【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。今回は前回に比べて真面目な話が中心です。何せ、おまけまで真面目一色ですからね。この真面目具合、さすがはギャグを一切寄せつけない、真面目なシリアス展開に定評のあるふぁもにか印の作品ですわ。HAHAHAHAHA!



129.熱血キンジと路上トーク

 

 8月11日の、そろそろ夕日に差しかかろうとしている頃合いにて。東京武偵高中にあらぬ噂を流しまくった陽菜に天罰を下し終えたキンジは東京武偵高へ赴こうと、歩道をテクテク歩いていた。今は夏休みであるがゆえにあまり校内に人はいないことは承知の上で、自身がロリコンを拗らせた危険人物であるという噂がどれだけ広まっているかを把握したかったからだ。

 

 平賀が敵対してくる可能性がゼロだと判明したことに安堵する一方、どうやって広まってしまった噂を誤解だと生徒たちに認識させたものかと悩んでいると、キンジの進路を塞ぐようにしてザッと足音を慣らして人影が表れた。

 

 

「久しぶりね、キンジ」

 

 そのどこまでも澄んだ、聞き覚えのある柔らかな声にキンジはバッと弾かれたように顔を上げる。すると、三つ編みにされた綺麗な茶髪にエメラルドグリーンの瞳をした女性(?)ことカナが微笑みを浮かべていた。

 

 

「カナ姉ッ!」

「ふふ、退院したキンジの様子を見にきたんだけど……その分だともうすっかり大丈夫そうね」

 

 キンジがカナとの予期せぬエンカウントに喜色に満ちあふれた声を上げると、対するカナは心の底から安堵の息を吐く。その理知的な物言いからして、どうやら今のカナ姉はアホの子モードではなく真面目モードでいるようだ。

 

 

「あぁ、カナ姉とパトラが俺の治療をしてくれたおかげだよ。改めて、ありがとう」

「そんな改まって感謝することないわ。弟を助けるのは姉の役目だもの」

「カナ姉は相変わらずだな。……それと、かなえさんの件も、ありがとう。カナ姉が頑張ってくれたからこそ、かなえさんを助けられたわけだしな」

「どういたしまして。でも、お礼を言いたいのは私の方よ。かなえさんの救出任務は、久しぶりにまともに義を全うできる内容だったから、アリアと一緒に奔走した日々はとても充実していて楽しかったもの。むしろ、キンジには申し訳ない気持ちでいっぱいだわ」

「え、どうして?」

「だって、これまでかなえさんを助けるために全力で頑張ってきたのはアリアと、貴方でしょう? なのに、肝心な所で私が出張って、いい所を横取りしちゃったんだもの。本当はアリアと一緒にかなえさんを助け出したかったでしょうに……」

「横取りとか、そんなの関係ないさ。かなえさんが無罪だと立証されて釈放された。それだけで俺は十分だよ」

「そう? それなら良かったわ」

 

 キンジの反応を不安そうに伺いつつ話していたカナは、キンジが自分の関知しない所でいつの間にやらかなえさんの釈放が成し遂げられていた件について全く気にしていないと知ると、安心とともに花が咲いたような笑みを表に出す。その神秘的な笑顔を真正面から受けたキンジがつい反射的にヒスりそうになったのはここだけの話である。

 

 

 ちなみに。前日カナ姉が電話で連絡してくれた際に、カナ姉はかなえさんが不当に拘束され続けていた原因を俺に少しだけ語ってくれた。その内容を簡潔に纏めると、どうやらかなえさんは『何か』について知りすぎていたらしい。

 

 『何か』について詳しいかなえさんをうかつに自由にさせれば、その情報が他国に広まる可能性がある。そのことを避けたい日本政府は、『何か』の情報を独占したかった日本政府は、それゆえに『何か』について一貫して語らないかなえさんをずっと手元に置いておくために、飼い殺しにするために、かなえさんを不当に拘束し続けていたのだ。

 

