夏とはいえ高原の夜は少し肌寒く感じるものだ。
先程まで騒いでいた小学生達も既に就寝時刻になり良い子は寝ているはずだ。
まぁ、大抵の小学生は夜通し喋りあってるだろうが。
「大丈夫、かな・・・。」
唐突に由比ヶ浜が口を開く。
まぁこいつは口から産まれたと言っても通じるのではないかと思うほどのおしゃべりだ。
口など四六時中開いている。
ただこいつが少し目を伏せながら言うということはあまり明るい話ではないのだろう。
カレーはゴロゴロした野菜の入っているシティー派カレーよりも野菜がドロドロに溶けた田舎派カレーの方がいい、などとどうでもいい話ではなさそうだ。
ま、おおよその予想はつくが。
「ふむ、なにか心配事かね?」
平塚先生は問う。
白々しいにも程がある。
この人は、その人とその人を取り巻く人間関係に関しては敏感だ。
気付いてないはずがない。
「ちょっと孤立してる子がいて・・・。」
「ねー、可愛そうだよねー。」
平塚先生の問に葉山が答え三浦が相槌を打つ。
ちょっと孤立って・・・孤立にちょっとも凄いもあるの?
無人島は人が居ないから無人島だ。
人が1人でもいたら無人でなくなる。
孤立も一緒だ。
周りに1人でもいてくれる奴がいたらそれは孤立なんかじゃない。
平塚先生がちょっと独身なんで言ってるとこ聞いたことない。
独身に変わりはない。
「それで、君たちはどうしたい?」
俺の心の声が聞こえたのか心做しか俺のことを睨みながら話してる気がする。
その証拠と言ってはなんだが語調がだんだん強くなってる。
恐らく、これは俺が答えないといけないやつ、なのかもしれない。
「どうと言われても何も出来ないんですが・・・。」
「ほう、まさか君が最初に答えるとは、成長したな。関心関心。」
・・・あんたの目が怖かったからなんて口が裂けてもいえねーよな。
「それで、なぜ無理なんだ?君なら実行に移さないにしても案の一つや二つぐらい出るだろ。」
「俺はそんなに高スペックじゃないんですけど。」
俺は変な期待をされていたせいなのか、自分でも分からないイライラにかられる。
確かに案はある・・・が、実行に移すとなれば話は別だ。
そう簡単に出来ることではない、というのは言い訳になる。
簡単に実行できないのは事実だ。
だがそれともう一つ、俺は今一つの問題を抱えている。
それを解決しないでほかの案件なんか出来るわけがない。
いや、するつもりは毛頭ない。
「俺は・・・やっぱり放っておけない。俺は可能な範囲でなんとかしてあげたいです。」
急に葉山が参戦し始めた。
つーかこんなのに自分からのってくるって、バカか?
それともかなりの自信家か。
「あなたには無理よ。そうだったでしょ?」
おいおい、雪ノ下も口出すのかよ。
こいつ大人数の時は自分から前に出ないのに少人数になったらグイグイ行くな。
「そう、だったかもね。でも、今は違う。」
「どうかしらね。」
もうやめて・・・。
かたや学校一のイケメン。
かたや学校一の美少女。
その二つが仲いいなんて所詮はドラマやアニメ、漫画、小説ぐらいだ。
いや、俺も信じてたんだよ?
