【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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アリア「レッツ、名誉挽回」

 どうも、ふぁもにかです。今回は、キンジとユッキーが何だかいい雰囲気になっている間にアリアが何をやっていたのかが明らかになります。あと、今回は『熱血キンジと冷静アリア』執筆史上初の文字数の多さです。何と、約9600字もあります。どうしてこうなった。

 あと。今回、あまりに『魔剣(デュランダル)』という単語を使ったので、見づらくないようにと魔剣(デュランダル)のルビ振りを解除しましたけど、まぁいいですよね? 皆さん、もう魔剣と書いてデュランダルと読むって理解できてることでしょうし。



45.熱血キンジと釣られた者

 

 その時。キンジと白雪のいる人工なぎさに爆発音が響いた。周囲にチラホラ見かける人々が「花火が始まったのか?」などと言って夜空の方に目を向ける中、キンジはハッと葛西臨海公園の方へと顔を向ける。キンジには爆発音の発生源が葛西臨海公園からのもので、先の爆発音が少なくとも花火の音ではないことをわかっていた。

 

 キンジはその爆発音の正体を知っている。これは、大きな音で相手の戦意を根こそぎもぎ取る目的で使われる武偵弾、音響弾(カノン)の爆音だ。キンジは一瞬、今の音は自身の聞き間違いではないのかと己の耳を疑うも、すぐに否定する。つい最近、キンジに襲いかかってきたレキが使用してきたこともある音響弾の音だ。聞き間違えるはずがない。

 

(まさか、アリアが魔剣と接触したのか!?)

 

 アリアが動きづらい浴衣を着ているというハンデを背負った上でイ・ウーの一人:魔剣と対峙しているかもしれない。キンジがその可能性に思い至った刹那、音響弾の爆音が生じた方向から自身へ向けて刺すような鋭い殺気が放たれたことを察知した。

 

(……これは、誘ってるのか? どういうつもりだ?)

「キンちゃん。アーちゃんの所に行ってあげて」

「……え?」

 

 魔剣を釣り上げようとしているキンジを魔剣がわざわざ自分の手元に誘い込もうとしていることに、キンジが何とも言えない異様さを感じていると、白雪から一つの提案がなされた。不意打ち気味に白雪から示された提案にキンジはつい目をパチクリとさせる。

 

「いや、だけど――」

「私は大丈夫。ここで待ってるから。ここにも人はいるから、魔剣もうかつに仕掛けてこないと思うよ? それに。私も一応星伽の武装巫女だし、ある程度は自分の身を守れるから、ね?」

 

 キンジがたとえ一時であっても白雪を一人にすることを躊躇していると、白雪がキンジを安心させるようにニヘラと笑みを浮かべる。キンジの背中を押す言葉を投げかけてくる。

 

 アリアが早々負けるとは思えないが、音響弾の効果は強大だ。使うタイミングさえ間違えなければ大抵の相手を一発でダウンさせることができる危険極まりないアイテムだ。そんな切り札的存在である音響弾が使用された以上、戦闘に突入したであろうアリアと魔剣との間で勝敗を決する決定打が放たれたと考えていいだろう。そして。現状では、武偵弾の類いを持っていないアリアが一刻を争う状況下に陥っている可能性が高い。確かに、ユッキーの言う通り、アリアの元へ急がないと間に合わないかもしれない。全てが手遅れになるかもしれない。

 

「……それもそうだな。わかった。2分で戻るから、ここで待ってろ。あと、何かあったら大声で呼んでくれ。いいな?」

「あいあーい」

「返事は一回だ」

「あい」

「よし。じゃあ行ってくる」

「うん。いってらっしゃ~い」

 

 キンジが白雪と夫婦みたいなやり取りを繰り広げた後。何とも緊張感に欠ける白雪の送り出しの言葉を背に、キンジは音響弾の音が響いた方へと一目散に駆け出した。アリアの無事を祈りつつ。魔剣との対戦に向けて緊張感を高めつつ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――時は少しさかのぼる。

 

 

「……ハァ。何をやっているのでしょうか、私は……」

 

 アリアは陰鬱なため息を吐きつつ、人工なぎさへの道のりをトボトボと歩いていた。アリアの脳裏でアリアを責めたてるようにして繰り返し何度も再生されているのは、約30分前に自身がやらかしてしまった失態の映像である。それは、周囲の人たちから実年齢よりも遥かに下だと思われるのが嫌だという他人からすれば非常にどうでもいい理由でキンジと白雪から逃げてしまった過去の愚かしい自分の映像である。

