中間試験も終わり、いつも通りの平日。
代休などではない限り本来であれば学校にいる。
だが俺が今いるのは学校ではない。
周りには見慣れた風景。
学校以上に入り浸ってる空間。
そう、ここはボーダー本部。
今日はおそらく、皆の待ちに待った職場見学の日。
周りには2年生のほぼ全員が、それぞれ班ごとに整列している。
先生達が呼びかけても静まらない。
そんなに楽しみならボーダーに入れよ。
戦力になるなら歓迎するから。
「八幡。今日、トリガー使わせてもらえるんだって。楽しみだね。」
俺は戸塚のC級の隊服の方が楽しみだな。
「そうだな。俺も楽しみだな。ヒキタニくん、コツとかあるかい?君はA級隊員なんだろ?」
こいつなんで俺がA級隊員だってこと知ってんだ?
こいつに言った覚えはないし・・・。
「君の従姉妹の巻町さんに聞いたんだ。君が彼女の隊長だってことも知ってる。」
あんにゃろ〜、個人情報保護法知らねーのか。
「八幡ってA級隊員の隊長だったの!?すごいなー。」
戸塚が俺のことをキラキラした瞳で見つめる。
知られてよかった!
葉山ナイスだ。
ヒキタニくんなんて言わなかったらコツ教えてやったんだが・・・
「ま、まあ俺はボーダー歴長いからな。そこそこ実力はある。」
俺達が喋っていると、
「きゃー!嵐山さんよー!」
黄色い歓声が次々に聞こえてきた。
「総武高校のみんな、今日はよく来てくれた!君たちの職場見学を案内する嵐山隊隊長、嵐山 准だ!今日はよろしくたのむ!」
嵐山さんが挨拶し終わると静かだった歓声は、再び一気に最高潮にまで上がった。
流石、嵐山さん。
人の前で喋ることに何の躊躇もない。
あの人15歳くらいからテレビに出てるからかなり慣れてるんだよな。
「今日の職場見学の一日の流れを説明する。はじめに、この訓練用のトリガーを起動してもらう。トリガーの数は人数分あるから焦らず、好きなのを取ってくれ。」
嵐山さんがそう言うと壇上の前にいくつかの大きな箱が運ばれてきた。
おい佐鳥 、ウインクしてんじゃねーよ。
木虎と時枝を見ろ、あいつら無表情じゃねーか。
箱を運んできた嵐山隊の3人とスタッフ数人がいなくなると、生徒達はいっせいに走り出した。
おーい、走らなくても無くなんないから。
一つのトリガーに大人数が群がることはないでしょ。
群がっていた生徒達はピラニアのごとくお目当てのものを手に入れたら即座にその場から離れニヤニヤし始める。
おい、やめろ。
なんかエロ本買った高校生みたいな反応だぞ、それ。
俺がのんびりと、そんな光景を眺めてると
「ヒキタニくん、君は取りにいかなくていいのかい?」
「ばーか、俺はもう正隊員だからいらねーんだよ。何をするかわかってるほど、つまらねーもんはねーだろ。」
「はは、そうだね。あ、そうだ。俺、スコーピオンってのを選んだけど、これはどんなトリガーなんだ?」
ふーん、こいつスコーピオンなんか選んだのか。
「これの売りは軽さ、形状を好きに変えることが出来ること、体のどの部分からでも出すことが出来ることだ。あとの説明は嵐山さんたちがするだろ。」
「そうか、ありがとう。」
葉山は女子でも男子でも見とれそうな笑顔で俺に礼を言ってくる。
テメーの笑顔より戸塚の笑顔の方が百倍良いわ。
あれ、戸塚は?
まさかあのピラニア軍団に!?
あんなところにいたら・・・戸塚が・・・戸塚が・・・むさい男どもに食われる。
こんな所でグズグズしてらんねー、今行くぞ戸塚ー!
