ネムの駆けていく世界   作:社財怪剣

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血塗れの村

「飲め」

 

 モモンガは血塗れで倒れる少女を複雑な気分で見ていた。これは間に合ったと言っていいのだろうか。外の景色を見ることができるアイテム「遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)」の実験中に騎士の集団に襲われている村を偶然見つけたのだ。

 しかし、見つけるのが遅すぎた。村人の大半はすでに殺されており、生き残りがいるかどうかという場面での発見だった。鏡を拡大したときに見えた二人の少女、その一人が騎士に斬られた時に聞こえた気がしたのだ。「どうか妹の命だけは助けてください」という声が。

 助けに入ったところでこの村は救えず、村として最低限の機能も無くしてしまった場所に価値はない。この世界の人間の強さが未知数である今、ナザリックの存在を感づかれるリスクを負うのは愚かなことではないか。

 一人でも助けられるなら助けて当たり前。なのでしょうか、たっちさん……。モモンガは心の中で呟きながら、ここに来るもう一つの理由を作った友人の言葉を思い出す。

 

 それにしても、目の前の少女はいつまでも動かない。見たところ生きてはいるようだが出血の量が多い。早く回復しなければせっかく助けてやった者をみすみす殺してしまうことになる。相手は子供だ。殺されかけて動揺しているのか、それとも回復アイテムの使い方もしらないのか。どちらにせよ促してやるのが大人というものだろう。

 

「どうした、毒など入っていないぞ。ただの回復のポーション…だ……」

 

 できるだけ怖がらせないように落ち着いた威厳のある声で話したつもりだった。体を少し前に進めた瞬間、目の前の少女はびくりと体を震わせて「あっ……」と小さな声を漏らす。続いてスカートからショロショロと水音が聞こえてくる。なんとも反応しづらい出来事に動揺したモモンガだったが大人の対応でスルーすることにした。

 

 もしやこの世界は異形種が珍しく、死の支配者(オーバーロード)の見た目を怖がっているのだろうか。あれこれ考えた結果、自身の背後に禍々しいオーラが立ち上っていることに気づく。モモンガは焦りと戸惑いを覚えながらここへ向かっていたため、絶望のオーラⅠがうっかり発動していたのだった。

 とっさにスキルを解除すると、少女は動けるようになったのかこくこくとポーションを飲みだした。見た目もそうだったかもしれないがこっちだったかと、モモンガは安堵し先ほどのやり取りはなかった事にした。胸に刻まれた痛々しい剣の傷跡が何事もなかったかのように治癒していく。反応は薄いが少女もかなり驚いているようだ。

 さてここからが問題だ。さっきからあきらかにレイプ目になっている目の前の少女、いったいどうしたものか。

 

「私の名前はネムといいます。お名前……お名前を教えてください」

「私はアインズ……そう、ナザリック地下大墳墓が主、アインズ・ウール・ゴウンだ」

「アインズ・ウール・ゴウン様」

 

 虚ろな目で、胸に刻みつけるようにアインズの名を呼ぶネムに若干違和感を覚えながらも認識できた事があった。この体になってから人間は虫けらのようにしか見えなくなっていたと思ったが、こうして触れ合ってみると小動物くらいに可愛げがあるものだと。まるで人の精神であったころ、捨て猫が雨の中に佇んでいるのを見ているかのようだった。

 

「ふむ、捨て猫を拾うかどうか……か」

 

 ポーションで回復したその体は傷以上に全身血まみれであった。近くに倒れている村娘であろう少女の遺体を一見し、彼女の流した血であろうとアインズには分かった。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で必死にネムを守ろうとする彼女の姿を見ていたのだ。鏡越しに聞いた、だが聞こえるはずない願いとともに。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様」

「そう畏まらんでもいい。アインズでよい」

「アインズ様……」

 

 一区切りついたところでこれからのことを考える。先ほど殺した騎士は予想以上に低レベル。死の騎士(デス・ナイト)あたりを召喚して騎士を殺しつつ他の生存者を探すべきか。エイトエッジ・アサシンの報告を待つべきか…。

 ふと見ると、ネムが地面に手を突き懇願するかのような視線を向けている。死にかけていたとはいえ、目の前でアインズの圧倒的な魔法が使い騎士を殺したことは理解しているはずだ。相手の機嫌を害すれば自分にその力が降りかかるかもしれない状況で、何を願おうというのか。

 この後にどういう頼みごとをするのかアインズは大体察していた。そこにいるのは絶対的な死の支配者。家族を殺した相手に復讐するチャンスなのだ、そう言うに決まっている。

 あの騎士共を皆殺しにしてくれ、と。

 