 

 強襲科(アサルト)Sランク武偵として、幾多もの凶悪犯罪者を逮捕し続けてきた実績を持つ者として、白雪の護衛任務を放棄したともとれる愚かな行動を安易に選択してしまったことが、アリアの表情を暗くさせていた。今が魔剣を釣るというそれなりにリスクの高い目的を遂行しようとしている最中なだけに、軽率な行動に走ってしまったことが、アリアに深い後悔の念を抱かせていた。

 

 結果。中々キンジ&白雪と合流する気になれずに10分ほど葛西臨海公園の周辺をフラフラとしていたアリアだったが、いつまでも放浪しているわけにはいかないと自身を奮い立たせて、ようやく人工なぎさへと足を運んでいるというのが今のアリアの状況だ。ちなみに。飲み物を買ってくることをキンジたちから逃げる大義名分とした手前、アリアの手には5つのペットボトルの入ったレジ袋が提げられている。

 

「……?」

 

 と、その時。アリアはふと違和感を感じた。それは普通の人なら絶対に感じることのない類いの違和感だった。いや、普通という括りから外れた者であってもその大抵が軽くスルーしてしまいそうなほどに希薄な違和感だった。例に漏れず、アリアも違和感を軽く無視しようとした。だが。刹那。アリアの中で何かが引っかかった。

 

(この感覚は、一体……)

 

 アリアは周囲一帯に視点をさまよわせる。自身がほんの僅かな違和感を感じている元を特定しようと視線をあちらこちらに動かす。と、そこで。アリアの視線が、とある一点で固まった。

 

 アリアの見つめる先に、悠然とした足取りで歩く一人の少女がいた。艶のある黒髪をツインテールに束ね、黒を基調として所々に赤い花が描かれている浴衣を身に纏った少女だ。

 

 それだけならアリアが注目することはなかった。自分のことをちゃっかり棚に上げて、女子が夜道を一人で歩くなんて危ないなと心配するぐらいだっただろう。だが、その少女は明らかにおかしかった。

 

 ――気配が全くないのだ。こうしてアリアが視界に収めているというのに、しっかりと少女の姿を目で追わなければ簡単に見失ってしまいそうになるほどに、少女からは気配という気配が感じられなかった。実際、少女の周囲を歩く人たちのほとんどは気配のない少女のことを気にも留めていない。その場に存在することに気づいていない。

 

 明らかに怪しい少女。絶対に見失わないように注意しつつしばらく目で追っていると、唐突にアリアの直感が告げた。あの女が、あの女こそが、魔剣だと。そこからのアリアの行動はまさに疾風のごとく俊敏だった。

 

「動かないでください。ストップです」

 

 アリアは少女に気づかれないように少女の背後を取ると、浴衣から取り出した黒のガバメントを少女の背中に突きつけながら、冷たい声音で一言命令する。もちろん、周囲を歩く人たちに銃器が見えないように、自身の体でガバメントを隠すことも忘れない。アリアにいきなり銃口を突きつけられた少女は、無言のままピタリと動きを止める。

 

「一つだけ、私の質問に答えてください。答えはYESかNOかでお願いします。拒否権は認めません。沈黙はYESとみなします。わかりましたか?」

「……YES」

「では、質問します。貴女は魔剣ですか?」

 

 アリアは既に眼前の少女が魔剣だという確信を持っているのだが、万一のことも考えて当人から確認を取ろうとする。すると。今まで全然感じられなかった少女の気配が、少女の体からブワッと噴き出すようにしてあふれ始めた。あふれ出た気配は、とても普通の少女が持っているとは思えないような、凶悪で邪悪なものへと変質する。

 

「……YES。クククッ。そうだ、我が魔剣だ。その声は神崎ヶ原・H・アリアドゥーネか? よもや、正体不明の誘拐魔として名高い我を見つけ出すとはな……クククッ、ホームズの血を継ぐ者の直感は実に侮れんな」

 

 凛とした鈴の音のような芯の通った声が、愉快そうに言葉を紡ぐ。今頃、少女は口角を吊り上げていることだろう。ビンゴだ。アリアはキッと少女の背中を睨みつけた。まさかホントに魔剣がユッキーさんを誘拐しようとこのタイミングで出向いてくるとは思わなかったと、内心でこっそりと驚きつつ。これは罠だと一瞬でも考えなかったのだろうかと、心の奥底で疑問を抱きつつ。

