東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜   作:神無鴇人

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永夜抄
明けない夜


「…………」

 

「……おかしいよな、やっぱり」

 

 満月が浮かぶ夜空を見上げながら一夏と千冬は苦々しい表情を浮かべる。

時刻は現在午前1時半。二人は昨夜10時から長時間熟睡してすっきりした気分で朝を迎えるはずだったのだが、目が覚めるとまだ夜中だった。

一度は単に「大して寝ていないのでは?」と思ったがどれだけ寝ても夜は明けない……。

 

「はぁ〜、異変だな。もう間違いない」

 

 頭を抑えながらため息を吐き、一夏は部屋に戻って普段着に着替える。

 

「どうするつもりだ?」

 

「決まってる。原因を調べてさっさと解決してくる」

 

 千冬の問いに一夏は当たり前といった感じに答え、身支度を整え、出発しようとする。

 

「それじゃ行ってくるから、千冬姉留守番よろしく」

 

「お、おい!ちょっと待て!」

 

 千冬が止める間も無く一夏は飛び立っていった。

 

 

 

「さ〜て、どこから手を付けるか……ん?」

 

 突然大きな音が響いたと思い、音の発生源に目を向ける。

目を向けた先にあったのは人里……の筈だった。

 

「消えている……いや、隠れているのか?」

 

 人里がどんどん霞んでいき、やがてその姿を完全に消す。

しかし消滅したという感じはしない。どちらかといえば人里全体が透明になったような感じだ。

 

(アイツも動いたのか……人里を『隠して』今の馬鹿でかい音……早速ビンゴか?)

 

 早くも異変の手がかりを見つけた(かもしれない)一夏はすぐさま人里があった場所へ向かった。

 

 

 

 人里……正確には先程まで人里があった場所の上空に一人の女性が居る。

青のメッシュの入った腰まで届くほど長い銀髪に赤い文字のような模様の入った小さい帽子を乗せ、上下が一体となっている青い服を纏っている女性だ。

彼女の名は上白沢慧音。人里に暮らし、人間を守る半獣で寺小屋の教師だ。

 

 

「よぅ、慧音」

 

「ん?一夏か……」

 

 一夏は地面に座り込む慧音を見つけ、彼女に近寄る。

慧音は一夏の経営する万屋の常連だ。寺小屋での臨時教員や雑務を始めとした仕事をよく一夏に依頼している事が縁でお互い友好関係を結んでいる。

 

「人里が消えてたからお前が隠したってのは察しが付いたが、もうこの異変を起こした奴らと戦り終わった後か……しかし、随分派手にやられたな」

 

 所々に生傷が刻まれた慧音の体を見て、一夏は呟く。

彼女は先ほどまで夜が明けないこの不可解な現象を引き起こした者達と戦っていたが結果は敗北。今はもう満身創痍といった状態だ。

 

「で、誰にやられたんだ?」

 

「変な亡霊の二人組だ。はぁ……あんな怪しい亡霊にやられるとは……せめて月が不完全で無ければ」

 

 ため息を吐きながら慧音は先ほどまでの状況を説明する。

異変が発生した後、慧音は強い妖力を感じ、自らの持つ『歴史を食べる程度の能力と、歴史を創る程度の能力』で人里の歴史を食い、人里の存在を無かった事にして人里を自分の保護下に隠し、この異変を引き起こした亡霊の二人組と戦ったのだが、相手は予想以上に強く、結果は敗北。

しかも相手は別の異変を解決するためにこの異変を引き起こしたというのだから自分のやった事は完全に無駄な努力だ。

 

「(その亡霊ってアイツ等だよな……)別の異変ってのは?」

 

「あの月の事だ。人間のお前は気付かないのも無理は無いが、あの月は偽物だ。その証拠に一部が欠けている」

 

 慧音は遥か空に浮かぶ満月を指差しながら答える。

今浮かんでいる満月は真っ赤な偽物であり、本物の満月は隠されている……人間にとっては全く人畜無害な現象だが月の光が妖力に関わる妖怪にとってはこれは非常に由々しき事態である。

 

「なるほどな。それで満月が出ている内に異変を調べるために夜を止めてるのか。……となると、そっちの異変を解決した方が良いな。慧音、その月をすり替えた犯人って心当たりとか無いか?」

 

「……ある。というか、こんな芸当が出来るのはアイツぐらいだ」

 

 人里のはずれにある竹林の方を見つめながら慧音は答えた。

 

 

 

 迷いの竹林と呼ばれる竹林の奥深くに建つ一軒の屋敷『永遠亭』。

その内部にて2人の女性が雑魚妖怪を蹴散らしていく。

 

彼女達は夜明けを妨げ、月の異変を探る者達。

ウェーブの掛かった桃色の髪に着物にも似た和服を着た女性……冥界に住む亡霊たちの管理者にして白玉楼の主、西行寺幽々子。

銀髪のボブカットに青緑色のベストとスカートを着用し、その傍らには白く大きな人魂のような物を浮かべている少女……西行寺家の庭師兼幽々子の警護役の半人半霊、魂魄妖夢だ。

 

「ココで間違いないわ。ようやく見つけたわね」

 

「ええ、本っ当にようやくですね」

 

