墨村家、真守美の部屋―――
真守美は自室で勉強をしていると、敷地内に侵入者が現れるのが分かる。が、今回のは違和感がある。
通常の妖は外から中へ侵入するため、結界に触れる。しかし今回は”中に居たモノ”が変化したそれだった。
真守美は着替えながら、あの男性霊の事を思い出す。
「(まさか、ね...)」
真守美は斑尾を起こし、学園に向かって走りながら、あの時の彼の表情を思い出す。
「…」
《アンタ、今日はどうしたんだい?珍しい》
「…別に」
自分らしくない。それは真守美が一番よく分かっていた。
烏森学園―――
真守美は閉められた校門を飛び越える。すると、
《ヤッホー!!》
掲示板の上で、男性はエビ反りになりながらくねくねと挨拶してきた。
《あれ、君…面白い恰好しとるね》
「…何してるの」
《ヨガ?》
「ここには来るなと言った筈なんだけど…」
《そら、ダメ言われたら来たくなるのが人情よ》
男性は緊張感のない顔でフワァと、掲示板から降りる。
《大丈夫やって。あかん思たらすぐ出てくし。試してみんとわからんやろ、何事も》
真守美は何も言えなかった。言いたくなかった。
《でな、ボクなりに考えてみたんやけど…いや~~~、化け物ライフもこれでなかなか悪ないで》
そんな真守美に気付かず、彼は一人語り始める。
《ちょっとコツつかめば、ファ~ッと飛べるしね。しかもフツーの人に姿見えへんやろ。これはもうね――――”のぞき放題!!”なワケよ!》
自慢げに語る男性の言葉に、真守美は固まる。
《まあね。見るだけで触れんっちゅうのが、残念やけどね。このもどかしさがまたええんちゃうかと…》
そこまで聞くと、真守美は念糸を出し、彼に巻き付ける。そして強く引っ張る。
《いだだだだだだだだだだ!!!何々!?急に何なの!?》
「女の敵め。楽に逝けると思うなよ」
《いやいやボクもう死んでるし…てかホントにこれすっごい痛いんやけど?!ボク死んだんよね?!》
「これ、元々拷問用なのよね…」
《ヒェッ》
《アラアラ》
締め上げていると、「あー!」と雪村時音がやって来た。
「…………どうしたの?」
《あぁ!ねーちゃん、助けて!殺される!!》
「天誅」
《ギャッ!!》
「…まさかさっきの異変、そいつが犯人なの?」
《犯人て…ボクまだのぞきしかしてへん…いだだだだだだだだ!!!》
《ほっとけよハニー。こいつ、ただのザコ霊だぜ。ザコだよザコ》
「わかってるよ。もっと別の邪悪な感じだったからね。こんな能天気なのなら楽なんだけど…」
「時音さん、こいつ退治した方がいいと思うの。世の女性のためにも」
《ヤメテッ!?》
「放っておきなさい。今はあっちが最優先よ。行きましょ」
そう言い、時音は走り出す。
真守美も追いかけるために念糸を解く。
「…貴方もついて来て」
《え?》
「妖が入ってきたら、貴方喰べられますし。それに、見た方が早いですから」
《?》
《いや~!物騒な感じになってきよったで~~~!》
《うるさいよあんた!集中できないじゃないのさ!!》
《だって妖怪なんて見たことないもん!》
「いえ、今回のは妖怪ではないです」
真守美は男性に説明する。
「元々邪気のあるものが入ってきたのではなく、この敷地内で魔性に変化した感じでしたからね。これは十中八九霊です。たまに念のこもった品が妖に化けることもありますけど…そういった品がここに持ちこまれること自体は少ないです。しかし霊の場合、変化したというよりも…”病んだ”と、言った方が正しいですかね」
《ふーん》
説明しながら移動していると、斑尾が霊は校舎内に居ることに気付く。
「校舎…建物内を好むということは、人間霊かしら」
《そのようだねェ。まだ初期だから匂いが弱いけど》
「初期…?ということは、まだ変化しきっていない、ということね」
斑尾と会話をしていると、男性は思い出したかのように喋る。
《そういやボク、朝ここに来た時変な人見たで》
「え?」
《なんか青白ーい顔したおっさんでな、リストラされた言うとったわ。陰気なのと、話かみ合わんので、ボク、すぐ逃げたったけどね》
