ARIA The NEOFRONTIER   作:ブラッディ

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その 受け継がれるものに…

 地球西暦2012年。「火星」に旅立つ、ある光の青年は言った。

 

 

 「頑張れよ、後輩」

 

 

 それから300年。地球西暦2301年――

 

 

 

 

 

 

 

 二人と二匹の(ゴンドラ)は、ネオ・ヴェネツィアをS字に横断する大運河(カナル・グランデ)に乗っていた。

 

 白猫のアリア・ポコテンと黄色い小怪獣ハネジローがアクアマリンの瞳同士で見つめ合っているのを視界の端でちらちら捉えながら、アスカ・シンはきょろきょろと周囲を見渡し、たまにあれはなんだ?と聞いたりする。

 それに対し、舟を漕ぐ水先案内人(ウンディーネ)水無灯里(ミズナシ・アカリ)は朗らかに解説する。

 

 水路の両側に展開する露店や広場など、見所のあるものがいっぱいだ。

 

 かつて世界で最も美しい街と呼ばれたヴェネツィアの町並みを可能な限り保存しながら移築してきたこのネオ・ヴェネツィアは、その景観を眺めているだけでも大いに心揺さぶられる。水路に陽光が反射して不規則に煌めく町並みは一瞬ごとに違う姿をし、たまに悪戯な波が光を弾いて目を眩ませてはまた澄まし顔で人々を迎えるのである。

 

 熱を反射するコンクリートの代わりに光を反射する水面。自動車の代わりに行き交う大小様々な船。排気ガスの代わりに鼻腔を擽る潮の薫り。車どころか自転車ひとつ走っていないし、モーターつきの早い舟なんかもない。そんなこの街を見てると、亜光速飛行(ネオマキシマオーバードライブ)とかも良し悪しに思えるなとアスカは灯里に話す。

 

 アスカは旧ヴェネツィアを見たことはないが、時に「あれ映画でみたことある!」などと言っては灯里からの解説を聞いた。灯里側からも目立つ観光資源を見とめてはなにくれとなく解説し、アスカはうんうんと頷く。

 

 たまになんでもない横道に逸れてみて小さな発見をしたり、アリア社長の好きな漫画の話をして「いいや、にゃんにゃんぷうよりウルトラマンダイナの方が強いね!」「ぷいにゅー!ぷいにゅぷいにゅ、ぷいにゅー!」と喧嘩になったりと、そんな道中。

 

 運河を渡る速度はお世辞にも早いとは言いがたかった。

 とはいえ、それは灯里の未熟さ故ではない。

 灯里が町行く人に「あれなんだろう」「あ、あの人は、」と言っては船脚を緩めて声をかけ。

 あるいは道行く人々から「おや水先案内人さん」「お、灯里ちゃん」「おい、もみ子」などと声をかけられてはまた船脚を緩め。

 そんなようなことが、アスカの建物に対する「あれはなんだ?」と同じくらいに起こるのである。

 

 大道芸を披露するピエロに扮した人を見たり。

 お店の窓口から新商品の試作をもらって食べたり。

 洗濯物をかかえたおばちゃんに声をかけられたり。

 擦れ違う郵便屋のおじいさんと世間話をしたり。

 路端で演奏をしているストリートオーケストラみたいな人たちに楽器を貸してもらったり。

 熱心に写真を撮る男性に撮られたり。

 

 会話するネオ・ヴェネツィアの人々は灯里の中継で自然にアスカとも会話し、不思議なことになんらの疑問もなくアスカと親しげに挨拶を交わしては別れていく。

 

 なぜか老婆に握手を求められたり、路端楽団にリクエストした曲を弾いてもらったり、白紙の便箋と封筒をもらったり。

 なぜかサインを求められたり、得体の知れない箱に手を突っ込まされたり、ハネジローが子どもに誘拐されかかったり。

 なぜか一緒に写真を撮っていいかと言われたり、ピエロにジャグリングに挑戦しないかとボールを渡されたのにジェスチャーが伝わらず豪速球で投げ返したり、それがネオ・ヴェネツィア唯一の子ども草野球チームに見られてコーチ就任を懇願されたり。

 なぜか熱心に似顔絵を描かせてくれと頼まれたり、サン・マルコ修道院の模型の水面に写ったような味のある感じに歪んだ失敗作をもらったり、落丁のあった月刊ウンディーネ最新号を一部もらってしまったり。

 

 アスカは遠慮も疎外感もなくネオ・ヴェネツィアの人々と触れあうことができた。

 それは決して不愉快ではない、心温まる脚の遅さだった。

 

 

「灯里ちゃんって人気者なんだなぁ。パンのおじさんに、広場の大道芸の人に、露店の店主に、誰も彼もみんな知り合いなんじゃん?」

 

 じゃがバターをほふほふふはふはしながら、アスカが感想を漏らした。

 ちなみにネオ・ヴェネツィア名産のじゃがバターは、じゃがいもに入れた切り込みへバターを埋め込んで蒸す至極単純なものだ。単純だが、故に美味しさに誤魔化しがきかない。

 この味だけはネオ・ヴェネツィアに来た人に味わっていってほしいと思い、灯里の観光案内には積極的にコースに取り入れられている。

 

「そんなことないですよ。私なんかよりアリスちゃんとかの方が人気です。私はネオ・ヴェネツィアで出会った素敵な人とちょっとお話するだけですし、みなさんが素敵な人だから私に声をかけてくださるんですよ」

 

 アリア社長にもじゃがバターをあげつつ自分もはふはふ答える灯里に、アスカは大袈裟に言った。

 

「それ自体が凄いじゃんか。なかなかいないぜ、ちょっとお話するだけで顔が広がるなんてさ。いい人と出会えるのは、出会う灯里ちゃんが特別いい人だからかもな」

 

 言いながら照れ臭くなってそっぽを向くアスカ。

 頬を緩めた灯里は、空になったカップをアリア社長に託してオールを握り、前に座るアスカの後頭部を見る。ネオ・ヴェネツィアをとても楽しんでくれているようだ。

 

(この旅は、ネオ・ヴェネツィアのみんなで贈る、アスカさんへのおもてなし)

 

 なぜかそんな確信が、灯里にはあった。心なしか、アクア自体も今日は一段と煌めいていて。町の人たちも一様に優しいというか、気前がいいというか。

 

(きっと、懐かしい人との再会にアクア自体が喜んでるから)

 

 潮の薫りが一際強くなってきた。大運河がネオ・アドリア海の大海原へ近づいてきたことがわかる匂いを、灯里は無意識に胸一杯に吸い込んだ。

 

 視線の先の水面の色着きで、灯里は日が傾いてきていることに気がついた。もう少しというほど近くもなく、けれどそう遠くもないうちに、この星は綺麗な茜色に染まるのだろう。

 ネオフロンティア時代、アスカたちが見ていたこの星と同じ色に。

 

 アスカがこの時代にいられる時間が終わりに近づいているような不思議な実感が、灯里の胸に去来した。

 

「アスカさん。差し支えなければあとふたつだけ予定している行先がありますが、ほかにどこか行っておきたいところはありますか?」

 

 できれば予定した両方ともにアスカをつれていきたい。しかし当然、お客様の希望が優先である。

 アスカはじゃがバターの器をアリア社長に手渡し、アリア社長はそれを自分の食べた器とともにゴミ袋に捨てる。毎度のことながら器用な猫である。

 

「特になし」

 

 読めないと打ち遣っていた月刊ウンディーネの表紙をぼんやりと見つめるアスカへ。

 灯里は気持ちだけ厳かに、次の目的地を告げた。

 

「お次は、火星開拓史博物館へご案内します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオ・ヴェネツィアらしいと形容するのがぴったりなモダンな様相の博物館に、灯里とアスカは脚を踏み入れていた。

 二階建ての博物館は移築されたものではないが、景観を損ねないように配慮された門構えを見せている。

 

 構内のコンセプトとしては、入場口付近から館をぐるりと一周するまでの間に流れるように時代を繰り上げていく展示様式である。入場口付近にはネオフロンティア時代までの簡素な年表があり、開拓基地建造以降の歴史を主に取り扱っている。二階にはお土産や最新のトレンド、近年の偉大な功労者を紹介している。