 幽々子は目の前に居る者達を見ながら面倒臭そうに呟き、妖夢は疲れたような表情で頷く。

永遠亭に辿り着くまで蛍の妖怪や夜雀の妖怪やらを手当たり次第に倒しながら進んでいたため、いい加減精神的に疲れてきていた。

幽々子は平然としているが……。

 

「遅かったわね。でももう扉は全部封印済み。もう姫は連れ出せないわ」

 

 突如として少女らしき声が響き、2人の女が姿を現す。

 

足元まで届きそうなほど長い薄紫色のストレートの髪に紅い瞳を持ち、頭部にはヨレヨレの兎の耳を生やしている少女……鈴仙・優曇華院・イナバ。

もう一人は鈴仙とは対照的に癖っ毛の短めの髪にふわふわとした兎の耳を生やした少妖怪兎……因幡てゐだ。

 

「……何だ幽霊か。焦らせないでよ、もう」

 

「用が無いなら帰ってよ。一応こっちは忙しいんだから」

 

 鈴仙とてゐは拍子抜けしたように幽々子達を追い払うように手を振るう。

 

「そうはいかない。この月の異変はお前達がやったんだろう?」

 

「月の異変?ああ、師匠の術ね」

 

「ええ」

 

 納得したように頷く鈴仙。そんな彼女に妖夢は刀の切っ先を向ける。

そしてそんな物騒な行為を妖夢の主である幽々子は涼しい顔で眺める。止める気は更々無いらしい……。

 

「元に戻してもらうぞ。でなければ斬る」

 

「随分乱暴な幽霊ね。こっちにだってそれなりの事情ってものがあるんだからそれを聞こうと思わないの?」

 

 鈴仙達の背後から新たな人影が現れる。

長い銀髪を三つ編みに結い、左右に色が分かれたツートンカラーの特殊な配色をした服を着た女性……彼女の名は八意永琳、永遠亭の薬剤師だ。

 

「お迎えが来たかと思ったら幽霊なんてね。まぁ、お迎えが来れる筈無いけど」

 

 幽々子達を見据え、淡々と呟く永琳。

 

「三人目の御登場ね。月を消したのはアナタかしら?」

 

「ええ、私の術よ。姫とこの娘の為にね。ほとぼりが冷めるまではこの状態を維持しないと月の方から使者が来てしまうから……そういう訳だから、ここは穏便に済ませて帰ってもらえないかしら」

 

 子供に言い聞かせるように穏やかに話す永琳、しかし幽々子は首を横に振る。

 

「残念だけど、月が偽物なのは色々と問題なのよ。アナタが月を戻さないというのであれば……妖夢に斬ってもらわないとね」

 

「え?そこで私に振るんですか?……まぁ、構いませんけど」

 

 突然話題を振られて妖夢は困惑するがすぐに刀を構えて臨戦態勢に入る。

 

「仕方無いわね。ウドンゲ、てゐ、ココはアナタ達に任せます。間違っても姫には近づけないように」

 

「はい、任せてくださ…『ズガァァァァン!!!!』フニャァァ!!」

 

 鈴仙が威勢良く返事をしようとしたその瞬間、突如として轟音と共に壁の一部が吹っ飛び、崩れた壁は鈴仙に直撃した。

 

「お、お師匠の結界が……」

 

 てゐが信じられないといった表情を浮かべて壊れた壁を見る。

やがて砂埃が晴れ、煙の中から一人の男が姿を見せる。

 

「あたしの結界を……アナタは一体?」

 

「しがない万屋さ。ただし、ちょっとばかし強いがな。月を元に戻してもらうぜ、首謀者さんよ」

 

 煙の中から壁をぶち破り現れた万屋、その名は織斑一夏!!

 

「一夏さん!?」

 

「あら、お久しぶりね」

 

「妖夢、幽々子さん、事情は大体解ってる。俺も加勢させて貰うぞ!!」

 

 建物内に入ると同時に一夏は幽々子、妖夢の方へ駆け寄り共闘を宣言する。

一夏と彼女達は以前起きた『春雪異変』と呼ばれる異変の際に知り合い、親しくなった間柄だ。

特に妖夢とは時折手合わせする程親しい間柄である。

 

「い、一夏さん……一緒に戦ってくれるんですか?」

 

「加勢するって言っただろ。相手は3人、こっちも3人で丁度良いぜ。抜かるなよ妖夢」

 

「は、はい!!」

 

「あらあら……ウフフ♪」

 

 少年漫画のヒーローの様に登場し、助太刀に入った一夏の姿に妖夢は何故か顔を赤くする。

実は彼女……千冬、咲夜と同類、即ち一夏に惚れている恋する乙女なのだ。

そんな彼女を見ながら幽々子はニコニコと楽しそうに笑う。

 

「これはさすがに危ないわね。仕方ない、私も戦いましょう」

 

「鈴仙〜〜、生きてる?」

 

「な、何とか……」

 

 対する永遠亭側も臨戦態勢。

月と夜をめぐる戦いが今始まる……。

 

 

 

 

 

 一方……その頃千冬は。

 

「……ハッ!今、ライバルが増えたような気がする……こうしてはいられん!!」

 

 ニュータイプ的な何かを発揮し、一夏を探しに飛び立ったのであった。


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