野水黎凪のここ最近の日常?
黎凪が黒歌とオーフィスの二人に絡まれた夜から一晩経った頃、世界を揺るがすほどの超弩級の面倒事を背負わされたアザゼルはとんでもなく重い気持ちを引っ提げながら堕天使総督の部屋で二つのモニターを出した。しばらく砂嵐な状態だったが、やがて二つのモニターにそれぞれ容姿の整った男性が映し出された。一人は目に痛いほど鮮やかな紅色の髪を肩口で切り揃えている男。オカルト研究部の部長にして駒王の領主の片割れであるリアス・グレモリーの兄。そして悪魔がトップとして崇める四人の魔王が一人サーゼクス・ルシファー。もう一人は神のいない天界の実質的なトップでありサーゼクスにも負けない美形の男性ミカエル。彼らは顔を若干しかめながらもアザゼルからの通信に応じたのだ。
『いったい何の用だアザゼル。これでも近々リアスをはじめとした若手悪魔のレーティングゲームの準備があるんだ。用があるなら手短にしてくれると助かるんだが……』
『私も同意見です。和平が成り。それに伴う意識改革も少しずつですが行わなくてはいけません。それはどの陣営も同じこと……。しかし、そのような重要な時期に連絡をよこすとは、何かただならぬことが起きたということですか?』
「理解が早くて助かるぜ。喜べよ。とびっきりの厄介事だ」
『どこに喜びを見出せと……』
冗談のような会話運びだが、アザゼルはこうでもしないと話そうとは思えなかった。何故なら、その気になれば自分たちを単独で滅ぼせそうな二人が同じ屋根の下で住んでいるも同然の状況であり、その住居が自分たちにも近い駒王町なのだから。
無理矢理自分の沈んだ心を上げつつ、アザゼルは少々間を置きながらもこの前自分が視た光景をそのまま各陣営のトップに報告する。
「無限の龍神オーフィスが禍の団を抜けた。これで禍の団をやっても最悪の相手だけは敵にしない」
『おや、散々脅してくるのでどんな酷い報告が来るのかと思いましたが……』
『いや、ここで終わるようなアザゼルもあそこまでの前振りはなかっただろう。自ら最悪とびっきりの厄介事と言っていることもある』
「その通りだサーゼクス。禍の団からオーフィスが抜けたのはいいんだが………奴の行き先は野水黎凪だ」
アザゼルの口から出て来た人物の名前にサーゼクスとミカエルはそろってその動き、表情を止めた。それと同時にとびっきりの厄介事、その表現がふさわしい案件だと確かに思った。
テロリストたる禍の団を振り払っても世界最強を相手にしなくていいという安心感をえられたものの、考えようによっては状況が悪化しいているとも取れなくもない。
野水黎凪、先日行われた会議に置いてその圧倒的な力を世界に知らしめた人間。そしてその強大な力を私利私欲のために使うことは少なく、普通にしていれば敵対することはない珍しい人間。
普通であれば触らぬ神に祟りなし、という言葉の通り彼には何もしないことが最善だと各陣営トップは考えている。しかし、どこの世界にもいるのだ。余計なちょっかいをかける連中が。その理由は多岐にわたるがどちらにせよ、ちょっかいをかける連中はある一定数存在する。そんな者たちが本気で黎凪に働きかけたらどうなるか?
過去の経験から人外嫌いの気が少々ある黎凪だ。そこまで短絡的な行動をすることはないが、回数が重なればその陣営そのものが狙われてもおかしくはない。
「この苦労は俺一人だと荷が重すぎる。だからなるべく早くお前らに相談というか、話しておきたかったわけだ」
『………これは公にするべきか否か、少々迷う案件だな』
『えぇ。あの会議の後、すぐにでも野水さんを封印もしくは殺すという過激な案が一定数存在しました。あの時は何とかなりましたが、実質オーフィスと組んだとなると……』
「あぁ。恐れか、利用か、それ以外か………なんにせよ馬鹿な考えを持つ者が動いても不思議はない。特に悪魔の連中は黒歌の件もあるし、だいぶ荒れてるんじゃないか?」
『痛いところを突いてくるなアザゼル。こちらも一応努力はしている。しかし、相手は私がこの地位に納まる前から地位を築き上げてきていた悪魔も多い。一筋縄ではいかないが』
「おいおい、藪を突いて蛇と同等の化け物をだしたりするんじゃねえぞ?やっぱり人外はだめだとか思われたらこっちまで終わりだ」
『最善を尽くすさ』
『お願いしますね。それで、アザゼル。話はこれで終わりですか?まさかこれ以上のことがあるなんてことは……』
「安心しろ、と言っていいのかはわからんが、これ以上のことはない。心置きなく仕事に戻れ」
一言余計です、と言い残して画面から消えるミカエル。サーゼクスはアザゼルにも仕事しろと言い残して画面から消えた。
