PERSONA3:Reincarnation―輪廻転生―   作:かぜのこ

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■Fool:0「裸の皇帝と苦労性の法王」

 

 

 

 2006  7/ 2・日

 巖戸台 ポートアイランド駅前

 

 影時間――、一日と一日の狭間の世界。影が蠢く領域。

 紅い髪の少女と藍色の髪の少年は、今夜も人知れず平和を脅かすバケモノと戦っていた。

 

「はッ!」

 

 掬い上げるように放たれた強化特殊セラミック製の小剣が閃き、残酷のマーヤを断ち切る。

 返す刃がもう一体のマーヤタイプを両断した。

 

 ――――!!

 

 同胞を討たれ、いきり立ったのか、二体のファントムメイジが協同して放った火球の飛礫(つぶて)――火炎魔法(アギ)が澪に降り注ぐ。

 しかし、物理攻撃と光属性以外の魔法全てに耐性を持つ《タナトス》を宿した澪にその程度の魔法は意味をなさない。“アギ”による炎は制服の表面を軽く焦がすだけで、虚しく霧散するばかり。

 火の粉が散る中を突っ切った澪は冷静に、召喚器の収まったガンベルトの背中側に取り付けたナイフシースから大型ファイティングナイフを引き抜くと、魔法を放ったファントムメイジたちへと吶喊した。

 

「邪魔」

 

 強化特殊セラミックの双刃が二体のシャドウを逃げる間も与えず貫き、引き裂く。

 小剣短刀の二刀流――、召喚器無しでも安定してペルソナを喚び出せる澪だからこそ可能な戦法だろう。また、制服の下にはシースナイフを複数携帯しており、こちらは主に投擲に使用している。

 

「……ふぅ」

 

 倒されたシャドウがバラバラの黒い粒に解けて、影時間に溶けていく。

 澪はシャドウが消滅するのを確認し、小剣とナイフを鞘へと鷹揚に納めた。

 

「――美鶴さん、イレギュラーはこれで全部?」

「ああ。今回のは今、お前が片づけたもので最後だ」

 

 自身もレイピアでシャドウを突き倒した美鶴は、得物を滴を払うように軽く一振りして納刀する。

 肩に掛かった髪を左手で掻き上げる姿がひどく様になっていた。

 

「しかし、いつ見ても見事なものだな、お前の立ち回りは。特に武道を嗜んでいるわけでもないというのに」

 

 今夜も見た目に似合わぬ豪快なパワープレイでシャドウを駆逐して見せた弟分に、美鶴は感心を通り越して呆れるばかりだ。

 澪の戦闘スタイルは単純明快「相手よりも速く近づき、全力で殴る」。

 いささか以上に燃費が悪い核熱魔法を切り札(ジョーカー)に、《タナトス》の幅広い防御性能とパワー・スピードに物を言わせた力押しである。

 それは、彼の華奢な見た目に不釣り合いなほど荒々しいものだった。

 

「《タナトス》が、シャドウとの戦い方を教えてくれるんだ」

「確かに、私の《ペンテシレア》もサポートしてくれてはいるが……」

 

 お前ほどではないな。美鶴は、そう言外に告げた。

 ペルソナ使いは、ペルソナを精神領域に起立させることで耐久力や膂力など、全体的な身体能力の向上をさせることができる。なおこの行為を「降魔」する、と言う。

 この恩恵があるからこそ、シャドウと戦うだけの身体能力を得ることができ、時には条件次第では武器のみでの打倒も可能となるのだ。

 その上で、美鶴は《ペンテシレア》との相性を踏まえて突剣を武器とし、学園ではフェンシング部に在籍している。

 だが澪の所属する部活動は水泳部、剣道その他の経験は皆無。にもかかわらず、彼は最も得意な小剣以外にも両手剣・槍・弓・拳闘・鈍器などなどの武具もそれなりに扱えた。これでは器用と言うより節操がないだけだ、と美鶴は密かに思っている。

 

「――理事長も仰っていたが、お前はペルソナとの親和性が高いのだろうな」

「……」

 

 幾月の名を出すと露骨に不快感を表す澪に呆れつつ、美鶴は後始末を始めた。

 影時間がもうすぐ終わる。それまでに撤収の準備と、戦闘行為による被害の確認をしておかなければならない。影時間が明けた後、桐条グループの裏工作を行っている部署に連絡して相応の隠蔽工作を依頼するためだ。

 美鶴はこれを「桐条の欺瞞」として嫌っているが、影時間での出来事は秘匿されなければならないこと。納得はできないが理解はしていた。

 

「……それにしても、()え《・》て《・》きてるね」

「そうだな。揺るやかにだが、“影人間”が増加してきている。嫌な兆候だ」

 

 シャドウに精神を“喰われた”被害者は、一切の気力をなくした異常な無気力状態に陥る。まるで影法師にでもなったようなこの状態を、美鶴たちは影人間と呼んでいる。

 今でこそ、まことしやかに(ささや)かれる都市伝説レベルのものでしかないが、このまま被害が広がっていけば社会活動は完全にマヒしてしまうのは自明だ。

 