「ネムを殺してください……」

 

 

 

 

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ガゼフ殿。村の様子はどうですかな」

 

 パチパチと残り火が音をたてるカルネ村の広場。辺りには夥しい血の跡、村人の死体、そして騎士のバラバラになった四肢があちこちに散乱している。アインズの目線の先には王国戦士長、ガセフ・ストロノーフの姿がある。先ほど村へ救援へやってきたという戦士集団の隊長でなかなか話の通じる人物であった。当初は「戦士長殿」と呼んでいたが「ガゼフ」で結構、と気を使ってくれるほどだ。

 

「アインズ殿が魔法で得た情報通りだった。村人は無差別に虐殺を受けたようだ。村長や一部の者たちは捕虜として中央広場にとらえられていたが……」

「若者達が皆殺され、我を失い最後の抵抗をするも返り討ち……ですか。どうやら生き残った村人は彼女だけのようです」

 

 アインズはエイトエッジ・アサシンからの情報により、カルネ村で起こった殺戮の全容はほぼ把握していた。騎士の集団は何を早まったのか村人の捕虜までも殺していたのだ。隊長格がよほど無能であったのか死の騎士(デス・ナイト)に突撃を仕掛けるばかりで目的も未だ不明である。

 アインズの足元にはローブを握りしめる小さな少女、ネム・エモットが怯えるように立っていた。目の前に広がるのはすでに住民が誰もいない村。カルネ村だった廃墟だ。

 

「不憫でなりません。我々の到着がもう少し早ければ、もっと多くの村人を救えたかもしれないというのに」

「そうかも……しれませんね」

 

 それを聞いてアインズは彼への警戒心を一段階下げる。王国戦士長を名乗る男、ガゼフは心底悔しそうに眉を寄せて不甲斐ないと自分に言い聞かせていたからだ。ガゼフと出会ったのは、アインズの召喚した死の騎士(デス・ナイト)が村を襲った騎士全てを殺してからだ。初めは無言で対立し戦闘もやむなしかと思われたが、アインズに寄り添うネムの姿を見て対話を試みてきたのだ。

 そして、これまでの経緯を述べると手を合わせ礼を述べてきたのだった。とっさの判断で仮面をつけて素顔を隠していたが、広場に待機させた死の騎士(デス・ナイト)を見る隊員たちからは未だ怖れと戸惑いの色が見える。

 彼らを信用するには材料が足らなすぎる。

 

「失態だな」

 

 王国戦士長。王国。

 つまり、先ほどの騎士たちは王国の者ではないことが予測される。ナザリックが飛ばされてきたこの世界には少なくとも王国があり、さらに敵対する国があるというということだ。やはり、この世界の情勢も住む者たちのレベルすら知りえていない状態でナザリックを出たことは失敗だったかもしれない。先ほどの戦闘がナザリックを危険にさらす可能性もあるのだ。

 

 まずはこの世界の情報が必要だ。しかし、村長辺りからこの世界の情報を集められれば良かったのだがこれでは……。唯一の村人であるネムは幼すぎて情報の信憑性に欠けるだろう。そう思いながら隣に寄り添うネムを見る。それ以前に今のこんな生気のない状態でまともな話が出来るとも思えない。ならばガゼフに聞くのが一番早い。

 

「ガゼフ殿、私は長いこと魔法の研究で引きこもっていたせいか、王国がどういう状況なのか知らないのだ。少し時間をとって教えてもらえないだろうか」

「うむ、そのような事情があったとは。あれだけの騎士を殲滅する力があって名が知られていないのが疑問でしたが、なるほど」

 

 ガゼフからこの世界、主に王国を中心とした情勢や他国との位置関係などの情報を得ることができた。通貨について聞いた時はさすがに眉を顰められたが、なんとか誤魔化しつつ話を進められたようだった。優先すべきは自分たちの状況把握に使える情報。アインズの愛するナザリックを守るための手段を考えていかなければならない。

 

「ところでアインズ殿は近くで魔法の研究をしていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)でしたな。その子を村での出来事を知る者としてこちらで預かってもよろしいでしょうか?」

 

 ガゼフが痛いところを突いてくる。とっさの説明に自己設定作るのは控えよう。ネムはアインズの仮面の下を知っている。それ以前に殺して欲しいという彼女の願いを叶えてやろうという気になっていた。どうか妹の命だけは助けてください、という名も知らぬ者の願い。何もできなかったこの村に残せるのはこの矛盾した願いを叶えるくらいだろう。

 

