「よし、いつでも良いよ千冬姉」
「こっちもだ、今日は前回のようにはいかんぞ」
時刻は朝の6時半。
万屋の近くの森の上空で一夏と千冬は対峙し、お互いに構えあう。
一夏は徒手空拳、千冬は身の丈ほどはある大剣を武器にしている。
千冬が幻想郷に滞在して1ヶ月。既に飛行術と魔力コントロールを習得した千冬は自ら志願してスペルカードルールの特訓を行っていた。
その理由は本人曰く『弟に食わせてもらうだけでは姉として情けないからな。私も万屋の仕事を手伝うくらいの実力は欲しい』との事だ。
「行くぜ!」
先に動いたのは一夏。即座に拳から散弾銃のように広範囲に魔力の弾幕をマシンガンのように連射する。
「はぁっ!」
迫りくる弾幕に千冬は大剣を右手だけで軽々と振り上げ、魔力弾を薙ぎ払い、そのまま空いた左手で弾幕を一夏目掛けて放つ。
「甘い!ずあぁっ!!」
しかし一夏も素早く身をかわし、直後に魔力を拳に一気に集中させて先程の倍近くの速度と威力を持った魔力の弾を放った。
しかもそれは一発だけではなく、先程の弾幕ほどではないにせよかなりの連射速度だ。
(クッ……一発一発がデカイ上に威力が強すぎる。片手で捌けるような弾じゃない!)
繰り出される強力な魔力弾の数々を必死で避ける千冬。
しかし少しずつ逃げ場を削られ、次第に千冬の額に浮かぶ汗の量が増えていく。
千冬側も弾幕で必死で応戦するが、一夏は弾幕の隙間を次々と掻い潜る。
(やはり、IS戦とは全然違う。弾幕の多さも攻撃力とその規模も……何よりISと違って絶対防御なんていう甘いものが無い……)
そう考えると千冬は自分の事が滑稽に思えてしまう。
ISに守られて頂点を極めていたつもりになって居た自分も幻想郷に来てしまえば所詮は『優秀な初心者』でしかない事を痛感する。
(だが……いつまでも私が手も足も出ないと思ったら大間違いだぞ、一夏!!)
一夏の弾幕を必死に捌きながら千冬は一枚の札を取り出す。
密かに研究して昨夜遂に完成したオリジナルのスペルカードを……。
「『斬符・樹鳴斬!!』」
千冬から繰り出された斬撃が一夏目掛け一直線にレーザーの如く撃ち出される。
「!?」
驚きながらも自分に向かって伸びてくるレーザーを回避する一夏。
しかし直後にレーザーは枝分かれするように分裂し、さらにそこから魔力弾が飛び出す。
その姿は樹鳴斬という名の示す通り一本の樹が鳴き声をあげるかのような様相だ。
「千冬姉、いつの間にスペルカードを!?」
「以前から密かに研究していたんだ!お前に少しでも追いつくためにな!!もう一発喰らえ!!」
一撃目のレーザーが消滅すると同時に即座に千冬は二撃目に移行する。
(こりゃ、ちょっとヤバイかもな……)
千冬から放たれる拡散レーザーと魔力弾を回避しながらこの技(スペルカード)を打ち破る方法を考える。
スペルカードを打ち破る方法は2つ、スペルカードの効果が切れるのを待つか、相手にダメージを与えてスペルカードを維持出来なくさせるかだ。
「しょうがない……もうちょい出し惜しみしたかったけど、見せてやるぜ!!」
攻撃をかわしながら一夏も懐から一枚の札を取り出し、同時に己の右拳に凄まじい量の魔力を蓄える。
「行くぜ千冬姉!『砕符・デストロイナックル!!』」
一夏の拳から大型レーザー型の魔力弾が放たれ、千冬の魔力弾とぶつかり合う。
しかしぶつかり合ったのは数秒間だけで瞬く間に一夏の魔力弾が千冬の魔力弾を飲み込み、千冬に迫りくる。
「クッ!」
自分の魔力弾を無効化され、千冬は思考を攻撃から回避に素早く切り替え、その場を離れようとする。
「まだまだぁっ!!」
しかし一夏の拳から先ほどと同等の威力を持った魔力のレーザーが二発、三発と続けざまに繰り出される。
「な!?(この威力で連射だと!?)」
一夏のスペルカードの性能に内心驚愕しつつも千冬は必死に二発目のレーザーを紙一重で回避する。
(く、クソッ!間に合わない!!)
