く事が出来るだけだ。結界とか狂気とかな」
「……なるほどね。してやられたのはこっちってワケ」
「ああ、この部屋に入った時点で変な波動は感じていたからな」
一夏の言葉に輝夜はすべてを察する。
一夏の『あらゆるものを打ち砕く程度の能力』は文字通りあらゆるものを打ち砕く力。
一夏はその能力を使用して月の光の影響で自分の中に生まれた狂気を砕く事で発狂を防いだのだ。
そして一夏は輝夜が用意したこの罠を利用し、それに嵌った振りをして輝夜の油断を誘ったのだ。
そしてその結果は成功。輝夜の腕を負傷させる事に成功したのだ。
「これで俺がより一層有利だ。手負いで倒せるほど俺は甘くないぜ」
「そんな脅しに屈すると思う?これでもこっちは後が無いのよ…………悪いけど叩き潰させてもらうわ。私の本気を以ってね」
今までの穏やかなものから一転して輝夜の声色が暗いものに変わる。
静かだが途轍もなく深く暗いその声の中にあるのは明確な敵意。一夏には解る、彼女は本気だ。
「……来いよ」
「フフ…言われなくても……『難題・蓬莱の弾の枝!!』」
新たなスペルカードを発動する輝夜。
五色の霊力弾が槍のように一夏目掛けて発射され、一夏に襲い掛かる。
「うぉっ!?」
間一髪で弾を避ける一夏だが一発の弾が頬を掠め、一夏の頬が鋭利な刃物で切ったかのように切り裂かれ、頬から血が流れる。
「おいおい、コレまともに喰らったらマジでヤベェぞ!」
「言ったでしょ?本気で潰すって。言っとくけど、これは本気にさせたアナタが悪いのよ」
妖艶な笑みを見せて自分を見据える輝夜に一夏は額から冷や汗が流れるのを感じる。
「ヘヘッ……かわいい顔して嫌な事言うぜ。だがな……俺を潰したけりゃ上級妖怪1万匹は連れて来やがれってんだ!!『砕符・デストロイナックル!!』」
一夏の拳から魔力の大型レーザーが輝夜目掛けて放たれる。
「フフッ……力押しは、もう見飽きてるのよ!」
直後に輝夜は再び槍状の五色弾を一点に集中させて放つ。
「な!?ぐああああぁぁっ!!!」
一瞬輝夜の弾は一夏のレーザーに飲み込まれたかのように見えたがそれは違った。
輝夜の弾はレーザーを貫通しつきやぶったのだ。
拳から直にレーザーを撃ち続けていた一夏に貫通した弾は避けきれるものではなく、そのまま弾は一夏に直撃してしまった。
「ぐ…うぅ……ち、畜生……抜かったぜ(スペルカードの性能に慢心しすぎるなんて、俺も結構未熟だな)」
「流石ね、あの一瞬で急所への直撃を免れるなんて、でもこれで形勢逆転よ。その怪我で次を避けることが出来るかしら?」
輝夜の言う通り一夏の身体は急所への直撃こそ免れたものの、左腕と右足に傷を負ってしまい、とてもまともに戦えるような状態ではない。
「なめるなよ引きこもり……。俺は吸血鬼の従者や亡霊のお姫様と戦っても死ななかった男だぜ」
しかしそれでも一夏の顔は笑っていた。
一夏はまだ勝負を捨ててなどいない。今までの戦いの中でもこんな風に追い詰められたことは何度もあった。
だが一夏はそれをも乗り越えてきた。そして今の一夏が在るのだ。
「今ココにいる俺は外界にいた頃の弱い俺とは違う。万屋をなめるな!引きこもりがぁ!!」
「そう、それなら……これで終わりよ!!」
数多の五色の弾が暴風雨のように一夏に降り注ぐ。
「でぁああああ!!!!」
しかし当たる直前に一夏は渾身の一撃とも言える魔力弾を輝夜目掛けて撃ち出した。
「ッ!?」
まさか避けもせずに攻撃に転じるとは思っていなかった輝夜は思わず面食らうもすぐに気を取り直し、その一撃を回避する。
「ち、畜生が……」
一方でカウンターを避けられた一夏はそのまま成す術無く輝夜の弾に飲み込まれてしまったのだった。
「まさかこの土壇場で相打ち狙いの玉砕戦法だなんて……」
自らの弾幕で巻き上がる煙とその中で倒れているであろう一夏を見据えながら輝夜は一夏の覚悟と胆力に敬意を感じる。
かつて出会った男達ではココまでやってのける大胆さなど無かった。
本気で惜しいと感じる……彼ほどの男なら敵としてではなく味方にしたかったと思うほどに。
