PERSONA3:Reincarnation―輪廻転生―   作:かぜのこ

2 / 10
■Mngician:I「蒼い死神」

 

 

 

 4/ 6・月

 月光館学園巖戸台分寮

 

 どこか(ひな)びた(おもむき)のあるホテル風の建物。灯の落ちた薄暗いエントランスロビーで、有里(ありさと)(かなで)は大いに困惑していた。

 ポイント故障の影響で遅れに遅れた電車のおかげで深夜、光が消え、棺桶が立ち並ぶ不気味すぎる街を一人寂しくさまよい歩く羽目になり。

 挙げ句ようやく目的地にたどり着いたと思ったら、囚人服のような服を着た泣き黒子の少年に妙なことを言われて――

 

「誰っ!?」

 

 (しま)いには、これだ。

 奏を困惑に突き落としたヒステリックな声の持ち主は、ピンク色のカーディガンに際どい丈のスカートを着た同世代の女の子。茶色いセミロングがかわいらしい、有り体に言えば何の変哲もない今時の女子高生である。

 ――太股に身につけた“ソレ”以外は。

 

「ッ!」

 

 ひきつるような息遣い。

 どこか錯乱した様子の少女は、右股に着けたガンベルトに刺ささった銀色の“ソレ”に手をかけた。

 

 ――拳銃っ!?

 

「待て!」

 

 不意に、凛々しい声がフロアに響く。

 途端、灯りが回復する。緊迫した空気が緩んだ。

 

『~♪』

 

 同時に停止していた音楽プレイヤーが、胸元で微かな音を奏で始める。

 

「到着が遅れたようだね」

 

 声の主は、紅い髪の麗人だった。

 

「有里奏さんだね。はじめまして、私は桐条(きりじょう)美鶴(みつる)。ここの寮長を勤めている者だ」

 

 フロアの奥から現れた彼女は、さも何事もなかったかのように自己紹介する。

 その立ち振る舞いには、同性の奏でさえ思わず見とれてしまうほどの気品とカリスマに満ち溢れていた。身につけている衣服も高級感ある仕立てのものばかりだ。

 

「あ、はい、はじめまして。……って、ええと、ここって女子寮なんですか? 私、よく知らないで来ちゃったんですけど……」

「ん、いや、そういう訳じゃないんだが……」

 

 何とも言えない表情で曖昧に言葉を濁す。カーディガンの少女が声を潜める。

 

「誰ですか?」

「彼女は“転入生”だ。ここへの入寮が急に決まってね……。いずれ、女子寮への割り当てが正式にされるだろう」

「……いいんですか?」

「さあな……」

 

 意味深な会話。

 完全に置いてけぼりを食らった奏は、やや憮然として二人を見ていた。

 

「彼女は岳羽(たけば)ゆかり。この春から二年生だから、君と同じだな」

「……岳羽です」

 

 少女――ゆかりに目線には明らかな不信感が含まれている。

 そういう棘のある視線には慣れっこな奏は、内心もやもやしたものを抱えながらも、表面上は努めてにこやかに挨拶することにした。

 

「よろしくね」

「あ、うん。こちらこそ、よろしく」

 

 奏が愛想良く微笑むと、険のあった表情もいくらか和らいだ。

 その時、不意に入り口のドアが開く。ドアベルの甲高い音が響き渡った。

 

「ただいま」

 

 入ってきたのは、藍色の前髪で眠たげな表情の左半分を隠した奏と同い年くらいの少年だった。

 猫背気味な背丈はやや低め、整った顔立ちにクールな雰囲気が印象的だ。

 それから奏と同様に、イヤホンと携帯型音楽プレイヤーを首から下げている。

 なんだか陰気そうな子――それが奏の、彼に対する第一印象だった。

 怪訝な顔をする奏を完全に無視して進み出る少年。まるで親の敵でも見るような厳しい目を向けているゆかりの姿が、目についた。

 

「待て(れい)。また勝手に出歩いていたな。外出する時は予め私に断れと、いつも言っているだろう?」

「美鶴さん、母親みたいなこと言わないでよ。ただでさえ老け顔なんだからさ」

「……言うに事欠いてそれか。失礼な奴だな、お前は」

 

 美鶴と澪と呼ばれた少年は、親しげに――ある意味、不躾な――言葉を投げ合う。どうやら少年は、軟弱な見た目に寄らずかなりの毒舌家らしい。

 と、少年がここで初めて奏に視線を向けた。

 蒼い眼に見つめられ、びくっ、肩を揺らす奏。どうしてか、視線をはずすことができなかった。

 

