【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。今回は大々的に趣向を変えて純度100%の、救いようのない鬱展開を執筆してみました。というのも、今まで本気で鬱な話を書いたことのないふぁもにかが果たして上手いこと鬱展開を書けるかどうかのテストをしたくなったのが原因だったりします。

 というわけで、今回ばかりはホントに鬱展開オンリーなので(※あくまで本編のみ)、人によっては気分を害する可能性があります。ゆえに。閲覧する場合は前もって覚悟を決めて、部屋を明るくして、背後に何かがうっすらと見えていないことを確認してから見ることを心から推奨します。



間章 IFストーリー
87.第三章BADENDルート


 

 IF:もしもキンジくん一行がブラドに敗北していたら

 

 具体的には、もしもブラド戦が『キンジ、アリア、りこりんが共闘→何だかんだでキンジくんがプチッとやられる→りこりん戦意喪失→アリア錯乱→アリアとりこりんがブラドに生け捕りにされる』といった感じで終了していたら。

 

 前提条件:シャーロックは徹底した傍観主義者。

 

 

 

 とある路地裏にて。彼は逃げていた。サラリとした茶髪に切れ長の瞳をした見目麗しい彼はヒューヒューと息苦しさが如実によくわかる呼吸とともに、それでも一瞬たりとも止まることなく全力で走っていた。彼はなりふり構わず走っていた。それだけ彼は追い詰められていた。

 

 逃亡中の彼は日本の強襲科(アサルト)Aランクの武偵である。上にSランクとRランクがいるものの、上記2ランクに属する軽く人間離れした超人たちの絶対数の少なさを鑑みると十分に優秀な部類に入るエリート武偵と言えよう。

 

 

 そんな彼こと不知火亮はここの所、東京武偵高にて頻発する連続武偵行方不明事件を追っていた。武偵数人が何の前触れもなく行方知れずとなるといった内容の行方不明事件だったが、当初は大して問題とされていなかった。というのも、武偵なら武偵高を介さない個人的な依頼、それも長期に渡って行われる依頼――例えば潜入調査――を引き受けることは決して珍しいものではなかったからだ。

 

 事態が一気に深刻性を増したのは、遠山キンジ、神崎・H・アリア、峰理子の三人までもが一斉に行方不明となったことがきっかけだった。何か長期に渡る依頼を受けていたわけでもないのに、先の武偵数名と同じようにして忽然と消え去った三人。何か不測の事態が起こったとしても大抵のことは乗り越えてみせるはずの優秀な武偵三人が同時に行方知れずとなったことは東京武偵高の生徒たちに確かな衝撃を与えていた。

 

 それぞれ色々な意味で影響力の凄まじい武偵三人の行方不明という事案を前に、楽観的なものから悲観的なものまで実にさまざまな憶測が飛び交う中。

 

 不知火は神崎千秋や武藤剛気、そして中空知美咲に風魔陽菜とともにキンジたちの行方を追った。キンジたち三人の他にも武偵たち――調べると、そのほとんどが過去の有名人を先祖とする者たちだった――が次々と行方不明となる状況下で、様々なルートを使って調査を続けた。尤も、少し前に発生したばかりの『武偵殺し』の模倣犯による一連の事件との関係性を警戒したために、慎重に慎重を重ねる形でしか調査はできなかったのだが。

 

 そして、調査を開始してから約1ヶ月。依然として行方知れずの武偵たちの足取りはつかめない。しかしその一方で、不知火たちは事件に一枚かんでいそうな怪しい人物を特定できた。

 

 小夜鳴徹。それは東京武偵高で救護科(アンビュラス)の非常勤講師を勤めている男だった。てっきり今回の連続武偵行方不明事件は外部の連中による犯行だと思い込んでいた不知火たち5人にとって、小夜鳴の名が浮上したことはまさに灯台下暗しだったのは想像にたやすい。

 

 そういった経緯の元。不知火と陽菜、神崎千秋の三人はそれぞれ交代しつつ小夜鳴を24時間監視し始めた。いくら小夜鳴が怪しいとはいえ、まだグレーゾーン。決定的な証拠を見つけるまではうかつに襲撃、なんて真似は出来なかったのだ。

 

 