「あれ?八幡、どうしたの?」
俺が飛び出したと同時に隣に戸塚が現れた。
「い、いや。ちょっとムー大陸の入口が見えて・・・。」
「もー八幡ったら、よくわからないこと言わないでよね!」
「わ、悪ぃ。そ、それはそうと戸塚は何を選んだんだ?」
「僕はバイパーってのを選んだよ。なんかこれだけ数が少なかったけどなんでかなー?」
バイパーか・・・。
ガンナーとして使うならまだしもシューターとして使うとしたらかなり人を選ぶ。
バイパーの弾道は複雑に変化させられることで知られている。
しかし、それは慣れてきた者が出来ることだ。
初めてシューター用のトリガーを使うなら自動追尾があるハウンド、爆発させることの出来るメテオラ、威力の高いアステロイドが妥当だろう。
よりによってこんなに癖の強いトリガーを戸塚が選ぶなんて・・・。
これのせいで戸塚が自信をなくしたらどうすんだ。
「八幡どうしたの?難しい顔して。」
「ん?いや、何でもない。戸塚、バイパーは他のトリガーよりも扱いが難しいんだ。お前が良いなら変えることをおすすめする。」
「そうなんだ・・・、でも僕これにするよ。今日しか体験できないなら少しでも思い出になる方がいいからね。それが失敗したとしても。」
「そうか、なら頑張れよ。それは自分の想像通りに動かすことの出来るトリガーだ。自分の頭で考え続けろ。それがこのトリガーを使うヒントになると思う。」
「ありがとう、八幡。僕、頑張るよ!」
戸塚は手に握ったトリガーを力強く握り笑顔で答えた。
「よし、みんなの元にトリガーが行き渡ったかな。これからボーダーについて軽く説明しておく。まず始めに正隊員になる方法だ。みんな、トリガーを起動してみてくれ。」
嵐山さんの一声で、待ってましたと言わんばかりに『トリガー・オン!』
といっせいにトリガーを起動した。
にしてもみんな仲良しだね〜、声を合わせていうなんて。
どっかでリハーサルでもしたの?
俺聞かされてないんだけど・・・。
「みんな、トリガーを起動したな!それでは説明する!各自、自分の手の甲を見てくれ。そこには1000と書いてあるはずだ。」
嵐山さんは近くの女子生徒を上にあげ、みんなに見えるようにした。
あ、あの女子照れてる。
きっといじめの原因になるかもな。
何かで目立つと必ずと言ってもいいほどそいつを潰したくなるのが集団だ。
出る杭は打たれる、釘を打つのは一人だけとは限らない。
一人で打っても刺さりきらない。
なら、どうするか。
答えは簡単だ。
出てこれないように一人ひとりが順番に打ち続ける。
それが集団社会の、カースト順位のある社会での現実だ。
昔の俺がそうやられたように・・・。
「この数字は自分の現在のポイントを表している。このポイントが4000を超えると正隊員になることが出来る。ポイントの増やし方は2つある。1つ目は、週2回の合同訓練で高成績をだすこと。2つ目は、C級隊員同士で戦いポイントを奪い合うことだ。」
そういえば、このシステム同伴されてからC級隊員の数がかなり減ったんだっけか。
ポイントを手に入れれないやつは自分に自信をなくす。
自分の才能のなさに絶望する。
その結果、辞めていく。
そんなんで辞めるやつは所詮その程度の覚悟だったというわけだ。
「それじゃ、これから実際の入隊試験を体験してもらう!これでいい成績が出たら是非、ボーダーに入ってくれ!」
うおー、やら、きゃー、などのそれぞれの興奮を口にして表す。
地形踏破、隠密行動、探知追跡の順に訓練が着々と終了していく。
その3つ全てに雪ノ下の名が一番上にある。
つまり・・・全てトップということだ。
ホントこいつ何もん?
毎回大型ルーキー出さないと気が済まないの?
前は黒江だし、その前は緑川やら木虎。
そして今回は雪ノ下。
こいつをスカウトするかどうかはこの後の最後の訓練、対近界民戦闘訓練で決まる。
この調子ならスカウトが決まりそうだが。
「それでは今日最後の体験だ!トリガーの使い方は話した通りだ!みんな、頑張ってくれ!」
最後の訓練はクラス毎、出席番号順に行われた。
因みに俺等ボーダー組は抜けている。
やる意味無いし、注目されるし。
俺が後ろの方で眺めていると
「比企谷、お前もやんないのか?」
三輪が話しかけてきた。
「やる訳ねーだろ。時間の無駄だ。」
「お前はあれ、やったことないんだろ?」
「ああ。訓練用トリガーすら起動したことない。」
「なら試しにやってみたらどうだ?あれはあれで訓練になると思うぞ。」
「やだよ。仮にやったとしても大人気ねーだろ。」
「大丈夫だ。既にお前のところのバカがやってる。」
俺のとこのバカね〜。
バカ・・・バカ・・・あ、操か!
あのバカ、何でやってんだよ!