報告を終えたアザゼルは自分の身体を縛り付けていた強大な重量が消えたことを自覚する。自分で考えていた以上に、あの話題は己のことを縛り付けていたらしい。別に何一つ状況が改善したわけではないが、少なくとも自分一人で抱え込んでいるよりははるかにましだった。
「あいつに限ってねえとは思うが、一応俺からも釘を刺しておくか……。こりゃ、しばらくは神器いじりできねえなぁ………」
自分の娯楽にして趣味である神器いじりをできない状況にした黎凪とオーフィスに内心で呪を吐きつつ、アザゼルは手回しの準備を始めた。
ちなみに、その様子を見た堕天使副総督であるシェムハザはその日、泣いて喜んだらしい。
――――――――――――――
爆音、轟音。
おおよそごく一般的な街並みの駒王町で響いているとは思えないその異常な音は何を隠そう普通ではない家である野水宅で鳴り響いていた。理由はシンプル。いつぞやに話したことをオーフィスが実践しているからである。
曰く、黎凪は彼女の力を少しずつ取り込んで馴染ませていると、これを続けていけばいずれは自分にも届き、グレートレッドを倒すことができるだろうと。
故にこうして彼女は時々黎凪と戦いを繰り広げる。一歩間違えば死ぬようなことを一週間に三回くらいのペースで行うのだ。当然、黎凪はこの訓練に乗り気ではないし、こんなことをするオーフィスには今すぐ出て行ってほしいと思っている。が、悲しいかな。人間にしては規格外な力を持つ流石の黎凪でも全世界的に見て規格外の力を持ち規格外な存在たるオーフィスにはかなわないのである。
だが、この戦いの中誰よりも被害をこうむっている人物がいる。それはもちろん、この野水宅に住み着いている最後の一人である黒歌だ。
「二人とも少しは手加減したらどうなの……!」
オーフィスと黎凪の戦いが外にばれないように、また被害を及ぼさないように結界を張っている黒歌は膨大なエネルギーの衝突に耐えかねている結界を必死に抑えつけながら暴れまわっている当事者たちに文句を垂れる。黎凪だって派手に暴れる気はないのだが、オーフィスに言って聞くわけがない。最近では常識などの事柄もしっかりと理解してきているが自分の目的が関わってくるとなれば別だ。理解はできても従う理由など全くないのだろう。黎凪は溜息しか出なかった。
「うぉぉおおおおお!!」
闇を纏わせ、無限を取り込み、最大限に増幅された力の奔流をオーフィスへと情け容赦なく叩き込む。
もちろん。オーフィスだってただ突っ立っているだけではない。いや、本当に効果のない攻撃であれば話は別だが、少なくとも自分の力すら取り込んだ黎凪の力は決して無視できるものではなかった。故に彼女は回避行動を取り、黎凪が必死乞いて高めた攻撃ばりの力を簡単に振るう。
黎凪はその力量差に泣きそうになりつつもその攻撃を取り込み、容量オーバーなエネルギーを即座に放出した。更に蓄えた分のエネルギーを闇へと転換させ、地面に叩きつける。
すると彼が立っている地面とそ周辺が黒く染まり、そこから無数の影がオーフィスに向けて放たれる。彼女はその影たちを無表情の手刀で切り刻みつつ、その合間合間に魔力を黎凪にぶつける。
「ん」
「チッ!」
撃たれた魔力の弾を腰に下げた剣で逸らしてやり過ごす。だが、その直後、影の包囲網を越えてオーフィスが既に目の前まで来ていた。黎凪は反射的に変質させた右腕をオーフィスに突き出した。
「オォラ!」
「……」
突き出した腕はオーフィスの細腕に止められた。
闇を纏っている部分ではなく手首の部分をつかまれたのだ。
「げっ」
「それ、もう慣れた」
――――――――決着は着いた。
悲報 黎凪、朝から庭に生えるオブジェクトとなる。
――――――――――――
朝からハードワーク過ぎんだろ………。
オーフィスとの一戦と共に始まる一日とかステキすぎて泣けてくる。おかげで何もやる気が起きない。しかしやりますけどね。それが仕事ですから。それにもう夏休みだ。俺は休みというわけではないが、それでも授業がない分多少はましになる。それに、今はオーフィスが実質抜けたといってもいい状況のおかげか禍の団もそこまで動きを見せていないし。
「と、いうわけで夏休みに入るわけだが……手前らあんまり羽目を外しすぎんじゃねえぞ。何かあったときにお小言われるのは俺だからな。これ以上面倒事を増やすことだけはしてくれるんじゃねえぞ」
「でもなんだかんだ言って色々やってくれるんでしょう?」
「ですよねー」
「まぁ、なんだかんだ先生だしねー」
「てめえら本気でやったらただじゃ置かねえからな……!」
舐められていると言えなくもないやり取りを経て午前の授業を終える。終業式ということで午前しか授業がなく次々と帰宅していく生徒たちを見送りつつ俺は職員室の教員机で仕事に励んでいた。