 そして。それを踏まえた上で、シャーロックは事前に行動を起こしていた。そう、シャーロックはあらかじめ獄内に潜入し、かなえさんの保持する『何か』の知識をピンポイントで消し飛ばしていたらしいのだ。『何か』について知らなければ、検察に必死に足掻いてもらってまでかなえさんの有罪判決をもぎとる理由はなくなる。それが、かなえさんが無罪放免となった裏事情である。

 

 

「それでね、キンジ。貴方の様子を見にきたというのもあるんだけど……今日はキンジに別れを言いにきたの」

「……やっぱりか」

「想定はしていたみたいね」

「あぁ」

 

 カナからの問いかけにキンジは1つ、おもむろにうなずく。とはいえ、例えカナが自身に会いにきた目的を事前に予測できていたとしても、カナの口から直接別れの話題を出されたことはキンジにとって存外ショックだったため、キンジはわずかながら震える声で言葉を紡いだ。

 

 

「……カナ姉。もう、元には戻れないのか? 前みたいに俺たちは一緒に暮らせないのか?」

「残念ながら、無理ね。イ・ウーを滅ぼすためとはいえ、私は表社会からは存在を抹消し、本格的に裏社会へ足を踏み入れた。表向きにはアンベリール号沈没事故で死んだことになってる以上、私に表社会での居場所は、もうないのよ」

「そっか。……寂しいな。せっかくまた会えたのに、もう会えなくなるなんて」

「心配しないで、キンジ。今まで散々寂しい思いをさせてきたんだもの、これからは暇を見つけて、必ず会いにくるわ。だからその時は、キンジの料理を振舞ってくれないかしら? キンジの腕は一級品で、私も学ぶところが多いもの」

「……わかった。また腕を磨いておくから、期待していてくれ」

「うん。楽しみね、キンジの手料理」

 

 カナは自身の口元に軽く手を添えながらにこやかに笑う。その様子を前に、キンジは料理の修行を再開しようと決意する。カナが死んだとされて以降、料理の修行は中断したままだったが、今日からは本格的に料理の修行に取り組む必要があると心に決める。全ては、意外と舌の肥えているカナをビックリさせるぐらいに上手い料理を振舞うためである。

 

 

「カナ姉。1つ、言っておきたいことがある」

「何かしら?」

「俺は、世界最強の武偵になる。どんな奴が相手でも絶対に負けない世界最強の武偵になって、今のアリアみたいに、マスコミ各社に引っ張りだこになるほどの存在になって、そうなった暁には兄さんのことを絶賛する。兄さんが武偵として残した功績を紹介して、絶賛して、褒め称えて、あの時兄さんを貶めまくったマスコミ各社を皆もれなく窮地に追い込んでみせる。道のりは長いだろうけど、いつになるかなんてわからないけど、絶対やってのける。だから、その時を楽しみにしていてくれ、カナ姉」

「……キンジ。別にそこまで無理して頑張る必要はないわよ? 私は誰かに褒められるために義を貫き通してきたわけじゃない。私の行いは全て単なる自己満足にすぎないわ。だからあの時、マスコミが押し付けてきた風評被害も、毛ほども痛くなかったしね」

「カナ姉にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては痛いんだ。カナ姉が正当に評価されなくて、悪く言われてる現状は耐えられないんだ。だから、頑張る。こんな俺だけど、どうか見守っていてほしい」

「……わかったわ。でも、無茶をしすぎて志半ばで死んだりしないでね? あまりの悲しさに立ち直れなくなっちゃうもの」

 

 己の内心を、今後の方針をカナへと伝えたキンジは、憂いの念を瞳に映すカナを前に「了解。肝に銘じるよ」と口にする。あの時、カナが死んだという訃報を聞かされた当時の気持ちはキンジ自身がよく知っている。それゆえに。あの『残される』という感覚を、心にポッカリ穴が開く感覚を、絶対にカナ姉には経験させないという強い思いが、キンジの口調にしかと表れているようだ。そのキンジの力強い眼差しを受けて、カナも己の方針をキンジに告げることにした。

 

 

