テンプレだよね
三竦みの会議が近づくある日、黎凪は自身が担任として受け持っているクラスにて帰りのHRを行っていた。
「よし。帰りのホームルーム始めんぞー。今回も特に連絡事項はない……と、言いたいところだが、残念ながら一つ連絡しなきゃならんことがある」
「えー……」「早く帰りたいんですけどー」
「俺だって好きで言っているわけじゃねーんだ。黙って聞け。その分早く帰れることは保証してやる」
ぶーぶー文句を言い出す生徒たち相手に早く帰宅することができるという餌をちらつかせて黙らせる。これは自分自身がそうであったように大体早く帰れると聞いたら大抵の生徒はおとなしくかつ、静かになるのだ。しかもこの場合、さらに騒ごうとするやつはもれなくクラスメイトからにらまれることとなるので、話を続けるだけでも勇気のいる空間へと変貌するのである。
「よし。それじゃあ連絡を言うぞー。明日は授業参観日だ。しかし、お前らの両親だって忙しいだろ。高校生にもなって授業を態々見に来る奴なんていないだろ?今回、授業参観に親が来ないってやつ、手を上げてみ」
黎凪の言葉で手を上げたのはこのクラスのほぼ全員だった。それを見た黎凪は満足そうに微笑む。
だが、何故黎凪がこんな質問をしたのか、何故あそこまで満足げな表情を浮かべているのか疑問に思った一人の生徒が彼に対して質問を投げかけた。
「なんだかんだ先生。どうしてそんなことを聞いたんですか?」
「普通に野水先生って呼べよ。そっちの方が文字数少なくて呼びやすいぞ。……じゃなかったごほん。いいだろう質問に答えよう」
どうでもいいところにツッコミを一度入れつつ、黎凪は周囲を見渡し、そして堂々とした声と態度でこう言い放った。
「ぶっちゃけ、親とかが見学に来ると、先生の口調とかその他諸々が問題視されて俺がかなり面倒くさいことになる。だから、もし来ると分かっているなら今から準備をしようと思ってな」
『うわぁ……』
これには生徒もドン引きである。
外見と普段の口調から想像もできないくらいなんだかんだで真面目な黎凪の言葉を聞いた生徒は若干ショックを受けた。が、すぐに思い直した。確かに、この口調を保護者の前で曝すのはマズイと。
「まぁ、誰も来ないというのならそれでいいや。今挙げなかった奴も、まだわからないという段階だろうし、そういう親は大体来ない」
サラッととんでもないことを言いつつ、彼は帰りのホームルームを終了していち早く教室を去っていった。
残されたのは生徒のみだが、ここで一つ彼らの頭の中に黎凪を驚かせる秘策が思い浮かぶ。
なんだかんだで、親が誰も来ないと思っている彼に対して当日、多くの親を召喚したらどうなるのだろうと考えたのである。先程、それはマズイと思ったばかりだが、彼らは高校生でこども、欲望は抑えられないのである。
それに、なんだかんだ黎凪がいい先生でも不満がないわけではないのだから。
こうして、本人の知らないうちに黎凪を嵌めようぜ作戦が建てられたのである。そのことを当然早めに教室を出ていった黎凪は知らない。
―――――――――――
どうも、ここ最近帰るたびに誰かが家に居座っている生活を送っている黎凪です。
うちのセキュリティがばがばすぎやしねえかね。やっぱりセコムか、セコムしてないから駄目なのだろうか。
明日行われる授業参観の簡単な打ち合わせを終えたのちに、帰宅した俺を待ち構えていたのは二階の窓から侵入してきたと思われる毛並みが異常にきれいな黒猫だった。当然(もはや確定)普通の猫ではない。喋れて戦える伝説のスーパー黒猫である。
「随分と久しぶりじゃあねーか。大体一年ぶりくらいか?」
俺の声掛けに伝説のスーパー黒猫はその姿を変化させて答えた。
「覚えてないにゃ………でも、白音を見てない期間がそれくらいだったはずだから、多分そうじゃないかにゃー」
「相変わらずの妹キチで安心したぜ」
人間姿になった黒猫は前に話した時と全く変わらない妹キチっぷりを見せてくれた。この発言ができるならまだまだこいつは平気だな。うん。
こいつの名前は………黒歌だ、そう黒歌。お前そうするくらいなら別の動きやすい服を着ろと言いたくなるくらい着ている着物をはだけさせている歩く公然猥褻罪である。ちなみに元SS級のはぐれ悪魔。こいつとの馴れ合いは……面倒なのでカット。とりあえず今はなんだかんだあって俺の協力者ということと、俺がここに居る原因の一部だということである。
「そういえば、この一年何やってたんだお前。俺でもドン引きするくらいの妹キチが一年も来ないなんて、いくら何でもおかしくねえか?」
こいつに妹を語らせたら長い。白音というらしいのだが、かなり前、うっかりその妹について聞いてしまった俺は半日こいつの妹談議に付き合わされることとなったのだ。そこまで妹に狂っているこいつが、何の理由もなしに一年もここに来ないわけがない。