「……どうして早く言わないんですか」
《だってそん時は霊やなんて思わんかったもん…》
真守美は遂に頭を抱えてしまった。
《!いたよ真守美!あっちだ!》
「!」
斑尾に案内された教室には、時音と片腕を大きなハサミに変化させた中年の男性が居た。
【おや…増えてしまいましたね…構いませんよオ。一人ずつ減らしていきましょう!】
中年の男性は邪気を増す。
《な、何や!?ヤバイ!ヤバイであのおっちゃん!》
「貴方は肉体がないですから、邪気が直に来るんですよ。下がってください」
【私ねえ、生前は本当についていなくてねえ…何の問題も起こしてないのに突然リストラですよ…理由は結果を何も出していないから…!あんまりですよ…25年も忠実に勤め上げたのに…何もないだなんて…だから決めたんです。今度は私が首を切る側に回ろうとね!】
その時、中年の男性のハサミに結界が張られ、次の瞬間「滅」の声と共に、ボシュと音を立て、跡形も無くなる。
【あ…あぁあぁあ…】
「あなた…」
【!?】
中年の男性の目の前には、何時の間にか真守美が立っていた。
印を構え、冷静に、静かに問いただす。
「消えたいですか?」
【くっ!】
中年の男性は消えた腕を再生させようとする。が、真守美はそれを許さない。もう一度同じ所を滅すると、
【え?】
そこ以外も攻撃し始める。
《(わ…も、もしかして、この子の方がヤバイ人…!?)》
「あの子…まさか…」
《?》
時音は真守美に呼びかける。
「真守美!無理よ、一度病んだらもう元には…「そんなことない!」!?」
「まだ…まだ間に合う!」
「真守美…」
普段の真守美と違うことに戸惑う時音。
そして真守美は、中年の男性もう一度問う。
「ねぇ…」
【ヒィイイィ!!】
「二度は言いません、外へ出てください。これは命令です」
烏森学園、校門前―――
【ついてない…私は本当についてないんだ…】
中年の男性は首だけとなり、ぶつぶつと呟いている。
「一つ聞きます。あなた、現世ではいいことは一つもなかったんですか?」
【いいこと?いいことなんて別に…】
「では嬉しかったことは?」
【そうねぇ…入社が決まった時は嬉しかったなぁ…】
「他には?」
【う~ん、結婚?いや…女房とは見合いだったからあんまり感慨なかったしなぁ…】
真守美が諦めかけた、その時
【あぁ、でも…娘が生まれた時は、嬉しかったなあ…】
今まで暗い表情ばかりしていた中年の男性は、本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。
「………その子は今どうしているんですか?」
【え?どうしてるだろう…気づいたらここにいたから…】
「その子に、会いたいですか?」
真守美が問いかけると、中年の男性は一気にどもり始める。
【ええっ!?そりゃ昔はなついてたし、私の選んだ筆箱も喜んで使ってくれてましたが…中学に入ってからは何故か口もきいてくれなくて、しかも今はこんな姿だし…「そんなことはどうでもいいんです」】
「会いたいんですか?会いたくないんですか?」
【………】
真っ直ぐ目を見て問いかける真守美。
そんな真守美を見て、中年の男性が出した答えは
【会いたい………です…】
それを聞くと、真守美は懐から手帳を取り出し、あるページを中年の男性に見せる。
「命令です。ここへ行ってください。詳しい人が相談に乗ってくれますので、娘に会いたいと言ってください。そして、ここには二度と近づかないでください。次はこの上ない苦痛と共に、一点の光もない暗闇へ葬り去ることになります」
「いいですね」と、最後に念を押す。
【ははははい!行きますう!】
中年の男性は怯えながら何処かへ飛んでいく。
「はぁ……」
「珍しいね、真守美があんなことをするなんて。どっかの誰かさんのせいかしら?」
時音は男性霊をキッと睨む。それに男性霊はたじろぐ。
「…そうね。あんな後ろ向きな人、またすぐに悪化するに決まっているのに」
真守美は励ますように寄り添う斑尾を撫でながら、
「どうしちゃったんだろ、私……」
斑尾にしか聞こえないほど小さな声で呟く。