「ねぇ、キンジ。せっかくだから私も1つ、キンジに言っておくね」

「? カナ姉?」

「私は今回の一件で、自分の未熟さを思い知ったわ。いくら『私の信じる義』を貫き通すことが非常に困難だからといって、『妥協の義』に逃げ込んだ私は、まだまだ一人前には程遠い。だから、これを機にもっと自分を磨いて、研鑽を重ねて……その内、キンジにリベンジマッチを挑ませてもらうわ。だから、その時はよろしくお願いするわね♪」

「リ、リベンジマッチぃ!?」

「ええ。あの時、貴方は私に見事なまでに打ち勝った。負けた当時はそこまで敗北自体に思う所はなかったんだけど、今は悔しくて仕方ないの。だから、改めてキンジと戦いたい。……もちろん、受けてくれるわよね? 何たって、キンジは世界最強の武偵になる男なんでしょう? どんな奴が相手でも絶対に負けない世界最強の武偵が、まさかただの一介の挑戦者(チャレンジャー)の申し出を拒絶したりなんて、しないわよね?」

 

 カナはしたり顔でキンジに問いを投げかける。その得意満面な表情は『こう言えば、貴方は絶対に断れないわよね?』と雄弁に語っている。

 

 

(その頼み方は卑怯だぞ、カナ姉。カナ姉ってこんなに負けず嫌いだったか?)

「……わかったよ、受けて立つ。正直、カナ姉の実力にはまだ届かない俺だけど……それでも、次の戦いでも勝ってみせる」

「そう。ふふ、いい返事ね。料理共々、楽しみにしているわ」

 

 キンジの凛とした眼差しとともに放たれた返事にカナは満足そうにうなずくと、クルリとターンして、キンジに背を向ける。そして。この場から去らんと、ゆっくりと歩を進めていく。

 

 

「またね、キンジ。またいつか、近い内に会いましょう」

「あぁ。また会おう」

「それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい、カナ姉」

 

 カナはキンジの方を振り向くことなく、ただ後ろ手にヒラヒラと手を振りながら、歩み去っていく。夕日の温かなオレンジの光を引き連れながら立ち去るカナの姿は、とても神秘的で、裏社会の闇へと帰還する者の姿とはまるで思えなくて、眩しさについ目を細めるキンジなのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 徐々に小さくなっていくカナの背中を見つめていたキンジは、再び東京武偵高へと向かっていく。少なくとももう二度とカナと会えない、なんて最悪の可能性が本人の口から直接切り捨てられたことにより、カナと別れた後も寂しいという感情が心に去来しつつもそれなりに元気なキンジ。そんなキンジが武偵高へと到着した時。校門にて。武偵高の敷地を取り囲むコンクリート壁に背中を委ねる女性こと神崎かなえの姿があった。

 

 

「やぁ、少年。こうしてアクリル板越しでなく、時間制限もなく、何も遮蔽物のない空の下で会うのは今回で初めてだな」

「確かにそうですね。今まで面会室でしか会ってこなかったせいか、何だか今の状況が凄まじく新鮮に感じられますよ」

 

 キンジの姿を発見するや否や、青年のような快活な笑みを浮かべて話しかけてくるかなえにキンジはごく自然体で返事をする。そして。ややあった距離を詰めつつ、キンジは「どうですか、久々の外の世界は?」と、ちょっとした好奇心からかなえに尋ねてみた。

 

 

「うむ、そうだな。簡潔に纏めると、『素晴らしい』の一言に尽きる。個人的にはそう長い間、拘束されていたつもりはなかったんだが、世界は私の知らない内に随分と変化したようだ。次々と新しい発明が為され、それが社会に取り入れられ、世界がより彩りを深めていく。私のよく知らない未知の物にあふれたこの世界は、実に私の好奇心を掻き立ててくれる。まるで近未来へタイムトラベルした気分だ。全く、科学の進歩というものは凄まじいな。恐れ入るよ」