しかし三発目は避けきれず、千冬は武器である大剣を盾の代わりにしてかろうじて受け流す。
「もらった!!」
「!!」
レーザーを防いだ千冬だが、その隙を突き一夏が一気に接近する。
「だああああーーーーーーっ!!!!」
一夏の左手から繰り出されたパンチが千冬の大剣を弾き飛ばし、直後に右ストレートが千冬の顔面を捉える。
「っ…………」
しかしその拳は千冬に打ち込まれる事無く顔面に命中する寸前に動きを止める。
この時点で勝敗は確定した。
「続ける?」
「いや、私の負けだ」
冷や汗を流しながら千冬は苦笑し、自らの敗北を受け入れたのだった。
「それにしても、もうスペルカードを完成させるなんて、流石千冬姉」
弾幕戦の訓練を終え、万屋まで戻りながら一夏は千冬を賞賛する。
「圧勝しておいてよく言う。確かに少しは近づいたと思うがまだまだお前には敵わないさ。それにお前はまだいくつも手を隠しているだろ?」
一夏からの言葉に千冬は苦笑いしながら反論する。
「はは、まぁ否定はしないよ。でも、スペルカード使わなかったら危なかったっていうのは本当だから」
その後は先程の戦闘の反省点などを挙げながら二人は自宅に帰宅した。
風呂場で汗を流した後、二人は朝食の準備に入る(一夏が料理、千冬は配膳)。
「今日は……紅魔館か」
朝食を完成させ、一夏は不意に予定表を見てそう呟いた。
「ん?仕事か?」
「まぁ、似たようなもんかな?前に写真で見せたフランって子の教育係みたいなもんだよ」
一夏は紅魔館での仕事について分かりやすく説明する。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットをはじめとする吸血鬼は基本的に食事をするために人間を殺さない程度にしか襲わないのだが、フランは自身の持つ強大な能力ゆえに長い期間幽閉され、与えられたものしか食べた事がないため、力の加減が出来ず、一滴の血の残さず吹き飛ばしてしまうという欠点があった。
そこでレミリアはフランの能力にも耐えることが出来るスペルカードを持つ一夏にフランの教育係を依頼し、一夏もそれを了承したため、時折紅魔館に出向いてフランの教育係兼遊び相手になっているのである。
「千冬姉も来る?レミリア達も千冬姉に会ってみたいって言ってたし」
「良いのか?じゃあ、行かせてもらうか」
あっさり誘いを受ける千冬、その裏では……
(一夏に惚れている(筈の)メイド……どんな女か見極めてやる)
まだ見ぬメイドへのライバル意識を密かに燃やしていたのだった……。
午前10時、朝食と家事を終えた一夏と千冬は湖の上空を飛びながら紅魔館へ向かう。
「ほら、見えたよ。あそこが紅魔館だ」
「あれが……」
一夏の指差した先の湖畔に一軒の館がそびえる。
その館は全体的に真紅の色調の洋館で、その外観はまさに紅魔館の名に相応しいものだった。
そのまま二人は門へ向かって降りる。
門前には赤いロングヘアーに中国風の衣装を見に纏い、門に寄り掛かって寝息を立てる一人の女の姿があった。
一夏はそれを見てやれやれと肩を竦める。
「また居眠りしてるよ」
「彼女は?」
「紅美鈴(ホン・メイリン)、紅魔館(ココ)の門番」
「門番?(……役目を果たしてないだろこれは)」
職務怠慢な美鈴の姿に千冬も呆れ顔になってしまう。
そしてそんな美鈴に一夏は近寄り、大声でこう叫んだ。
「あ、咲夜さん!!」
「ヒィッ!!さ、咲夜さん!?ね、寝てません!私寝てませんよ!!」
咲夜の名前を言った瞬間美鈴はビクリと飛び跳ねるように目を覚まし、必死に言い訳を開始する。
「よぅ、起きたか」
「い、一夏さん……脅かさないでくださいよ」
「だったら居眠りするなよ」
一夏の言葉に美鈴は正気を取り戻し、涙目になりながら抗議するが一蹴されてしまう。
「まぁ、とりあえず用件だけど、いつも通りフランの件で。あと、今日は姉さん連れてきてるけど大丈夫か?」
「ああ、多分大丈夫ですよ。お嬢様も会ってみたいって言ってましたから。……あと、この事(居眠り)は咲夜さんにはどうか内密に……」
「へぇ……何を内密にしたいのかしら?」
突如として美鈴の背後にメイド服を着た銀髪の少女が現れる。
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜(いざよいさくや)だ。
「(ギクゥッ!?)さ……咲夜さん」
「美鈴、後でお仕置きを覚悟しときなさい。……待ってたわ一夏。お嬢様と妹様が中でお待ちよ」
OTLな状態の美鈴を無視して咲夜は一夏達を屋敷へと案内する。
「アナタが一夏のお姉さんですね。私は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。一夏とは色々とあったけど、今はお嬢様共々仲良くさせてもらっています。以後お見知りおきを」
「ああ、一夏から話は聞いている。こちらこそよろしく頼む」
お互い丁寧な挨拶を交わす千冬と咲夜。しかしその裏では……
(この女……出来る。だが一夏との交際はそう簡単に認めはせんぞ)
(まさか身内が登場とはね……でも認めさせる事が出来れば一気に一夏と距離を縮める事が出来る。ある意味チャンスよ、これは)
……修羅場はそう遠くない。