現実でもイケメンと美少女は仲がいいって。
でもね、ここでその幻想が打ち砕かれたわけよ。
押しの弱い男、押しの強すぎる女。
やっぱ人間って外見より中身なのかな〜。
「やれやれ・・・。雪ノ下、君は?」
平塚先生もこの二人のやりとりに呆れてるのかため息をついた。
「一つ確認しますが、これは奉仕部の合宿も兼ねてるとおっしゃいましたが彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」
「ふむ、そうだな・・・。この林間学校のボランティアは奉仕部の、部活動の一環としてるわけだしな、原則から言うと・・・アリ、だな。」
「わかりました。では私は彼女が助けを求めるならあらゆる手段をもって解決に務めます。」
助けね・・・。
ああいう気の強そうな女は助けを求めない。
断言はできないが、そう思う。
なら助けを必要としてないかと聞かれたらそれも違うだろう。
目は口ほどにものを言う。
あいつの目からは助けを求めてはなかった。
ただ、目を見なくても体で伝わる現状の不満感。
こいつは自分をどうにかしてほしいというより、自分の周りをどうにかして欲しいと言うのが正しいのかもしれない。
ま、所詮は俺の推測だけどね。
「で、助けは求められてるのかね。」
「それは・・・わかりません。」
わからない、それは答えを曖昧にさせる。
そして、その本人の思考も。
わからないというのは自分の考えがゴールにたどり着かなかったからこその結果だ。
つまりこいつはアイツが、鶴見が何をどのようにして欲しいのかわからないでいる。
当然だ。
上から見下して省かれてる人間と上にいて下に落とされた人間の気持ちなど到底理解できない。
こいつは自分を変えない。
だから周りを自分に合わせるようにしようとした。
それに対して鶴見は自分を変えない。
周りも変えない、変えようとしない。
理由は簡単だ。
変える必要が無いからだ。
鶴見は以前は仲のいい奴らもいたと言っていた。
だが何もしてないのに省かれた。
つまり自分も周りの環境も何一つ変わってはいないということだ。
なら今のままで待ってればまた上にあがれる、そう信じているのだろう。
ま、触らぬ神に祟りなしってわけだな。
「・・・ゆきのん。あの子さ、言いたくても言えないんじゃないかな。」
「どういうことかしら、由比ヶ浜さん。」
・・・な〜に余計なこと言っちゃうのかなこのビッチがー!
このままいけば何事もなく解散出来てたかもしれないのに。
尻軽女は口だけじゃなく頭も軽いのかよ。
終わった・・・雪ノ下も食いついてるし。
「留美ちゃん言ってたじゃん。自分も同じことしたって。だから自分だけ助けてもらうのが許せないんじゃないのかな。話し掛けたくても、仲良くしたくてもそうできない環境もあるんだよ。」
なんでそこまでアイツのこと考えれてるのに肝心なところがわかんないんだよ・・・。
あれだ、数学で答えはわかったのに最後の最後で単位がわからなくなるってのと同じだ。
それに、おしいと言ってもハズレはハズレだ。
自分で言ったこと振り返れよ。
言ってたろ、自分だけ許せないって。
ならなおさらだ。
頼まれてもいないのに助けたらアイツの覚悟がズタズタだ。
人をどう思うか、またどう捉えるかなんて人それぞれだ。
それでも自分の考えが常に正しいというのは間違ってる。
自分の言葉に対象を無理やり重ねようとしてはならない。
それは姿形は一緒だが全くの別人になる。
由比ヶ浜の中の鶴見は一体どんな鶴見なんだか。
「よし、では集計をとるぞ。雪ノ下の考えに反対のものはいるか?」
反対のもの?
そんなの・・・
「・・・まさか君が手をあげるとはな、比企谷。」
俺に決まってるだろ。
「理由を聞いてもいいか?」
「鶴見は自分なりの覚悟を持っている。前に自分がやったようにそれが自分に降り注ぐことを。それに、仮に助けたとしてもそれが本当にアイツの助けになるかもわからない。それぐらいここにいる全員理解してるだろ?」
俺たちが鶴見を助けて鶴見が助かる。
これはただの理想論だ。
結果はいつも残酷だ。
良かれと思って行動したことは大半が裏目に出る。
それが現実だ。
人間はいつだって現実にぶつかってる。
鶴見の今の現状もそうだ。
鶴見の前にいじめられてた奴もそうだ。
ただ今回は鶴見には身近ではない高校生がいる。
そしてその高校生達が鶴見を救おうと、どれだけ本気の奴がいるか知らないが立ち上がってる者がいるのもまた現実だ。
だが、あいつを助けるかどうかはまだ未来の話だ。
なら、まだ起きていないことなら未然に防ぐことができる。
最悪の未来を回避できる。
以前迅さんが言っていた言葉だ。
『俺は常にみんなを助けれるわけじゃない。だけどみんなにとって嫌なことは未然に防ぐことが出来る。まぁ、大規模侵攻は防げなかったんだけどね。』
なんて言ってた気がしなくもない。
まぁ結果から言って俺も未来にどんなことが起こるかわかるならそれをできる限りいい方に持っていきたい。
それは誰もがそう思うだろう。
ま、ここにいるヤツらのうち何人が理解出来てるかわからんが。
「つーわけで辺りも暗くなったし俺はお暇させて頂きます。・・・操、小町こっちに来てくれ。」
俺は2人を呼び出し街灯に向かって歩き出した。
さて、俺も最悪の未来を防ぐために最善を尽くしますか。
次回、小町は納得するのでしょうか