アザゼルとグレモリー含めオカルト研究部メンバー、そして生徒会メンバーが冥界へと帰省した。そのことにより、俺の仕事はまさかの二割減である。まだ夏休みに入ってから数日しかたっていないのにこの仕事の減りよう………控えめに言って異常としか言えない。やはりあいつらは俺に仕事を押し付けるだけの存在だったか……。八月はあいつらも学校には来ないだろうし、水道代の言い訳を考えないで済むしな。うん。
そして、生徒会メンバー。彼らもここ最近のかかわり方からして、こうして顔を合わせない方が楽だろう。和平の会議で俺がやらかしていこう、彼らには何かと緊張をさせてしまったからな。俺としてはサーゼクスやほかの勢力のトップに居る連中に暴れたことについて謝罪することはないが、支取達には少々申し訳なく思う。俺がいるせいで先程も言ったように無駄に警戒心を抱かせて緊張させてしまっただろうし。これで成績が落ちてしまっていたら、もう教師としてどうか、という問題にもなる。この辺も含めて夏休み開けてから早期決着をつけるように取り図るとしよう。
そのようなことを考えつつも、今日も仕事を早々に終わらせ、帰宅路に着く。……現在俺の家にはオーフィスしかいないのだ。その理由は黒歌が夏休みに入ってから二日で姿を消したからである。恐らくその原因はグレモリーと共に冥界へと帰省した塔城だろう。あの妹キチは妹のことになると途端に限界以上の力をはっきすることがある。いまだに自分から話す勇気はないが、目を離したくもないための行動だろうと俺は予想した。多分あってる。
回想を交えつつ考え事をしているとすぐに自宅の前に着いた。中にしっかりとオーフィスの気配を感じることに安心と残念さをブレンドさせたような感情を抱きつつ玄関に通じる扉を開けた。扉を開けた先には、もはやそこにいるのが当たり前とでも言うかのように自然とオーフィスが立っていた。別にこうして迎えるようにと教え込んだわけではないんだけどな。
「おかえり」
「おう、ただいま」
着実に常識を身につけて(しかし、従うとは言っていない)いるオーフィスに呆れればいいのか感心すればいいのかはわからないが、とりあえず挨拶を返しておく。返事をもらったオーフィスは満足げに少しだけ頷くとその小さな両手を前に突き出した。俺はそれに苦笑しながら持っていた鞄を預ける。
これも俺が指示したわけではないにもかかわらずいつぞやか勝手に行う様になっていた。いったいどこの誰から聞いたのかはわからない。もしかしたら俺が居ない間に黒歌と見たテレビなどで学習したのかもしれないな。
トテトテと、自身の身長とさして変わりないほど長い黒髪を優雅になびかせつつかけていくオーフィスの後姿を見送りながら俺はリビングに腰かけた。特にやることもないし、丁度お昼時なために、適当に何か料理でも作ろうかと携帯をとり、レシピを覗き見ようとした。
――――prrrrrrrrr
それと同時になる携帯。調べ物を中断しつつ電話をしてきた番号を確認するとそこには知らない番号が書かれていた。この携帯は俺がはぐれ狩りを行っていた時に購入したものではないために、依頼の仕事ではない。はぐれ狩り家業はもうたたんでしまっているしな。残る可能性としては間違い電話か、誰かが意図的に電話をしているかということなんだが……。
少々疑問に思いつつも通話ボタンを押して電話を繋げる。そうした結果携帯から聞こえてきたのは俺がよく知っている人物の声だった。
『黎凪かにゃ!?黎凪よね!?ちょっと私のことを助けると思って今すぐ助けに来てくれないかしら!一刻も争うような事態だからできるだけ早くしてくれると助かるわ!』
それだけ言い残して携帯はプツリと切れてしまった。……よほど余裕がないらしい。こちらの返事を聞かないどころか本人確認すらしないなんてかなりのことが起きているのだろう。つい最近はぐれ認定を解除されたこともある。万が一の可能性だが割とガチでやばいのかもしれないな。