「……何というか、さすがですね。普通、こういうのって世界から取り残されたように感じるものじゃないんですか?」

「んー、そういわれてもなぁ。別に100年後の世界に飛ばされたとかそんなわけじゃないからな。特にそういったネガティブな気持ちは抱きようがないさ。あ、そうそう。あとは空気も美味いな。まぁ排気ガスとかその他諸々で汚染された空気ではあるが、それでも室内の味気ない空気よりは遥かにマシだ」

 

 頭をガシガシ掻きながら、カラカラと愉快そうに笑うかなえ。そのあまりの『人生をエンジョイしてます』といった雰囲気を前に、まるで濡れ衣を着せられていたことに対して欠片も気にしていなさそうな様子を前に、キンジはいかに眼前の存在が大物であるかをひしひしと感じた。

 

 

「いやぁ、今日アリアと一緒に行った東京ウォルトランドも新アトラクションが数多く用意されていて楽しかったからな。この際だ、どうなっているか気になる所を手当たり次第に旅をすると言うのも面白いかもしれないな」

「……え? かなえさん、今日アリアと一緒だったんですか?」

「あぁ、そうだけど? どうした、少年?」

「いや、今日アリアは確かニカニカ動画の生放送に出演してたはずですよね?」

「何だ? アリアは言っていないのか? あれはアリアの偽者だぞ? 何でも、理子くんがアリアの変装をして、代わりに出演してくれているらしい」

「はぁ!? 理子が!?」

(いやいやいや! アリアの奴、何考えてんだよ!? 理子は確かに変装はできるけど、演技はそこまで上手いわけじゃないだろ!? 理子が何かやらかして生放送が大惨事になったら、せっかくのアリア人気が地に落ちかねないぞ、マジで!)

 

 キンジはかなえからもたらされた衝撃事実に丁寧語のことを忘れて声を荒らげる。それと同時に、キンジは理子の身を案じてすぐさま携帯からニカニカ動画の生放送へとアクセスし、理子の様子を確認しようとする。『悲劇の母親を救い出した小さな英雄、その素顔に迫る』とのタイトルで流されている生放送は今、どうやら締めに入っているようだ。

 

 

『――私たち武偵の存在は未だ国民の皆さんからは良い印象で捉えられてはいないことでしょう。当然です、自衛のための武器を持たない一般市民にとって、武器を持つ人は誰だろうと脅威です。警察だろうと自衛隊だろうと、怖いのです。それが、まだ大人にもなっていない未熟な若者たちが武器を持って、何でも屋のような業務を行っているのですから、不安に思って当たり前なのです。ですが、皆さん。これだけは心得ていてください。今や日本の、世界の犯罪件数は未曾有の増加を記録しています。毎年のように凶悪犯罪は記録的数値を更新し、平和とは程遠い様相を呈しています。……武偵という役割は、このような危機的事態に対する一つの答えの形だということ。そして、他でもない武偵だからこそ助けることのできる人が、武偵でしか助けられない人が確かに存在していることを、どうか心に留めてくれるとありがたいです』

 

 生放送で雄弁に己の主義主張を語るアリア、に扮する理子。その姿は何とも凛々しく、まさしく正義の武偵を全身で体現している。普段のおどおどした姿からはとても想像がつかないほどの堂々っぷりに、芯の通った発言内容に、ニカニカ動画では称賛のコメントがあふれかえっている。

 

 

「ど、どうなってるんだ? なんで理子がこうも完璧な演技ができて――」

「――何でも、アリアがカナくんという人に頼んで、理子くんに自信をつけさせるようにちょっとした洗の……おっと、口が滑った。何というか、その、暗示をかけたらしいぞ?」

「洗脳!? 洗脳って言いましたか、今!? 何やってんだよ、カナ姉!? というか、そもそもなんでアリアが偽者をニカニカ動画に差し向けてるんですか!? 最初から親子二人でウォルトランドにいくつもりだったのならオファーを断っておけばよかったのに……」

「アリアは私との遊園地を誰にも邪魔されたくなかったみたいでな。偽者をニカニカ動画に出演させることで、遊園地で自分のことがバレる可能性を確実になくしておきたかったんだとさ」

