烏森に選ばれた少女   作:琴原

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甘いもの

繁守の部屋―――

 

 墨村繁守が部屋で書道をしていると、甘い匂いがすることに気付く。

 

「ふむ、この匂い…」

 

 立ち上がり、匂いの根源へ足を運ぶ。

 一番匂いの強い居間に着き、襖を開ける。

 

「あ、おじぃちゃん!」

「ちょうど今から呼びに行こうとしていたんですよ」

「うむ。して、それは?」

「あのね!真守美姉ちゃんが作ってくれたんだよ!」

 

 机の上には、出来上がったばかりのどら焼きが置いてあった。

 

「近所の方から、いい所の小豆を貰ったらしくて」

「ほぉ」

 

 繁守は座り、どら焼きに手を伸ばし、口へ運ぶ。出来立てなことから、温かく、舌に馴染む、甘い味が、口の中へ広がる。

 

「…美味い。して、修史さん。真守美は何処へ?」

「雪村さん達へお裾分けに行きましたよ」

「……そうか」

 

 繁守はまた、どら焼きを口に運ぶ。

 ちなみに、利守のどら焼きには数個、チョコクリームが混ざっている。

 

 

雪村家、門前――

 

「あらぁ、わざわざありがとうね」

「いえ、雪村家の皆さんには、いつもお世話になっていますから」

「時音もきっと喜ぶわ。あの子、真守美ちゃんの作るお菓子が大好きですもの」

「…そう、ですか」

「フフッ)」

 

 顔には出ていないものの、自分の使るものを褒められるのは気恥ずかしいのか、若干目線を下げる。そんな真守美を見て微笑ましく見る静江さん。

 

「では、私はこれで。時子さんにも、よろしくお伝えください」

「えぇ。本当にありがとうね」

 

 真守美は静江に一礼し、自分の家に戻る。

 

 

翌日、烏森学園―――

 

 

「……」

 

 変なのが居る。

 

 真守美は正面玄関に立つ半透明な男性を見つける。彼は特に何をするでもなく、通り過ぎる生徒たちを見ていた。

 

「(放っておく訳にもいかないし...。仕方ない)」

 

 真守美は人目に付かない所まで行くと、念糸を出す。それを男性に目掛けて、投げる。念糸は見事男性に巻き付く。真守美は容赦なく引っ張る。

 

《お?おぉぉぉぉおおおお???なんやなんや???》

 

 男性は真守美の目の前に来る形となる。

 

《お!もしかしてコレ、君がしたん?なぁなぁ!コレ何なん?めっちゃ巻き付いて離れへんのやけど》

「貴方に言うことは一つだけ、今すぐにこの土地から出て行ってください。そして、未練があるのであれば、ここへ向かってください」

 

 真守美は騒がしい男性をスルーし、手帳を広げ、書いている場所を見せる。

 

《ん?未練?なんやよう分からんけど、ボクはようキャベツ買うて店に戻らなあかんねん》

 

 そこで真守美は彼の言葉に引っ掛かる。

 

「(まさかこの人、自分が死んだことに気付いていない?)」

 

 大正解。

 

《いや、キャベツもう買うたような…。つうか、乗ってたバイクどうしたんやっけ?》

「はぁ)よく聞いてください。貴方は既に亡くなっています。なので、お店に戻っても意味はありませんよ」

 

 。

 

《あ!!すまん!君、突然ボケるから間ぁハズしてもうた。ここはやっぱノリツッコミやったかな?》

 

 真守美の目から温度が消える。

 

「兎に角、先程教えた場所に向かってください。そして、二度とこの地に足を踏み込まないでください」

 

 「いいですね」と、圧をかけると、男性は委縮し「はぃ...」と、大人しく出て行った。

 

 

 

放課後、商店街―――

 

 真守美は父の修史に頼まれていた買い物を済ませていた。

 

「(よし、頼まれたものは全部買ったし、早く帰ろう)」

 

 帰路に足を進めるが、ふと、目に入った光景に足を止める。それは、いろいろな種類の立ち並ぶケーキだった。

 

「……きれい」

《なんや君。甘いもん好きかいな》

 

 自分の独り言に返事が返ってき、直ぐに振り返る。そこには今朝会った、幽霊の男性が居た。

 

《あぁ、この店ええよね。細工が凝ってるし、何より味が…》

 