 そして。小夜鳴の監視開始から52時間後。不知火が陽菜と監視の役目を交代しようと陽菜と合流した、まさにその時。唐突に陽菜がハッと目を見開いたかと思うといきなり不知火を左手で突き飛ばしたのだ。

 

 突き飛ばされた不知火が「何しやがる!?」と陽菜に文句を言おうとした時。不知火の目は驚愕に見開かれた。不知火の眼前、そこに薄気味の悪いウサギの仮面をした謎の人物と、その謎の人物の持つ小太刀によって左腕の二の腕から先をバッサリと斬り落とされた陽菜の姿があったからだ。

 

 その後。不知火は謎の人物の隙をついてどうにか陽菜を逃がし、それから自身も迷わず戦略的撤退を選択した。理由は簡単、突如現れた謎の人物と自分との実力差があまりにかけ離れていると直感的に悟ったからだ。しかし。格上相手を不知火は中々撒けず、今に至るというわけである。

 

 

「……」

「ッ!?」

(おいおい、マジかよ!?)

 

 逃げる不知火の進行方向。その先からスッと例の人物が現れる。どうやら相手はあらかじめ不知火の逃走ルートを推測した上で待ち伏せをしていたらしい。

 

「何なんだよ」

「……」

「何なんだよ、テメェ!?」

「……」

 

 不知火は前へ前へと踏み出していた足を止めると、声を荒らげる。心の奥に去来する恐怖を意図的に無視しながら不知火は謎の人物の正体を問い質す。

 

 眼前の謎の人物との問答で時間を稼ぎ、少しでも体力を回復させるために。おそらく連続武偵行方不明事件と関係の深そうな謎の人物から少しでも手がかりを引きずり出すために。

 

 しかし。謎の人物は不知火の問いに何も答えない。何一つ答えないまま、謎の人物は一瞬で不知火との距離を詰めるとスッと不知火の隣を通り過ぎた。

 

「は?」

 

 あまりに自然体に敵に間合いを詰められた不知火。回避行動が間に合わなかったために強力な一撃を覚悟するも、結局自身が攻撃されなかったことについ拍子抜けの声を出す。そして。謎の人物を視界の中に移そうとして振り返り――刹那、不知火の体が真横にズレた。胴体を真っ二つにされた。その事実に当の本人が気づく前に、不知火亮の命は実にあっさりと潰えた。

 

 

「……冥福を、お祈りいたします」

 

 路地裏を真っ赤に染めていく不知火の亡骸を見下ろして、小太刀で不知火の命を刈り取った張本人はここで初めて言葉を放つ。体中に不知火の返り血を浴びた謎の人物。その声は薄気味の悪いウサギの仮面から感じられるイメージとは違い、幼くそして落ち着きのある女の子の声だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 横浜郊外の紅鳴館、その地下にて。薄暗い廊下をスーツ姿の一人の少女――神崎・H・アリア――は歩く。桃色の短髪をたなびかせつつ、血まみれのスーツを着替えることなく、淡々とした足取りでアリアはある目的地へと向かっていく。

 

 無駄に長い廊下を歩き、やたら頑丈そうな扉を通過した先に一つの生体ポッドが鎮座していた。その生体ポッドは薄緑色の水で満たされており、その中には一人の少年が一糸まとわぬ姿で浮かんでいる。もちろん、一糸まとわぬ姿といっても、少年の体の至る所に様々な機器が取り付けられているので何もかもが見えているわけではない。

 

「……キンジ」

 

 アリアは生体ポッドのガラス部分にスッと手を当てると、生体ポッドを優しく撫でながらポツリと少年――遠山キンジ――の名を呼ぶ。だが。キンジからの反応はない。ただ目を瞑った状態でぷかぷか浮かんでいるだけだ。それでもアリアはキンジの名を呼ばずにはいられなかった。

 

 

 ツインテールは止めにした。ブラドの下僕として、主にブラドの逆鱗に触れた者やブラドにとって目障りな者――ブラドの周辺を嗅ぎまわる者――の身柄の拘束、あるいは殺害という汚れ仕事を日常的に請け負っている今の自分に、ホームズ家の淑女に伝わる髪型をする資格はない。だから髪はバッサリ切った。

 

 ガバメントを使うのは止めにした。銃は引き金を引くだけ、人差し指をほんの少し折り曲げるだけで実にあっさりと人の命を刈り取ることができてしまう。そのせいか、殺人行為を重ねていく内に段々と人殺しへの罪悪感や忌避感が薄れていく自分がいて、怖かった。