「……あぁ、そういう目的ですか。確かに、今アリアは人気者ですからね」

「フフッ、親としては可愛い子供が脚光を浴びているのは嬉しい限りだよ。ここ数日、『神崎・H・アリア』って名前がyohoo検索ワードランキングで1位を独占しているのを見ると、本当に誇らしい気分になる」

 

 我が子の活躍っぷりを心から誇りに感じているかなえはエッヘンと胸を張る。と、ここで。かなえは今までの会話の雰囲気を断ち切るように、真摯な眼差しをキンジへと向ける。そのブラウンの瞳を受けたキンジは携帯をしまい、改めてかなえと向き直った。

 

 

「……ところで、だ。アリアから話を聞いたよ。随分無茶をしたそうじゃないか、少年」

「えーと、後悔はしてませんよ?」

「ま、そうだろうな。確かに少年は無茶をするべきだったんだろう。もしも私が少年の立場なら、多分似たようなことをするだろうからね。だが、一歩でも間違えていれば、少年は死んでいた。あのシャーロック・ホームズが死に、悲しみに打ちひしがれているアリアの心に、遠山キンジの死というとどめを刺す所だったんだ。それは、わかるね?」

「……それは確かに」

「今後はなるべく無茶は控えるように。でないと、私の愛娘が大いに悲しんでしまうからな」

「わかり、ました」

「うむ。わかればよろしい」

 

 かなえはキンジの返答に鷹揚に1つうなずく。そして。かなえは何を思ったのか、ポンとキンジの頭に手を置き、ガシガシと乱雑に撫で撫で行為を繰り出した。

 

 

「わッ!? かなえさん!?」

「さーて、少年。ここからは別件なのだが……アリアのことは異性として好きになったか?」

「なッ!? ちょっ、いきなり何を言って――!?」

「ほうほう。その反応は当たりみたいだな。フフフッ、やっぱり私の直感はよく当たる。言っただろう? 好きな異性のタイプなんてコロコロ変わるってさ」

「……確かに、かなえさんの言う通りでしたね。まさかアリアのようなタイプを本気で好きになる時が来るなんて思いませんでしたよ。……かなえさんには敵いませんね」

「そうかそうか。で、ここからは母親としての意見なのだが……私は君みたいな誠実な少年にならアリアを任せられると思ってる。ちなみに、アリアは今、武偵高の屋上にいるぞ。風に当たって、涼みたい気分らしい。今なら、告白には中々に良いシチュエーションだと思うぞ?」

「……な!? あ、え!?」

「やれやれ。少しからかっただけでそんなに顔を真っ赤にしちゃって、何とも微笑ましいな」

「かなえさん!? い、今のは冗談悪いですよ!」

「はいはい。ま、告白のタイミングは少年の判断に任せるさ。……どう転がるかはわからないが、少年の恋が成就することを願ってやまないよ。頑張れ、少年」

 

 キンジが恥ずかしそうに顔を背けながら「……了解です」と、かなえの言葉を受け取ったのを機に、かなえはキンジの頭から手を放す。そして。かなえは改めてキンジを見据えて、ピンと人差し指を立てて、言葉を紡いだ。

 

 

「最後に1つだけ。これまで、うちのアリアを支えてくれて、本当にありがとう。君のような素晴らしい人間と出会えたことは、アリアにとって何よりの幸運だと私は思う。そして、これからも、アリアのことをよろしく頼む」

 

 かなえはニシシッと朗らかに笑うと、「そんじゃ、そろそろ夕暮れ時だしホテルに戻らせてもらうよ」と言葉を残して校門から立ち去っていく。その歩み去るかなえさんの様子がカナ姉と一瞬だけダブったように感じられたのは、おそらく目の錯覚だろう。

 

 

「……何か、言いたいことだけ好き勝手言って帰ったって感じだったな、今日のあの人……」

 

 キンジはかなえの気配がなくなったことを契機に、ハァァと脱力する。かなえに自身が秘める恋心を揺さぶられて高揚していた感情を、キンジは深呼吸で落ち着けようとする。バクバクとその音量で無駄に存在感を主張する心音を、やけに熱く感じる顔面を、普段通りに戻すために、何度か深呼吸を繰り返して。キンジは武偵高の校舎を見やった。