「ところで、その子は?」

「例の“転入生”、だ。この説明は二回目だな」

「ふーん」

 

 美鶴に事情を説明された少年は、おざなりに返答する。まるで「どうでもいい」と言いたげな視線で奏に一瞥をくれて、奥にある階段へ歩いていく。

「澪! ――まったく……相変わらずマイペースだな、あいつは」美鶴はため息をつく。頭痛でも感じているのだろうか、額に手を当てている。

 

「すまないね、話の腰を折ってしまって。澪はその……、少々気難しくてね、無礼な態度を許してやってほしい」

「あ、いえ。ところで、今の彼って……?」

「ああ、彼もここの寮生だよ。男子は今の如月(きさらぎ)(れい)を含めて()()、入寮している。後々紹介することもあるだろう」

「は、はあ……」

 

 だが、疲れているだろう? 美鶴はそう言って、奏を部屋へと追いやろうとする。やや無理矢理感のある話題の展開だが、実際疲れていたので奏は大人しく指示に従うことにした。

 

 ――進学寮とか、そういうのなのかな?

 

 そう自分を納得させて、奏は岳羽ゆかりとともに階段を上がっていく。

 さっきの人、あの泣き黒子の男の子と似ているな、なんて思い返しながら。

 

 

   †  †  †

 

 

 深夜。

 大きなディスプレイに、ベッドで寝入った赤毛の少女の姿が映っている。

 

「悪趣味だね。あの理事長(クソヤロウ)のやりそうなことだ」

「澪、そう言うものじゃない。……ま、まあ、確かに私もこれは聊かやりすぎだとは思うが、理事長は事態終息のために尽力して下さっているんだぞ」

「……。僕は部屋に下がります。これ以上、ピーピング・トムなんて御免だ」

「フゥ……、わかった、好きにしろ。お前が嫌がるのも理解出来るよ」

「ええ、そうします。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 

   †  †  †

 

 

 

 

 4/ 7・火

 月光館学園巖戸台分寮

 

 翌朝、疲れもあってぐっすり寝た奏はやや寝坊気味に目を覚ました。

 朝ご飯は抜きかなー、と残念に思いつつ、気持ち急いで身支度する。着慣れない黒の制服に着替えたら、癖の強い髪をセット。数本のピンで髪を側頭部で留めたら完成だ。

 奏は――主に経済的な理由で――基本的にメイクは簡単に済ませるので、身支度の時間は短い方だろう。

 丁度、準備を終えたところで呼びに来たゆかりとばったり出くわし、一緒に登校することに。

 

「おっはよーございまーす」

 

 一階に人気(ひとけ)を感じていた奏は、意識的に明るい調子で朝の挨拶をする。ファーストインプレッションを大事にするのは彼女なりの処世術だった。

 

「おはよう。朝から元気だね」

「おはようございます、桐条先輩」

「うん、岳羽もおはよう」

 

 朝食後らしい美鶴が食堂スペースからティーカップ片手に応じる。その傍らには、食器を片付けている澪の姿も見受けられた。

 

 ――うわなにあれ。お嬢様と執事ってヤツ?

 

 などといささかアレな想像する奏に気が付いた澪から、朝から眠たげな視線が向けられる。

 彼は美鶴に一言声をかけると、二人の方に近寄ってきた。

 

「おはよう、有里さん、岳羽さん」

「あ、うん、おはよう」

「……おはよう」

 

 朝っぱらからトゲトゲしいゆかりに、首を傾げる。

 あまりよろしいとは言えない

 

「有里さん、昨日連絡し忘れたことがあるから、ちょっと時間いい?」

「え? えーと、そこんとこどうなの岳羽さん?」

「まあ、ダイジョウブだとは思うけど……」

 

 話を振られ、曖昧に答えるゆかり。

 まあ、澪も同じ月高生なので、大丈夫なのを最初からわかって提案しているのだろうが。

 

「とりあえず、この巖戸台分寮にも一応寮則ってあるんだ。正式な割り当てまでの短い間だろうけど、守ってくれると嬉しい」

 

 言いながら、澪は薄めの冊子を手渡された。

 見たところ手作りだろうか、その割にはしっかりとした作りをしている。

 

「詳しいことはそれにまとめてあるから後で読んでもらうとして、さしあたり重要なのは掲示板かな」

「掲示板?」

「うん。入り口のカウンターの横に、コルクボードが二枚あるよね?」

 