 現在の二階には、最長勤続年数と最年長引退年齢の記録をもち業界全体からグランドマザーと称され尊敬される『伝説の大妖精』天地秋乃(アマチ・アキノ)と、現在の『水の三大妖精』の特集が組まれているようだ。後者は勿論、前者も『ARIAカンパニー』創設者であり、個人としても大恩ある大好きなグランマの特集に灯里は大いに興味を惹かれた。今度、藍華とアリスを連れてもう一度来ようと決意する。

 

「ここは、火星がアクアと呼ばれるようになってからの歴史をまとめた博物館なんです」

 

 アスカは興味深そうに、しかしどこか不審げに博物館をうろうろと歩きまわっている。まるでなにかに気付きかけているような様子だ。

 二人分の入館料は灯里が払った。アスカはついに自分の甲斐性のなさに打ちのめされてしまったが、連れてきたのは灯里である。その厚意を受け入れた。

 

「ネオフロンティア時代のことに詳しい博物館もありますけど――」

 

 展示物などを傷めないよう閉じられた空間では、灯里のさほど大きくない声も反響させる。

 薄暗い空間に多くの展示物が照らし出され、そこに刻まれた記憶を読み取ってほしいと待ち構えていた。

 

「それは帰ってからご自分で確かめてください。私がお見せしたいのはその次。アスカさんがきっと見れない時代のことです」

 

 アスカが足を止めて、しげしげと見つめる写真。

 武骨な施設をバックに肩を組んで、白い歯を見せる青年やおじさんの写真。ネオ・ヴェネツィアでの一般公用語と、文化の流入でよく使われるようになった日本語の注釈が載っていた。

 

『第7開拓基地にて。この三年後、第7開拓基地は開拓史上初の水没基地となり、写真の人々は皆、帰らぬ人となった。』

 

 その隣に掲示される写真の、荒涼とした崖のような島に無数の棒が突き立つ光景は灯里にも見覚えがあった。

 時を超えたメッセージを灯里自らが届けた、あの基地の墓標。背景の細部が異なるので同じ基地のものではないのだろう。逆に言えば、あのようなことがいくつもあったというなによりの証左でもある。

 アクアに起こる奇跡の一つに支えられて、灯里は開拓基地のアレン・ホンダさんが受け取れなかったメッセージを届けられた。けれど、届かないままのメッセージだって、数えきれないほどあるのだろう。

 

(でも……この人たちが諦めなかったから、今がある。誰一人投げ出さずにいてくれたからこの町があって、たくさんの逃げ出さなかった勇気に支えられて、私たちがここにいる。

 この人たちが、水の星・アクアの始まり)

 

 そのコーナーと並立するように、ある映像がモニターに映っていた。

 30分間隔でループしているその映像の下の解説には、茜色の夕日に煌く浅い水路をバックに撮影した老若男女の写真とともに、こうある。

 

『長年の火星開拓の苦闘はついに報われ、ネオ・ヴェネツィアの水路に初めて水が流されることとなった。土壌と空気から隔たること100年。我々はこの瞬間、初めてこの星に生きることを許されたのだ。今ではあふれんばかりの水を湛える水路だが、初めは水深わずか三十センチにとどまり、ここからさらに数十年かけて満たされていくこととなる。

 映像の撮影は当時の入植民間の学校教師・星野明子(ホシノ・アキコ)女史による。実に数十にもわたる落胆の映像とともに遺されたこの映像は、後に続く開拓使たちの目標、希望となった。』

 

「明子さん。あなたも、この星に奇跡を起こす人たちの一人だったんですね」

 

 この星に導かれて、灯里はその光景を見ることができた。ちょうど今のアスカと逆。灯里自身が過去へ行き、水路に水がくるのを信じて待つ人々や、歓声を上げる人々を目の当たりにした。その映像を撮ったカメラを見て、その持ち主とお茶さえした。

 

 そう、誰もが戦っていた。

 

(いっぱいいっぱいの体力、終わりの見えない土や岩、数えきれない失敗、それに水没の恐ろしさ。その全部と戦った、開拓基地の人たち)

 

 その危険性を知っていたはずなのに、それでも愛する人々が愛するこの星で生きられるようにと、笑顔であり続ける何枚もの写真。水没者を出した基地を点描したアクアの地図。

 

(その人たちを信じて、この星を信じて、自分たちの未来を信じて。苦しい生活のなかでやるべきことをやり続けながら待ち続けた人たち)

 

 当時の生活様式を記した手記。開拓基地へ向けた手紙。灯里の脳裏に浮かぶ、アクアマリンの瞳とダークグレーの毛並み。寂しさと不安を押し隠した微笑み。

 

(そして――)

 

 ハネジローの声が聞こえた。

 

 ふたつほど展示物をまたいだ奥においてあるガラスケースの張られた台にハネジローが張り付き、食い入るようにある写真を見つめていた。

 数機の空中船に囲まれて海上に鎮座する黒い四本足の大きな機械の写真。その右には黒い四本足のどこかの股のあたりにとめた船の上で撮った集合写真。その機械は背景となってなお底知れぬ勇ましさを醸し出していた。

 灯里が解説文に目を移そうとしたとき、アスカが遅れてやってきた。

 ハネジローが飛びつき、ぱむぱむと興奮して鳴く。

 

 ハネジローに促されて展示物を一目見るや、アスカは叫んだ。

 

 

()()()()()N()F()3()0()0()0()!!」

 

 

 台が沈み込みそうなほどの力で上半身を投げ出すようにガラスケースを叩きつけて、必死にのぞき込むアスカ。

 その脇から覗き見るように読んだ注釈文はこうだ。

 

『第30開拓基地、奇跡の生還劇の直後の写真。

 ネオフロンティア時代のSUPERGUTSの宇宙母艦クラーコフNF3000は旧式化のため、新天地開墾の象徴として基地のモニュメントとなっていた。第30開拓基地水没時、クラーコフは作業員たちの緊急避難先としてその生命を守ったばかりか、技術作業員たちによる水力を使った決死のエネルギーチャージ作戦に応え、実に110年ぶりに再起動。当時時点で八世代前のネオマキシマオーバードライブにより海上に浮上し、奇跡の全員生還を実現させた。

 水没基地の作業員生還例はいくつかあるが、全員生還はこの例のみ。』

 

「『基地隊長は“我々の諦めない気合とこの水にも冷まされない熱い根性に、艦とSUPERGUTSの英霊たちが応えてくれたに違いない”とコメントした。』……これって……それじゃ……」

 

 アスカは、その写真になにを見たのだろう。

 自らが昨日今日乗って、人々を守るために宇宙を掛けた艦。それがドロップアウトした後、アスカたちとは違う人々を乗せてまたしても人々を救った。

 その記述がアスカに示すものは。

 

「アスカさん」

 

 アスカはガラスケースに手を突いたまま、灯里をまじまじと見つめた。

 何度か唾を呑み込むと、咀嚼するように問い質す。

 

「ここは……未来、なのか? それも、ネオフロンティア時代からずっと後の……」

 

 灯里は頷いた。

 

「あなたたちが守ってくれた、未来です」

 

(――そう、あなたたち。

 未来への妨害を退けて、夢見る人と明日に続く仲間たちのために命の限り戦った、アスカさんたち)

 

 この星に光が降り立ったこと。

 

 この星に作物が、命が宿ったこと。

 

 この星の大気が人間に適応できるものになったこと。

 

 この星の重力を人間に任せてくれたこと。

 

 この星に隠していた水を貸してくれたこと。

 

 そのすべてが、奇跡であり必然。

 

 そして『アクア』になる前。

 ()()を守って戦った彼らもまた、この星に手を添えてきた奇跡の担い手。

 

「この星は、数えきれない人たちの手と汗と願いが作り上げた奇跡の星。それが積み重なるための最初の奇跡そのものが、あなたたちなんです」

 

 この星が。

 素敵な出会いをくれた。

 大きな夢をくれた。

 光り輝く憧れをくれた。

 未来へつながる全てをくれた。

 

(この星があるのは、誰もが夢を諦めなかったから。そんな人たちだったからこの星は応えてくれた。そうしてこの星が起こしたいくつもの奇跡の先に……私がいる)

 

