「……じゃあ、晴美は今、炎魔に?」
「ああ。そこに所属してる。
いつの間にかアンタより立場が上になっちゃったわね」
親友との再会に、一頻り泣き終えた楯無……いや、更識刀奈は晴美の現状を説明されて驚きの表情を浮かべていた。
「何ですぐに教えてくれなかったのよ?
私が、晴海の事どれだけ心配してたか解って……」
「ごめん。正直、合わせる顔が無かった
だって、クソ兄貴がやった事とはいえ、主だったアンタの家に泥塗る真似したってのに、今更どんな顔して会えば良いか分からなくてさ……」
「馬鹿……晴美の無事が分からない方がずっと迷惑よ」
「ごめんね、刀奈……」
再び泣きそうになる刀奈を晴美は抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「簪の事は、心配するな。
少なくとも悪いようにはしないし、河城重工の奴らだって責任持ってあいつを鍛える事を約束してるんだから」
「それは……」
簪の名を聞き、刀奈の表情は曇る。
こればかりはまだどうしても整理がつかないようだ。
「妹思いも結構だけど、そんな風に意地ばっかり張ってないで、少しは信じてみたら?」
「そんなの、無理よ……!
アイツらを、簪ちゃんを掻っ攫っていく連中を、どうやって信じろって言うのよ!?」
晴美の言葉に刀奈は表情を険しくする。
そんな刀奈の肩に手を置き、晴美は真剣な面持ちで彼女を見据える。
「信じろって言うのは、
簪だ。……
「…………え?」
晴美の思いも寄らぬ言葉に刀奈は呆然となる。
そして、それと同時に試合前に言われた虚の言葉が鮮明に蘇る。
“何度でも言います!今のお嬢様は、簪様を心配するあまり、河城重工の人達だけでなく、簪お嬢様の事さえ信じようとしていません!!
あなたがしているのは、妹を子ども扱いしてずっと自分の手元に置こうとするだけの行為です!!”
「私が……私が簪ちゃんを信じてないって言うの?」
「あぁ。もっと言えば自分以外誰も信じてない。
そして、霧雨に負けた事で自分自身さえ信じられなくなってる」
「そ、そんな事……」
否定しようとするも、刀奈は言い淀む。
本心では分かっていた…………晴美を失って以来、自分は自分の大切な者達を自分の手で守ろうと決意した。
自分自身の手で、誰の力も借りずにだ。
だが、それは誰の己の力のみを信じ、誰にも頼らないと言う事でもあった。
その結果、自分は簪の気持ちを蔑ろにしてしまい、いつしかその決意が独り善がりなものに変わっていってしまったのだと、心の奥底で感じていた。
だが、認めたくなかった。
認めてしまえばこの数年をかけて、確固たる決意の下に築いてきた自身の誇りが崩れ去ってしまう。
それが怖くて堪らなかった……。
しかし、遂にはそれも崩れ落ちる日が来てしまった。
魔理沙との勝負に負けた事で、余りにも脆く……。
「わ、私は……」
「やり直し……とは言わないけどさ、今度は信じてみなさいよ。
簪は、アンタの妹は人を見る目がない様な馬鹿でも間抜けでもない。
妹の巣立ちを認めて見守るのも、姉の役目でしょ?」
「巣立つ……簪ちゃんが…………」
呆然としながら、楯無は晴美の言葉に聞き入る。
そんな事、考えもしなかった。
自分にとって簪はいつだって庇護の対象だったのだ。
そんな彼女が巣立ち、自分とは違う強さを得る。
それは簪を守る事に執着していた刀奈にとって有り得ないものだった。
そうなってしまえば簪を守れない……そんな風に考えてしまっている刀奈にとっては。
「まだ、納得出来てないって
けどな、守るって事はただ庇護する事とイコールじゃない。
まずはそこからじっくり考えてみな」
優しく論するように言いつつ、晴美は立ち上がって刀奈に背を向ける。
「あ……もう、行っちゃうの?」
「あぁ、私も合宿に付き合う事になってるから、その準備だ」
名残惜しそうな表情を浮かべる刀奈を尻目に晴美は静かに保健室の扉に手をかける。
「また、会えるわよね?」
「あぁ、接触禁止ももう無いからね。また、会いに来させて貰うわ」
最後に刀奈に笑顔を向け、晴美は保健室を後にしたのだった。
「…………晴美……っ」
去っていく晴美を見つめた後、刀奈は暫し無言のまま俯き、
やがて再び、今度は静かに涙を流した。
そして日は流れ、IS学園は終業式の日を迎えた。
1学期最後のイベントを終えた生徒達が皆それぞれ夏休みを迎える中、武術部(鈴音と真耶含む)メンバーは送迎バスで河城重工へと移動し、そこで一夏・箒と合流し、八雲紫の待つ社長室に集まった。
(余談だが、約束通り一夏は弾から顔面に強烈な右フックを一発お見舞いされた)
「ようこそ、河城重工へ。
もう聞いているかもしれないけど、私の名は八雲紫。
表向きは河城重工の社長、本来の姿は幻想郷の管理者であり妖怪の賢者よ」
相も変わらず妖しい雰囲気を醸し出しながら、紫は集まったメンバーへと口を開く。
「まずは協力の意を示してくれた事と、私達人ならざる者の存在を受け入れてくれた事にお礼を言うわ。
これからアナタ達には、夏休みの間幻想郷で修行を行ってもらう事になるけど、その結果次第では本格的に篠ノ之束が率いる一味との戦いに身を投じる事になる。
逆に修行しても戦力にならないと判断すれば幻想郷に関する記憶は消させて貰うわ。
それでも良いわね?」
妖しくも鋭い眼光が弾達を見据える。
それに気圧されつつも、弾達7人はしっかりと頷いた。
それを確認した紫は静かに席を立ち、虚空に手をかざして隙間を開いた。
「覚悟が出来たなら入りなさい。全てを受け入れる残酷な楽園。
幻想郷へと続くこの隙間に」
「こ、これに入んの?」
若干顔を
何もない空間に開いた穴、それだけでもかなり不気味だが、穴の中に所々浮かぶ目玉がより一層ホラー感を増している。
こんな穴に進んで入りたがる者はそう居ないだろう。
「大丈夫だ。紫さんに害意が無い限り通る側にも害は無いから。
俺が先に行くから、安心して着いて来い」
尻込みする鈴音に、一夏は激励するように自ら率先して隙間へと飛び込んだ。
「……ええい、ままよ!」
一夏の行動に後押しされ、鈴音が飛び込む。
そして、それを切っ掛けに他のメンバーも次々に動き出す。
「よし、俺も初っ端から尻込みしてられねぇぜ!」
「わ、私も!今更引いたりしない!」
「オカルトやホラーは覚悟の上だ!」
弾、簪、ラウラが……。
「ああっ、待ってくださ〜〜い!」
「あの、山田先生。なんで私の腕を掴んでますの?」
「だ、だって私こういうの苦手なんですよぉ〜〜!」
「ああもう!さっさと行きますわよ!ほら、手を握っててあげますから」
「うぅ、すいません……」
一足遅れてセシリアと真耶が、
そして最後に千冬やレミリア達も隙間に入り、全員が幻想郷へと足を踏み入れたのだった。
「…………」
全員が隙間を通り終えたのを確認した紫は隙間を閉じ、再び椅子に座る。
やがて彼女は
「さて、どうしましょうかね?……この子は」
紫が開いたファイルのページにはある人物の顔写真と名前が載っていた。
「いずれ、この子と会う必要がありそうね」
その写真の少女、更識刀奈を見詰めながら、紫はそう呟いた。