しかも全力で。
ほらタイム見ろよ、0.4秒って・・・。
周りの奴らあんぐりしてるぞ。
あ、こっち来た。
「八幡、結構いいものね、あれ。いつものに比べたら動きにくいから、少しスピードが落ちたわ。」
「アホ、お前がやる意味ねーだろ。何のためにやったんだよ・・・。」
「なによ、別にいーじゃない。楽しそうだったんだし。」
「そうかい。」
もうこいつには何を言っても無駄なのかな・・・。
ノンストップガール。
動き出したら止まらない女、こいつにピッタリだ。
「八幡もやってきなよ。うちのクラスそろそろ終わるから最後にやれば誰も文句言わないわよ。」
俺が文句タラタラなんだが・・・。
まー、何事も経験だし少しC級隊員から見る景色も大事だと思うし、やってみますか。
俺が最後尾に並んでいると
「あら比企谷くん。あなたもこの訓練受けるのかしら?」
「ん?ああ。やったことないしな。」
「確かこの訓練をやらないとボーダーには入隊できないんじゃなかったかしら。あなた、一体どんな手を使ったの?」
「別に最初からこれがあったわけじゃねーよ。俺はお前が思ってるより前に入隊してんだよ。だから初めてなの。」
「そう、なら本気でやりなさい。別にあなたの実力を疑ってる訳では無いのだけれど、こんな身近にA級隊員しかも1位部隊の隊長がいるのが信じられないのよ。」
「別にいーけど、お前じゃ多分見えねーよ。」
「それはどういうことかしら?たしかにあなたの事はあまり見たくないのだけれど・・・。」
「えー・・・、なら話しかけるなよー。」
「いいから私の質問に答えなさい。」
「わかったよ・・・。俺の動きが目で捉えきれないって意味だ。」
「・・・目で?」
「ま、見た方が早いって。見えないと思うけど。」
俺の番になり他のところもほとんど終わり始めてる。
にしても訓練用トリガーなんて初めてだから調子狂ったりしないよね?
あんなに啖呵切っといてミスったら雪ノ下にどんな罵倒されるかわからない。
因みに俺の使ってるのはスコーピオン。
『始め』
という掛け声とともにトリオン兵は倒れた。
む、刺さりが甘いな・・・。
確かにこれはいい訓練になるかもしれん。
動きの制限された訓練用トリガーじゃ、これが限界か。
『記録、0.2』
俺はその場からスコーピオンを投げ、刺した。
まぁ、こんなの慣れれば誰でも出来る。
ホントの実力者ならば1秒きることは当然のことだ。
俺が訓練室から出ると周りはシーンとしてた。
え?なに?そんなに注目しないで・・・。
俺はトリガーを解除しその場から逃げるように離れようとした時
「うぉー!すげー!」
「何したのか全然わからなかった!」
「いつの間に倒したの!?」
などなどあたりは熱狂していた。
え、そんなに凄かった?
何ならもう一回やろうか?
こんなんで興奮されると俺もちょっと嬉しい・・・。
「八幡すごいね!僕、何したのか全然見えなかったよ!」
戸塚が人混みをくぐり抜け俺に話しかける。
「サンキュ、戸塚も初めてバイパーを使った割には凄かったじゃねーか。初めてで、分割してあそこまでバイパーを複雑に動かせるやつなんて早々いねーぞ。しかも記録20秒台だろ?上出来すぎる。」
「えへへ、ありがと。」
戸塚は照れながら礼を言うが、俺は実際驚いている。
こいつは絶対ボーダーに入れるべきだ。
こいつも数少ない・・・天武の才能の。
「そうだ、八幡。八幡ってバイパー使える?」
俺が戸塚のことをまじまじと見ていると、突然聞いてきた。
バイパー・・・か。
「使えるぞ。一応な。」
「ホント!?じゃあさ、八幡やってみてよ。バイパーを使ってる人、僕以外いなくって。」
え、見せるの?
でもほかならぬ戸塚の頼みだし・・・。
戸塚のこんな希望に溢れた瞳から発せられるキラキラからは逃れられんな。
「いいぞ。」
「ホント!?ありがと八幡!」
「別に礼を言われるほどじゃねーよ。・・・綾辻!1回だけ訓練室使わせてくれ!」
俺が大声で言うと、一つの訓練室が起動した。
どうやらオッケーのようだ。
つーか、大声で叫んじゃったから周りの奴らもなんだなんだと集まり始めてきちゃったじゃん。
内部通信にしときゃ良かった・・・
はー、バイパー使うのも久しぶりだな・・・。
『始め!』
「バイパー!」
俺はバイパーを3x3x3に分割し、トリトン兵の弱点である目めがけて放つ。
良かった、まだ・・・リアルタイムで弾引きできるみたいだな。
『記録、1.3』
やっぱり腕がなまってんな。
全盛期なら1秒切ってたかもな。
「八幡すごいね!どうしてあんなに複雑な動きができるの!?」
「そうだな・・・慣れ、かな。」
こればっかりは経験が物を言う。
「ひ、比企谷先輩、オールラウンダーだったんですか!?」
木虎が食いついてくる。
そうだよなー、俺がシューター用のトリガー使えるの知ってるのかなり限られるもんな・・・。
多分1期生なら知ってるとは思うが・・・
「あんた、またシューターとアタッカー兼用するつもり?」
操が突然俺の隣に現れる。
こいつ・・・テレポーター使いやがったな。
「いや・・・俺はもう、アタッカー一筋だ。」
「ふーん、そ。」
俺達が会話してると時間になったらしく周りにいた有象無象の生徒達はまた、始まった場所に戻り始めた。
さて、誰をスカウトすることにするかね・・・。