ネムの駆けていく世界   作:社財怪剣

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ナザリック新入生

 

 ナザリック地下第6階層にある円形闘技場(コロッセウム)は緊張感に包まれていた。これから異形種となったネムの実力を確かめるべく模擬戦が執り行われる。

 戦う相手はデス・ナイト。レベルに対して攻撃力は低いが、代わりに守備力が高く倒れにくい特殊能力を持っている。この世界においてアインズが初めて召喚したアンデッドであり、カルネ村での戦いぶりから優秀な壁役として使えそうである。相手の実力を確かめる上では適任のモンスターであった。

 

「グオォオオオオ!」

「お手合わせお願いします、デス・ナイトさん。痛かったらごめんね」

 

 深い唸り声を発するデス・ナイトを前にしたネムに怯える様子はない。彼女の視点で見える模擬戦の相手は気前よく対戦相手を受け入れてくれた懐深い仲間の騎士。「さあ、いつでも掛かってきなさい」と指導してくれる姿が映っていた。種族が変わった影響だろうか、ナザリックの異形種は人間よりも親しみやすく感じてしまうのだ。

 

 ようやく仕えるべき主と仲間たちに認められ使い魔となることができた。体に漲ってくる異形の力を使えばどんな相手でもきっと勝てる。昨日は振り上げることが精一杯だった剣が、まるで木の棒のように軽く感じるのがその証拠だろう。

 

「えへへ、生まれ変わったネムの強さはすごいんですよ」

「ほう……勝てる算段でもあるのか?」

「昨日覚えた必殺技を使ってみます。見ていてくださいねアインズ様」

 

 余裕の表情でネムは剣を構える。その姿はまるで農家の小娘が不器用に鍬を持ち上げるかのように不格好だった。見たこともない独特の構えにアインズは期待を膨らませる。期待できるかもしれんな……そう思いながら右手を高々と掲げた。

 

「始めよ!」

 

 アインズが開始の合図を宣言すると同時にネムが走り出す。狙うのは一撃必殺。防御の姿勢に構えたデス・ナイトの側面を駆け抜けるように思い切り剣を振るうつもりだ。

「てやー!」と無駄にその場を和ませるような子供の声が響く。

<六光連斬>

 ネムが力を溜めて剣を振り抜く――。剣が煌めき、まるで斬撃の存在が分身したかのような一振りの同時攻撃。巨大な盾、タワーシールドを構えそれを防ごうとするデス・ナイトの雄叫びが響いた。

 

 ……それだけで戦いは終わった。ドシャ……と何かが落下して円形闘技場に再び静寂が訪れる。

 

「あれは、ガゼフが使っていた武技!?一撃、一撃だと!!」

 

 アインズはあまりの驚愕に身体を発光させて試合を止める。この戦いでネムの実力ははっきりした。そう……ここで止めなければならない。

 本来なら互いの実力を示す場であるべき闘技場、その端には無様に気絶した敗者の姿。ネムが目をくるくる回しながら気絶していた。手に持っていた法国の剣は粉々に砕け散っている。デス・ナイトはその様子を困惑か心配でもするように眺めているのだった。

 

 勝負は一瞬、何のフェイントもなく一直線にデス・ナイトへと向かうネムの<六光連斬>。それを迎えるように巨大なタワーシールドによるシールドバッシュがカウンターで炸裂した。ぱこーんと小さな体がボールのように高く舞い上がってそのまま落下……それで終わりだった。

 

「ククク、私としたことが忘れていたな」

 

 武器……武器が悪かったんだよきっと。そう自分に言い聞かせながらアインズがアイテムボックスの中に手を入れて何かを探し始めた。ネムが持っていたのは法国の兵が護身に使うための剣。そんな粗末なものを持たせたままだったのが原因だろう。アイテムボックスから取り出したのは日本刀をモデルとした武器。特殊効果は少ないが、デス・ナイトと戦うには十分な威力を誇るだろう。

 

 気絶したネムが起きるのを待ってからの再戦。

ポーションを飲んで元気を取り戻したネムは渡された武器を見て目を輝かせた。

 