 

 人殺しに慣れたくない。だから銃殺を止めて、小太刀で人を殺すことにした。小太刀なら人を斬り殺した感触はしっかりと手に残る。敢えて残酷な殺し方を選び、斬殺の感触をしっかりと両手に残すことで、殺した相手の返り血をわざと浴びることで少しでも殺人に慣れてしまわないようにする。ブラドの命令に決して逆らえない私の、せめてもの抵抗だ。

 

「……キンジ」

 

 アリアはか細い声でキンジの名前を呼ぶ。その弱々しい姿からは、今しがた不知火亮の胴を真っ二つに切り裂いた者と同一人物だとはとても思えない。

 

 

 ……無謀、だったのだ。元々、国ですらその存在をひた隠しにするぐらいに強大な力を持つ犯罪組織だ。そんなイ・ウー相手にたった一人、いや私とキンジとの二人だけでどうにかできるはずがなかったのだ。多少強いからといっても、人一人にできることなんて高が知れている。そんな当然のことにあの時の私は気づかなかった。気づけなかった。お母さんを助けたい一心で、気づこうとしなかった。その結果、もはや取り返しのつかない現実が私にのしかかっている。

 

 ブラドの下僕となり、表を歩けなくなった状態でお母さんの冤罪を晴らすための活動などできるはずもなく、ついにお母さんには最高裁から死刑判決が下された。覆すことは、もうできない。

 

 私と同様にブラドに捕まった峰さんは再び狭く暗い檻の中に閉ざされた。今もきっと、およそ人とは思えない扱いを受けていることだろう。正直言って、もう生きているかどうかも怪しい。

 

 私が偉人のDNAを引き継いでいながらも峰さんと同じ扱いを受けなかったのは、ブラドにとって私が使える人材だったから。卓逸した推理能力はないが、それでも世界中に存在するブラドの下僕程度には価値があるとブラドに判断されたから。小夜鳴の人格にそれなりに気に入られていたというのも大きいだろう。

 

 

 お母さんを助け出せず、私自身もブラドから逃げ出せないという、あまりに残酷な現実。

 死。何度死のうと思ったことか。何もかも止めにして、それこそゲームのリセットボタンを押すような気持ちで何度命を投げ出そうと思ったことか。

 

 けれど。私に死ぬという選択肢はない。ブラドに条件を出されたからだ。『私と小夜鳴の命令に忠実に従っている限り、遠山キンジに最良の治療を施してあげる』と。

 

 当のキンジは未だ目覚めない。ブラド曰く、植物状態。もしかしたら今この瞬間にも目覚めるかもしれないし、もう一生目覚めないかもしれない。そんな生と死の境界線を今もキンジはさまよっている。ブラドの巨体から繰り出される渾身の一撃をまともに受けてしまったのだ。むしろ生きているのが奇跡なくらいだ。

 

 

「……」

 

 キンジがいればお母さんを救えると思った。だからキンジを巻き込んだ。

 無謀なことに付き合わせて、キンジの人生を台無しにした。

 私一人だけなら自業自得で済む話でも、キンジはそうじゃない。

 

 もしも。もしもキンジが目覚めてくれたとして。

 キンジは今の私を見たらどんな反応をするだろうか?

 

 血に染まってしまった私を軽蔑するだろうか。それとも自分を責めるだろうか。

 キンジなら、きっと後者だろう。キンジは優しいから。でも、どうか自分を責めないでほしい。悪いのは全部私だから。キンジは何も悪くない、ただの被害者なのだから。

 

 もしもキンジが起きたら、謝ろう。土下座でも何でもして謝ろう。謝って済む話じゃないけど、それでも謝らないと私の気が済まない。そして、償おう。どうにかして、台無しにしてしまったキンジの人生に見合うだけの償いをしよう。

 

 

 だから。

 だから。

 

 

「早く、起きてください、キンジ。貴方に言いたいこと、いっぱいあるんです。だから……」

 

 生体ポットの中でぷかぷか浮かぶキンジをアリアは虚ろな瞳でただただ見上げる。その頬にツゥと涙が伝うも、アリアはあくまで無表情だった。

 