「早急に、解決の糸口を見つけなければな」

「そうだね」

 

 美鶴の焦燥にも似た決意に同意してみせる澪の蒼い瞳は、遙か彼方――不気味なほど巨大な月を仰ぐように聳える背徳的な“塔”を捉えていた。

 

 

 

 

 2006  7/ 3・月

 月光館学園巖戸台分寮 ラウンジ

 

 街中に発生したシャドウを駆除した美鶴と澪は、現在の住居――“巖戸台分寮”一階のラウンジで作戦会議まがいの話し合いをしていた。

 ――二人がここに越して来てから、三年の月日が経つ。

 身長が伸びたことと前髪の左側を伸ばし始めた以外、特にこれと言った外見的な変化がない澪の一方で、美鶴は見違えた。

 体型がより丸みを帯びて女性らしくなったのはもちろん、髪型もおでこを出した緩めの縦ロールというまさしく“お嬢様”的なものだった。

 これはお抱えのヘアメイクの仕業だが、美鶴は澪の「前の方が可愛いかった」という感想が地味にショックだったりする。

 

「――今以上の階層に進むのは難しいな」

 

 今夜の議題は、タルタロスの踏破状況について。

 街中に発生する散発的なイレギュラーシャドウ――どうやら、シャドウは基本的に“巣”であるタルタロスの外には出ないようだ――の撃退はともかく、本命であるタルタロス探索は思うように進んでいない。

 未だ踏破した階層は一六階までであり、具体的な戦果は仮称“門番シャドウ”を三グループ撃破したのみにとどまり、それらも一定周期で復活するらしくあまり進歩したとは言い難い。

 また一六階には、月のレリーフが施されたバリケードが行く手を阻んでいたが、こちらは《タナトス》の斬撃によって力づくで破壊が可能――ただし、代償に甚大な精神力を消費する――だったため事なきを得たが、それより先には進めずにいた。

 

「……別に、僕独りでも登れるのに」

「それは駄目だと言ったはずだぞ、澪」

「わかってるよ、美鶴さん。言ってみただけだって」

 

 美鶴にぴしゃりと窘められて、澪が肩をすくめる。

 まず前提条件として、タルタロスとは、影時間に月光館学園の敷地――旧桐条エルゴノミクス研究所跡地上に現れる巨大な塔だ。

 タルタロスは大量のシャドウが集まり、時空を捻じ曲げて創り出したとされ、日に日に内部構造を変える性質がある。それは毎日、影時間になる度に“生えている”からだと言われているが、これがなかなか厄介で、的確なナビゲーションなくしては複雑怪奇な迷路と化した内部の探査などできない。《ペンテシレア》の特殊能力“アナライズ”によるマッピングは必須であり、そのため澪は一人でタルタロスに挑まざるを得なかった。

 異様とも言えるほど圧倒的なスペックを誇る《タナトス》なら、あるいは単独で突き進むことも可能かもしれないが、美鶴としては澪に負担を強いるこの方法は避けたいことだった。

 なお、《ペンテシレア》に“アナライズ”があるように、《タナトス》にもちょっとした特殊能力が備わっているのだが、それは別の機会に語ることになるだろう。

 

「お前のペルソナは確かに強いが、決して無敵ではない。現に一度、命を落としかけているのだからな」

「それ、もう耳タコだよ。さすがに懲りました」

 

 わかればいい、と美鶴は満足げに頷き、組んだ足を優雅に組み替えた。

 彼女が妙に過保護になっている原因は、一四階の門番シャドウとの戦いにある。

 (くだん)のシャドウ、バスタードライブには物理的な攻撃が一切通用せず――打撃攻撃に至ってはそのままそっくり反射された――、澪は窮地に陥った。

 その時は“メギド”による問答無用の一撃――彼が実戦において魔法を使用したのはこれが初めてであった――でカタを付けたが、安全地帯からナビゲートしていた美鶴は気が気でなかった。

 故に、彼女は澪の単独攻略を認めたくなかったのである。

 

「私の《ペンテシレア》に、“アナライズ”能力が備わっていたことは僥倖だったが……これでは、な」

「いちいち支援機材を持って上がるわけにもいかないし」

「まったくだ」

 

 何事も思い通りに進むわけではないと今更ながらに悟り、美鶴は眉を伏せた。

 《ペンテシレア》の“アナライズ”は驚異的な感覚器官に由来するという性質上、十全に活用するには支援機材での増幅が必要であり、美鶴がタルタロス攻略に参加できない理由であった。

 

「せめて後一人、私たち以外のペルソナ使いがいれば……やはり、早急な適正者の勧誘が肝要か」

「誰かめぼしい人でも?」

「ああ」

 

 いつの間に用意したのか、美鶴が名簿らしき書類を澪に投げ渡す。

 資料らしき書類を危なげなく受け取ってざっと目を通す澪の目に、どこか悪ガキじみた稚気を感じさせる銀髪の少年の写真が留まった。

 