「すごーい!これなら負ける気がしません。生まれ変わったネムのパワーは使い魔一です」

「それはさっきも聞いたんだけどな」

 

 使い魔もお前一匹だけなのに使い魔一って何だよ、と心の中で突っ込みを入れて再戦を見守ることにした。ネムをゲームのプレイヤーと似たものと考えたとして、アバターを作成した直後の状態だったとしたら……恐らく予想通りの結果になる。

 

 

「てやー!」

 

 二度目の模擬戦はまるで先ほどのリプレイ。一直線にデス・ナイトに向かって行ったネムがシールドバッシュによって高々と空の世界へと旅立っていった。

 

 アインズは額に手を当てながらため息を漏らす。ネムが自信満々だったのは異形種の高い基本ステータスのためだろう。子供が大人くらいの力を手に入れたら、自分は強いなどと大いに勘違いするに違いない。

 

「やっぱりこれって、ほぼ初期ステータスだよなぁ……」

 

 しかし気になるのはこの世界の人間が持つという異能、武技をネムが使用したことだ。<六光連斬>という武技を使用したものの、実際にネムの斬撃は二つに増えただけだった。あれでは<二光連斬>がいいところだろう。ガゼフの武技はもっと力強く、まさに六つの光が同時に繰り出されるかのようだった。

 

 

 

 ――足りないものが多すぎるようだ。

最低限でも使い物になるようにするにはレベル上げが必要だろう。レベル上げ……か。懐かしくも心地良い響きだった。アインズはレベルがカンストしてから長い間、ゲームにあるべき楽しみの一つを忘れていたのかもしれない。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ナザリック第6階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラは円形闘技場の観客席から先ほどの様子を眺めていた。アインズが作成したという噂の使い魔が来ているということでその戦いぶりを見に来たのだが、うん。とんでもなく弱い事が分かった。

 

「アウラ、見に来ていたのか?」

 

 視線を向けられるとアウラは高い位置に設置された観客席からジャンプをしてアインズの下へと駆け寄った。アインズは気絶したネムの頬をぺしぺし軽く叩いて起こした。ダイナミックに飛ばされた割にはダメージは深刻では無さそうだ。

 

「この子がアインズ様の創られた使い魔ですか」

「うむ、戦闘面ではナザリック最弱クラスといったところか」

「ああ……なるほどー」

 

 見た目の年齢は自分と同じか少し下くらいだろうか。ナザリックにおいてそのような姿の者は少ないのでアウラは新入りの異形種に親近感が湧いた。

 

「あたしはアウラ。第6階層の守護者の一人よ。よろしくね……えーと」

 

 名前は何だったかな?アウラが握手をするために手を伸ばすと、新入りはまだ呆けた様子でじっとこちらを見つめている。そしてにっこりと笑うと自分の手を取って自己紹介をはじめた。

 

「私の名前はネムです。よろしくお願いします、アウラお姉ちゃん!」

「あ、うん」

 

 アウラお姉ちゃんか。マーレ以外にお姉ちゃんなんて呼ばれるとは思ってもみなかった。照れ隠しに頭の後ろで手を組みながら「よろしくネム」と返事をした。至高の御方が使い魔として飼い始めたというネム。設定レベルが低すぎてとてもではないが戦闘には向かなそうだ。この子は無事にやっていけるのだろうかと少し心配になる。

 

「アウラよ。しばらくお前にネムを預けても良いか?少し鍛えてやって欲しいのだ」

「ええ!?アインズ様の使い魔を預かってもいいんですか」

「こいつはプレイヤーと同じように、経験を積むほどレベルが上がっていくと私は予測している。この世界を知る上で役に立つ存在になれば良いのだが」

「へー、レベルが上昇するモンスターが存在するなんて知らなかったです。さっすがアインズ様ですね」

 

 珍しいモンスターの調教はビーストテイマーとしての腕が鳴るというものだ。成長の速度は今のところ不明だけど、至高の御方の使い魔が弱いままだなんて事は許されない。

 