アリア→精神的に随分とヤバい感じになっているメインヒロイン。
不知火→不矢/口火な不良。「あ、俺、ゾンビっス」とはならない。\(^o^)/


 というわけで、87話終了です。ね? 言ったでしょう? 今回は鬱回だから覚悟してみてねって(※ただしおまけは除く)

 で、この第三章BADENDルート。アリアさんが生きているのはいずれ目覚めるであろうキンジくんに償いをしたいからです。だけどこれ、実はもうキンジくんは死んでいるとの裏設定があったりするんですよね。アリアさんを少しでも長く使い潰せるようにキンジくんが植物状態だとうそぶくブラド……うん、外道の鏡ですね。

 で、実はこの第三章BADENDルートにはまだまだ続きがあるのですが、BADENDなだけあって鬱具合が凄まじいです。そのため、ふぁもにかの精神状態的にしばらく鬱展開は執筆できそうにない感じなので、次回は今回とは全く別の話を執筆するつもりです。ま、気が向いたら第三章BADEND(2)として投稿するかもしれませんけど。


 ~おまけ(その1 ふぁもにかの考える、原作におけるBADENDルート)~

原作1巻のBADEND:ANA600便の着陸失敗&乗客全員死亡。
原作2巻のBADEND:ユッキー(イ・ウー)堕ち&ジャンヌちゃんの影響で厨二病を発症する。
原作4巻のBADEND:ホモ方面に覚醒した金一さんが暴走&有無を言わさず近親相姦に走る。

 あれ? 何かおかしい? 気のせい気のせい。


 ~おまけ(その2 千秋くんの考え)~

 不知火くん率いる少数精鋭型調査部隊の人員および役割は以下の通りである。

・前線調査人員(外で情報収集をする人員)
強襲科(アサルト)Aランク:不知火亮、諜報科(レザド)Aランク:風魔陽菜、探偵科(インケスタ)Dランク:神崎千秋

・後方支援人員(パソコン等の情報機器を通して情報収集をする人員)
尋問科(ダギュラ)Sランク:中空知美咲、車輌科(ロジ)Aランク:武藤剛気

千秋「……」
千秋「……どう考えても俺がこのメンバーに入ってるのって場違いだろ。なんでこんな、命がいくつあっても足りなさそうな危険極まりない事件を調査する羽目になっちまったんだ……?」

 千秋くんガンバッ、超ガンバッ。


 ~おまけ(その3 第三章カオスENDルート)~
 副題:これがやりたかっただけだろ


状況:キンジ、アリア、りこりんの三人は同時にブラドの四つの魔臓を破壊するために策を講じるも、様々な要因が重なり結果は失敗。勝算が消え去ったキンジたち三人に繰り出されるはブラドの無慈悲かつ強力な拳。何だかんだで三人はブラドの力任せの一撃をモロに喰らってしまい、それぞれ重傷を負ってしまう。


 横浜ランドマークタワー屋上にて。

理子「……(←返事がない。ただ地に突っ伏して気絶しているだけのようだ)」
アリア「くッ……(←何とか立ち上がろうとするも体の痛みに耐えかねて膝をつくアリア)」
ブラド『まずは貴女からよ、神崎・H・アリアぁぁああああああああああ!!(←感情の赴くままにアリアへ向けて突撃するブラド)』
キンジ「――アリ、ア!(←気合いで立ち上がりこそしたものの、アリアを助けに行けるだけの余力がないためにそのまま倒れるキンジ)」

キンジ(このままじゃあ、アリアが殺される。ダメだ、そんなのはダメだ!)
キンジ(くそッ! 動け、動けよ俺の体!! 今動かないでいつ動くんだ!?)

 キンジの心境に合わせて、ドクリとキンジの心臓が一際大きく波打っていく。しかし。それでもキンジの体は言うことを聞いてくれない。

キンジ(このまま、アリアは殺されるのか? 今までたった一人で、母親を助けるために頑張ってきた奴が殺されるのか? 俺はまた、大切な人を失う経験をしないといけないのか?)

 キンジの脳裏に今までアリアとともに過ごしてきた日々が次々とフラッシュバックされる。
 キンジの脳裏にアンベリール号沈没事故で兄が殉職したと聞かされた当時の記憶がよみがえる。

キンジ(そんな、そんなの――許されるわけないだろ)
キンジ「……」

 沈黙の果てに、キンジは覚悟を決めた。

キンジ(もうこれで終わってもいい。だから、ありったけを――!! 貴様を殺す、ブラド!!)