 

「そうですか。なら、神崎かなえの名前は知っているでしょう? 貴女が濡れ衣を着せた相手です。ですが、人に罪をなすりつけてのうのうと生活できるのは今日までです。貴女が犯した107年分の罪、きちんと償ってもらいますよ?」

 

 目の前に母親を犯罪者に陥れた憎き敵の一人がいる。それだけで理性のタガが容易に外れてしまいそうになるが、アリアは努めて平静を保つ。うっかり感情が暴発しないように細心の注意を払う。感情のままに行動することがどれほど悪手なのかは、先の失態で既に学んでいる。同じ失敗を二度繰り返す気などアリアには更々ない。

 

「クククッ、威勢がいいのはいいことだ。その威勢のよさをリコリーヌに分けてやりたいくらいだ。しかし、いいのか? こんな所で銃を持ち出して。ここには少数だが人はいる。ましてや、今は夜。暗闇で視界が良好といえない中で一度でも銃声が響けば、ここはたちまちパニックに陥るぞ? それがわからない貴様ではあるまい?」

「ッ! 動かない、で……ッ!?」

 

 何がおかしいのか。魔剣は肩を小刻みに震わせつつ、アリアに銃口を向けられているというのに、ゆっくりとアリアの方への振り返ろうとする。アリアは魔剣の動きを止めようとガバメントをグリグリと魔剣の背中に押しつけようとして――声を失った。

 

 アリアの双眸が捉えた魔剣の顔は。透き通るような真紅の瞳を持ち、小学生レベルの童顔をした魔剣の顔は。まさしく、アリアが普段鏡を通して見慣れている神崎・H・アリアの顔そのものだった。魔剣は、神崎・H・アリアの黒髪バージョンと表現すべき見目をしていた。違う所といえば、精々体格ぐらいのものだろう。

 

「――わ、私!?」

 

 まさか魔剣と相対する状況下で自身の顔を見ることになるとは思わなかったアリアは、思わず動揺の声を上げる。目に見えて動揺の色を表す。その隙を突く形で、魔剣はアリアの膝裏を蹴ってアリアに膝をつかせると、「クククッ」と嘲笑を残して身をひるがえし、その場から消え去った。

 

「……くうぅぅ! やられました!」

 

 魔剣を捕まえるどころか、魔剣に膝カックンをされ、さらには逃げられてしまった。さっきの自分そっくりの顔も魔剣の変装によるものに違いないだろう。魔剣に上手いように出し抜かれたという事実を前に、アリアはあまりの悔しさにギリリと歯噛みする。と、その時。辺り一帯に爆発音が響いた。アリアの真横の茂みの方からだ。

 

「……これは私を誘っているのでしょうか? 舐めるのも大概にしてほしいですね。ええ」

 

 ゆっくりと立ち上がったアリアは迷わず茂みの中へと突入する。自身の居場所を教えるかのように爆音を発生させた魔剣を痛い目に遭わせてやるとの殺意に似た思いを胸に。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 茂みの中は光源となるものがほとんどなく、辺りは真っ暗と言ってもいい状況だった。不規則に立ち並ぶ木々の間から差し込む月や星の光が、僅かながら提供されているくらいだ。しかし。アリアは平然と茂みの中を突き進む。この程度の視界の悪さは強襲科Sランク武偵にしてみれば何のことはないのだ。

 

「……」

 

 足元まで伸びている木の根をひょいと軽くジャンプしてかわしつつ、茂みの奥へと歩き進めていると、ガサガサとアリアの前方から誰かが近づく音が聞こえてきた。アリアは警戒レベルを最大限にまで上げて、いつでも発砲できるようにガバメントに手を掛ける。そのままアリアが待機していると、すぐに自身の元へと近づいてくる者の正体が明らかとなった。アリアの目の前にやってきたのは、魔剣ではなくキンジだった。

 

「キンジ!?」

「ッ!? アリア! 無事だったか!? ――って、ちょっ!?」

 

 目の前の茂みから現れたキンジは何一つ怪我をしていないように見えるアリアの姿を見つけて、すぐさまアリアの元へと駆け寄っていく。しかし。つい先ほど自分そっくりの顔をした魔剣に一本取られたばかりのアリアは警戒心に満ちた表情でキンジを見つめ、目の前の人物が本当に遠山キンジかどうかを手っ取り早く確かめようと発砲する。