「丁度良かったです。さっきデミウルゴスからギガントバジリスクっていうのを貰ったところなんですよね」

 

 アウラが口笛を鳴らすと、背後に巨大なトカゲのような魔獣が現れた。その体躯は鋼のように硬い鱗で覆われ、ドラゴンを思わせるような見た目をしている。長い胴体から伸びる八本の足が流れるように動き、素早さも高めのようだ。ユグドラシルでは見かけないモンスターだが強さはデス・ナイトに匹敵するだろう。

 

「ザコモンスターですけど見た目が立派だったので飼ってみようかなって思います」

「ははは、この世界の人間でこいつを倒せる者がいたら大したものだがな」

「では、こいつとまともに戦えるくらいでよろしいですか?」

「ああ、十分だろう」

 

 そうと決まったらネムには6階層の部下たちと一緒に暮らしてもらうとしよう。というかさっきから気になっていたのだけどこの子…。

 

「ネム、あんたちょっと人間臭いわよ。直接あんたからはしないけど、服から人間の子供とか血とかが混ざったような匂いがする」

「あ…そういえば昨日から水浴びとお洗濯してないです」

 

 ネムはカルネ村の事件で血塗れになったり、墓を作り続けたりと大変だったことを思い出す。そして着の身着のままナザリックへと来てしまったのだ。

 アインズと出会った時から……。何かに気がついたネムが顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。スカートを押さえてもじもじする様子からアインズは何かを察したが……大人の対応で見なかった事にする。

 

「まったくしょうがないわね。ここのモンスターは嗅覚が鋭い子が多いから身なりには気をつけなさいよ。それじゃ、まずは水浴びね。特訓は明日からを始めましょ」

「はい!アウラお姉ちゃん」

 

 人間の形態になれるモンスターは知性が高いため調教の手間が省けて扱いやすい。人狼などが良い例だ。ネムの種族は知らないがとてもよく言う事を聞いてくれそうだった。だがアウラにとっての部下は魔獣のような大物がお気に入りだ。自分はビーストテイマーなのだからそのように考えるのは当然なのかもしれない。

 

「あなたもよろしくね。ぎがんとばじりすく?さん」

 

 ネムが挨拶しながらギガントバジリスクの巨体に抱きついていた。今のレベル差だと攻撃されたら致命傷だろうに、怖くはないんだろうかとアウラは驚いた。ギガントバジリスクも長い舌でネムの顔を舐めて親しげに接している。客観的には食材の味見をしているようにしか見えない。まあ、貰ったばかりでも自分の目の届く範囲で暴れることは無いだろう。もし暴れたとしても特殊能力を無効化できるアウラからすればギガントバジリスクはただのレベルの低いトカゲでしかない。

 

「でも気をつけてね。そいつの目をずっと見てると石化してしまうかもしれないから……」

「…………」

 

 しばし目を離してから振り向いたアウラの目に入ったのは灰色に染まったネムの石像。ギガントバジリスクに抱きついて笑顔のままネムは石になっていた。一足遅かったようだ。その姿勢を保ったまま徐々に傾いていき…コトンと乾いた音を立てて石畳へ転がった。

 

「どうやら石化耐性は所持していないようだな」

「あ、あははは。それじゃあこの子預かっていきますねアインズ様!」

 

 アウラは笑顔で虚空を見つめるネムの石像を抱えると、ギガントバジリスクに跨りジャングルの方向目指して駆けていく。闘技場へ来たのはネムという使い魔を信用できるかの確認という理由もあった。アルベドから警戒するようにするように言われていたが問題は無さそうだ。元がこの世界の人間だとしても、今はアインズ・ウール・ゴウンの使い魔であるのだから。

 

 

 

 







【あとがき】

 ネム
 役職:アインズの使い魔
 種族レベル:空亡 ―――― 1lv
 職業レベル:ファイター ― 1lv
 武技:二光連斬


やっとナザリックの一員になれたネム。
世界を冒険する日は来るのだろうか。

   

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