そう思いながら輝夜は目を伏せた……その時だった。
「誰が相打ち狙いだって?」
突如として響いた声。その直後、煙の中から何かが飛び出す。
「な!?」
「俺は最初から勝つつもりだ!生憎負ける気も引き分ける気も更々無いんだよ!!」
飛び出した人影の正体は一夏。
その姿に輝夜は目を見開く。あれだけの弾をまともに喰らった筈の一夏の身体は攻撃を受ける前と全く変わりないのだ。
そして驚く輝夜を余所に一夏は輝夜に一気に近づき、拳を振り上げる。
「これで最後だぁぁーーーーー!!!!」
「クッ……ま、まだ」
回避する暇がなくなるほどに接近を許してしまったとき輝夜は漸く我に返り、霊力で障壁を生み出し防御に徹する。
しかし一夏を相手にその選択は完全に失敗だった。
「『魔拳・貫衝!!』」
一夏の拳は全てを打ち砕く。当然それは障壁とて例外ではない。
一夏から放たれたパンチは障壁を粉々に打ち砕き、輝夜の身体に叩き込まれた。
「カハァッ!!」
強烈な一撃を直に叩き込まれ、輝夜は吹っ飛ばされ、壁を突き破って廊下の床に叩きつけられた。
「グッ……ゥ……あ、あれだけの弾をまともに浴びてたのに、何故?」
「こういう事だよ」
息も絶え絶えな輝夜の問いに一夏は自分の身体に魔力の膜を張ってみせる。
「『魔纏・硬』……俺の持つ唯一の防御専用のスペルカードだ。稼働時間が短い割に結構な量の魔力を食う扱い辛いスペルだがな……」
「そ、その扱い辛さの分防御力は折り紙付きって事ね?……大したものね。いいわ、この勝負は私の負けよ。だけど……」
輝夜の身体が……いや、正確には輝夜の出す霊気が発光し、光り輝く。
「この夜だけは、終わらせる……!少しでも追手から逃れる時間を稼ぐためにもね」
そして時は急速に進みだす。輝夜は自らの能力を用いてこの長い夜に終止符を打ったのだ。
「輝夜!」
外が夜明けを迎えるのと同時に輝夜の従者である八意永琳が姿を現し、輝夜に駆け寄る。
その後ろからは彼女の後を追うように永琳と戦っていた筈の幽々子も一夏達の居る廊下に姿を現す。
「終わったようね。一夏」
「幽々子さん、アイツ(永琳)と戦っていたはずじゃ?」
「そうなんだけどね、夜が明けたのを見たら彼女ったら血相変えてその子(輝夜)のところに行っちゃったから」
幽々子の説明を聞いて一夏は視線を永琳達に向ける。
視線の先には輝夜を介抱する永琳の姿……その姿を見つめながら一夏はなんとなくではあるが彼女たちがどんな事情でこの異変を起こしたのか興味が沸いてくるのを感じた。
「説明してくれないか?この異変を起こした理由(ワケ)を」
「……良いわ」
永琳に介抱されつつ、まだダメージの残る身体を起こし輝夜は一夏の問いに頷いた。
戦いの終結から数分後、一夏達は負傷した千冬や気絶している鈴仙たちを回収し、客間へ通された。
「それじゃあ聞かせてもらうぜ、異変を起こした理由をな」
「仕方ないわね。一応負けたわけだし……良いわね永琳」
輝夜から目配せを受け、溜息を吐きつつも永琳は頷き了承する。
「まず、もう察しはついていると思うけど私達は月の民よ。追放されたけどね」
時をは外界で言う(大体)平安時代に遡る
カグヤ(月における輝夜の本名)は月の民の一族であり、月の姫として生まれ、何一つ不自由の無い生活を送っていた。
しかしある時、カグヤは興味本位から不老不死の禁断の秘薬である蓬莱の薬に手を出し、薬を従者である永琳に作らせ、それを飲んで不老不死の身体となった。
その事はすぐにばれてしまい、カグヤは罪人として裁かれる。
だが、不老不死となったカグヤでは処刑することも出来ない。
その結果、カグヤは地上へ追放という形で罰を受け、地上に落とされた。
地上に落とされた直後、一組の老夫婦に拾われ、老夫婦の娘として暮らす事になった(この時に現在の名前である輝夜という名を得た)。
暫らくの間、老夫婦とともに平和な生活を送ってきた輝夜だったが、地上人にはない魅力を持つ輝夜に魅せられ、複数の男性から求婚されるようになる。
