「そうか……俺たちは既に同志だったのか……。だったら、あの口説き文句で堕ちないのも納得できる。では、改めて言い直そう。俺達、禍の団英雄派に所属してくれ!」
「もうお前黙ってろよ」
仕事の疲れもあって殺意がマッハな黎凪。
言葉に今まで以上の殺気を乗せて曹操にぶつける。だが、自ら英雄を自称するだけのことはあるのだろう。全く以って気にしたりはせず、むしろもっと来いという雰囲気すら醸し出していた。黎凪は曹操がドMなのではないかと疑った。
微妙に曹操から距離を取る黎凪。もう今までのことを色々踏まえたうえで言うのであれば逃げ出したいとすら思っていた。
「で?今日来たばかりだっているのによ……。何しに来たんだ、お前ら」
黎凪の言う通り、曹操を追い出したのは今朝の話だ。にも拘らず、その人数を何倍にも増やしてゾロゾロとやって来た彼らに黎凪は溜息しか出なかった。時間には考慮したくせに日程までは考慮できなかったらしい。
あきれ果てる黎凪に対して、オーフィスにブッ倒されて無様に転がる自称英雄たちは無駄に胸を張って口を開いた。
『朝来た奴が、その日夕方に来るとは思ってないだろうから、全員で奇襲をかけて倒して洗脳をすればいいと考えてた。反省も後悔もしていない』
「よぉし、てめぇら。そろいもそろって死にてえらしいな。お望み通り、ぶっ殺してやるよ」
黒歌のはった結界に加え、曹操が連れてきた英雄派のメンバーのゲオルグが持っている絶霧によって張られた結界がある。そのおかげで、黎凪の家は今完全に外と遮断されていると言ってもいい。つまり、ここで黎凪が本気を出しても問題はないということだ。
ゴゴゴゴゴという音を鳴らし、大気を震わせながら。
腕を振り上げ、いまだオーフィスから受けたダメージが抜け切れていない自称英雄達に振り下ろそうとする。しかし、そこに待ったをかける人物がいた。それは禍の団英雄派幹部の紅一点のジャンヌだった。彼女はかの聖処女ジャンヌ・ダルクの魂を受け継いでいるらしい。だが、今の様子から聖処女であった頃の面影はかけらも見当たらなかった。
「ま、待って……!」
「あぁ?んだよ、手前ら。俺のことボコボコにして洗脳するつもりだったんだろ?だったらここで反撃を受けて、ついうっかり死んじまっても文句は言わねえよな?」
「わ、私はジャンヌ・ダルクの魂を受け継いでいるのよ!?それに、弱ってる女の子に攻撃しようとするとか、男として恥ずかしくないわけ!?」
「俺には欠片も関係ねえな。テメエが誰の生まれ変わりだろうと、決して本人ってわけじゃねえし。敵であれば女だろうと容赦はしねえ。当たり前だろ」
馬鹿じゃねえの、と最後に付け加えるとそのまま腕を振り下ろす。しかし、その前にオーフィスの攻撃を受け、ボロボロになっている体を無理矢理動かした男が居た。
「俺だって、ヘラクレスの魂を受け継いでいるんだぞ!」
「誰も聞いてねえよ。しかも、手前がヘラクレスだと?本家ヘラクレスに泣いて謝れ。ま、笑える冗談ではあったな。じゃあ死ね」
黎凪がその言葉と同時に今度こそ腕を振り下ろそうとする。すると、黎凪の言葉に激怒したヘラクレスがオーフィスにボコられた体を無理矢理動かして黎凪に襲い掛かった。
「やっぱり、テメエみたいなやつは俺達英雄派に必要ねえ!ここで死ね、中二病野郎!!」
自分が所持している神器
それにより、黒い煙が黎凪の身体を覆って隠してしまう。
自分の力に絶対の自信があるヘラクレス。早く恐怖から解放されたいジャンヌと基本的に前線に立たないレオナルドとゲオルグは黎凪を仕留めたと確信していた。
しかし、一方で人間でありながら人外の者たちと前線で戦いを繰り広げる生粋の戦士である曹操とジークフリートは実践の中で培われた経験から黎凪を仕留めていないことを悟っていた。何故なら、黎凪から感じられる力と気配に全く衰えを感じなかったからである。