 灯里が自分の胸に置いた手から感じる心臓の鼓動。

 アクアの上に打ち鳴らされるこの拍動一つが、どれだけの人が求めた夢の一拍なのか。灯里は改めてそれを感じていた。

 

「今……その未来が、私と、このネオ・ヴェネツィアを生きるみんなのなかに……。

 

 だから、そんな奇跡の一つが呼んでくれたあなたに伝えたかったんです。私たちの今が、どんなに光にあふれているか」

 

 アスカは噛み締めるように目をつぶった。そして、今度こそはっきりと灯里を見た。

 

「君が……この町が、俺たちの未来……そうか、これが……今ここが、俺たちの目指した光なのか……」

 

 アスカには、灯里の瞳の中にアスカ自身の未来が見えているのかもしれない。

 なぜなら灯里には、アスカの瞳の中に、彼の時代から積み重なり受け継がれていく全ての人の夢が見えたような気がしたからだ。

 

 アスカは再度、クラーコフの写真に目をやった。

 自分の生きている時代の150年後に起こる奇跡が、自分の息をしているこの時の150年前に起きていた。それはどんな感覚だろう。

 

「……っへへ、みんな、これも見てたのかな。俺、ちょっとだけズルして、この目で見に来たんだぜ」

 

 この時代にはすでに老衰で他界しているであろう、ともに空を駆けた戦友たちに語り掛けるアスカ。

 感慨深げにガラスケースをなぞると振り向き、アスカは目元を緩める。

 

「……あんまり、驚かないんですね?」

 

 灯里が問いかけると、アスカは徐にポケットから丸めた月刊ウンディーネを取り出した。

 

「月刊ウンディーネに刊行日付書いてあったのだけ読めたからさ。それまでも色々怪しいと思ってたし……」

 

 意外にも落ち着いた顔で言ったあと、壁の時代解説の文章を読みあげる。

 

「『誰もが踏ん張った。“いつだって諦めないし、絶対に逃げもしない” この星で最初の奇跡を起こした、偉大な先人の言葉を信じて。』」

 

 アスカが読み上げたのは、メイン解説文の最期の一節。

 いい言葉ですねと続けようとした灯里が見上げたアスカは――一筋、涙を流した。

 一瞬の間があって、

 

「まさか……! じゃあ、これ……!?」

 

 灯里ははじかれたように口元を抑えると、アスカに体ごと向いた。

 手でその一文をなぞりながら、彼の視線はなんども灯里と展示物を往復した。

 未来そのものを網膜に刻み込む仕草が、雄弁に答えを物語っていた。

 

「誰かがこの言葉を伝えてくれたんだ……俺の信念、座右の銘を」

 

 アスカ自身の言葉が、300年後の時代に伝わっている。

 その言葉が、あるいはアクアを支えたのかもしれない。それが実った瞬間を、灯里はこの目で見た。

 その人とこの結果の時代に隣に立ち、アクアを見ている。ネオ・ヴェネツィアを案内した。

 

 それはなんという、摩訶不思議だろう。

 

 アクアの最初と今が灯里の隣に重なったよう奇跡そのものの巡り合わせが、アクアでの日々を灯里の中に去来させる。心臓の拍動とともにワンシーンずつ蘇るような刹那の旅。

 

「俺たちが戦い抜いたこの新天地(ネオフロンティア)に、俺たちが守ってきた誰かがあとに続いて……みんなが夢を信じて、諦めも逃げもしないで、光を、未来を掴んだ」

 

 アスカが胸に――そこに収められた()()()()に手をやって、叫ぶように、呟いた。

 

「……勇気がある限り、諦めない限り、夢は傍にある……必ず叶う……」

 

 アリア社長のアクアマリンの瞳が、二人を見つめていた。

 

「――世界は、終わらないんだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオ・ヴェネツィアの空がわずかに赤みを帯びてきた。まるでウルトラマンティガがスカイタイプからパワータイプになろうとする一瞬の様だ。……と、ドキュメント映像で見た情報からアスカが例えた意味を、灯里は全くわからなかったが。

 

「じゃあ、アスカさんの頃にも過去から来た人がいたんですか?」

 

「7年前、怪獣ゴルドラスの仕業で大正時代からタイムスリップしてきた女学生がいたらしいって、ナカジマ隊員に聞いたことがある。詳しい説明はなかったけど、怪獣を倒したら元の時代に戻ったって記録されてるんだってさ」

 

 灯里とアスカとアリア社長とハネジローは火星開拓史博物館を出たあと、再び舟に乗っていた。目指すは『アスカさん未来をお見せしようコース』の終着点。

 舟を動かす間、二人はそれぞれのタイムスリップの所見を話す。

 

「えぇ!? タイムスリップしたことあるの!?」

 

「はひ。アリア社長に連れて行ってもらって。その時会った人は、猫は過去と未来をつなぐ動物だと言ってました」

 

 アスカは、アリア社長の一見間抜けな顔を穴が開くほど見つめた。眠ってしまったハネジローの頭をもちもちぽんぽんに乗せているので動けない社長は、珠のような汗をかいている。

 尻尾で助けをもとめるアリア社長に灯里は苦笑した。

 

「だから、アスカさんもきっと帰れますよ」

 

 え、とアスカは間抜け面。

 

「アスカさん、最初にハネジローくんを猫って例えたでしょう? それならハネジローくんは、アクアではきっと猫さんなんです。だから、ハネジローくんがアスカさんを連れて帰ってくれますよ」

 

 アスカは腕を組んで、眠りこけるハネジローを見つめた。

 

「ほんとかなぁ?」

 

「ほんとです」

 

 どうにも今一つ信用できないという様子でアスカが唸った。

 

「その経験があるから、灯里ちゃんは俺が過去の人だとわかっても帰れるかどうかは心配しなかったんだ?」

 

 オールが掻く波の光が白からピンクへ変わっていく。

 日が落ちてきた。時間的には灯里の予定ぴったりだ。

 

「そうですね……それも、ありますけど」

 

 アスカにはもしかしたら灯里の頬もこの波間と同じ色に見えたかもしれない。

 けれどそれはきっと落日の色だけではなくて。

 

「アクアに起こることは、起こった理由と終わり方がはっきりしてるように思うんです。来たのなら帰る。出会えたら別れて、ご縁があればまた会える。それがアクアなんですよ、多分」

 

 アスカは、ふーんと言うと舟に身を伸ばした。

 だらしない体勢の呟いきを聞いていたのは、波音に負けないアリア社長のお耳だけ。

 

「……なら、俺がここに来た理由……()()()()ここに来た理由は、なんだ……?」

 

 その水路は、舟三槽分程度の太さが長く続いていた。

 水路の両脇には緑が続く。日が高い内にみた街の景色とは異なるのどかな景観だ。アスカは場違いにも農村にたつ高速道路を思い浮かべた。

 横合いから差し込む光が弱まっていく様子がわかる。

 

 やがて舟は巨大な緑の金属の壁に差し掛かった。

 

「行き止まり? 到着?」

 

 なんでやねんとばかり、アリア社長が丸めた月刊ウンディーネをぽかっとアスカの頭に叩きつけた。実に器用な猫だ。

 一見行き止まりのようなその場所の脇、レンガ造りの家に背を向けて座るおじさんが一人。

 灯里はもはや顔馴染みの彼に声をかけた。

 

「おじさん、よろしくお願いします!」

 

 おじさんは、

 

「おうよ!」

 

 と威勢よく答えると、建物のなかに姿を消した。

 一拍おいて、緑の壁が口を開くようにゆっくりと持ち上がる。

 アスカはまたもぽかんとしている。

 

「カタパルトゲートみたいだな……」

 

 戦闘機乗り特有の感想は、壁の開く低い機械音に紛れて灯里には聞こえなかった。

 灯里は舟を緑の壁の奥に現れた水路に進め、舟が縦に三槽入れる程度でまた行き止まりになるその空間のちょうど中央に静止させる。

 アスカが首を傾げたところで灯里の背後の緑の壁がその身を下ろし、前後左右を壁で囲まれるようになった。まるで水路というよりは井戸である。

 

 灯里は「失礼します」とゴンドラの操舵席を辞し、アスカの正面に座った。

 なんでとアスカが聞くよりも早く、事態が起こる。

 