「“真田(さなだ)明彦(あきひこ)”、私と同じ中等部三年だ。ペルソナ能力についてはともかく、適正自然獲得者であることは確定している」

「この人なら知ってるよ。ボクシング部の期待の新星だって、クラスの女の子が噂してた」

 

 「クラスの女の子」という発言に眉尻をややつり上げつつ、美鶴は澪の煎れたダージリンティーで唇を潤した。

 妙にフェミニストな弟分の性癖に一抹の警戒を感じながら、。

 

「上手くスカウトできれば、当面の問題が片付く」

「かもね。……でも、無関係な人を巻き込むの?」

「!!」

 

 何気ない指摘に、美鶴の笑みが凍てついた。

 澪はいい。彼は被害者だが、同時に最初から関係者だ。美鶴が請わなくとも、命を懸けて戦うに足る理由が彼にはあった。

 翻って、今回の件についてはどうか。

 答えは否である。少なくとも、真田明彦にシャドウと戦う謂われなどない。

「……」返す言葉を失い、沈黙する美鶴を真剣な眼差しで見つめ、澪が小さく微笑んだ。

 

「ごめん、余計なことを言った。美鶴さんが決めたなら僕は従うよ」

「……すまない」

「美鶴さんの足りないところをフォローするのが僕の役目だ。桐条には多大な恩と借りがあるし――、何より総帥に、娘を頼むって言われちゃったからね」

 

 頼もしいことを言いつつ、澪は最後に茶化して言葉を締めくくる。

 最愛の父に気遣われたことが嬉しいのか、あるいは弟分にからかわれたのが恥ずかしいのか。美鶴は頬をやや朱に染めた。

 

「それで、真田先輩だっけ? 中学生でボクサーなんて物騒なことやってるんだし、案外“こういうこと”に興味シンシンかもね」

「ん……なるほど、確かにな。よし、さっそく明日にでも接触してみることにしよう」

「僕もいた方がいい?」

「必要ない。普段通りに過ごしてくれ」

「了解」

 

 短いやりとりで、二人は今後の方針を固めた。これは信頼の現れである。

 

「では今夜はこれで解散だ。おやすみ、澪」

「うん。おやすみなさい、美鶴さん」

 

 

 

 

 2006  7/ 3・月

 月光館学園中等部 体育館通路前

 

 短い灰銀色の髪の少年――真田明彦は困惑していた。

 その原因は、今さっき出会った紅い少女の言葉。真田とは同学年の、ある意味学園の有名人である彼女――桐条美鶴は、藪から棒にこう告げた。

 

 ――倒したい相手がいるんだ。

 

「“力”、だと……?」

 

 拳を固めながら、真田は顔をしかめて小さくつぶやいた。

 決して信じられるような内容ではなかった。だが、決して嘘を言っているようではなかった。

 少なくとも、「奇妙な時間」を垣間見た体験は紛れもない真実だ。

 彼女の言葉の断片が、脳裏にリフレインする。

 

 ――強くなりたいか?

 

 ――君にはその素質がある。

 

 ――強くなりたいのなら、より大きな“もの”を賭ければいい。簡単なことさ――

 

「上等だ……!」

 

 たったひとりの血を分けた肉親、妹を救えなかった無念――その痛みを抱きもがく彼が、何よりも“力”を渇望する彼が誘いを受けたのは、必然だったのだろう。

 それが例え、命を懸けた死闘の引き金であったとしても――

 

 

 

 

 2006  7/ 3・月

 月光館学園巖戸台分寮 ラウンジ

 

 放課後、部活動を終えた真田はその足で桐条美鶴の示した“寮”を訪ねていた。

 自分の目で確かめなければ気が済まない、バケモノや未知の“力”にも興味もある。真田明彦はそういう困ったタチの、少年らしい少年だった。

 

「ウチに何かご用で?」

「おわっ!?」

 

 気配もないところから背後から急に話しかけられ、思わずファイティングポーズを取る真田。相手は、イヤホンをした背の低い少年だった。

 制服や年格好を見るに後輩、月中生だろう。

 

 ――コイツ、デキる……。

 

 真田の、ボクサーとしての勘が告げている。この下級生らしき少年は、相当な修羅場を潜ってきた“本物”だ。

 一挙手一投足に無駄がなく、隙もない。かと思えば僅かな間隙が見えて、不用意に手を出したくなる。だがそれは誘いだろう。迂闊に突っ込み、手ひどいしっぺ返しを喰らうイメージが易々と脳裏に浮かんだ。

 まるで風に揺れる柳か、水面に映る月のような捕らえ所のない男だった。

 

「ああ、真田先輩ですか」

「俺を知っているのか?」

「ええ。美鶴さんから聞いてますから」

 

 眠たげな目の少年はそう言って、無愛想にも真田をスルーして建物の方向に向かっていく。

 困惑し、真田は立ち尽くした。はたして、この正体不明の少年に追従していいものだろうかと。

 少年ははたと足を止め、振り返った。

 

「入るんでしょ?」

「あ、ああ……」

 