 瞬間、キンジの中の血が一瞬で沸騰した。


 ◇◇◇


ブラド『死になさ――ガバッ!?』

 ブラドはアリアとの距離を詰めつつ、グググッと掲げた拳をアリアに叩きつけようとする。が、その時。横合いからの何者かによる飛び蹴りを顔面に喰らったブラドは宙を舞う形で派手にぶっ飛ばされていった。

ブラド『はッ!?』
アリア「キン――ジッ!?」

 不意打ち極まりない攻撃のせいで上手く空中で体勢を整えられずに『ぎゃん!?』と顔面から床に着地する羽目になったブラドと、容赦なく襲いかかるブラドの拳を恐れて固く目を閉じていたアリア。ブラドはガンガン痛む顔面を抑えつつ、アリアはいつまでもやって来ない痛みにハテナマークを浮かべつつ、二人はそれぞれ介入者の姿を見た。瞬間、二人の目は文字通り点となった。

キンさん【……】

 アリアとブラドの間に立つ、身長2メートル強の男はやたら筋骨隆々だった。上へどこまでも伸びている黒髪は天をも貫かんほどの長さとなっており、夜空と同化しているためにその終わりが見えない。だが。その顔つきは、まさしく遠山キンジそのものだった。ちなみに。先ほどまで着ていたはずの防弾制服は下腹部を残してもれなく破れ去っている。

ブラド『い、一体、どうなってるの……!?』
アリア「貴方は、キンジ……なのですか?(←呆然とした眼差しで)」
キンさん【……Follow me、ブラド。アリアたちを壊したくない】

 突如、姿形が思いっきり変貌した男キンジ、もといキンさんはアリアとブラドの質問に答えることなく二人に背を向けると、ブラドにだけ自分の後をついてくるように命じて歩き始める。

キンさん【This way】
ブラド(方法はわからないけど、強制的に成長したんだわ! 私を倒せる年齢(レベル)まで! そうとしか思えないわ!)
ブラド(命を圧縮する事でしか得られないであろう能力! 天賦の才を持つ者が更にその才を全て投げ出してようやく得られる程の力! 私は、遠山キンジに秘められていた力を見誤っていたというの……!?)
ブラド(……後悔はいつだってできるわ。とにかく、今は遠山キンジを殺すべきよ。アレは危険すぎる。だから、無防備にも私に背中を向けている今の内に――)

 キンジが謎の突然変異を遂げキンさんになっているという、にわかには信じがたい現象に対して素早く推測を立てたブラドは己の吸血鬼としての生存本能から、何よりも優先してキンさんを殺すべきだとの結論に至る。

 結果、ブラドは勢いよく床を踏みしめてキンさんへと一直線に駆ける。続いて、ブラドはグググッと後ろに振り絞った拳をキンさんの背中目がけて放った。しかし。ブラドの拳がキンさんの背中に命中するかしないかといった所で、不意にキンさんの姿がブラドの視界から消え失せた。

ブラド(き、消えた!? どこに――)

 渾身の拳が空振りとなってしまったブラドは四方八方を見渡してキンさんの居場所を探る。と、そこで。ボッ! とでも形容すべき擬音とともに背骨が軽く折れるレベルの、それこそ新幹線に激突したかのような強烈な衝撃がブラドの背中を襲った。

ブラド『ガッ!?』

 まるで自分の中身が全部飛び出てしまうのではないかと思えるほどの衝撃。ブラドは思わず血の塊を吐く。そうこうしている内にも、突如襲いかかってきた衝撃があまりに強すぎるためか、ブラドの体はその巨体にもかかわらずいとも簡単に上空高く打ち上げられていく。重力に逆らって上へ上へと飛んでいく中。ブラドが視界に捉えたのは右足を高く振り上げているキンさんの姿。この時、ブラドはキンさんの蹴撃を喰らったのだと知った。

ブラド(け、蹴り一つでこの威力!?)