 アスカの前方の壁のはるか上方の切れ間から、漏れてくるように水が伝ってきたのだ。

 慌ててアスカは上を見て、顔をしかめた。

 舟三槽分の幅のある壁を全幅を濡らして下りてくる水は尋常な量ではない。

 いよいよ焦ったアスカは立ち上がってその場をぐるぐる回りだすが、四方を壁に囲まれて八方塞がりではなんともならない。

 そして灯里を見下ろしたアスカの口を先どって、灯里は言った。

 

「水攻めだ!」

 

「みずぜ、……あ、あれ?」

 

 言おうとしたことと一字一句同じことを言われたアスカが灯里を見ると、彼女はふるふると震えていた。……笑っている。

 漸くアスカは、これが危険でもなんでもないギミックなのだと気付いたようで、

 

「灯里ちゃぁん! 菩薩のアスカ様でも怒るぞ!!」

 

 と恥ずかし紛れに怒鳴った。閉じられた壁の中で声がガンガン反響する。

 

「わーひ、ひっかかったひっかかったー!」

 

「灯里ちゃん!!」

 

 気の抜けた顔で大成功!と主張する灯里にアスカは再度怒鳴るが、マイペース灯里にはなんのその。まあまあ、と座席を示す灯里にアスカはしぶしぶ従って席についた。

 灯里はお茶を手渡しながら説明した

 

「これは舟用の水上エレベーターなんです。密閉された中に注水して水面を上昇させ、舟ごと上の階に運ぶんですよ」

 

 アスカは悔しそうに口を尖らせた。

 

「紛らわしいんだよこれぇ!」

 

「そうですよね~。私も最初に来たときは水攻めだって慌てちゃって……アリシアさんにも笑われたな~」

 

 アスカと灯里は向かい合って茶を啜った。アリア社長はアスカの傍に、ハネジローが灯里の傍にいるのがなんだか対照的だ。

 コップ一杯をのみ終わったアスカは、辺りを見渡した。

 

「……遅くない?」

 

「30分かかりますからね~」

 

「長ぇ!!」

 

 

 

 その30分はのんびりと、しかし意外に早く流れていった。

 

 タイムスリップに類する灯里の体験した摩訶不思議な出来事や、それに関係あるんだかないんだかなアスカの思い出を、二人は時間を忘れて語り合っていた。

 

「猫の王国に猫のカフェか。そのキャットCってのはよっぽど灯里ちゃんのことが好きなんだな」

 

「ケットシーです。ネオ・ヴェネツィアの守護神、猫の王様。アスカさんにも会わせてあげたいですよ」

 

「俺の知ってる王様なんてロクなもんじゃなかったぜ。イシリスとかさ」

 

 四方を壁に囲まれて見るものもなく、ひたすら話すだけの退屈にもなりそうな30分を簡単に乗り切れることは、水先案内人としての水無灯里の稀有な話術を証明するかのようだった。

 ふと話の節に、アスカは問うた。

 

「灯里ちゃんは、ウルトラマンダイナって知ってるか?」

 

「はひ。私はそんなに詳しくは知らないんですが、全然知らない人なんていませんよ。この宇宙を守り抜いて戦った、無敵のヒーローだって、教科書に載っています」

 

「……そっか。ダイナのこと、詳しく知らないのか。それでも、俺に親切に……」

 

 なにか安心したようなアスカの言葉に、灯里がほへ?と首をかしげたとき。

 水が溢れ出る切れ間に水位が合流したところで水位の上昇が止まった。

 

 灯里は落ち着いて立ち上がると、舟の操舵席に戻ってオールを握りしめた。

 

「……この時代から見たら、もしかしたらダイナは無敵のヒーローなのかもしれない。俺たちの時代から見たウルトラマンティガがそうだったように。けどダイナだって、一人だけで無敵だったんじゃないんだ」

 

 アスカの言葉が扉を開いていくかのように、目の前壁が上に上がっていく。

 

「SUPERGUTSや、光になれるたくさんの仲間たち。皆がいて初めて、無敵だったのさ」

 

 開いた扉の向こうから溢れる光に、一瞬目が眩む。

 そして灯里とアスカは、茜色に染まった一本の水路を見つめていた。その茜色はまさしく。

 

「火星の色。俺たちが守って、みんなに託す。そしてみんなが少しずつ変えていく。俺たちの始まりの色だ」

 

 灯里はこくりと、喉をならして漕ぎ出した。

 これがきっと最後のご案内。これが終われば、愛しい仲間たちの胸のなかへとアスカは帰っていくのだろう。この温かく、アクア色になる前の、懐かしい火星色の光に包まれながら。

 

 

 

「この水路は、水先案内人業界では両手袋(ペア)から片手袋(シングル)への昇格試験に使われています。この通り狭い水路で水先案内人のオールさばきを見るのですが、試験のときには上手くオールをさばかないとすり抜けられないような大型船(ヴァポレット)とすれ違う時間帯を狙って来るんです」

 

 30分もエレベーターで登っただけあって、その水路はかなりの高度にあった。

 左手には絶壁と下方に森。右手には草原と森。

 シンプルなその光景は、灯里がオールを一漕ぎするごとに刻々と姿を変えていく。右手の森はやがて失せ、なだらかな芝生へ。左手の森はベールを脱ぐように頂点の高度を下げ、空の彩に始まり徐々に絶景を顕していく。

 その全てが夕日の照らす火星色に染まった光景を、アスカは食い入るように見つめていた。

 

「ヴァポレットを上手くすり抜けて辿り着くここで、私たちは試験官に、手袋を片方、外してもらうんです」

 

 やがて灯里の舟は立ち止まった。

 右手には芝生と何台も立ち並ぶ風車。

 左手には――

 

 

 

「手袋のなくなって少し夢に近づいたその手と指の間から、大好きなネオ・ヴェネツィアを一望できる場所。この丘を私たち水先案内人は、

 

 『希望の丘』と、呼んでいます」

 

 

 

「希望の……丘」

 

 アスカは思わず腰を浮かせて呟いた。TPC火星基地から見下ろした景色と同等に感じられる高さと傾斜。見慣れた茜色に染まっているからこそ、その光景はかえって雄弁にこの星のあり方を物語っていた。

 

 かつてアスカの時代の火星には、岩と土と砂と、人間が無理矢理持ち込んだ機械しかなかった。植物栽培と大気改造が少し軌道に乗り始めただけの世界。赤く照らされて毒々しいほどだったあの無機質な星。行くたびに怪獣が出て、空を飛んで、命を落としかけて。それでも夢と希望とロマンを乗せて、また飛んだ。

 その赤い星にはまだ、みんなで共有するたった一つの剥き出しの夢しか乗っていなかった。それが、ネオフロンティア。

 

「同じ色に照らしても、こんなに違うんだな」

 

 照らし出された眼下の景観には海がある。水面に夕日を写してキラキラ輝くネオ・アドリア海。たくさんの島に、たくさんの町や植物が、なにに脅かされるわけでもなく平和に暮らしている。無理矢理機械で保全した基地施設ではなく、有機物にあふれた家に人が住み、皆が当たり前に家族を、友を、愛しい人をもっている。

 この赤く照らされる青い星には、この星の上で実現させるべき、一人一人違う数多の夢が当たり前のように育まれている。それが、ネオ・ヴェネツィア。

 

 それが未来()火星(アクア)

 

 アクア色に染まる優しい世界は、火星色に染まったネオフロンティアスピリッツの先に目指した、輝ける希望そのもの。

 

 それを臨むこの丘は、アスカにとっても、まさに“希望の丘”であった。

 

 

 

 

 灯里とアスカは舟を降り、右手側の風車を背にした芝生に腰を落ち着けていた。

 片膝を立てて座るアスカと、膝を抱えるように隣に座る灯里。

 

「もしかしたらって、思ってたことがあったんだ。俺たちは、ただの堂々巡りをしてるだけなんじゃないかって」

 

 鮮やかに照らされるネオ・ヴェネツィアを眺めて言うアスカを、灯里は見つめている。

 