 

 

「……こ、告白云々はさておき、行ってみるか。ここ最近はまともにアリアと話す時間を確保できてなかったからな。いい機会だ」

 

 かくして。この時点においてすっかり平静を取り戻したキンジは、アリアがいるという屋上を目指して歩みを進めていくのだった。

 

 




キンジ→格上であるカナとの再戦が決まってしまった熱血キャラ。とりあえず、カナに最高級の料理を振舞えるようになるために料理修行を再開する決意を固めたようだ。ちなみに、後半部分では割と原作キンジっぽい反応になっていたような気がしないでもない。
カナ→キンジへのリベンジマッチを目論む男の娘。実の所、かなえさん救出のために一時的なコンビを組んだアリアのことを大層気に入っており、機会があればまたアリアと一緒に仕事をしたいと考えていたりする。
神崎かなえ→何かいつの間にやらシャーロックに一部の記憶を消し飛ばされていた男勝りな保護者。ポジティブシンキングの塊。初心な面のあるキンジくんを悪意はないながらも、わざと弄って楽しんでいた模様。

 というわけで、129話は終了です。何だか前半でバトル漫画の波動を感じ、後半でラブコメの波動を感じつつあるような、そんな129話でしたね。そして次回はアリアさんのターンです。はたしてアリアさんは己のメインヒロインっぷりを存分に発揮することができるのでしょうか。


 ~おまけ(とてつもなくシリアスな8月9日、8月10日の話)~

 かなえさんが無罪が完全立証されたことで社会が湧き立つ中。
 所変わって、長野のレベル5拘置所にて。

ブラド『あーぁ、暇ねぇ……』
ブラド(ここに収監されてまだそんなに時間は経ってないけど……こうもやることがないと退屈で退屈で仕方ないわね。暇つぶしに過去の記憶を掘り起こして思い出に浸るのももう飽きちゃったし、何か娯楽がほしいわぁ)
ブラド『……ねぇ、看守さーん? いるー? いるなら私と何かお話しましょうよー?』

 ブラドは特殊素材でできた檻を挟んだ向こう側で睨みを利かせる看守へ誘いをかける。
 しかし看守からの反応はない。無言のままブラドを見つめるのみだ。

ブラド『全く、今日も徹底して無言を貫いててつまらないわね』
ブラド(それにしても、今日は随分と敵意のこもった視線を送ってくるような?)

 と、ここで看守に反応があった。
 遠くからブラドを睨みつけていただけの看守が、ブラドの檻の前まで近づいてきたのだ。

ブラド『あら? 本当に来ちゃった。どういう風の吹き回しかしら?』
看守「……」
ブラド『まぁいいわ。それじゃ、何かお話しましょ♪ 貴方は話し役と聞き役、どっちがいい? 今日は特別に選ばせてあげる』
看守「……」
ブラド『……?』

 ずっとだんまりな看守にブラドが首を傾げた時。看守は唐突に己の看守服を取っ払う。脱ぎ捨てられた看守服の中から現れたのは、一人の少女だった。華奢な体躯に、前髪の内の一房だけが漆黒に染められた、綺麗に整った銀色の髪、珍しい赤と青のオッドアイの瞳が特徴的な少女ことジャンヌ・ダルク30世だった。