しかしその男達は皆、輝夜の出した難題に失敗し、輝夜の下を去っていった。
「ちょっと待て!それまるっきり『竹取物語』ではないか!?」
余りにも聞き覚えのありすぎる話に千冬は思わず突っ込みを入れる。
「ああ、確か外界でそんな風に名づけられて本にもなってたわね。姫の事」
「あら、そうなの?知らなかったわ」
真顔で答える永琳と輝夜。
「千冬姉……言いたい事は解るけど抑えて。幻想郷に常識は通用しないから」
思わず突っ込んでしまった千冬を一夏は宥める。
「いや、それは分かっているが……流石に童話が本当の事だったというのは……」
「実話よ、900年ぐらい前までは実話として語られてたんだし。私も実際にそう聞いてたし」
フォローを入れたのは幽々子だった。
「そ、そうなのか……スマン。(実際に聞いてたって……コイツ何歳だ?)」
竹取物語とは別の疑問が生まれ、千冬はそっちの方が気になってしまい、一夏に小声で訊ねる。
(確か1000から1100ぐらいだったと思う。前の宴会の時そんな事言ってたから……ってか歳は気にしないでいいと思うよ。種族とか違うし、それ言ったらレミリアだって500歳以上だし)
(そうか……私もまだまだだな)
「話を戻していいかしら?」
「ああ、スマン」
話が逸れてしまったのでそろそろ戻したいと輝夜は話題を切り替える。
話は戻り、それから数年後、やがて輝夜の罪も償われたとみなされ、月に帰る時が来た。
しかし、自分を育ててくれた老夫婦への情は捨てきれず、輝夜は月に帰りたくなかった。
反面地上では生活しにくい部分もあり、どうすればいいか思い悩んでいた時、月からやってきた使者の中に見覚えのある姿を見た。それが永琳だった。
永琳は薬を自分が作ったが為に輝夜は罪を受けたにも拘らず自分だけ無罪になってしまった為、輝夜に対し後ろめたい思いがあり。輝夜の助けになりたいと考えていた。
永琳は自分と共に地上に降りた月の使者達を裏切って殺し、輝夜と共に逃げ出し、二人は人里離れた山奥でひっそりと隠れて暮らす様になった。
それから、本当に長い月日が経ち、現時点から約数十年後。
この時点で幻想郷が人間界と遮断されてから、約百年が経った頃。
一匹の妖怪兎が幻想郷に現れた。
その兎こそが千冬の戦った月の兎、レイセン……現在の鈴仙・優曇華院・イナバである。
彼女は元々月の戦闘部隊に所属していたが月と地上が戦争状態となったため月を脱走して幻想郷に逃げ込んできたのだ。
戦争云々については半信半疑だったものの、輝夜と永琳はレイセンを家に匿い、鈴仙は永遠亭の住人となった。
そしてさらに数十年……つまり現在。
とある満月の夜、月の兎同士が使うという兎の波動を鈴仙が受信した。
その内容は彼女達にとって非常に重大なものだった。
受信した内容によると、ある地上人が月の魔力を搾取し、月に基地を作ると言い出した。それも再三にわたる協議も無視される形でだ。
これにより月の民は、その地上人に最後の全面戦争を仕掛ける事となった。
つまりメッセージの内容は鈴仙に月に戻り共に戦うように要請するものだった。
さらに次の満月の夜に月の使者は鈴仙を迎えに来ると言う。
そして輝夜と永琳も月の民、その上罪人だ。月の使者が来ればどうなるか分かったものではない。
丁度その頃、隠れて暮らす事に飽きていた輝夜はこれを機に月の使者を追っ払い堂々と地上で暮らす為、永琳の提案で月を隠し、偽物の月とすり替えたのだ。
地上から満月を無くせば月と地上は行き来できなくなる。地上から見える満月は、月と地上を行き来する唯一の鍵なのだから……。
「……まぁ、こんな所ね」
長い回想が終わり輝夜は「ふぅ……」と一息吐く。
一方で一夏は神妙な面持ちで照屋達を見つめ、やがて口を開いた。
「一つ聞きたいんだが、その月の民ってのは博麗大結界を破壊できるほど強いのか?」
一夏は話の中で生まれたもっともな疑問を問うが……。
「「「……博麗大結界って、何?」」」
輝夜達の口から出た返答は場の空気を凍らせるには十分なものだった。
「は?……まさか、お前ら」