普通に考えればとんでもなく面倒なことなのだが、黒歌にはオーフィスの存在を隠ぺいするために結界を張ってもらっているというかなりの恩義を受けている。踏み倒すのもアリと言えばありだが、ここでそんなことをしてもメリットは少ない。まだまだオーフィスはこちらに居座る気だろうし。黒歌本人だって損得だけで斬り捨てるかどうか迷うくらいには関わっているしな。
黒歌のところへ救援に向かうことを決意した俺はすぐさま学校に連絡を入れる。そして、今まで我慢していた仕事の件を盾に数日の有給休暇を取るとすぐに冥界へと行く準備を始めていった。
しかし、ここで一つ問題が発生する。もはや隠す必要すらないがそれは当然の如く現在我が家に寄生している世界最強レベルの龍神様だ。オーフィスはその小さい体を俺に寄りかからせ、顔をひょっこりとのぞかせるとてきぱきと準備をしている俺に向けて口を開いた。
「黎凪、何してる」
「ちと、黒歌の奴から連絡があってな。どうにも急用っぽかったんで、向かおうと思ってんだ」
「黎凪、出かける?」
「そんなとこだ」
オーフィスの問いかけを肯定する。するとやはりというべきか、オーフィスはついて来たいと言い出した。まぁ、わかってた。彼女の目的は俺で、早々目を離そうとはしない。俺がどこかへ行こうとすれば十中八九ついてくる。
しかし、ここで彼女を連れて冥界に行くのは冥界だけでなく別の勢力まで刺激してしまうかもしれない。只でさえ警戒されているのだこれ以上警戒されることはなるべく避けたい。正直に言うと、俺が冥界に行くだけでも十分な刺激となるのだ。
ま、これらの理由を素直に聞き入れるオーフィスじゃないんだけどよ。
ここから色々粘った。時間にして5分。短すぎるというと誰もが思うだろうが仕方がないのだ。暴力に訴えられたらこちらとしてはひとたまりもないのだから。オーフィス相手にいくらか持つとはいえ、それはいくつもの条件が重なっているからであり、その気になれば速攻であの世に行くような存在だからだ。弱いって言うのは罪だな全く。せめてもの抵抗としてとりあえずいくつかの条件を付けることはには成功しているのである程度のフォローは効くだろう。きっとな。
「黎凪、自力で冥界に行ける?」
「はぐれ時代に使っていたルートがまだ生きているはずだ。そこから行こうと思う。あと、お前の気配を消すために少々細工するからちょっとこっち来い」
ちょいちょいと手招きをしてオーフィスを呼び寄せる。その後、彼女の身体の周辺に俺の能力で生み出した闇を纏わせる。これにより外へ出ようとする無限の気配や魔力を俺が取り込めるような形になるのだ。自然と漏れ出す気配や魔力くらいなら俺が取り組み続けても問題はない。更にこれには続きがあり、俺が今まで取り込んできた種族の気配も纏えたりもする。闇は本当に万能。
「……今まで、どうして使わなかった?」
「昔は手っ取り早く名を上げる必要があったからな。いい意味でも悪い意味でも、名前が売れる人間で売り出した方がいいと思ったわけだ。ここ最近使わなかったのはもう誤魔化しようがないくらいに有名になっちまったからだな」
昔は色々死に物狂いだったから仕方がなかったんだよ。
「……出発ー」
「はいよ」
玄関にある家の扉を指さしてそう口にするオーフィス。
彼女を見ながら、俺は真逆にある自室へと向かって行ったのだった。すまんなオーフィス。転移魔法陣の位置は普通に自室なんだ。
――一方そのころ。
「ちょ、白音!待ってタンマタンマ!お姉ちゃん何もしないよ?コワクナイヨー?」
「一回死んでください姉さま」
「くっそ悪化したにゃ!あぁ、もう!黎凪早く来てー!」
黒歌はある意味生きてきた中で一番の逆境に立たされていた。
経緯は簡単。自分の伸びしろに悩む白音に対して自分の立場というか、どう思われて言うのかということを完全に無視して不用意に口を挟んだ結果なのだ。妹大好き……という領域を軽く超越し、もはやキチの領域まで進みし剛の者………その当の妹に嫌われかけるという状況に置かれた彼女は今も虚しく抵抗しながら自分が呼んだ助けを待つのだった。