「人間が宇宙に挑む試合(ゲーム)はまだ一回の表、始まったばかり。グラウンドにいる守備は俺たちSUPERGUTS。

 けど、俺がマウンドでどれだけいいピッチングをして、みんながどんなにスーパーセーブを続けても、夢を奪って町を壊す奴らにはアウト何回かなんて関係ないんじゃないか。俺たちにはチェンジなんかないんじゃないか。

 ……人間に()なんて来ないんじゃないかって」

 

 そこでアスカは酸素ボンベのものではない、自然に漂う空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 頬を撫でる優しい風。300年という時を運ぶ風には、潮と草の匂い。

 

「でも違った。いつかは攻守交替がくるんだ」

 

 上体を反らせて空を見上げる。夕焼けの空だけ見れば、アクアも火星と変わらない。この先の宇宙にも、300年前と変わらない星空があるんだろう。

 そう思ったアスカの視界の空を、V字編隊を組んだ鳥たちが飛び去って行く。

 まるで、アクアそのものが笑って「空だって変わったよ」と教えているような光景に、アスカは微笑んだ。

 もうこの空にも、数えきれないほどの命があるのだ。

 

「俺たちが均したグラウンドで、数えきれない人たちが打順を繋げて。空振りやフライやゴロを、数えきれないほど繰り返して。たまには、スリーアウトだってあったかもしれない。それでも少しずつヒットやホームランを重ねて」

 

 言いながら上体を戻し、ありもしないバットを座ったまま握る手。

 腕だけで素振りをしては、またありもしないボールを目で追って灯里や背後や空に首をひねる。

 

「そうして積み重ねた得点が、今のこの星なんだ」

 

 まだ見ぬ後続打者たちを仰いでバットを振っていた青年は、やがて少女にその空気のバットを突き出し、ほいっと投げ渡す仕草。

 アスカの言葉に深く耳を傾けていた灯里は虚を突かれ、思わずそれを受けとる仕草をした――

 

「と、打順は今も続いてる。今、打席にいるのは……」

 

 アクアの夕焼けに染まった顔をあげた。

 視線の先に、火星色の満足げな微笑みがあった。

 

 この星という打席でバットを振ってきた人々。打順。そして、次の打者は。

 

 灯里が何の気なく受け取った透明の()()

 実際にはそこにはなにもない。重さも感触もないただの空。

 なのに()()には、今は心地よい重みとほのかな温かさが、確かに感じられた。

 

 アスカは芝生に寝転がって気持ちよさそうに目を閉じる。

 灯里も目を閉じた。胸と手と瞼の裏に、抱きしめた()()からじんわりと膨らむ暖かさを感じる。

 

 後輩水先案内人が先輩水先案内人にひとつ認められる場所。

 後輩が先輩にひとつ近付く場所。

 夢の未来にひとつ近づく場所。

 

 アスカたちから受け継がれてきた大切なこの星で。先輩水先案内人たちが立ち継いできたこの場所で。

 現代を生きるみんな(後輩)が、今まさにこの星の受け継ぎ手として、アスカ(先輩)から認められたのだ。

 

 灯里は()()を握りしめた手を見つめた。

 

「グランマ、アリシアさん、そして私。……素敵な、好打順ですね」

 

 見つめながら、少しずつ、顔全体から喜びが染み出すように、笑顔に変わっていく。

 

「アスカさん。私の大好きなアクアは、あなたたちのおかげで、大好きになれる星になりました」

 

 夕陽の影に強調されたその笑顔は、アスカが思わず顔をそらすほどの美しさ。

 

「ありがとう、ございました」

 

 まるで、光そのもののようだった。

 

 

 

 

 

 アスカはしばしそのままでいたが……やがて脚を振り上げて、振り子の要領で跳ね起きた。

 

「折角だからさ、聞かせてくれよ。灯里ちゃんの舟謳(カンツォーネ)

 

「えー?!」

 

 突然せがまれて灯里は仰天した。

 いつも一緒に練習している二人とアリシア、アリア社長以外に舟謳を披露したことはない水無灯里。正直、こればかりは上達をあまり実感しないので恥ずかしいのだが……。

 

「でも、オールさばきとかお話と違ってあんまり上手くなった感じがしないので……」

 

「いいじゃんいいじゃん。なにごとも練習練習! 俺は臨時指導員だから、そういうのも指導するぜ!」

 

 既に期待顔のアスカに、灯里は頬を火星色に染める。

 

 プリマになれば必ず機会が巡ってくることだ。一応、アスカは臨時指導員ということになっているし、日頃の練習の成果を見せるとき……なのか?

 ……やがて灯里は立ち上がった。芝生を回り込み、アスカの正面にたつ。

 

「なにごとも練習、ですよね! 水無灯里、歌います! よろしくご審査のほど、お願い致します!」

 

「ラジャー!」

 

 親指を立てた拳を突き出す、任せろのサイン。

 

「……その、ラジャーってなんですか?」

 

「SUPERGUTSの『了解』っていう合図さ。では歌っていただきましょう、ミズナシ・アカリさんで! ……えー、どうぞ!!」

 

 灯里はつとめて気を落ち着かせ、大きく深呼吸。

 この大好きな星と街と、この場所に積み重なってきた先輩たちの夢と汗と努力、そして希望のエネルギーをもらう。

 

 集めたエネルギーを、体内に充実させる瞬間。

 灯里のなかに渦巻き輝き、心の中にあふれる大切な想いが口を突いて出るのに任せて。

 

 灯里は口ずさむように謳った。

 

 この星で見つけた時間と季節の、雨と虹の歌。

 この街のあたたかな優しさを込めた、秘密のメロディーに乗せて。

 

 愛するアクアを、ネオ・ヴェネツィアをアスカがもっと好きになるように。素敵なこの星をもっと素敵に思えるように。灯里が思うのと同じくらい、この街を想えるように。

 アスカの未来への想いが少しでも長く、強く前向きになるように。この平和な星を胸のなかに刻み込めるように。

 そして、愛するみんなにも届かせるように。

 

 それは、歌としてはアテナ・グローリィの圧倒的なものとはとても並べない。アリシア・フローレンスや晃・E・フェラーリのそれにも遠く及ばない。それどころかアリス・キャロルにさえ水を空けられているだろう。

 

 それでもアスカはこの歌を、この光景を忘れない。

 

 夕陽と夕闇の狭間……流れる時の区切りの色のネオ・ヴェネツィアを背負い、アスカに想いを届けるその妖精は、この世界に迎える新時代(ネオフロンティア)

 

 火星色の――アクアという星に瞬く黄昏色の光を全身から放つように謳う愛し子は、この世界に現れた新しい光そのものだった。

 

 

(この星は俺たちの守備を超えた星。俺たちの夢を超えた、()()()()()()か)

 

 

 このウルトラの(超えていく)星を、自分が生きる時代で確かに信じられたとき。そのとき初めて、本当の平和がこの世界に訪れると心から信じられる。

 

 鮮やかな確信が胸の中心に青く刻まれるのをアスカは感じていた。

 

 その、遥かなる蒼い(アクアマリンの)旋律のなかで。

 

 

 

 

 

「ぱむぱむっ。ぱむぱむっ」

 

 灯里の謳の余韻が疾風(かぜ)になったとき、ハネジローが目を覚ました。

 飛翔する小さな背中を挟んで、灯里とアスカは視線を交わした。

 

 ()()()()が来た。

 

 一瞬、名残惜しげな色をアスカの瞳にみた気がしたが……やがてアスカは、宙を舞うハネジローと地を進むアリア社長について歩き出した。

 

 丸一日、ネオ・ヴェネツィアの水路を渡った旅の最後が陸路というのは奇妙な気分だった。アリア社長に誘われるように歩くこの道行きこそが、ネオ・ヴェネツィアがアスカに告げる別れの挨拶のようで……なぜか、切ない気持ち。

 

 子猫のように肩をすくめて、黄昏の夕陽のなかをただ歩く。

 アクアの色と火星の色を混ぜ合わせた海の色が、二つの時間の混ざる時を教えているような。

 

 やがて旅路は終わりを迎えた。

 

 アリア社長とハネジローが、一際小高いところに立つ風車の前で待っていた。

 風車の中に入るための扉が少しだけ開いている。

 

 その先に何があるのか、灯里はわかった。

 