 彼は端的に言うと、懐から鍵束を取り出して鍵穴に刺した。どうやら戸は閉め切られていたらしい。

 扉を開いた彼に案内され、真田はついに巖戸台分寮に足を踏み入れた。

 

「思ったより広いな……」

「もともとはホテルだった建物を改装したらしいですよ。今のところ寮生は、僕と美鶴さんだけですが」

「いいのか、それは」

「さあ? あ、適当にそこらに座っててください」

 

 僕はお茶煎れてくるんで。一転、人の良さそうな笑みを浮かべた少年は室内の奥の方へ向かった。おそらくそちらに給湯室でもあるのだろう。

 勧められたとおり、真田は時代がかったソファセットに腰を落ち着ける。

 ややあって、少年がお盆を持って帰ってきた。

 

「どうぞ。粗茶ですが」

「悪いな、頂こう」

 

 出された緑茶を軽く呷る。思ったより緊張している、真田はそう自己分析した。

 まるで初めてリングに立った日のような心境だ。ワクワクと不安がない交ぜになった高揚感――

 

 ――こう言うのも、悪くないかもな。

 

「まず自己紹介します。僕は如月澪、中等部二年で“ここ”の住人です」

「じゃあお前も、“力”を使えるのか」

「ええ。桐条の公式的には“史上初のペルソナ使い”ってことになってます。まあ、実際のところ本当に初めてなのかわかりませんけどね」

 

 心底どうでもよさそうに、少年――如月澪は言う。どうやら彼は、見た目通りにドライなタチであるらしい。

 

「で、先輩は美鶴さんからどの辺りまで聞いてるんですか?」

「ん、そうだな――」

 

 真田は大まかに、桐条美鶴とのやりとりを説明した。

 

「なるほど、美鶴さんらしい……わかりました。では、後日日を改めて――」

「いや、そういうことなら今日がいい。早く、“力”とやらをこの目で拝んでみたいんでな」

「……せっかちですね。いいでしょう、ちょっと待っててください」

 

 獰猛な笑みを浮かべた真田を一瞥し、澪は懐から群青色の折り畳み型携帯電話を取り出し、何処かへ連絡を取り始める。

 

「……あ、美鶴さん? うん、実は真田先輩が寮に来ててね。うん、でね、はやく“力”を見たいって言うから今夜は泊まってもらって、それで実演してみせようかと思うんだけど、どうだろう?」

 

 会話の口調は気安い。ずいぶんと親しい仲のようだ。

 

「……うん、そうだね。……いや、寝床とかの準備は僕の方で頼んどくから、うん、うん。じゃあ、また後で」

 

 通話を切り、澪は改まって切り出した。

 

「話は付きました。了承する、だそうです」

「そうか!」

 

 真田は嬉しさを隠そうともせず破顔した。子どもじみた好奇心は、留まることを知らない。

 

「で、真田先輩には後ほどお宅に連絡を入れていただきたいんです。友人の家に泊まるとでも言って」

「それは無論かまわないが、突然だと怪しまれないか?」

「ご心配なく。桐条の者に、架空の親として折り返し連絡させますので。これならリアリティが出るでしょう?」

 

 そちらの準備は美鶴さんがしてくれます。澪はそう補足して、緑茶をゆっくりとひと飲みした。何やらディテールを崩壊させ、和んでいる。

 

「しかし、あのお嬢サマとお前はどんな関係なんだ? 少なくとも主従って訳じゃあなさそうだが」

 

 この得体の知れない少年に興味を引かれ、真田は好奇心から問うてみた。

 月光館学園での桐条美鶴と如月澪は良い意味でも悪い意味でも有名人だ。ゴシップなどにはまったく興味のない真田の耳にも入ってくるくらいには。

 学園のオーナーの一人娘にして才色兼備の生徒会長と、水泳部のホープにして学年主席の副会長。ともすれば、しばしば行動をともにしているところを目撃されている二人には様々なウワサが否応なくつき纏う。やれ恋人同士だとか、あれは主従だとか、ともかくただならぬ間柄であろうことは部外者にも見て取れた。

 

「僕と美鶴さんですか?」

 

 首を傾げた澪は、少し考えたそぶりをして口を開いた。

 

「言うなれば、幼なじみであり家族であり上司と部下であり――、一言で言うなら“同志”かな」

「同志とは、あまり穏やかじゃないな」

「これでも僕らは命を懸けてますから。この世から、影時間をなくすという(こころざし)にね」

 

 命を懸けるという言葉を出した一瞬、澪は今までにない“凄み”を露わにする。

 どこか無気力的な彼らしからぬ覇気に、真田は思わず飲まれかけた。

 

「それはさておき」

「……?」

 

 不意に居住まいを正した澪は、嫣然とした笑みを浮かべ、言い放った。

 

「ようこそ、非日常(ファンタジー)の世界に。歓迎しますよ、真田先輩」

 

 

 

 

 2006  7/ 4・火

 月光館学園巖戸台分寮 屋上

 

 不気味な黄色い月が今夜も大地を見下ろしている。

 影時間――、美鶴と澪が武器を携え対峙していた。

 