「誰が中二病野郎だ筋肉ダルマ。てめえの方こそ、その程度でヘラクレスを名乗るなんて、マジでおこがましいわ」
爆発によって出現した煙の中から曹操とジークフリートの予想通り無傷の黎凪がヘラクレスの発言に言い返しつつ、現れた。その直後、ヘラクレスの視界に収まらない速度で懐に入り込む。そのまま、無防備な腹にヘルズファングを叩き込む。オーフィスのダメージも残っているため、ヘラクレスは今度こそ一言も発することもなく地に沈むこととなった。黎凪はさらに地面に沈んだヘラクレスの鳩尾にガントレットハーデスを叩き込む。
一応、生きてはいるものの既に重体と言っても差し支えない程度にはボロボロとなっておりすぐにでも治療しないと命が危ないレベルではある。
「………さて、本来ならお前らをここでぶっ殺した方がいいんだと思うんだが………お前らは幸運なことにその存在を大々的に認知されていない。そこで提案なんだが―――――なぁ、えいゆうさんよ。本物の英雄になりたくねえか?」
そう、問われた英雄派のメンバーは断ることができなかった。ヘラクレスへの対応を見て、黎凪が本気であると実感したからである。ここで断っても待っているのは死だけ……今の光景はそう理解させるには十分だったのだ。
唯一、この状況でも反抗することのできそうな曹操は本物の英雄という言葉に心を奪われており、使い物にならない。もうこの英雄(自称)はダメなんじゃないかな。
遠目からこのやり取りを見ていたエプロン装備の黒歌は自分が纏っている闇のオーラに負けないくらい禍々しい笑みを浮かべている黎凪を見て苦笑するしかなかった。
―――――――――――――――
ヘラクレスがあれ程の傷を負っておきながらも反撃したことを見た黎凪は彼らを利用することに決めた。具体的には、彼らに禍の団の内部を探らせ、今活発に動いている派閥の情報を抜き取ることである。そうして、抜き出した情報をもとに、活発に活動しているテロリストを曹操達に潰させ英雄として周囲に認知させようと考えたのだ。
彼らは、英雄になるためならば手段を選んだりはしていない。元々、自ら戦争を起こしてその元凶を倒して英雄になろうとした連中だ。これくらいのことはやるだろうと黎凪は予想していた。ちなみにこの話は曹操本人から英雄にするという交換条件から聞いたことである。
もちろん、自分が曹操達を差し向けたと相手側に伝わってしまう可能性もあるが、曹操ならば英雄足らんとして絶対に情報は渡さないだろうと黎凪は考えていた。それに彼らが裏切り者として殺されても彼自身には何の不利益がなのだ。
こうして、面倒くさかった英雄派の処理を終えた黎凪は次の一手を打つ。
英雄派をスパイとして仕立て上げ、禍の団に送り込んだ次の日、普通に学校へと出勤した黎凪は名ばかり教員のアザゼルに声をかけた。
「おい、アザゼル。禍の団についての追加情報だ。今夜、空いてるか?」
「なんだと?今夜か………一応神の子を見張る者の仕事があるが……禍の団の追加情報と来ればそっちを優先せざるを得ないな」
口ではそう言いうものの、表情は仕事を丸投げできるという裏がありありとみることができた。しかし、今回は黎凪にも目的がある。普段であれば顔をしかめるようなことであっても普通に「今夜」と言って黎凪は去っていった。
この段階でアザゼルは気づくべきだったのだ。しかし、仕事をさぼれることと、黎凪の家で飯を食うということに堕天使らしく欲が膨らみ、それを見逃すこととなる。
そうして、今日も今日とて何もなく終わった一日。
アザゼルは何の疑いもなく、初めて黎凪の家に玄関から入った。いつもは魔法陣で適当にやってくるためこうして正規ルートで入ることはなかったのだ。