「……ほんとにお前が連れて来て、お前が連れて帰ってくれるんだな。ハネジロー」

 

「ぱぁむぅ」

 

 アスカを先導するように、ハネジローは扉の中に滑り込んでいく。

 アスカは灯里に振り返った。

 

「これ、持って帰っていいと思うか?」

 

 その手には紙袋。

 今日、灯里と過ごした証があった。

 

 アリスからもらったアテナのCD。

 舟から落っこちて、灯里の舟で乾かしてもまだ湿っぽい、アスカの私服。

 晃からもらったネオ・ヴェネツィア観光ガイドブック。

 郵便屋のおじさんからもらった便箋と封筒。

 ネオ・ヴェネツィアの模型を作っているおじさんからもらった失敗作の歪んだ模型。

 本屋のおばさんからもらった落丁のある月刊ウンディーネ。

 

 今アスカが着ている服も、藍華に奢ってもらった(給料から天引きなので結果的にそういうことになる)ものだ。

 

 それはアスカにとって、未来の証明となるもの。

 それを見て読んで聞くだけで、アスカは思い出せるだろう。

 灯里とともに見た、キラキラ輝いて眩しいばかりの未来を。

 はるかに続いていく明日を愛しく思える、胸一杯ではおさまりきらないかけがえのないものを。

 

 だがそれはタイムパラドックスを招くかもしれない。アスカがこれを持っていったがために、この輝く未来が消えてしまうかもしれない。

 

 そう危惧するアスカに、灯里はなんでもないように言った。

 

「ダメなら、彼がそう言うと思います。彼に聞いてみてください」

 

 彼?とアスカが聞き返したとき。

 

 ぎぎぎ、と扉が開き――

 

 ――黄金色に光輝く大理石の小回廊と階段。

 

 ――見渡す限りの猫、猫、猫。そのアクアマリンの瞳。

 

 ――そして灯里の身の丈の倍はあろうかという、二足歩行でチョッキとタイと紳士帽を身に着けた巨大猫。

 

 あんぐりと口を開けるアスカとその後ろの灯里に、巨大猫は紳士の礼をとった。

 灯里は嬉しげに、

 

猫妖精(ケット・シー)さん、こんばんは。……きっと今日は、会えると思ってました」

 

 と、頭を下げる。

 

 彼が現れると分かりきっていたような、というか慣れ親しんだ灯里の様子に、アスカはますます顎を落とした。

 

「……猫の王様……っていうかどう見ても中型怪じゅ」

 

 失礼千万を呟きかけたアスカに、ケットシーの背後から飛び出してきたハネジローが頭突きをかます。

 

 ケットシーは道を空けると、扉の中に誘う仕種をする。

 と同時にアリア社長が灯里とアスカの間に入り、灯里に背を向けた。

 

「やっぱり、私はダメなんですね」

 

 アリア社長の背中とケットシーに寂しげに呟いたあと、灯里はアスカに向き直った。

 

「アスカさん、私がご一緒できるのはここまでみたいです。一日、お疲れさまでした。

 

 ――ネオ・ヴェネツィアを、満喫していただけましたか?」

 

 灯里の真剣な眼差しがアスカに注がれる。

 一瞬目を丸くしたアスカは、わざとらしく腰に手をやり宙を仰ぐ。

 

「そうだなぁ。臨時指導員から言わせると……」

 

 灯里の顔に緊張が走り、ぎゅっと制服を握る。

 

「話しは面白かったし、観光案内も丁寧だったし、舟謳も響いた。操縦は安定してたけど、途中遅くなったり他の舟にぶつかって俺を落っことしたりしたよな」

 

 指折り数えて、アスカは。

 

「……でも。

 

 凄く、楽しかった」

 

 アスカは、太陽のように笑った。

 

「最高の休暇だったぜ! きっと灯里ちゃんはいいプリマになれる。なにせ、このアスカ様を満足させたからな!」

 

 灯里もいつものように、花が開くように笑った。

 どうやら灯里は果たせたのだ。水先案内人として、そしてアクアに住むものとして。アスカに、ネオフロンティアの人に示すべきものを示せたのだと思った。

 そんな灯里に、アスカは言った。

 

「だから必ず飛ばせよ、最高のホームラン。開拓基地から回ってきた打順なんだ。君の夢っていうバットの芯で捉えて、場外までかっとばしてやれ! ……応援、してるぜ」

 

 そしてアスカは光を放つ風車に向かった。

 その扉の先にあるのは、()()踏み込んではいけない世界。

 だから

 

「そのために俺たちは、守ってみせるさ……!」

 

 アスカは胸に手をやると、茶色く透き通った鉱石のようなものを取り出し、握りしめた。

 そして。

 

 

 

「ダイナァァ―――――ッ!!」

 

 

 

 握り込んだ腕を空へ掲げると、その鉱石――『リーフラッシャー』が夕闇を稲妻のように貫く光を放つ。

 あまりの眩さにとっさに手をかざして目を庇う灯里。一方、猫ながら単なる猫目にはならない火星猫アリア社長とケットシーは、そのアクアマリンの瞳のなかに全てを捉えていた。

 

 吹き出すような白い光に包まれたアスカの体が、光のなかへ溶けるように消えていく。やがて渦巻く光の中心から、雄々しく片手をあげて立ち上がるように新たな人型が現れる。

 

 強烈な輝きが収まり、灯里が目を開いたときそこにいたのは。

 

 赤と青と銀の体に金のライン。雄々しく尖った頭頂と、額に輝くクリスタル。白く輝く瞳と、青く煌めく胸の宝玉(アクアマリン)

 

 新たな挑戦の(ネオフロンティア)時代に迎えた新たな脅威に立ち向かう、新たなる光。

 

 生きようとする人々に降り注ぐ、火星に起きた最初の奇跡。

 

 情熱の爆発(ダイナマイト)

 

 夢への積極性(ダイナミック)

 

 未来への力を産むもの(ダイナモ)

 

 その名は、

 

 

 

「ウルトラマン……ダイナ……」

 

 

 

 300年前に人々を守り、去っていった英雄が、灯里の目の前にいたのだった。

 

「アスカ……さん……?」

 

 等身大サイズのダイナがその声に応え肩越しに振り返ったことで、灯里は確信した。

 

 ダイナは、灯里に悠然と頷いてみせた。

 

 そして光を放つ扉へと向き直り、猫の世界――過去と未来を結ぶ世界へ歩んでいく。人では踏み込めない世界へ踏み込む、人を超えた者(ウルトラマン)

 ケットシーははっきりとダイナに最敬礼をとり、道を空けた。

 

 アスカは帰っていく。

 

 灯里の胸にかけがえないものを残して。

 

 はるかに続いていく明日へ。この夕闇を越えた夜の先へ。抱き締めるような、新しい日溜まりの朝へ。

 

 そのとき頬をこぼれ落ちた一粒の涙が、灯里の叫びに変わったのかもしれない。

 

「アスカさん!!」

 

 ダイナはぴくりと足を止めた。

 

「また、いらしてください! そしてぜひ、またネオ・ヴェネツィアを観てください! 今度は姫屋でも、オレンジぷらねっとでも!」

 

 ダイナはゆっくりと振り返り、星を散りばめたような光の眼差しで灯里を捉えた。

 

「そのときご案内するのは、アリシアさんや晃さんやアテナさんかもしれませんし、プリマになった私やアリスちゃんや藍華ちゃんかもしれません。もしかしたら私の次のバッター……弟子の水先案内人しれません。けれど、」

 

 ダイナの顔は、いつも変わらない。アスカの表情が、わからない。

 

「あなたたちの夢を受け継ぐ私たちが、ネオ・ヴェネツィアを、アクアを、もっともっとご案内します! だから!」

 

 だからこそ灯里は精一杯の笑顔で言った。

 

「また、素敵な時間を、ご一緒しましょう!」

 

 夕闇深まるなかでダイナの瞳と胸の宝玉の煌めきと、その背後の光あふれる空間が灯里を照らし出す。

 なぜこんなに自分の胸がいっぱいなのかわからなかった。会うべきでなかったものが会い、会わざるべき本来のかたちに帰っていくだけなのに。

 あるいはダイナの顔が硬質だからかもしれない。アスカが二度と会えないところへ行こうとしていることと、表情豊かだったアスカの顔がダイナの顔のかたちに固まってしまったこととが合わさって、灯里の心を揺るがしているのかも知れない。