「さて、それでは真田君、今から実演してみせるがいいか?」

「頼む」

 

 ひとつ頷いて、美鶴は、すらり、とレイピアを引き抜く。

 真田にペルソナというものを肌で実感してもらおうと、美鶴と澪が対戦形式で一戦交えることになった。そのため、今夜のシャドウ狩りはお休みだ。

 

「――で、美鶴さん、僕は手加減した方がいいのかな?」

 

 右半身を前に出したフェンシングスタイルの美鶴は得物の切先を、小剣片手にだらりと構えてうそぶく澪に突きつけた。

 

「要らん。今日こそお前に一撃をくれてやる」

「はは、負けっぱなしじゃチームの力関係が危ういもんね」

「フン、言ってろ」

 

 軽く挑発し合い、両者は相対する。

 

「では――、行くぞ!」

 

 ほとんどノーモーションで放たれた鋭い突きと踏み込みが間合いを潰し、機先を奪った。

 完璧とも思えた刺突はしかし、無造作に振るわれた小剣に呆気なく弾かれる。

 それをきっかけに始まった両者の攻防は、見事と言うほかないものだった。

 散る火花、響く剣戟。

 ペルソナ能力者は身体能力も強化されるという。未だ覚醒していない真田にはとても真似できないような、それでいて洗練された体捌きで二人は剣を繰り出し続ける。

 と、業を煮やした美鶴がここで打って出た。

 

「っ――、ならば!」

 

 体当たりのように力付くで得物をぶつけて虚を奪い、無理矢理に距離を離した美鶴はホルスターから銀色の銃――召喚器を抜く。

 そして手慣れた動作で頭部を撃ち抜いた。

 

「! あれが――」

 

 透き通る粉砕音と青い炎を伴って現れた青衣の女戦士――美鶴のペルソナ、《ペンテシレア》。

 不意に強烈な冷気を渦巻き、澪の周囲を包み込んだ。

 

「あれが……、ペルソナ……!!」

 

 心の内から湧き上がるような興奮に、真田は自然と歓声を上げた。

 わかる。未だ覚醒しておらずとも、彼にはわかった。目の前の光景がどれほど異常なことか、この“力”がどれほどのものかを。

 

 ――この力があれば、俺はっ……!!

 

 真田の興奮を余所に、戦いは進んでいく。

 

「やはり、これでは有効打にはならないか……!」

「じゃ、今度は僕の(ターン)だね」

 

 氷の嵐の直撃を受けたというのに、澪は何食わぬ顔で腰の鞘から大型のナイフを引き抜いて、攻勢に出た。

 二筋の白刃が閃く。

 巧妙にタイミングをズラして放たれる剣を捌き続ける美鶴の表情は険しい。あるいは猛撃を受け続け、手が痺れ始めているのかもしれない。

 美鶴の剣筋が華麗で優雅なら、澪の太刀筋は豪快の一言。まるで吹き荒れる暴風の如く、双刃が闇夜に舞い狂う。

 

「てやッ!」

「甘いよ!」

 

 苦し紛れの突きは短刀により受け流され、美鶴はつんのめるように体勢を崩す。

 そこに、澪は追撃する。

 

「グ、あ……っ!?」

 

 手加減無用の蹴刀が、美鶴の脇腹に食い込んだ。

 

「やれ、《タナトス》!」

「っ、《ペンテシレア》ァッ!」

 

 蹴り飛ばされ、地面に背中を強打した美鶴は、転がりながらも喉を張り上げた。

 《タナトス》が、召喚者と同じくダイナミックな太刀筋で唐竹割りを繰り出し、召喚者の叫びに応えて姿を現した《ペンテシレア》が剛剣を双剣で受け止める。

 しかし受け止めたと思われた瞬間、《ペンテシレア》が突然霧散した。召喚器を使用しなかったため、顕現化が不完全だったのだ。

 

「っづあ――、まだだ!」

 

 美鶴は地面を転がるようにしてすぐさま身体を起こし、再び召喚器を取り出してペルソナを召喚する。

 その間にも、蒼衣の死神は凄まじい速度で迫っていく。

 

「さあ、今夜は何分持つかな?」

 

 不敵な言葉とともに突入する澪のペルソナ――《タナトス》が再び抜刀し、《ペンテシレア》と接触した。

 剣と剣とが激突した余波が衝撃となって、大気を揺らす。

 

「最初の勢いはどうしたの、美鶴さん?」

「ぐ――、なめるな!」

 

 美鶴のペルソナが苦し紛れに氷の飛礫(つぶて)を放つが、澪のペルソナに決定的なダメージを与えることはかなわない。

 強烈極まる剣戟を捌く《ペンテシレア》は手数の優位にも関わらず、徐々に押されていく。

 パワー・スピード・バイタリティ、あらゆる(ステータス)で《タナトス》には及ばないからだ。

 幾度も直撃を受け、全身にノイズを走らせて動きを鈍らせた《ペンテシレア》に縦一閃の大斬撃(スラッシュ)が叩き込まれ、ついには送還された。

 

「……今夜はここまでだね」

 