初めて客という立場で黎凪宅におとずれたアザゼルが最初に見た者は――――
「ん。黎凪。おかえり」
「――――――――――――――――――――」
――――――彼が知っているよりも大分小さくそして愛らしく変身してしまった、無限の龍神オーフィスの姿だった。
黎凪が持っていた鞄を持ってリビングに消えていく姿は妙に慣れているようにも感じられ、このやり取りが日常化していることを嫌でもアザゼルに知らせてくれていた。そのことをより一層感じられるためアザゼルはその場で固まってしまう。その隙に、料理を作り終えた黒歌が結界を張って完全にアザゼルの逃げ道を塞ぐのだった。
「おい、反逆者……いや、野水黎凪よ。お前さん、これは一体どういうことだ?」
「あん?何が?」
「……………」
アザゼルの問いかけに黎凪は白々しい態度を取った。この男、今の今までアザゼルの仕事を押し付けられていたことを恨んでいたらしく、接触しやすいことも含めて自分の家にオーフィスが居ることを知らせ、完全に巻き込みに行っていたのだった。
これはひどい。フリーランスのスタンスを取っている黎凪とは違い、組織のトップであるアザゼルは、現在注目されている危険人物である野水黎凪と誰もが認める最強のドラゴンオーフィスが住まいを共にしているという告白をどう取り扱っていいのか全く分からなかった。
どう対応しても詰んでいるような案件を何の準備もなしに目の前に出されたのだから、当然だろう。
「野水黎凪、やってくれたなァ……この野郎……ッ!」
「ようこそ、
思わず悪態を吐くアザゼル、それに対する黎凪は一歩も引くことなく黒い笑みを浮かべて、最後にそんな二人を見つめて鞄を仕舞い終えて帰って来た最後の当事者であるオーフィスがコテンと首を傾げる。中々にカオスな空間が黎凪宅に出来上がった。
こうして、苦労と微妙な駄目さを含んだ醜い大人の闘争は、ここ数日ですっかりと板についてきた料理番の黒歌の飯出来ましたコールによって止められるまで続けられるのだった。
黒歌の仲裁によって一時休戦状態となった二人は彼女の作った料理を突きつつ、今後の話を行うことにした。
「お前が直談判した元SS級はぐれ悪魔の黒歌まで一緒にいやがるとはなぁ……お前、本当に禍の団に入ってはいないんだろうな?」
「馬鹿言え。んなことするわけないだろ。もうお前ら人外共に関しては諦めの境地まで言ってんだ。俺の近くで目障りなことをしなければ、好きにすりゃいい」
アザゼルの質問に答えると、今度は料理に向けていた視線をオーフィスへと移す。
「ただ、こいつは元お前んとこの白龍皇が言った通り、力を利用されて担ぎ上げられていたらしい。本人曰く、俺が協力すれば禍の団の奴はいらないんだと」
「ん。我、黎凪が居ればいい。禍の団?アザゼルの好きにすればいい」
オーフィスの言葉に溜息を吐くアザゼルと黎凪。
この適当な返答で被害を受けるのは基本的にこの二人なのだ。ここで方針がはっきりしていないと適切な処理すら施すことができない。
料理の後に出された酒を呷りながら、アザゼルは黎凪に向けてこういった。
「とんでもなく不本意だが、こうして知っちまったんだ。サーゼクスやミカエルたちには俺が伝えておいてやるよ」
「よろしくお願いしまするぜ。堕天使総督アザゼル殿。代わりに手前の学校での仕事は俺が処理してやるからよ」
「こんなことなら、教員免許取っておくんだったぜ。今からでも取りに行くか?」
「俺に聞くんじゃねえよ」
そんなこんなで、苦労人の夜は更けていった。
その日の夜。
「ねぇ、黎凪。今度白音と仲直りしに行こうと思うんだけど………ついて来てくれない?」
「はぁ!?」
「おでかけ?我も、行く?」
「はぁあ!?」
やはり、彼の苦労は終わらない。
アザゼルは苦労人になったのだ……。