そう考えて問いかけてみると、勝手にリビングのソファーでくつろいでいる黒歌はだらしなく体を投げ出しながら気の抜けた声で口を開いた。
「なんちゃらなんちゃらっているテロリスト集団にしつこくスカウトされてたのにゃー。それを断って、撒いていたらいつの間にか一年経ってたっていうわけ。お姉さんしつこいのは嫌いだって言ったのに。困った奴らだったにゃん」
「お前がテロリストに勧誘を受けたことはわかったが、その肝心な組織名が何一つ判明していないんだが……」
流石妹以外は等しくどうでもいいと思っている妹キチだ。自分のことをしつこく勧誘してきた組織名すら覚えていないとは……!つーか、本当に撒いてきたんだろうな。これで後つけられてたらこの街とグレモリー達とついでに俺もまずいんだが。
「そこは抜かりないにゃ。お姉さんの力、舐めちゃあだめなのにゃー」
「そうですか……で、帰って来たのはいいけどどうしてウチに来た。顔見せか?」
「明日、授業参観なるものがあるらしいじゃない」
俺の問いかけに対してノータイムで返答する黒歌。表情と声がマジモードである。もしかしてこいつ明日が授業参観日だから本気出してテロリスト撒いてきたんじゃねえの?……冗談とかじゃなくて本気で在り得そうだ………。
「明日は授業参観だ。確かに、そうだ。で?それを俺に聞いてどうする気だ」
「見晴らしのいい木を用意しなさい。いや、してください………にゃん」
「その語尾居るのか」
「黎凪を篭絡するために必要にゃん」
「そんなんじゃ靡かないぞ」
「知ってる」
じゃあなんでやった……!
ゲラゲラと腹を抱えながらその場で転げまわる黒歌。色々見えているのだが、こいつの所為で全然興奮しなかった。つーかお前俺に頼む気あんのか……!
「ったく……でもよ。お前なら教室を覗きに来るなんて造作もないことだろうが。何で俺に頼む?ついでに付け加えるとお前もうはぐれじゃねーだろ」
「そうだけど、そうにゃんだけどぉー……。ぶっちゃけ、その情報が白音に渡ってない感じなのにゃ。一年前にちょっとだけ存在をアピールしたら親の仇を見るような形相で私のこと探しに来たのにゃ」
「……………そうくるか」
「何かわかったのかにゃ?」
「唯の予想だけどな」
元々、目の前にいる黒歌と白音ってやつは日本の妖怪で猫趙という猫又の中で最も力の強い連中だったそうだ。その特徴として仙術を扱うことができるらしい。で、その珍しい力に目を付けたろくでなしの悪魔が自分たちの眷属にしたのだ。一応、黒歌も条件付きでそれを受け入れたらしいのだが、向こう側がそれを破ったためにそいつを殺してはぐれになったそうだ。
ここで注目するのはこいつらが猫趙という珍しい種族ということである。当然この力を狙うやつらは多い。この話は黒歌から聞いた話だが、悪魔の中では黒歌が勝手に暴走して約束を破った主を殺したということではぐれ認定となっていたらしい。
はぐれ認定にしてしまって貴重な猫趙を失った悪魔は残りの白音とやらを意地でも確保しておきたいんだろう。黒歌から聞いた話だと、自分の所為で腫物のように扱われていた白音をかわいそうに思って眷属にした奴が居るらしい。本人が意図していないが完全なマッチポンプとなってしまったわけだ。
だが、ここで黒歌のはぐれ認定が取り消されるとどうなるか?かなりの確率で本来の家族のもとに返ることだろう。黒歌のやったこともその白音を守るためというし。
そうなってしまっては困ると情報を止めているのかもしれんな。実際、黒歌のはぐれ認定は解除され、もうはぐれリストには載っていないが、悪魔の大部分はそれを知らないらしい。これは黒歌本人から聞かされたことだ。
「あー……ありそうだにゃ。冥界の様子をちょろっと見たことあるけど、どいつもこいつも私が殺した奴みたいな人種ばっかだったにゃん。プライド高そうだったしにゃー」
嫌悪感丸出しでいう黒歌。
悪魔が口約束とは言え契約を破るのはどうかと思うんだが……今さらだな。
俺がこれまで会って来た悪魔を思い返しつつ、そんなことを考える。これを踏まえると支取がどれだけ奇跡的な存在かということがわかるな。
「あっ、そういえば。私のことを誘ってきたテロリストもそういう連中と似てたにゃ」
「ほう?他には?」
「んー、なんだったかにゃー……確か、『貴様に起きたことを見逃していた現魔王の無能どもを共に引きずり落として復讐を遂げようではないか』的なことを言っていたにゃん」
「なるほどな……」
そういえばプリン総督が禍の団なる集団に気をつけろと言っていたな。もしかしたらと思いこの言葉を黒歌に聞いてみると、見事にビンゴ。彼女を勧誘してきたのは禍の団ということが確定した。
更に、その禍の団は一部の者か全員かわからないが悪魔側に恨みを持っているらしい。そうなると三竦みの会議に乗り込んでくる確率はかなり高くなってくるだろう。そして止めとばかりにその場に呼ばれている俺。ここから導き出される答えはただ一つである。
――――――――苦 労 確 定!!