 

 キンジは突然自身の胸元へと銃弾を放ってきたアリアに目をギョッとさせつつも、とっさに左手に持っていたバタフライナイフを迫りくる銃弾と垂直になるように移動させ、銃弾切り(スプリット)を駆使して事なきを得てみせる。銃弾を切るというとんでもない方法で危機を回避したキンジを目の当たりにしたアリアは、眼前の人物への警戒を解く。いくら魔剣といえど、今キンジがやってのけたような軽く人間離れした芸当ができるとは思えなかったからだ。

 

「いきなり何すんだよ、アリア!? 危ないだろ!?」

「……どうやら本物のキンジのようですね。確かめるような真似をしてすみませんでした」

「は? 確かめるって、何をだよ?」

「貴方が魔剣かどうかですよ。先ほど、私の顔に変装していた魔剣に一杯食わされましたので、同じ手を使って奇襲を仕掛けてきたのではないかと思ったのですよ」

「ッ! やっぱり魔剣と接触していたのか!?」

 

 アリアに詰め寄って問いかけてくるキンジに、アリアは返事代わりに一つうなずく。加えて。今どこに魔剣が潜んでいるかわからないということで、「あまり大声で話さないでください」とキンジに注意を促す。

 

「ところで、ユッキーさんはどうしたのですか? 後ろについてきているのですか?」

「いや、人工なぎさの方に置いてきた」

「置いてきたって、まさかユッキーさんを一人にしてるんですか!?」

「仕方なくな。この辺から音響弾の音と殺気を感じたから、この辺りにアリアと魔剣がいるんじゃないかと思ってきたんだけど……魔剣の方はいないみたいだな」

「キンジもあの爆発音をたどってここに来たのですか……」

「そう言うってことは、アリアもか?」

「はい。さっき接触した時は不覚にも逃げられてしまいましたので。すみませんでした、キンジ」

「別に謝らなくていい。で、率直に言って、魔剣の実力はどうだった?」

「まだ未知数です。超能力(ステルス)の有無も不明ですしね。ですが、最低でも峰さんぐらいの実力はあると思った方がいいでしょう」

「わかった」

 

 キンジとアリアは決して魔剣の耳に届かないよう、互いに顔を突き合わせて小さな声で情報交換を行う。と、刹那。キンジはあることに気づいた。

 

「……ん? ちょっと待て」

「? どうしましたか、キンジ?」

「俺もアリアも音響弾の爆音を追ってここに来た。だけど。今の所、ここに魔剣の姿は見当たらない。息を潜めてチャンスを伺ってるだけかもしれないけど……これって、もしかして俺たちの方がハメられたんじゃねぇか?」

 

 キンジは眉を潜めて、アリアとのこれまでの会話で得た情報を言葉での表現を通して整理する。すると。その結果として自然と導き出された一つの仮定に、キンジは冷や汗を流す。

 

「まさか――!?」

「あぁ、多分そのまさかだ! ここに魔剣はいない! 俺たちは魔剣を釣るどころか、二人してここに釣られたんだ! ユッキーから引き離されたんだ! 急いで戻るぞ、アリア! ユッキーが危ない!」

「わかっています!」

 

 キンジは焦りの表情を浮かべて、来た道を引き返す。ついさっきまで隣で話していた白雪が魔剣の手によって一気に手の届かない存在になりそうで。どこかに消えていってしまいそうで。そのような最悪の事態を避けるために茂みを駆け抜ける。アリアも全速力でキンジの後を追随していく。

 

 

――だから。ありがとう、キンちゃん。

 

――昔も今も、こうして私を外の世界に連れだしてくれて。何もかも諦めて、だらけてばっかりの私を見捨てないでいてくれて。私に夢を見させてくれて。

 

――私は今、すっごく幸せだよ。

 

 

 白雪の元へと全力で駆けるキンジの脳裏に先の白雪の言葉がよみがえる。ガンガンと頭の中で何度も反響する。どうしてあの時、ユッキーがあのような感謝の言葉を言ったのかはわからない。単なるユッキーの気まぐれかもしれない。けど、今になってみれば、これじゃあまるで――

 

(――ユッキーが、自分が誘拐されるって端からわかってたみたいじゃないかッ!)