 ――何故だ。

 小さな疑問がアインズの頭に浮かんできた。ネムが邪魔ならただ殺せばいい。この状況で捨て猫を拾う手間など不要なのだ。なぜ自分はこの娘に甘くなるのか。そこに理由が見つけられず自嘲気味に笑った。そう……なんとなくだ。

 

「ガゼフ殿。ネムは……」

 

 キィンと頭に声が響く。アルベドから<伝言(メッセージ)>?。何かがエイトエッジ・アサシンの警戒にかかったか。ガゼフ達の乱入もあって、周囲を警戒するように命じていたのは正解だったようだ。

 

「どうしました?」

「どうやら、何者かの集団が迫っているようです」

 

 次から次へとなんなんだとアインズが仮面の下の目を光らせていると、ガゼフの部下の一人がこちらへ駆けてくるのが見えた。報告によると集団はスレイン法国という国の部隊のようだった。ガゼフは険しい顔つきになると部下に戦闘の準備を整えるよう号令をかける。

 

「アインズ殿、どうやら狙われているのは私のようです。私が敵を引き付けるので、その子を連れて村から脱出していただきたい」

 

 ガゼフは敵の素性、自分が狙われることに身に覚えがあるらしい。なるほど、とアインズはここまでの情報からとある予測を立てる。最初から狙われているのは王国戦士長ガゼフであり、先ほど殲滅した騎士の集団はガゼフを村に留まらせる囮であったのかもしれない。

 ならばこの世界の人間たちのレベルを測るにはとても良い実験となる。

 

「ガゼフ殿、これを……。お守りのようなものです」

 

 彼らが敵の部隊に勝てるかどうかは分からないが、ガゼフには情報をもらった借りがある。そして、これまでの彼の言動から死ぬには惜しい男であると思った。

 

 

 

 

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ガゼフ達を見送るとアインズはこれまで無言だったネムの背中に手を当てる。

 

「さて、では我々も動くとするか。アルベド、準備はできているか」

「もちろんです、アインズ様!」

 

 アインズが声を向けた方向から漆黒の鎧を纏い、バルディッシュを手にした戦士が影から現れるように姿を現した。ナザリックの階層守護者統括アルベドである。当初はアインズの護衛として連れて来る予定だったが、この村へ向かう際に時間があまりにもなかったため、装備を整えてから来るように命令していていたのだ。そして到着してからは陰ながらアインズの身を守っていた。アルベドがその姿からは想像しづらい乙女に溢れた声色でアインズの前に跪く。

 

「敵の人数、見た限りでの装備の確認は済ませております。ご命令いただければすぐにでもナザリックからの戦力をご用意いたします」

「まずは戦士長殿のお手並み拝見といったところか。命令があるまで待機せよ」

「畏まりました……。ところでアインズ様、先ほどから小さな虫けらがアインズ様のお召し物に張り付いているようですが、首を落としても構いませんでしょうか?」

 

 アルベドがバルディッシュの刃をすいっと振り上げネムへ向けていた。アインズの近くで刃を振り上げるのは失礼と分かっていても人間がアインズに近づくのが気に入らないのだ。なによりもネムがアインズのローブを握っているのが最も気に食わない。

 

「ま、待てアルベド!落ち着くのだ。この者は……あれだ、この先の利用価値を考えてのだな。

 ――実験材料だ」

 

 しーん、とその場が静まり返る。ネムがローブを握る力を少し強めたような気がしなくもない。まあ、当たらずとも遠からずというところか。アルベドがバルディッシュをビシッと地面に置いて再び跪く。

 

「アインズ様の崇高なお考えに至らず申し訳ありません。貴重な実験材料を手にかけてしまうところでした」

「う、うむ。だが、お前の忠義ある行動には驚かされるぞ」

「身に余る光栄です」と体をくねらせるアルベド。

 

 ナザリックの視点だと人間は皆虫けら程度である。虫けらが死のうが生きようが興味はなく、邪魔なら潰せばいい。異形種の身になったアインズにもその感覚は理解できる。だがアインズの中にある人間だったころの影響だろうか。親しくなった人間はその例外に当たるところも分かってきた。

 アインズにとってナザリックは絶対の優先事項。どちらの感覚を尊重するべきかは比べるまでもない。しかし、ナザリックの大多数がそう考えているのならこの先に支障が出そうである。

 異形種と人間の狭間にある価値観の違い。人間に対する扱いをどうするのか指針を示す必要がありそうだとアインズは考えるのだった。

 

 









【あとがき】
アニメで一番好きなのはデス・ナイトさんの登場シーンです。
フランベルジュとタワーシールドを構えた姿とあの迫力あるBGMがとても似合っていました。


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