 一言つぶやき、澪は武器を鞘に納める。同時に、《タナトス》が集合無意識の海に還っていく。

「大丈夫?」と膝を突いた美鶴に手を貸す様に、先ほどまでの苛烈な面影はない。

 

「っは――、はぁ、はぁ……っ、相変わらず、規格外、だな、お前は」

「賞賛の言葉として受け取っとくよ」

 

 精神的にも肉体的にも疲労し、息も絶え絶えな美鶴は差し出された手を取って立ち上がる。

 いい汗をかいた、というように二人は微笑みを交わした。

 そして美鶴は、何もなかったかのように澄ました態度で真田に向き合う。

 

「それで、どうだったかな真田君?」

「ああ……! スゴかった!」

 

 まるで子どものように目を輝かせ、興奮しきりな真田のリアクションに苦笑する美鶴。彼女の中で、真田明彦という少年のポジションが「手の掛かる同級生」に確定した瞬間だった。

 

「私たちに協力してくれる――ということで、いいかな?」

「世話になるぜ、お嬢サマ」

()()だ。足を引っ張るなよ、()()

「! ――すぐに追いついてやるよ、美鶴」

 

 ニヒルに笑い合い、固く握手する二人。澪は、いつもの眠たげな瞳でその様子を眺めている。

 と、はたと思いついたように言う。「……こうなると、なんだか部活みたいだね」

 

「部活、だと?」

「そう、縮めないで言うなら部活動。学生が三人、集まってやることなんてこれくらいでしょ?」

「フッ、確かにな。面白そうだ」

「……お前たち、遊びじゃないんだぞ」

 

 さっそく意気投合している感のある男子二人に美鶴はため息をつく。だが、まんざらでもなさそうな表情で。

 この日、この夜。未だ部員三名の“特別課外活動部”が始動した。

 

 

 

 

 2006  9/ 7・木

 月光館学園中等部 廊下

 

「アキ!」

「シンジか」

 

 放課後、部室に向かおうと廊下を歩いていた真田は自分を呼ぶ聞き慣れた声に足を止め、振り返った。

 呼び止めたのは、制服を着崩し、グレーのニット帽をかぶった少年――孤児院時代からの幼なじみ、荒垣(あらがき)真次郎(しんじろう)。数年前に別れ、中等部に進級した頃に偶然再会を果たした無二の親友だ。

 荒垣は、不機嫌にも見える真剣な表情で詰め寄ってくる。

 

「アキ、テメェ、どこぞの寮に引っ越したらしいじゃねェか」

「ん、ああ、そうだが」

「……何のつもりだ?」

 

 探るような視線。真田には彼がそういう行動に出る心当たりがあった。痛い腹がないといえば嘘になる、特別課外活動部などはその最たるものだ。

 荒垣は、その粗暴な振る舞いやぶっきらぼうな言動に反比例するように、きわめて面倒見のいい男だ。そんな彼が、親友の変化した行動を怪しまないわけがない。

 真田は数瞬考え、とりあえず当たり障りのない言い訳でお茶を濁すことにした。

 

「何、新しい環境で、自分を追い込んでみようと思ったんだ」

 

 別にこれは、一〇〇パーセント方便というわけでもない。真田が巖戸台分寮に引っ越したのは、より強くなるためだ。

 それは学生としても、ボクサーとしても。もちろん、ペルソナ使いとしても、である。

 

「……」

 

 が、荒垣は眉間に深い皺を刻み、ますます以て不機嫌さを露わにする。真田の言葉を信じていない、あるいは疑いを深めたと言ったところか。

 これはマズい。本能的に危機を理解した真田は戦略的転進を試みた。

 

「悪い、シンジ。これからトレーニングがあるんだ」

「あ、ちょ、おい待てアキ! 話は終わってねェぞ!!」

 

 日々のランニングで鍛えた健脚で、真田はその場から離脱したのだった。

 

 

 

 

  2006  9/ 7・木

 月光館学園巖戸台分寮 ラウンジ

 

「と、言うわけなんだが」

「明彦、ちゃんと日本語で話せ。意味がわからんぞ」

 

 いつものように、ソファセットで作戦会議という名の四方山話をしていた特別課外活動部の面々。

 藪から棒な真田の発言を美鶴が突っぱねた。彼女の指摘は(もっと)もである。

 

「……? 如月とはこれで通じていただろう? 朝食の時とか」

「澪は特別だ。何年共に生活していると思っている」

 

 さらっと大胆なことを言ってのけた美鶴。もはや彼女にとって如月澪の存在は、欠かせない日常の一部だ。

 なお、ここ巖戸台分寮の朝食は澪が可能な限り賄っている。夕食に関してはまちまちだが。

 初めは主に美鶴の食生活を保つためだったが、真田が入寮してからもそれは続いている。どうやら桐条の屋敷で生活をしているうちに、執事根性が身についてしまったらしい。

 とはいえ彼の性格上、作るのは決まって比較的簡単な和食・洋食ばかりであまり手の込んだ献立は出てこない。レパートリーはともかく、味の方は美鶴の肥えた舌をある程度満足させるレベルではある。寮住まいするにあたり、桐条邸の料理人たちに教えを請いた成果だった。