ジャンヌ「……」
ブラド『あら? 貴女は、看守さんじゃないわね。誰かしら? ……少なくとも、こんな所に潜入してるぐらいだから、まともな人間ではないでしょうけど』
ジャンヌ「覚えてないか? まぁ、当然か。貴様からすれば、貴様に歯向かいこそしたもののまるで相手にならなかった我のことなど、その辺の蟻と同じだろうからな」
ブラド『? もしかして前にどこかで会ったこと、あったかしら? ……まぁどうでもいいわ。それで? 何が目的でここまで来たのかしら? もしかして、私を脱獄させてくれるとか? だったらありがたいわね。いい加減、自由のない日々は飽きてきた頃だったの』
ジャンヌ「貴様の脱獄の手伝いだ? ふざけるな。……我はただ、貴様を閉じ込めるその小さな箱を貴様の棺桶にするためにわざわざ足を運んでやっただけだ」
ブラド『?』
ジャンヌ「やれやれ、遠回しな言い方では伝わらないか。さすがの頭脳だな。ならば簡潔に伝えてやる。……我はブラド、貴様を殺しに来たんだ」
ブラド『え、今何て言ったの? 殺す? 私を殺す? 処分するってぇ? キャッハハハハハハハハ! 何言っちゃってるのかしら、この子!? 殺せるはずないわ!? 無理よ、無理無理! 私の再生能力を侮ってもらっちゃ困るわよ! アッハハハハ――アギャアァァアア!?』

 散々ジャンヌをバカにし、得意げな高笑いを響かせていたブラドの声が醜い悲鳴に変わる。ジャンヌがメラメラと燃え盛る炎でブラドの全身を包み、軽く炙ったからだ。

ジャンヌ「殺せるさ。魔臓のことは把握しているからな。だが、すぐに殺すつもりはない。時間はたっぷりあるんだ。存分に遊ぼうではないか」
ブラド『……わ、私をいたぶって殺して、それが一体何のためになると言うのかしら?(←再生能力で火傷を一瞬で直しつつ)』
ジャンヌ「何のために? 愚問だな。世界のためになる。貴様の存在は世界にとって百害あって一利なし。独房に放り込んで放置なんて手ぬるいからな、我が直々に処分する」
ブラド『クッ、こんな真似をしてタダで済むと思ってるの!? ここはレベル5の拘置所よ! どうやって侵入したか知らないけど、すぐに貴女は取り押さえられるわよ! ほらほら、そんなに悠長に構えていていいのかしら?』
ジャンヌ「足りない頭で知恵を働かそうとも無駄だ。我は単独犯ではない。協力者がこの空間を隔離している以上、誰も貴様を助けには来ない。もう貴様には、死以外の道は残されていない。……さぁ、ブラド。炎、氷、雷。好きなものを選べ。貴様の望みに応じた方法で痛めつけてやろうではないか」
ブラド『そんなの、誰が選ぶっていうのよ!?』
ジャンヌ「そうかそうか。貴様は炎も氷も雷も全部楽しみたい気分なのか。クククッ、さすがはブラド。その図体に違わず、豪快じゃないか」
ブラド『ち、ちがッ――』
ジャンヌ「――そうと決まれば、ブラド。貴様には今から、私が飽きるまで遊びに付き合ってもらうぞ。全てが終わる時、焼死か、凍死か、感電死か。はてさて、貴様はどんな死に方をしているのだろうな?」
ブラド『……あ、ぁ……』
ジャンヌ「良かったなぁ、ブラド。いい暇つぶしができそうで(←最高級にあくどい笑み)」
ブラド『ひッ――』

 これから自分がどうなるかを想像してしまったブラドは小さく悲鳴を上げる。その恐怖に歪んだ顔は、すぐに炎と氷と電撃の一斉襲撃によりジャンヌ視点ではすぐに見えなくなった。

ブラド『ぐぎゃぁぁぁああああああああああああAAAAAAAAAA∧c幀゙ル」fP\賊R5:I・*焏EィDキヤ0幹ル、シ署ー`゙恩ッH鋺V1艚ォNB8┌Bモ,モ'Ojウj圀敲xz|V`#31t 核.KッH鋺V1艚ォNB8┌Bモ,モ'Ojウj圀敲Nー4C冂徙B:メ-8リ"凵ャ蕊uミuノwツlフレRニ/_$・6Nュ棲/!!』
ジャンヌ「クハハハハハハハハハッ! 足りぬ、まだ足りぬぞ! もっと叫べ! 泣き喚け! 貴様がこれまでの長い人生で犯してきた所業の報いを受けるといい!」