 

 ユッキーは巫女占札による占いができる。その占いはユッキー曰く、抽象的な答えが提示される類いのモノらしいのだが、これが結構当たる。もしかしたら、ユッキーは一度それで自分の未来のことを占っていたのかもしれない。そこに。魔剣に誘拐される旨のことでも示されていたのかもしれない。それで、さっきユッキーは普段は言う必要のない感謝の言葉を残したのかもしれない。

 

(所詮は占いだ。外れることだってある。当たってたまるかよ!)

 

 白雪が無事であることを心から祈りつつ、キンジはさらに駆けるスピードを速めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――時は少々さかのぼる。

 

(アーちゃん、大丈夫だといいけど……)

 

 白雪は徐々に遠くなっていくキンジの背中を心配そうに見つめる。キンジの表情からアリアに何かあったのだと解釈した白雪にとって、現時点での一番の懸案事項はアリアの安否だった。自身がこっそり計画している『キンちゃん×アーちゃん作戦』が見事成功することを期待している白雪からすれば、アリアの無事は最も望むことだった。キンジの無事に関しては言うまでもない。

 

 白雪は常々考えていた。悪人をバッサバッサとやっつけるカッコいいキンちゃんには誰かヒロインが必要だと。ヒーローには彼の行いを基本的に肯定して、全力で支えてくれる存在が必要だと。

 

 本当なら自分がそのような存在になりたいと考えている。しかし、それが無理なことはとっくの昔にわかりきっている。そのことについて白雪はとっくに諦めている。それゆえに。白雪はせめてキンジにはなるべく女難をもたらさないような女の子と、さらに欲を言うならば、ただキンジの後ろに引っついていくのではなく、共に足りない部分を支え合うような仲を築ける女の子と付き合ってほしいと考えていた。

 

 しかし。そのような条件を満たした人が簡単に見つかるわけがなく(※そもそも自分から能動的に探そうとしていないため)、どうしたものかと考えていた折、白雪はキンジと一緒にやってきた一人の少女と出会った。その子:神崎・H・アリアを一目見た時、白雪の中で「この子だ!」とビビッと来たのは記憶に新しい。

 

 そんなアリアがキンジのパートナーとなってくれたことは正直言ってありがたかった。これなら『キンちゃん×アーちゃん作戦』が成就しやすいと心から思った。異性をパートナーとして選んだ武偵は、恋愛事情を一ミリたりとも孕まないビジネスライクな関係もあるにはあるが、大抵はパートナー同士の恋愛に発展するものだから。尤も、キンジのアリアを見る目が恋愛云々ではなく親愛の念のこもった眼差し、つまりは気の置けない友達に向ける目をしている以上、そう簡単に事は運びそうにないのだが。

 

 しかし。登るのが困難な壁ほど乗り越え甲斐があるものだと、白雪はポジティブ思考の元で、アリアを異性として見ていなさそうなキンジのことを捉えていたりする。普段はやる気というやる気が欠如しまくっているくせにこういう事には惜しみなくエネルギーを注ぎ込もうとするきらいのある白雪らしい考えと言えよう。 

 

 とはいうものの、白雪は『キンちゃん×アーちゃん作戦』を成功させるために裏で暗躍、なんてことはしていない。ただ、キンちゃんとアーちゃんが恋人関係になったらいいなぁーと、のほほんと考えているだけである。

 

「ん、メール……」

 

 キンジの走り去った方向を見つめ続けていると、ふと白雪の携帯がメールの着信音を奏で始めた。白雪は携帯をパカッと開くことすらめんどくさいという怠惰感情の赴くままに、メールの存在自体を忘れ去ろうとしたが、キンちゃんやアーちゃんからの大切なメールかもしれないと思い直して、浴衣から携帯を取り出す。

 

「……無題?」

 

 メール画面を開くと、そこにはアドレス帳に登録されていない、送信者不明の無題のメールが届いていた。何だ、ただの迷惑メールか。そう判断を下した白雪だったが、一応念のためにと、ポチポチっとボタンを押して、メールの内容に目を向ける。

 

 

『星伽ノ浜白雪奈。貴様をイ・ウーへ招待してやろう。興味があるのならば、アドシアード初日に地下倉庫に一人で来い。歓迎してやろう。詳しい時間は追って連絡する。だが。我の招待を断るというのならば、遠山麓公キンジルバーナードが、神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが、そして武偵高の全生徒がどうなっても知らんぞ? 賢明な判断を期待する。

                      ―――by.銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)

 

 