 

「つまり、」

 

 黙って音楽を聴いていた澪がイヤホンを外し、会話に参加する。

 

「友人に最近の素行を怪しまれて困っている。このままだともっと追求されかもしれない、と。そうですよね、真田先輩?」

「おう。正直に理由を話す訳にもいかんしな」

「何故理解出来るのだ……」

 

 美鶴は頭を抱えた。

 自身が、いささか浮き世離れしていると自覚している彼女から見ても()天然である真田の突飛な発言・行動を、澪はこうして度々翻訳することがある。

 戦場では最強戦力として奮迅する澪だが、ある意味名フォロワーとして特別課外活動部を縁の下から支えているわけだ。彼自身も、マイペースで毒舌が過ぎるのが美鶴の頭痛の種だが。

 そしてここでも、澪の常人とはズレた思考回路が爆発した。

 

「……素直に、ぶっちゃけたらいいのに」

 

 ぼそっとした独り言を美鶴が聞き咎めた。

 

「澪。そんなことが出来るわけがないだろう? 相手は一般人だぞ」

「甘いね、美鶴さん。前提条件の策定段階から錯誤してるよ」

 

 一転、あえて放ったであろう持って回った挑戦的な言いように、美鶴の眉尻が思わずつり上がる。が、すぐに彼女は取り澄ますように紅茶のカップに口をつけた。

 澪がこういう言い方をするときは、決まって美鶴を試しているか、からかっているか、おちょくっているかの何れかである。話の流れからして、後者二つではないだろう。

 紅茶を冷静に飲む振りをしつつ、澪の発言を待つ。

 

「この場合、別に適正者じゃなくても構わないんだ」

「……どういう意味だ?」

 

 興味の琴線に触れ、美鶴のたしなめるようだった声色に変化があった。

 

「別段、ペルソナ能力やシャドウのことは秘匿しなきゃいけない事柄じゃないんだよ。まあ、無闇に吹聴していい類のことでもないけど、少なくとも“力”の有無と知識の保有に因果関係はない」

 

 力強く断言する澪の言葉に、美鶴は一定の説得力を感じていた。

 確かに、ペルソナ能力はおろか影時間の適正すらなく、かつ事情にある程度通じた協力者は殊の外多い。ポロニアンモール在中の警察官、黒沢巡査などがいい例だし、ペルソナ及びシャドウの研究をしている人間の大部分もそうである。

 信じさせるだけなら、ペルソナ能力を直に見せてやればいい。通常時間でも、多少の負荷を覚悟すれば呼び出すことは出来る。影時間に迷い込んだ人間は大抵の場合錯乱してその体験に関連した記憶を失うが、通常時間の場合その限りではないのだから。

 

「つまり、妙なアクションをされる前にこちら側に引き込んでしまえ、と?」

「そうそう。協力者は多いに越したことはないしょ?」

 

 面倒な敵を作るより、使える味方を増やした方が手っ取り早い。そう不敵にうそぶく澪。人たらしの彼らしい意見である。

 

「確かに、ペルソナ能力の有無はそれほど問題ではないか……」

 

 小さく独白する美鶴の高速展開する思考には、いくつかの試算が浮かんでは消えていた。

 とりあえず、澪に懸念を投げかけてみる。

 

「澪、お前は私に無関係の人間を巻き込めというのか」

「それ、今更じゃない?」

「ぐ……」

「だいたい、聞いた限りじゃその人、ほっといたって自分から首を突っ込んでくると思うし、どのみち結果は同じだよ」

 

 相変わらず、痛烈な毒舌だった。

 再び美鶴は考える。

 幸い、寮の部屋はまだ十分に余っており、一人二人増えたところで問題はない。適正獲得者でなくとも、単純に人手が増えればいろいろと楽になるだろう。要は使い道だ。

 荒垣という人物の人間性についても、真田が信頼する友人であると言う理由だけではやや弱いが、そこは美鶴が直接見極めればいい。その点まで含めて澪は引き込め、と言っているのだ。

 美鶴個人としては、女子の入寮者は極力避けたいところだったが――それは今回の件には関係ないし、まったくの余談である。

 

「そうだな……」

 

 美鶴の中で、大まかな方針が決まった。

 

「よし明彦、明日にでもその荒垣という生徒をここに招いてくれ」

「……うん? 何だって?」

 

 いつの間にやらテイクアウトの牛丼をかっこんでいた真田が顔を上げ、首を傾げる。明らかに、今までの会話を聞いていない表情だ。

 美鶴は頭痛を感じたように額に手を当て、深く嘆息した。

 

「明彦、お前という奴は……」

「……?」

 

 美鶴が真田に説教を始めた。最近恒例となった光景だ。

 澪は再びイヤホンをつけ、年長二人から視線を外す。お決まりのセリフ、「どうでもいい」と一言呟いて。

 

 

 

 

 2006  9/ 8・金

 月光館学園巖戸台分寮 ラウンジ

 