 語り始める彼を置いて、真守美は止めていた足を動かす。そんな彼女に気付いたのか、男性はついていく。

 人通りの少ない道に出たところで、真守美が話し掛ける。

 

「私は確か、貴方に指示を出したはずなのですが。行かなかったんですか?」

《ああ、それ。行ったで、フツーに》

「なら何故…」

《それがな…。まぁあのオバハン、ええ人やねんけど…》

 

 男性はため息をつく。

 

《何かこう、ボケ同士の会話?みたいなって、どーも収拾つかへんねんな》

「……」

 

 真守美は呆れてものが言えなくなってしまった。

 

《でも、ちゃーんと理解したで、自分が死んだこと》

「…そうですか」

 

 それを聞くと、また歩き始める。

 

《そういえば、君、やけにあそこに近づくな言うとったけど、何かあるん?》

「……あそこは、此の世ならざる者達に力を与えてしまう土地なんです。だから、貴方のような人たちを出来る限り近付けさせない様にしているんです」

《ほぉ~。んなら、例えばボクがあそこでその力ってやつをもろぉたら、どうなるん?》

「貴方を退治します」

《…君、容赦ないなぁ。普通そこは言い淀まん?》

「それが私の仕事ですから」

 

 真守美は立ち止まり、男性に向き直る。

 

「では、私はこれで。どうか迷わず成仏してください」

《えーーー!?》

 

 男性は歩み始めようとする真守美の肩をつかむ。

 

《待ってや!ボク、このままでは死んでも死にきれんねん!!》

「だから、貴方もう亡くなってますって」

 

 掴まれた肩を不快そうに見る真守美。

 

《だってな、よう思い出したら今わの際の言葉、『キャベツ…』やねん!そりゃないやろが!》

「知りませんよ。それより離してください」

《せめて『イチゴ!』やったら…な!?》

「変わらないと思いますけど。そして離してください」

《違う!全然違う!!》

 

 そして男性はようやく手を離すと、半泣きになりながら自分を指しながら、

 

《だってボク…パティシエやってん》

 

と、そういった。その言葉に彼の服装に納得がいった真守美であった。

 

《正確にいうと修行中いうか、うちの店小さいから、何でもやらされてたけどな》

 

 男性は補足を加える。

 

《でもええよね、甘いもんって。何か人を幸せにするよね。あれは愛やね。しかもわけへだてのない愛!》

 

 《おいでラブトゥギャザー》と、意味の分からないことを言い始めた。

 

《ボクの夢ね、自分の作ったお菓子で人を幸せにすることやってん。他の人の顔がほころぶとな、ボクの胸の辺りもぽわぁってなるねん。でも…》

 

 幸せそうに、嬉しそうに自分の夢を語る彼の顔が、寂しそうな、悲しそうな顔へと変わる。

 

《それももう、できへんのかなぁ…》

「それは…」

 

 すると、「ちょっと!!」という声が聞こえた。

 後ろを向くと、雪村時音がこちらに向かって歩いてきた。そして真守美と男性の間に割って入る。

 

「あなた、この子に何の用?答えによっては、容赦しないわよ」

 

 そう言いながら指を構える。

 

「時音さん、彼は…」

《えー何々?この子、君のお姉さんか何か?》

「え、えぇ、まぁそんな感じです」

 

 質問に答えると、雪村時音は振り返り、嬉しそうに「姉さん、私が、真守美の…」と呟き、暫くするとハッとしたように、「真守美、こんなレベルの霊相手にしないの。行くよ!」と、真守美の手を握り、歩き始める。

 

《ちょ、ちょぉ待ってや!》

 

 引き留めようとする彼を、時音はキッと睨み付ける。

 

「いい?現世にいていいことなんて一つもないの、ヘタな未練捨てて、すぐに成仏しな。あんたは既に、現世の理から離れてる」

《どういうこと?》

「つまりね、あんたはもう存在自体がこっちの世界のバランスを崩すの。あんたの想いは現世にねじ曲がって作用する」

 

 時音は真っ直ぐ、彼の目を見て、真剣に話す。

 

「あたし達はまだ耐性があるけど、そうでない人間はあんたが近づくだけで心身に変調をきたすこともある。あんた、危険なのよ」

 

 そしてそれは、あまりに残酷な真実でもあった。

 

「自分が化け物だってこと、自覚した方がいい」

 

 「行こ、真守美」と、また手を引きながら歩き始める。

 真守美が最後に見た彼の顔は、酷く落ち込んだ表情だった。


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