 メールに書かれていたのは自身を狙う魔剣からの招待状の形をした脅迫状だった。端的に内容をまとめるなら、『星伽白雪。お前をイ・ウーへ招待する。アドシアード初日に地下倉庫に来い。従わなければ、武偵高の生徒全員を殺す』といった所だろうか。

 

「――まぁ、こんなものだよね」

 

 メールの中身をしっかり確認して内容をちゃんと記憶してからメールを削除し、携帯をしまった白雪の口からため息混じりの声が漏れる。その声に含まれていた感情は、諦念だった。

 

 白雪は知っている。幸せな日々というものは概していつまでも続かないということを。

 白雪は何となく悟っていた。イ・ウーが何なのかは知らないが、そこに行けばもう、キンジやアリア、そして武偵高の皆とともに過ごす日々が泡沫の夢と化してしまうことを。

 

 それでも。白雪は、キンジやアリアとともに過ごす日々を早々に、いつものように諦めた。武偵高でのんびりゆったりと生きる日々を、これまで通り、叶わぬ夢と切り捨てた。

 

「あー、面倒だなぁ……。でも、皆には色々とお世話になってきたからね。これ以上は迷惑かけられないよね? 皆の負担になるわけにはいかないよね?」

 

 白雪は自身にゆっくりと語りかける。胸に両手を当てて、言い聞かせる。心にじわじわと染み込ませるようにして語りかけることで、望みを心の奥に封印する。

 

「ごめんね。キンちゃん、アーちゃん」

 

 そして。本当の気持ちを無理やり心の中に押し込んだ白雪は、少しだけ切なげな表情で夜空を見上げた。花火は、まだ上がらない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ユッキー!」

「ユッキーさん!」

「ん? あ、おかえりぃ」

 

 キンジとアリアが白雪のいる人工なぎさへと戻ってきたのは白雪が夜空を仰いだ1分後のことだった。白雪の元へとたどり着いた二人は両膝に両手を置いて、肩を大きく上下させる。ペース配分を弁えずに全力でダッシュしてきたために息を切らした二人は新鮮な空気を存分に肺に取り込む作業に移行する。一方。二人に愛称を呼ばれた白雪はまず首だけを後ろに向けて、それから二人と正面から向き合うように振り返る。

 

「……って、キンちゃんもアーちゃんもどうしたの?」

「だ、大丈夫、だったか、ユッキー!?」

「デュ、魔剣に、何も、され、ません、でしたか!?」

「うん。大丈夫だよ」

「ハァ、良かっ、た……」

「ホント、ですよ、全く。生きた、心地が、しません、でしたよ」

 

 息が切れ切れのままで、それでも白雪に問いかけるSランク武偵二人に白雪はニッコリと笑いかける。すると。白雪の言葉を一切疑うことなく、キンジとアリアは心から安堵する。罪悪感からか、白雪の心がチクリと痛んだ。

 

 と、その時。ドンという音と、ひゅるるるるるという音が遠くから聞こえてくる。三人が弾かれたかのように顔を上げると、それを待ちかねていたかのようにバァンと花火が弾けた。その一つの花火を契機として、いよいよ花火大会が幕を開けた。いくつもの花火が打ちあがっては夜空をカラフルに彩っていく。三人は無言で、三者三様の気持ちでそれぞれ花火を眺めていた。

 

 キンジは「やっぱり実際にこうして生で見ると違うよなぁ」と、頭の中でテレビで見た花火と目の前の花火とを比較した上での感想を抱いていた。アリアは日本の花火を初めて見たため、ただただ花火に圧倒され、言葉をなくしていた。白雪は打ち上げられては消えていく花火を綺麗だなと感じつつも、一抹の寂しさも同時に感じていた。

 

 東京ウォルトランド主催の花火大会が終了したのは、1時間後のことだった。

 




キンジ→ジャンヌの策にまんまと釣られた者その1。通常モードのままでも銃弾切り(スプリット)ができる。
アリア→ジャンヌの策にまんまと釣られた者その2。キンジと違って二度もジャンヌに出し抜かれたため、悔しさもひとしおだったりする。
白雪→何気にウソをつくのが上手い怠惰巫女。何かと諦めの感情がついて回る模様。
ジャンヌ→策士として上手いことキンジ&アリアを出し抜いた厨二病患者。

 さーて。花火鑑賞回も無事に(?)終わったことですし、いよいよ厨二ジャンヌちゃんとの決戦の時は近いですよ。そろそろ『皆TUEEEEEE!!』のタグが本格的に活かされる頃合いでしょうかね? まぁ、お楽しみに。