 ブラドがもはや解読不能な悲鳴を絶叫し、ジャンヌがあまりの狂喜に顔面崩壊レベルの歪んだ表情を浮かべて次々と超能力を行使する。このとんでもない空間はジャンヌの超能力が全然使えなくなる時まで続くのだった。

 ◇◇◇

 レベル5拘置所から遠く離れた、人気のまるで存在しない森林地帯の一角にて。

ジャンヌ「……はぁ、はぁ。ゲホッゴホッ!? さ、流石に疲れたな」
ジャンヌ(今回は『薬』の大量服用で一時的に(グレード)を跳ね上げた上でブラドを殺しにかかったが……そう使えた手段じゃないな、これは。クソッ、体が引きちぎられるように痛い……)

 大木に背中を預けて座り込んでいたジャンヌは荒々しく呼吸を繰り返す。ジャンヌの柔肌から止めどなく汗があふれており、両眼からは血の涙を流し、時折吐血することから、今のジャンヌが著しく消耗していることは一目瞭然だった。

パトラ「全く、私怨を晴らすためにここまで無茶をするなんて、策士らしい行為とはとても思えませんわね。確か、今回使った『薬』も億単位の代物でしたわよね? ただでさえ借金を背負っているのに金銭的にも無茶をし、大量服用の副作用を承知の上で(グレード)を跳ね上げるために肉体的にも無茶をする。……貴女、遠山キンジさんの無茶癖が移ったのではありませんこと?(←ジャンヌの元へと姿を現し、すぐにジャンヌの体を魔力で回復させる作業に入りながら)」
ジャンヌ「カフッ。そ、そんな癖を奴から移された覚えはない。……それより、クレオパトラッシュ。今回の協力、感謝する。貴様がいなければ、我がレベル5拘置所のセキュリティを突破しブラドの元にたどり着くことは不可能だったからな」
パトラ「感謝なんて不要ですわ。今回は利害が一致しただけですもの。元々、ブラドさんは目障りでしたわ。やり方もスマートじゃなくて、荒々しくて、汚くて、醜い。機会があればとっとと殺しておきたかったのは私も同じでしたもの」
ジャンヌ「……そうか」

 ジャンヌは空を見上げる。木々の子葉のフィルターの先に見える青空は、ジャンヌが少なくとも24時間もの間は、ブラドを超能力で痛めつけていたことを明示していた。

ジャンヌ「あれだけブラドを苦しめ、痛めつけ、『殺して』と嘆願されても無視していたぶって、散々絶望させた果ての果てに奴を殺したんだ。これで、今までブラドの被害に遭い、亡くなった者や泣き寝入りをするしかなかった者たちも少しは報われよう。……あくまで我の自己満足だがな。しかし、これでリコリーヌの脅威を1つ、完全に取り除けたのも事実だ」
パトラ「貴女、本当に峰理子リュパン四世さんがお好きですのね。前に私が彼女の右目の視力を一時的に奪った時もかなり怒ってましたものね」
ジャンヌ「当然だ。リコリーヌは我が盟友なのだからな。貴様にとってのカナリアーナと同じようなものだ」
パトラ「なッ!? あ、べ、べべべべべ別に私はカナさんに対してそのような感情なんて抱いてはおりませんわ! そう、これっぽっちも抱いてなんて――(←顔真っ赤)」
ジャンヌ「わかった。わかったから動揺で治療の手を緩めるのは止めてくれ、あまりの痛さに気絶してしまいそうなんだ。あ、あと明日は大事な女子テニス部団体戦の全国大会なのでな、治療は念入りに頼む」
パトラ「……えーと、ジャンヌ・ダルク30世さん? 貴女にとって大事なイベントが控えてるこのタイミングでどうしてブラドさん殺しを決行しようと思いましたの?」
ジャンヌ「なに、思い立ったが吉日と言うだろう?」
パトラ「は、はぁ……(←内心で「そこまで無計画でしたの!?」と困惑する人)」

 とまぁこんな感じで。8月9日から8月10日にかけて。表社会がかなえさんの一件で大いに盛り上がる裏で、こっそりとジャンヌによるブラドの死刑執行が実行に移されたのだった。

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