「さて、どこから話しましょうか……。
私と命蓮は今で言う平安時代の後期に信貴山の小さな山村で生まれました」
縁側に一夏と並んで腰掛け、白蓮は幼き日の思い出を振り返り、語り始める。
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昔、まだ日本に霊力や妖怪などの類が一般的に認知されていた時代。
私が3歳の頃に命蓮が生まれ、しばらくの間は両親と共に極々平凡な暮らしをしていました。
ですが、私が10歳、命蓮が7歳の頃、父が流行病で亡くなり、程なくして母も父を失った心労から倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまいました。
両親を失った私達姉弟は他に身寄りも無く地元の寺院に引き取られ、其処の住職様に育てられる事になり、仏門に入りました。
入門した当初から、命蓮は法力に対して凄ましいほどの才覚を見せ、加えて命蓮自身の勤勉さと真面目さもあって僅かな年月で様々な法術を修め、元服を迎えた15歳の頃には、住職様はおろか都の大僧正様でさえ上回るほどの法力を有していました。
大僧正様からは都へ来て自身の後継者にならないかという誘いを受けた命蓮でしたが、彼は『その力をより多くの人を救うために使いたい』と言ってそれを断り、やがて日本全土を旅して回るようになりました。
それから命蓮は多くの人を救い、時に悪人や悪い妖怪を懲らしめ、いつしか伝説とまで称される僧侶へとなっていったのです……。
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白蓮の口から語られる命蓮の英雄譚とも言うべき偉業・功績の数々。
身内びいきな表現を込みにしても、どれも伝説と呼ぶに相応しいものたった。
そして、それを語り続けながら徐々に頬を赤く染め、高揚感を増す白蓮の表情に一夏はある事に気付いた。
(あれ?白蓮さんの
自分と二人きりの時の千冬に似ている。
それはつまり、姉ではなく女としての表情である。
「白蓮さん、もしかして……命蓮、父さんの事を……」
「ええ、愛していました。
……いえ、今でも愛しています。弟としても、男性としても。
子供の頃から、それがいけない事と解かっていても、抑えられなかった。
だからせめて、彼の近くに居たくて、仏門に入門したのです」
目から一筋の涙を流し、白蓮は己の想いを語ったのだった。
(あの人は、俺に『殺してくれ』と言っていた。
だけど、もし助ける事が出来るなら……)
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その頃、篠ノ之束のラボの片隅で呪符で身体を拘束された一人の男が、床に転がされる。
その傍らで肩で息をする少女……篠ノ之慧は、倒れている命蓮に追い討ちを掛けるように、腹に蹴りを入れる。
「お前が!お前が私を裏切ったりしなければ!!
あんな女なんかを選ばなければ!よりにもよって実の姉を選ぶなどと……このクズが!!
死ね!死ねッ!死ねェッ!!」
激昂する慧によってサンドバッグの如く殴られる一夏と瓜二つの顔を持つ男、 聖命蓮。
彼が血反吐を吐こうが慧の暴力は留まる所を知らず、慧は命蓮を殴り続ける。
「はいはい、慧ちゃん。ストレス発散はそこまでだよ。
それにコイツはいっくんじゃなくて、いっくんのお父さんだから」
「っ……姉さん」
そんな彼女の肩に手を置いて止める存在、篠ノ之束。
ヘラヘラとした表情ながらも有無を言わせぬ雰囲気に慧は手を止め、やがて舌打ちして部屋を後にする。
「束様、
いつでも戦闘に移行できますが……」
「んー、今は良いや。
あ、
慧と入れ替わりに入室したクロエからの報告に東は首を横に振りながら命蓮の首根っこを掴んでクロエに引き渡す。
「ゴーレムじゃ数揃えても幻想郷相手じゃ戦力不足だからね。
それより、もっと面白い方法、思い付いちゃった。
早速その準備しなきゃね。 ちょっと1〜2週間らい部屋に篭るから、
満面の、しかし同時に邪悪な笑みを浮かべて立ち去る束。
その場にはクロエと、傷だらけの命蓮のみが残された。
(何て、恐ろしい女性だ……)
呪符で身動きが封じられ、口を利く事すらも出来ない状態で、命蓮は感じ取っていた。
篠ノ之束の内に潜む底知れぬ悪意と禍々しき力に、命蓮はただ戦慄する事しか出来なかった。
(誰か、彼女を止めてくれ !
誰でも良い……その為なら、僕を、殺してくれて構わない……。
姉さん、僕の息子……どうか、死なないで)
最愛の姉、そしてかつて自分を追い詰めた己が血を引く存在を脳裏に浮かべながら、命蓮は静かに意識を失ったのだった。
【おまけ】
「そういえば父さんって結婚とかはしてなかったんですか?」
「いいえ、女性からはよくモテていましたが命道はその手の事に対して非常に鈍感でして……。
あ、でも……子供の頃、私と一緒にお風呂に入るのを早い内から恥ずかしがるようになっていましたね」
「…………俺のシスコンって、もしかして?」
一夏のシスコンは父譲りだった。
次回予告
各々修行着を身に着け、特訓に励むIS字園メンバー達。
果たしてその結果は?
次回 『レベルアップへの茨道』
ラウラ「クラリッサが言っていた!こういう時は……」
鈴仙「ねえ、アンタって……」