 

 しばし、ダイナと灯里は見つめあっていた。

 

 やがて、

 

『ラジャー!』

 

 脳裏に響いた声は、思い出したものか、ダイナのテレパシーか。

 ダイナは――アスカは、サムズアップをしていた。

 

 親指を立てた拳を突き出す、任せろのサイン。

 

 灯里は感極まるあまり今にも倒れそうな体を、水先案内人の矜持にかけて堪え、頭を深々と下げた。

 

「ありがとう、ございました!」

 

 一日、一緒に過ごしてくれて。

 

 『ARIAカンパニー』を御利用いただいて。

 

 ネオ・ヴェネツィアを認めてくれて。

 

 アクアを、守ってくれて。

 

 

 

 下へ向いた視界のなかで、足元を照らす光が徐々に大きくなる。

 然る後、逆再生のように小さくなってしまう。

 

 そう、帰るべき場所へと光が消えていく。

 灯里はまるで見ているかのように、この宇宙から再び去っていくダイナの背中を感じている。

 

 

 やがて扉が閉じる音とともに、あたりは夜の闇に包まれた。

 水路の脇に立っていた外灯の灯りはこの奥まった場所には頼りなく、むしろ不気味さを後押しするようだ。

 

 でも。

 

 灯里は顔をあげた。

 

 なにも怖くはない。光は消えたりしない。

 後ろからすこしだけ照らされるものこそ、先人たちの灯してきた光なのだから。

 悠久を受け継がれてきた光がそこに。そして今、灯里たちの中に。それは、遠く続く未来へと向かうもの。

 

 だから、受け継いだものに、今あるものを継ぎ足して。

 灯里たち自身が照らす光で、その未来を創り出していこう。

 

 

 アリア社長が、ぷいにゅうと鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その夜、もう寝ようとしてた頃に()()()()()()()()()()()きました。

 実はお昼に私たちが追いかけてたハネジローくんと、藍華ちゃんの舟に朝からずっと乗ってたハネジローくんは別の子で、私たちが追いかけてた方のハネジローくんはアスカさんのハネジローくんの子孫だったみたいです』

 

 ARIAカンパニーの三階の見習い用宿泊部屋に下宿している灯里は、ベッドで寝入っていた。

 

「パムゥ……パム……」

 

「ぷぅいにゅ……ぷぅいちゅ」

 

 灯里のベッドではアリア社長と、ハネジローそっくりの彼の子孫が寝ている。

 

『ハネジローくんの子孫は固い箱を持っていました。その箱のSUPERGUTSのエンブレムを押したら、中からたくさんの手紙とSUPERGUTSのみなさんのサインボールが。』

 

 ベッドサイドの机には金属の箱と、小山のようになった手紙が開いて散らばっている。

 箱の中には、ところ狭しとサインの書き込まれた硬式野球ボールが月明かりに照らされて見える。

 ひっくり返して全体を確認すれば、漢字仮名書体や流れ字続け字など様々に書かれたサインが、

 

 アスカ・シン

 ヒビキ・ゴウスケ

 コウダ・トシユキ

 カリヤ・コウヘイ

 ナカジマ・ツトム

 ユミムラ・リョウ

 ミドリカワ・マイ

 フカミ・コウキ

 ミヤタ・セイジ

 シイナ・サエコ

 ゴンドウ・キハチ

 

 と読めるはずだ。

 勿論、その名前のなかの4つはSUPERGUTSのメンバーではないなんて灯里は知らないけれど。

 

『その中の一つは今日、郵便屋のおじさんがアスカさんにあげた封筒と便箋……アスカさんからの手紙でした。そこにはお代の代わりにこのサインボールを使ってくれって書いてあって。勿論、そんなことしません。大切に飾っておきます。』

 

 開かれたなかで一番しわしわな手紙には、一番読みにくいけれど元気な字で、こう書かれている。

 

【よっ、灯里ちゃん。アスカです。

 これを君が読んでるのなら、俺たちの夢は、やっぱりちゃんと君に届くってことなんだな。

 

 ネオ・ヴェネツィア観光、改めて楽しかったよ。今でもあの水路や希望の丘を夢にみるくらいだ。本当にありがとう。思い出すだけでじゃがバターやくるみパンやピザが食べたくなってきて参るぜ。

 時々、俺がアクアに行った理由ってやつを考えることがある。最初は未来を見たり聞いたりして戦う理由をもっとはっきりさせるため、とか難しいことを考えてた。けど、最近は、単に火星が俺にいい休暇をくれただけなんじゃないかって思ったりするんだ。それくらい、ストレートに楽しかった。

 

 仲間たちには最初は内緒にしときたかったんだけど、あっさりバレちまった。

 帰ったあと、俺は定時連絡を一日無視して失踪してたことになってて、隊長にどやされてたんだ。その間に勝手にマイがアテナさんのCDを聞いてて、あれよあれよという間に、ネオ・ヴェネツィアでもらった服の繊維の遺伝情報がこの時代には存在しないこととか、俺が休暇の一日、太陽系にいなかったこととかがバレちまった。GUTSの先輩が作ったアカシックレコードっていう検索システムはヤバイぜ。

 宇宙人の化けた偽者かもとか疑われたから仕方なく説明したら、却ってこってりしぼられて、俺しか知らないことを色々と聞かれて、やっと信じてもらえたと思ったら今度はSUPERGUTSの隊員が年下の女の子にタダ乗りさせてもらった上に散々奢ってもらうとは何事だ!ってまたどやされた。トホホ。

 

 それでお代だけでもなんとかタイムカプセルにして払えないかってなったんだけど、物価とか相場とかがわからないから、フカミ総監の提案で俺たち全員のサインボールを送ることにした。これなら300年後には高い価値が出るらしい。

 火星にタイムカプセルを埋める方法を色々考えたけど、結局水に沈むんじゃどうしようもないから、俺の子孫に渡していくことにした。人間の夢っていうバットと一緒にこのボールを受け継いでいけば、最後には君に届くと思う。そう信じて、この手紙を書いてる。

 

 多分、子孫越しになるけど、また会おうぜ!

 

     SUPERGUTS隊員(エース) アスカ・シン】

 

『アスカさん……ウルトラマンダイナは遠くの宇宙に去っていったって勉強したけど、本当はブラックホールに飲み込まれてしまったらしいです。それから15年後に、SUPERGUTS隊員のみなさんが無事を確認したそうだけど、本当は私、どうしたらよかったのかな……』

 

 アスカ・シンの手紙の横に開かれていたのは、和紙に墨で書かれた、やたらと厳つい手紙である。

 

【前略。

 

 お初にお目にかかります。私はTPC総監、ヒビキ・ゴウスケと申します。

 この手紙は、ミズナシ・アカリさんが読んでいると思い、書いています。

 その節は、部下のアスカ・シンが大変、お世話になりました。何分無鉄砲で考えなしですから、ご迷惑をお掛けしたことでしょう。ことに、タダ乗りなんぞもってのほかとよく灸を据えておきました。

 また、未来に関する明るい情報を、あなたが緊張と使命感に負けず、しっかりとアスカに与えてくれたことは、感謝の念に堪えません。おかげさまで私どもは、より一層高い意識のもと、職務に邁進できます。

 アスカはあれ以来、以前にも増して元気になっており、端から見てもそれはそれはいい休暇だったのだと分かりました。あなたは如何お過ごしでしょうか。奴との出会いがあなたにとってよい経験となり、あなたの夢に花を添えていることを願います。

 

 さて、我々がきちんと記録を残し、後世の歴史家がそれをしっかりと読み取ってくれていれば、アスカ・シンがウルトラマンダイナだと、あなたには伝わっているはずです。もし、アスカがもっと遠くの宇宙に迷子になった先行したことまで伝わっていれば、それは事実だと申し上げておきます。先日、その無事を確認いたしましたが、子孫を作って手紙とボールを託す前にアスカがこの宇宙にいなくなってしまったこともまた、事実であります。

 このサインボールと手紙は、彼の私室から私が発見したものです。あえてTPCの保管庫ではなく、人の手を介することを選んだ彼の意思を汲み、私が娘に託すことにしました。

 必ずや、私のこの血が責任をもって、あなたの手元に届かせてみせましょう。お任せください!