 キンさんと自分との身体的なスペックの差に戦慄するブラド。打ち上げ花火よろしく遥か空の彼方まで飛ばされてからようやく頭から落ち始める。重力によりグングン速度が付加されていくブラドはこのまま放っておけばまず一度致死レベルのダメージを負うことだろう。だがしかし、それで攻撃の手を緩めるキンさんではなかった。

キンさん【……】

 キンさんはゆったりとした足取りでブラドの落下点に先回りをすると、大きく頭を後方に反らす。そして。あたかも隕石のごとく頭から落ちてきたブラド相手に、タイミングを見計らって頭突きを繰り出した。結果。ゴッツアッ!! と、とても頭突きで出せるとは思えないような音とともにキンさんの額がブラドの額に激突し、ブラドの体は頭から床に突き刺さった。

 代々石頭なことに定評のある遠山家の頭突き。それを避ける間もなくモロに喰らったブラドの頭が無事なワケがなく、ブラドの頭は無残にも破壊され、周囲一帯にブラドの脳漿が派手に飛び散っていった。それでもなお、無限再生能力の恩恵で壊れたブラドの頭がすぐさま修復されていく辺り、ブラドの再生能力マジチートである。

キンさん【さい、しょは、ROCK】

 キンさんは今にも再生を終えようとするブラドを前に腰をしっかりと落として右手を握りしめ、その右手を包みこむようにして左手を添える。すると、ギュッとキンさんが握りしめている右手に徐々に光が宿り始める。全てを撃ち滅ぼせるのではないかと思えるほどに攻撃的な光がキンさんの右手に収束し、見る見るうちに膨らんでいく。

キンさん【ジャン、ケン――】





キンさん【――オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!】

 キンさんは右手に凶悪性あふれる光を溜めに溜めると、仰向けに倒れるブラドの上から情け容赦なく全力の拳をぶつける。何度も何度も、しつこいぐらいに拳をブラドに叩きつけていく。

 これでもかと言わんばかりに強力極まりない拳が繰り返しぶつけられることにより屋上の床は崩壊。下層の床もドンドン破壊されていく。それでもキンさんはブラドに【オラオラオラ!】と一方的に殴りかかり続ける。ブラドと一緒に下層へと落ちつつも、キンさんは一瞬たりともブラドを殴るのをやめようとしない。

 一般人であればとっくに死んでいるであろう連撃。しかし、ブラドには無限再生能力があるために死なない。四か所の魔臓を壊されない限り、何があろうと死なずに生きたままのブラドはずっとキンさんに殴られ続ける。決してやむことがなく、雪崩のごとく襲いかかってくる激痛。今この瞬間ほど、ブラドは己の無駄にスペックの高い再生能力を恨んだ時はなかった。


 ――その後。キンさんとブラドが一緒に下階へと落下してからしばらくして。


キンさん【……】

 呆然と屋上に座り込んでいたアリアの元にブラドの首根っこを掴んだ状態のキンさんがやって来る。ズルズルとキンさんに引きずられている当のブラドは『ヤダヤダヤダヤダヤダ痛いのヤダごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して殺してヤダヤダヤダママァァァ――』とガクブルと体を震わせながら支離滅裂な言葉を放っていた。どうやらブラドの心は完全に折れ、さらには幼児退行まで発症してしまっているようだ。

アリア「……」
キンさん【……終わったぞ、アリア(←ブラドの首根っこを持ち上げつつ)】
アリア(このキンジ怖い、超怖い)
キンさん【どうした、アリア?】
アリア「こっち見ん――見ないでください、キンジ」
キンジ【……さんをつけろよデコ娘】
アリア「ひぅ!? で、デコ娘!?」
理子「……(←返事がない。ただ地に突っ伏して気絶したフリをしているだけのようだ)」

 結局。キンさんが元のキンジに戻ったのは一週間後のことだった。



※ヒステリア・キンさん:ヒステリアモードの派生形の一つ。女性に危機が迫る時に命を投げ打ってでもその女性を助けたい&女性に危害を加えようとする対象を「ボ」したいと心の底から願った時に発動する。

ふぁもにか「勝ったッ! 第三章・完!」

 というわけで……ヒステリア・キンさん、爆☆誕! やったね、キンジくん! 切り札が増えたね! これでシャーロック戦も楽勝だね!

 ……いや、ウソですよ。もちろんシャーロック戦でキンさんとかやりませんよ? やりませんからね! やらないって言ったらやらないんですからね! だからそんな期待に満ちた眼差しを向けないでください!

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