 明くる日の放課後、真田は荒垣を引き連れて寮にやってきた。

 美鶴と澪は、早めに生徒会や部活を切り上げて帰宅している。

 

「美鶴、言われたとおり連れてきたぞ。というか勝手に着いてこられた、ってところだが」

「……ども」

 

 真田の発言から察するに、どうやら荒垣は押し掛け同然でやってきたようだ。アグレッシヴだな、と美鶴は思った。

 しかし荒垣の態度はすこぶる悪い。

 目深くかぶったニット帽のせいで、ただでさえ悪い目つきが余計凶悪になっている。

 しかし、美鶴は外見や風聞で人を判断するような底の浅い人間ではないし、澪などは万事を「どうでもいい」と流すいい意味での無関心体質である。

 美鶴は人当たりのいいにこやかな微笑を浮かべ、口を開いた。

 

「はじめまして、荒垣君。すでに見知っているかもしれないが、私は桐条美鶴。そしてこちらが如月澪だ。よろしく頼む」

「よろしく」

 

 丁寧に自己紹介する美鶴と、端的に追従する澪。

「お、オウ……」二人のフレンドリーな対応に面食らったのか、荒垣はやや困惑気味な顔をした。

 

「さて、荒垣君。君が不審がるのも当然だと思う」

 

 まずは相手の意見に同意して、軽く譲歩する。自分の懐の深さを示して見せたのだ。

 伝え聞く荒垣の性格を察するに、下手に隠し立てするよりぶっちゃけてしまったほうがいいと美鶴は考えた。

 

「単刀直入に言おう。私たちは、誰も知らない時間でバケモノと戦っているんだ。明彦は、それに力を貸してくれている」

「誰も知らない時間? バケモノ? ソイツは――」

 

 皮肉の一つも言ってみせようとした荒垣は、言葉に詰まった。

 自分を見つめる美鶴の目は、嘘や妄想を語っているようには見えなかったからだ。

 

「シンジ、いつも妙な時間に巻き込まれてるって言ってたろう? アレだ」

「……あぁ、アレか」

「……なんだと?」

 

 ピタ――、フォローに入ったのだろう真田と荒垣のやりとりに空気が停止した。

 数瞬、あるいは数秒後。いち早く再起動を果たした美鶴が恐る恐る問いかける。

 

「待て明彦、まさか荒垣君も適正自然獲得者だと言わないだろうな?」

「そうだが」

 

 額に手を当てる美鶴の追求に、さらっと肯定する真田。悪びれることもなく、「何を今更」と言いたげな顔で。

 空気を読める荒垣は、何やら不穏な空気を嗅ぎ取って冷や汗を流した。

 

「……ならば何故、それを私に黙っていた?」

「聞かれなかったからな」

 

 ブチッ。そんな幻聴がラウンジに響く。

 あ、切れた。澪と荒垣は奇しくもこのとき同じことを脳裏に思い浮かべていた。

「あー、み、美鶴?」さすがの真田も妙な空気に感づいたのか、額に脂汗を浮かべぎこちない。いささか手遅れな感が満載だったが。

 軽くうつむいた美鶴は、おもむろに肩を揺らし始めた。

 

「フ、フフ……フフフフ……」

 

 まるでブリザードのような、底冷えのする笑い声。いや、実際に彼女の周りには極寒の冷気が渦巻いていた。

 さすがの澪もこれには堪らず、お得意のポーカーフェイスが崩れて若干の恐慌状態に陥っている。耐性持ちだとかはこの際関係ないらしい。

 

「よし明彦、今から少し訓練に付き合え。無論、魔法アリでな」

「ちょ、ちょっと待て美鶴。お前、俺が氷結に弱いと知って――」

「当然だろう?」

 

 何を言っている。とハイライト消えた双眸で首を傾げる美鶴。仮にもボクサーである真田が反応できない速度で、彼の耳をむんずと鷲掴んだ。

 

「すまない、荒垣君。私はこれからこの唐変木を()ねばならん。仔細は澪から聞いてくれ」

「あ、ああ」

 

 荒垣は気付いた。真田が、チワワのような目で自分を見つめてくる。助けてくれ、と盛んに訴えかけていることに。

 が、荒垣は視線を逸らす。

 

 ――すまん、アキ。俺にはどうにも出来ねェ……。

 

 キレた女性には逆らうべからず。(これ)、人生の教訓也。

 顔を青ざめさせた真田は、美鶴に階段の方へ連行されていった。(じき)に、屋上で強烈なブリザードが吹き荒れるはずだ。まだ夕方だが、大丈夫なのだろうか。

 

「「…………」」

 

 それを無言で見送る二人。

 

「お前、苦労してんだな……」

「……荒垣先輩も」

 

 妙な連帯感を覚え、荒垣と澪はどちらからともなく握手を交わした。

 グダグダになってしまったが、その後、荒垣は入部を承諾。真田は何か言いたそうにしていたが、美鶴に睨まれて口を噤んでいた。

 ――こうして、後の“特別課外活動部”の中核を担うメンバーが揃ったのである。

 


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