 彼の視線の先を追うと、確かに受付カウンターとトイレの間の壁に大きめのコルクボードがかかっているのが見えた。

 それを確認し、奏が頷くと澪はわずかに笑みを浮かべた。

 

「入り口側の方が全体の連絡用、学校行事とか寮の管理運営についての張り紙がされるよ。で、手前の方が個人の連絡用、アルバイトや部活動に関しての予定を入れといてくれるとこっちとしては助かるかな」

「連絡?」

「そう、連絡。例えば食事の準備に差し障るからね」

「えっ!? ここってご飯出るのっ!?」

「出来る人が自主的に作ってるだけだよ」

 

 食い気味に反応する奏に、澪は苦笑混じりに応じる。

 「失敗したーっ」と地団太を踏む勢いで悔しがる奏。彼女はうら若き高校二年生、食べ盛りの女の子だった。

 

「まあ、有里さんが使うことはないかもしれないけど、覚えておいても損はないと思うよ。短い間とはいえ、ここで生活するんだからね」

「うん、わかったよ。如月くん、わざわざありがとね」

 

 僅かに微笑む澪。「詳しいことはその案内に書いてあるから、適当に読んどいてね」と言い残して戻っていった。

 猫背気味の背中をぼんやり見つめる奏は、案外彼って面倒見いいのかな?と認識を改めた。

 というか、彼がこんなに長文を喋るなんて予想外である。

 

「さ、有里さん、そろそろ行きましょ」

「あ、うん」

 

 さきほどから態度がどこかよそよそしいゆかりに促され、奏は寮を出た。

 

 

   †  †  †

 

 

 寮のある『巖戸台』と、埋め立て地『辰巳ポートアイランド』を繋ぐモノレール“あねはづる”の車内。

 学生でごった返した中に、。

 私立月光館学園に登校する道すがら、すっかり打ち解けた奏とゆかりはお喋りに興じていた。

 なんたが波長が合った二人は、すでに「奏」「ゆかり」と下の名前で呼び合う仲だ。

 

「――如月くん?」

「そうそう、あの無愛想な子。あたしたちと同学年なんだよね」

「まぁ、そうみたいだね」

「不思議な感じの子だよねー。なんていうかこう……、ミステーク?」

「それを言うならミステリアスでしょ……」

「そう! それそれ」

 

 調子のいい奏に、ゆかりが苦笑した。

 如月澪、昨夜寮で出会った同学年の男の子。今朝は意外な一面を目の当たりにした。奏の好みのタイプではないが、美醜で言えば十中八九、美の方に分類される少年であった。

 

「で、実際どうなの?」

「さぁ? 桐条先輩の幼なじみだって話だけど」

「へー。ゆかり、詳しいんだ」

「ぜんぜんっ! 知らないわよ、あんなヤツ」

 

 妙に突き放した言いように、奏は首を傾げる。

 男女の違いはあれ同じ寮で暮らしている仲だからと話題に上げてみたのだが、どうやらお気に召さないご様子で。ゆかりには彼に対してなにやら含むところがあるらしい。

 

「なんかお高く止まっちゃっててイケ好かないっていうか……、学年主席だか次期生徒会副会長だか水泳部のエースだかなんだかしらないケドさ、ナニサマだっつーの」

 

 プリプリと肩を怒らせて不平不満を口にするゆかり。何やら個人的に思うところがあるようだ。

 というか、今の長ゼリフでその人となりが何となく――少なくとも表面の部分は――把握できたのだが。

 

「……だいたい、あの夜だって――」

「あの夜?」

「あっ!? な、なんでもない。今のはナシ、忘れて」

「ふーん、へぇー?」

「何でもないったら!」

 

 聞き捨てならない発言を突くと、ゆかりは過剰反応を見せた。

 

 ――うーん……なんかヘタに深入りしないほうがいいかも。

 

 諸々あった経験で培った処世術を発動させた奏は、とりあえず冗談混じりにからかってみることにした。

 

「――のわりには詳しいみたいですけど? もしかしてゆかり、如月くんにキョーミあったり?」

「ばっ、んなワケないじゃん! ヘンなこと言わないでよね」

「あはは、照れるな照れるな」

「照れてないっ!」

 

 ゆかりは声を潜めて怒鳴るという、なかなかハイレベルな芸当を披露する。

 なんとなく仲良くなれそうな気がして、奏が笑顔を咲かせた。

 

 

 

 

 4/ 9・木

 月光館学園巖戸台分寮 屋上

 