「博麗大結界……知らないの?」
「幽々子さん、ぶっちゃけ結界は月の民に破壊されますか?」
「無理ね、っていうか結界自体気付かれるものじゃないし」
幽々子以外愕然とした表情でそれぞれの反応を見せる。
ちなみに上記の台詞は上から千冬、妖夢、一夏、幽々子である。
一方で輝夜、永琳、鈴仙の三人は話がつかめないといった表情をしている。
「まぁ、とりあえず結界について説明してあげたら?」
「「わ、分かった(分かりました)」」
一夏と妖夢は肩を落としながら輝夜達に説明した。
幻想郷は閉ざされた空間。元々、月からも入ってくる事なんて出来ないと……。
「……な、何それ?」
「つまり……私達が苦労してやったこれまでの事は」
「全部……無駄」
自分達で引き起こしたとはいえ、デカイ異変の割に余りにアホらしい結末に輝夜達はその場にへたり込んだ。
(へたり込みたいのはこっちだ……あ〜あ、せっかく一夏が私のために香霖堂から貰ってきてくれた剣が……こんな間抜けな結末のために……トホホ)
異変調査組の中で最も損害の大きい(剣をぶっ壊された)千冬は内心凹んでいた。
「はぁ〜〜、止めだ止め!こんな事でいちいち落ち込んでたらキリが無いぜ。酒でも飲んで気分転換しようぜ!」
溜息を吐きつつも場の空気を変えようと一夏は声を上げる。
「良いわね。一応異変も解決したわけだし」
「お前らも付き合えよ、事の発端なんだから」
「そうね。結果的にはこれで堂々と地上で暮らす事が出来るんだし、その祝宴っていうのも良いかもね」
輝夜は穏やかな笑みを浮かべながら承諾し、数分後には永遠亭の庭は宴会の会場となるのであった。
幻想郷において宴会は人妖問わず惹きつける。
異変解決から一時間もした頃には宴会場には多くの者達が集まっていた。
「んぐっ、んぐっ……くはっーー!美味ぇ!!」
杯に注がれた酒を一気に飲み干して一夏は満足そうに笑う。
「一夏……お前、私より相当飲むんだな。というか未成年だろお前は」
「幻想郷にお酒は二十歳からなんてルールは無いんだよ千冬姉」
呆れ半分驚き半分で千冬は一夏の飲みっぷりを眺めている。
「にしても私の知らない所で異変が起きていたなんてね」
「霊夢、お前は異変の間何してたんだ?」
紅白の巫女服に髪をポニーテールに纏めた幻想郷の巫女、博麗霊夢に魔理沙は訪ねる。
「……寝てた」
「巫女がそれで良いのか?」
「何よぉ、アンタだって何もしてないでしょ」
霊夢と魔理沙は低レベルな言い争いを繰り広げる。
「ど、どうしたの輝夜……その程度?私はまだまだいけるわよ」
「冗談……も、妹紅、アナタだって飲む速度が落ちてるんじゃないの?」
輝夜は個人的に因縁のある藤原妹紅と飲み比べで対戦している。
「い、一夏さん……お酒、もう一杯お注ぎしましょうか?」
「そろそろ日本酒よりもワインが恋しくなってきた頃じゃないの?一夏」
「……咲夜さん、いきなり味を変えるのは如何なものでは?(何横槍入れようとしてんのよ!?吸血鬼の犬め!!)」
「……あら?同じ飲み物ばかりじゃ流石に飽きると私は思うんだけど?(半人半霊は引っ込んでなさい……!)」
妖夢と咲夜は互いに火花を散らしあっている。
もちろんこんな女の戦いを千冬が何もせずに静観している訳ではではない。
「一夏、お前の酒、私の飲んでいる物とは違うな。一口良いか」
「ん?良いよ」
「そうか、それじゃ……」
千冬は一夏の杯を受け取ってそれに入っている酒を飲む。当然飲み口は一夏が口を付けた場所に合わせてだ。
所謂間接キスである。
((……し、しまった!!まさかそんな手を!?))
(フッ……甘いな小娘供が)
そして千冬はドヤ顔で二人を見ながら笑みを浮かべた。
なお、千冬は二人の事を小娘と称しているが咲夜はともかく妖夢は千冬より年上だったりする(半人半霊のため寿命が人間より長い)。
結局この後三人は一夏の知らない所で火花を散らし続けるのであった。
なお、余談ではあるがこの異変から数日後、鈴仙は『月を侵略しようとしている地上人が侵略に失敗し、撤退した』という情報をキャッチしたらしい。