 ~おまけ(その1 アリアは同志を募り始めたようです)~

アリア「動かないでください。ストップです(←銃口を突きつけつつ)」
ジャンヌ「……(←無言で静止するジャンヌ)」
アリア「一つだけ、私の質問に答えてください。答えはYESかNOかでお願いします。拒否権は認めません。沈黙はYESとみなします。わかりましたか?」
ジャンヌ「……YES」
アリア「では、質問します。貴女は犬派ですか?」
ジャンヌ「……(は? なにその質問? 我が魔剣だと奴の直感で感づかれたのではないのか? というか、我は犬も猫も等しく好きだから、犬派なのかと問われてもそう素直に答えられ――)」
アリア「聞こえませんでしたか? なら、もう一度聞きます。貴女は犬派ですか?(←絶対零度の眼差しを向けつつ)」
ジャンヌ「……(ちょっ!? なぜ我はこんなにも冷たい眼差しを向けられている!? 心なしか、神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが修羅を纏っているように見えるぞ!? これは一体どういう――ハッ! そうか! そういうことか! 我は奴の質問に沈黙で返した! この場において沈黙はYESと判断される! それで奴の雰囲気が凶悪なものに変わったということは、奴は生粋の猫派! つまり、ここで我が犬派だと宣言すれば、猫派である奴が暴走しかねない!)」
ジャンヌ「……NO。我は猫派だ」
アリア「そうですか。奇遇ですね、私も猫派なんですよ。猫が大好きな者同士、またどこかで会う機会があったらよろしくお願いしますね(←銃をしまってどこかへと去っていくアリア)」
ジャンヌ「何だったんだ、一体……(←アリアの後ろ姿を見やりつつ)」

 一分後。

アリア「動かないでください。ストップです(←別の人に銃口を突きつけつつ)」
男の人「ひッ!?(←思わず固まる一般人男性)」
アリア「一つだけ、私の質問に答えてください。答えはYESかNOかでお願いします。拒否権は認めません。沈黙はYESとみなします。わかりましたか?」
男の人「……い、いいいYES(←ガクガク震えつつ)」
アリア「では、質問します。貴方は犬派ですか?」
男の人「へ、えッ!?」
ジャンヌ「(他の奴にも同じことやってる!?)」


 ~おまけ(その2 ネタ:もしもジャンヌがギャル語使いの別の意味で痛いキャラだったら)~

白雪「ん、メール……(←携帯を取り出してメール画面を表示させつつ)」
白雪「……無題?」
メール文『ぇっとね、ュッ≠→さω★ 貴女をィ・ゥ→に招待Uょぅと思っτるωた〃★(*^^)V
た〃から★ 了├〃シ了→├〃初日に地㊦倉庫に来τ<れたら嬉Uぃな★ (*ノωノ)≠ャッ
もU来なかったら、寂U<τ遠山<ωゃ神崎さωゃ武偵高σ皆にィ勺ズラUちゃぅそ〃☆
                           ――魔女っ娘:〒〃ュラ冫勺〃儿ょり』
白雪「何これ可愛い。凄く可愛い。……けど、これ、暗号かな? 何て書いてあるんだろ?」

 ちなみに、メール原文は以下の通り。

『えっとね、ユッキーさん。貴女をイ・ウーに招待しようと思ってるんだ(*^^)V
だから。アドシアード初日に地下倉庫に来てくれたら嬉しいな。(*ノωノ)キャッ
もし来なかったら、寂しくて遠山くんや神崎さんや武偵高の皆にイタズラしちゃうぞ☆
                             ――魔剣より』