 不気味なほど巨大な満月が天頂で輝く。

 時間と時間の狭間、(バケモノ)の蠢く世界。

 自室で寝ていたところを叩き起こされた奏は、訳もわからぬままゆかりに連れられて、建物の中を逃げ惑う。姿の見えない存在()の魔の手から逃れるために。

 屋上に追い詰められ、逃げ場を失った二人の前に“影”が姿を現した。

 

「あ……」

 

 いくつもの腕を持つ、いや腕のみが編み合わさった姿の不気味な怪物――、その内一本の手に持った仮面のがらんどうな双眸が恐怖に(おのの)く奏を捉えた。

 

「奏っ……、逃げてっ!!」

 

 怪物の攻撃を受け、地に倒れたゆかりが叫んでいる。

 

「ひっ……」

 

 死。

 死が迫ってくる。

 だというのに、奏の思考は妙にクリアだ。

 身体の奥の奥、今まで感じたことのない部分が、ドクンドクンと脈打っている。

 足下に転がる銀色の“銃”。

 ゆかりが取り落としたそれは、血溜まりのような水溜まりに浸かってなお、鈍く光っていた。

 

「……」

 

 奏は、それに縋ろうと、無意識に手を伸ばしたその時、

 ――巨大な質量が、頭上から飛来した。

 

「こ、今度はなに!?」

 

 着地の衝撃の煽りを受け、その場でへたり込む奏の目の前には、見上げるほどの巨体があった。

 子どもの胴体ほどはあろうかという“腕”から解放された少年が、軽やかに奏たちの前に降り立つ。

 今まさに、奏の命を奪わんとしていたバケモノがまるで怯えたように後退りした。

 

「……二人とも無事? 怪我はない?」

「如月、くん……」

 

 少年――如月澪が静かに問うと、何とか身体を起こしたゆかりが呻くように呟く。

 

「その様子だと、大丈夫なようだね」

 

 その間、奏の視線は釘付けになっていた。

 澪の背後に、さながら忠実な従者の如く佇むのは“蒼い怪人”。

 鎖で繋がった八つの棺桶を一対の翼のように背負い、鳥のようにも見える不気味な髑髏(シャレコウベ)の仮面を着けた蒼いコートの異形――蒼い怪人は、それ越しに望む影がののたくったようなバケモノよりも恐ろしく、同時に頼もしく思わせた。

 心臓が高鳴る。

 まるで恋するかのように、奏の深いところにいる()()()がざわめいた。

 ――やけに大きく、まるで落ちてきそうなほどの満月が浮かんだ暗緑の夜景と調和して、ひどく栄えていて。

 

「――さて。随分と、手こずらせてくれたね。どうやらお前は、他のシャドウとは少し違うらしい」

 

 澪はそう超然と言い、右手に持った小剣を軽く素振りする。

 怪人は無言で腰に()いた(つるぎ)を抜き放ち、地面を蹴った。

 コンクリートを砕く勢いで放たれた砲弾は、迎え撃つ無数の剣を掻い潜り、一息の間にバケモノに肉薄する。

 

「だけど、死ぬのは僕じゃない――」

 

 ニィ、澪は口角を嗜虐的に吊り上げる。

 これから行われるのは戦闘ではない。一方的な蹂躙だ。

 

「――お前のほうだよ」

 

 一閃。

 白刃が横一文字に空を切り裂き、黒いバケモノの腕がまとめて断ち斬れる。手に持っていた|凶器《つるぎ)が腕ごと宙を舞い、次々に地面に突き立つ。

 薙ぎ払った勢いをそのままに、怪人はバケモノの横っ腹に後ろ回し蹴りを叩き込み、蹴り飛ばした。

 

「《タナトス》ッ!」

 

 澪の声に従い、怪人――《タナトス》は、流れるような動作で突き出した左手に不可思議な力を結集させる。

 

「――“メギド”」

 

 そして、破裂した無色の力がバケモノを飲み込んだ。

 

「わぁ……」

「すご……」

 

 その破壊力に度肝を抜かれ、奏とゆかりは絶句する。

 圧倒的な破壊をもたらした怪人(タナトス)は最後まで理性的なまま、霞のように夜闇に溶けていく。

 澪は小さく息を吐くと、小剣を腰の鞘に納刀して両手をポケットに突っ込み、奏たちにゆっくりと振り返る。

 そして見惚れるくらい蠱惑的な笑みを浮かべ、彼は口を開いた。

 

「――ようこそ、非日常(ファンタジー)の世界へ。歓迎するよ、有里奏さん」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。