 

 それでは、あなたの健康とますますのご活躍を祈って。

 

 敬具

 

 西暦2035年7月6日

   TPC総監・元SUPERGUTS隊長 ヒビキ・ゴウスケ】

 

 その手紙を守っていた包み紙には、やはり力強い墨の筆致で宛名の代わりにこう書かれている。

 

  未来のすべての後輩たちへ

 

     夢を信じられる限り、光はそこにある

 

『ヒビキさんのあとは、娘さん、お孫さんまで続いたあと、その従兄さん、その息子さん、その上司さん、そのあともずっと続いて。最後の“友人”からのメッセージは、お手紙じゃなくてハネジローくんの子孫のおでこからホログラムで再生されてびっくりしました。』

 

 寝ぼけたアリア社長がハネジローの子孫の額を小突くと、デスクに散らばる手紙の山の上に半透明な映像が投影され、異星人の姿が浮かび上がった。

 青年の声が聞こえ、灯里は跳ね起きて、ぼんやりとそれを見つめた。

 

【私は、ファビラス星人。名はアルマンだ。

 このメッセージは人間・ミズナシ・アカリに伝わっているだろうか? 我々の先祖が君たちの先祖と友情を誓い、平和の守護神ムーキットの導きにより新たな希望を獲得した記念すべきあの年より280年以上が経った。

 数年前、私個人の友に託された約束の時がやってきた。アスカ・シンから受け継がれてきたこの箱を、ついに届けるべき人へ届ける時が来たようだ。そこで私は地球人とファビラス星人を結んだ初代ムーキット・ハネジローに験を担ぎ、その直系の13代目ハネジローにこれを託すこととした。

 この箱には少し私が手を加え、13代目ハネジローが君とアスカ・シンを見止めるとロックが解除され、その上でSUPERGUTSの紋様を押し込むことで開く構造にした。君がこのメッセージを受け取り、ここに積み重なった夢と歴史を正しく受け止めてくれることを切に願う。

 

 この箱に名を連ねた者たちのなかで、歴史に名を残し、顔と名前が後生にまで伝わっているのはアスカ・シンとヒビキ・ゴウスケくらいだろう。だからこそ、顔も知らない先人から顔も知らない君へと繋げるこの打順が、誰一人の例外さえもなく続けてこられたことに胸を打たれる。そして私に最も重要な役割が、つまり君へバッターボックスを空け渡す役割が託されたことが、この上もなく誇らしい。

 ありがとう、ミズナシ・アカリ。きっと、このボールにメッセージを添えてきた私たちは皆、君という未来とアスカ・シンという過去に結ばれた絆の光の中に立ち、満たされ、支えられてきた。健やかな日にもいつか迷う日にも、この輝きが道を、夢を照らし出してくれていた。さながらこの箱は、時を超えた心の光の遺産なのだ。

 そしてどうか君もまた、誰かに光の打順を託す者であってほしいと私も願っている。

 

 さて、その箱が開くと光波が発信される。我々がそれをキャッチし13代目ハネジローを迎えにいく手はずとなっているが、それには恐らく一週間はかかる。その間あなたに彼を預かっておいてほしい。好き嫌いと人見知りは激しいが、いい子だ――】

 

 そこで13代目ハネジローが寝返りをうって額がベッドに隠れてしまい、メッセージの再生が止まってしまった。

 灯里は目を擦ると、月を見上げた。

 

『そうやって、私にこのサインボールと手紙が届きました。

 

 ねえ、アイちゃん? 想いは、時を越えるって話をしたでしょう? でもそれは、ただ越えるだけじゃないんだよ。

 

 それは数えきれないほどの人の手に受け継がれて、ゆっくりと時を越えていくの。

 火星がアクアに受け継がれるように。

 アクアの季節が受け継がれるように。

 私がアガサさんの手紙を受け継いで、届けたように。

 ARIAカンパニーが、グランマからアリシアさんに受け継がれるように。

 そしていつか、私が受け継ぐように。

 

 私たちはみんな、人の想いっていう光を継ぐ者なんだ』

 

 

 

 再び枕に伏した灯里を、『ARIAカンパニー』を、月明かりが照らされている。

 

 水面に写る白く丸い月の像は、まるで光の巨人の輝く瞳。ウルトラの光に似て。

 

 あたかも、ネオフロンティアから世代を越えて人々の心に宿り、その未来を見守り支える夢への熱い心(ネオフロンティア・スピリッツ)そのもののように。

 

 

 

『わぁ、灯里さん、そのサインボール、素敵。

 

 夢や想いや希望がぐるぐる回って時代を越えるのは、みんなが順々に受け継いで次に進めていくからなんだね。

 

 私、なんだかウルトラマンダイナはもう一回アクアに来てくれるような気がするよ。

 灯里さんが教えてくれる素敵は全部、もう一回見てみたい、聞いてみたいって思っちゃうもの。

 

 そのときアスカさんにネオ・ヴェネツィアを案内するのは、灯里さんの次のバッターさんかもしれないね。

 どんな人なのかなぁ』

 

 

 

 光は、アクアを照らし続けている。

 

 

 

  A.D.2301. inherited A.D.2017.

 




♪ エンディングテーマ『夏待ち』 ~

























以上を余韻といたしまして、ウルトラマンダイナとARIAのキワモノクロスオーバーをお送りいたしました。

なおエンディングテーマは『Rainbow』か『SHININ' ON LOVE』でも可。

さて、火星開拓、夢、継ぐ者、"ア"スカ・シン、だけで発想したものですが、いかがでしたでしょうか。

正直、ウルトラマン以外ではBlu-rayほしいと思ったのは初めてってくらいハマったARIA。
時系列的にはThe NATURALの藍華断髪前くらいを想定してますが、どうでしょうね。もうちょっと灯里が未熟な頃の方がいいかな?
一話前書きはアニメのアバントークのつもりだったのですが、今見るとちょっと寒いので下げました。一番下に載せておきます。

あらすじの通り、両作は継承の物語(のはず)。
灯里はアクアを舞台に様々な想いを繋ぎ、アリシアのオールとゴンドラをも継いで、アイに継がせていく。
アスカは火星を舞台に光を継ぐ者となり、父の挑戦を継ぎ、最後には自身が人の目指す明日の光となる。
両作を直列に並べれば、そういう継承のストーリーとして響き合っているように思えました。

ちなみに、アクアを守るヒーローになる!とか言ってた時代の暁はSUPERGUTS・Aquaに入るのが夢だったとか、サン・ミケーレの黒い噂の君の正体はキリエルの神に生け贄を捧げるキリエロイドIIIだったとか、そういうネタも考えてましたがお蔵入りに。
あとヒビキ隊長は名前が"あ"じゃないのに手紙まで出てきましたけど、異名が「TPCの荒鷲("ア"ラワシ)」なのでセーフということで(いや別にARIAだって必ず例外なく"あ"じゃないといけないってわけでもないですけども)。

では、またどこかで。




↓アニメ冒頭のアバントークのつもりだったもの↓

藍華 「水先案内人たる者、アクアの歴史には詳しくないとね!」
灯里 「私、歴史、好きだよ。それを勉強すると、大昔の人とも時間を越えて出会えるような気がして」
藍華 「はぁい早速、恥ずかしい台詞、禁止ー」
灯里 「えー」
アリス「でも、灯里先輩は、この星がアクアって呼ばれるようになってからのことばかり勉強してる気がします。例えばネオフロンティア時代とか、知ってますか?」
灯里 「ほへ?」
藍華 「その頃はこの星を火星って呼んでたのよね」
アリス「水の星の前が火の星だなんて、でっかい不思議です」
灯里 「きっと、新天地を目指して宇宙に飛び出した人たちの熱い情熱が、火みたいにこの星を覆ってたんだよ」
藍華 「またまた恥ずかしい台詞、禁止ー!」
灯里 「えーー!」

???「ちゃんと勉強してれば、俺のこともすぐ分かるはずだぜ!」

三人 「「「……どなた!?」」」


オープニングテーマ『ユーフォリア』

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