 ~おまけ(その3 葛西臨海公園駅での出来事 副題:ジャンヌはチョロい娘?)~

ジャンヌ「チッ。遠山麓公キンジルバーナードと神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが邪魔で中々星伽ノ浜白雪奈に仕掛けられないな。まぁ、奴らは我を釣ろうとしているようだからそれも当然か。さて、いかにして奴らを分断するか……(←三人を尾行しつつ)」
チャラい男A「おっ、ねぇねぇ君一人?(←ジャンヌの行く手を遮りつつ)」
チャラい男B「だったら俺たちと遊ばない?」
チャラい男C「大丈夫だって。悪いようにはしないから」
チャラい男A「むしろ気持ちよくしてあげるからさ」
チャラい男A~C「「「ヒャハハハハハハッハハハハ!!」」」
ジャンヌ「いや。すまないが、我には用事があるのでこれで失礼す――(←平然と通り過ぎようとしつつ)」
チャラい男B「おっと。そんなつれない態度取るなよ(←再びジャンヌの行く手を遮りつつ)」
チャラい男A「俺たちと楽しいことしようぜ」
チャラい男C「俺たちともっと話そうぜ。どうせ大した用事じゃないんだろ?」
ジャンヌ「……(む、面倒なのに引っかかってしまったな。何だ、こいつら? 機関のエージェントか? それとも別の組織の連中か?)」
チャラい男A「つーか、こいつ我っ娘? さっき一人称『我』だったよな?」
チャラい男C「へぇー! 珍しいじゃん! 二次元の世界にしかいないもんだと思ってたぜ!」
ジャンヌ「……(目障りだな。凍らせるか? いや、しかし、安易に超能力(ステルス)を使えば奴らに感づかれる可能性がある。……ハッ!? まさかそれがこいつらの狙い!? クッ、姑息な手を――)」
??「おーい。テメェら、俺の彼女に何やってんだ?(←ジャンヌの手を掴んでグイッと引っ張りつつ)」
ジャンヌ「へッ!?(←突如手を引っ張られて驚くジャンヌ)」
チャラい男A「ああん? テメェ誰だ?」
??「俺か? 俺はこいつの彼氏だ(←ジャンヌを自身の後ろに庇うようにしつつ)」
ジャンヌ「……(いや、違うのだが。全くの赤の他人なんだが)」
チャラい男B「ハァ? 彼氏ぃ? 彼氏ごときが俺たちの邪魔してんじゃねぇよ!」
チャラい男A「おい。とっととこのカッコつけ野郎ボコろうぜ」
チャラい男B「お、いいねぇ♪ 腕が鳴るぜ」
チャラい男C「お、おい。ちょっと待て(←青ざめた顔で)」
チャラい男A「んだよ、人がやる気になってるって時に」
チャラい男C「こ、こいつ、不知火亮だ! 間違いない!」
チャラい男B「なッ!? マジかよ!? こいつがあの制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)の不知火亮!?」
ジャンヌ「……(制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)、だと!? この男、何てカッコいい二つ名を持っているんだ! ←密かにわなわなと戦慄するジャンヌ)」
不知火「へぇ。テメェら、俺のこと知ってんだな。だが、誰が気安く俺の名前を呼んでいいと言った? そんなにいい感じのサンドバッグになりてぇのか?」
チャラい男C「ひッ――」
チャラい男A「に、逃げるぞ! こいつには敵わねぇ!」
チャラい男B「お、おう!」
チャラい男C「ちょっ、待てよ! 俺を置いてくなよォォォ――」

不知火「よし。これで一件落着だな(←逃げ去る三人の背を見つめつつ)」
不知火「テメェも気をつけろよ。夜には大抵あーゆーバカな輩が湧いて出てくるんだからな。特にテメェみたいに桁違いに可愛い奴は夜に単独行動なんかするな。いいか?(←クルリとジャンヌの方を向きつつ)」
ジャンヌ「……(い、今こいつ、我のことを可愛いって言った!? それも桁違いにって!? よ、よよよよくそんな言葉をへへへ平然といいいい言えたものだな。 ←今現在、自分が変装していることをすっかり忘れて動揺しているジャンヌ)」
不知火「おーい。大丈夫かァ? 固まってるみたいだが、そんなにさっきの連中が怖かったのか?」
ジャンヌ「――ッ。い、いや。そうじゃない。少しボーッとしていただけだ。気にするな(←顔を少々赤らめて不知火から視線を逸らしつつ)」
不知火「そうか? ま、ならいいけど。で、さっき話したこと、聞いてたか?」
ジャンヌ「う、うむ。大丈夫だ。ちゃんと聞いていた。以後気をつける」
不知火「そうしてくれ。じゃあ俺はもう行くぜ。この辺に用があるからな」
ジャンヌ「あ、あぁ」

ジャンヌ「制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)、といったか……?(調べてみるのも面白そうだな。――って、しまったな。我としたことが、礼を言うのを忘れてしまうとは……)」
不知火「……(さっきの奴、顔がまるで神崎さんとそっくりだったな。血縁だったりすんのか?)」

 フラグだよ! フラグバッキバキに立ってるよ!

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