「はぁ………」
「なんで急にへこむのにゃん」
「面倒事が起きる確率を計算してほぼ100%だったからへこんでんだよ」
「強い力が厄介事をホイホイするのは古くからの常なのにゃあ。大人しく諦めたほうがけんめいだにゃー」
自業自得だったかー……。
もはや反論する気も起きなかった俺は、そのまま二人分の飯を作ってさっさと寝ました。
やはり、こういう時は寝る(現実逃避)に限る。
――――――――――――――――――
嵌められた。
黒歌の唐突な訪問から一日経過して授業参観日当日。誰よりも早く来て、木を一本闇で偽装し、今日ものんびり授業をしようと教室の扉を開けてみれば、後ろには結構な数の親御さんたちが突っ立っていた。
彼らを一瞥してから愛するクラスメイト達に視線を向けてみればどいつもこいつも親指を立てながら白い歯を見せてきやがった。
『(いいところを見せるチャンスだぜ!)』
「(お前ら覚えておけよ)」
あとから聞いた話なのだが、一応彼らは口は悪いけどいい先生だよと説明してたらしいがそんなことは関係ないのである。問題なのは俺を嵌めようとしたことだ。
前世で培った経験から丁寧な言葉遣いに変えると同時に俺は彼らのサプライズにサプライズで返すことにした。
「今日はたくさんの親御さんが来ていらっしゃるので、みんな平等に一度ずつ問題を解いてもらいましょう。前に出て」
『―――――ッ!?』
俺の言葉に戦慄する生徒たち。ふっ、ガキ共。俺を嵌めようなんて十年早いわ。そんな中、塔城だけは俺を睨むような視線で見てきていた。………なんで?
ちなみに俺の視界にちらつく窓の外の黒猫はとんでもなくご満悦そうだった。
無事授業を終え、職員室に帰る途中にて。妙に周囲が浮足立っていた。一応授業参観日という普段とは違うことを行ってはいるが、ここまでほかの生徒が浮足立つようなことではない。
何やら嫌な予感がした俺はそこら辺にいる適当な生徒に話を聞いてみることにした。
「なぁ、なんか落ち着きがない奴が多い気がするんだが……」
「ん?あ、野水先生。……それがですね。なんかこの学校に一人魔女っ子が迷い込んだって噂が流れて、みんなそれを見に行っているんですよ」
この言葉だけで眩暈がした。だって、魔女っ子だ。この学校の授業参観日で魔女っ子だ。心当たりがありすぎるのである。
一応その魔法少女が居ると言われている場所も聞いて、急いでそこに向かう。
魔女っ子が居ると言われている体育館の扉を開けて中を覗いてみればすでに遅かった。そこにいるのはカメラを構えた男子生徒たちと生徒会のメンバーついでに兵藤とグレモリー、アルジェントだった。
生徒会メンバーの一人である匙がいち早く行動し、男子を解散させて魔女っ子(年齢不詳)に話をしている。しかし、あの自由な魔女っ子(年齢不詳)はまともに取り合っていなかった。
あまつさえ、今しがた登場した支取に絡んでいる始末。からまれている本人の顔は真っ赤である。わかる。あれが身内ってすごい恥ずかしいと思う。というか現在進行形で羞恥心を感じていることだろう。そろそろ止めに入った方がいいか。
「おい、授業参観で生徒に迷惑かけんな」
「いたっ!?あ、クロ君!」
俺の存在に気付いた魔王セラフォルーは体を支取の方から俺に向ける。その隙に俺は視線で支取にここは任せろと訴えた。俺の考えを理解したらしい支取は即座にその場を離脱する。それに続く匙。右手で親指を立てて彼の健闘を称える。
「(ナイスファイト)」
「(先生、後は頼みました!)」
二人を無事に逃がしたところで俺はこいつにさっさとおかえり願わないといけない。
「と、いうわけで帰れ」
「何が一体どういうこと!?」
勢いだけじゃあ押し切れなかったか……。
はぁ、仕方ない。幸い、俺の授業は自分のクラスでやった奴とその後に行った二つで終わりだ。時間だけは無駄にある。
「なら帰らなくていいから支取には会いに行くな。……お前ら、どうせ首脳会議の下見ついでできただろう。ということは、一応仕事扱いになるわけだろ?だったら後で支取に会う時間くらいは取れるはずだ」
「そうだけどー。レヴィアたんも、生ソーナたん成分を補給したいんだけどー?」
「後でしろ。学校でやったら支取が死ぬ」
主に羞恥心で完全に撃沈してしまう。
「学校が終わるまでは俺が特別に相手してやるから」
「本当!?これは激レアだね!よし、では早速行ってみよー!」
テンション高っ!
そんなこんなで俺は学校が終わるまでひたすらこの大きな子どもの御守をすることとなったのである。
―――――――そのころの三人
「部長、本当に野水先生って何者なんですか?」
「私が聞きたいわ……」
「魔王様と仲がいいなんて野水先生はすごいんですね!」
平和だった。
闇の力は万能(再確認)