【完結】熱血キンジと冷静アリア   作:ふぁもにか

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 どうも、ふぁもにかです。今回はついに直前にまで迫った第五章へ向けての小休止な話となってます。やけに久しぶりに本格的なギャグ展開をぶっ込めた気がします。ま、別にいいですよね! 何たって緋弾のアリアは大スケールアクション&ラブコメディですからね! わざわざ『大スケール』と銘打ってる大スケールで大スケールな作品ですからね!



117.熱血キンジと第四章エピローグ

 

 カナのお仕置きによってあられのない変わり果てた姿と化したパトラが収められた棺を持ち運ぶには重すぎるからという理由でひとまず放置して、一旦キンジ、アリア、白雪、ジャンヌ、カナの5名はアンベリール号の舳先へと集合。その後。主にキンジやジャンヌが語り手となる形で、アリアへと事の一部始終が伝えられることとなった。

 

 

「なるほど……」

 

 キンジとジャンヌの話を聞き、一連の事情を把握したアリアはジトーとした眼差しをキンジと白雪に向ける。その責めるような眼差しを前に、船の落下防止柵に背中を預けて座るキンジは「うッ」と思わず目を逸らし、甲板上で大の字状態で寝そべる白雪は平然と受け流した。

 

 ちなみに、今のキンジは既にノーマルモードへと戻っている。また、パトラから没収されていたアリアの武器一式をカナがピラミッド内からちゃっかり回収していたことにより、アリアは既に双剣双銃(カドラ)状態を取り戻していたりする。

 

 

「随分、無茶をしたみたいですね。キンジ、ユッキーさん」

「えへへぇー。それほどでもー」

 

 アリアの問い詰めるような言葉に、しかし白雪は頬を緩めて照れくさそうな笑みを浮かべる。その予想外な反応にアリアは「いや、褒めてませんよ」と眉を寄せるも、当の白雪はアリアの言葉をスルーして「う、ヤバい吐きそう」と苦しそうに顔を歪める。そう。パトラとの激戦や巨大ピラミッドを破壊する中で己の力を使い切り、もはや立てないほどに疲労困憊となった影響で、今の白雪は何気に船酔いの症状に苛まれていた。

 

 

「うぅぁぅぅー」

「くぅッ、ユッキーお姉さまがこんなにも苦しんでいるのに根本的解決を望める策を編み出せず、微々たる援助しか我にはできないというのか……嗚呼、我の無力がここまで恨めしく感じる日が来ようとは……ッ!」

 

 解読不能な力ない謎言語を口にする白雪に直射日光が当たらないように背中で守りつつ、膝枕を行っているジャンヌはわなわなと手を動かしながら天を睨み、自身が今感じている無力感を体全体で体現する。ちなみに。今のジャンヌは船酔いで弱っている白雪になるべく快適な環境を与えるために、白雪へと吹き抜ける風の風上に随時ダイヤモンドダストを発生させて空気を冷やし、心地よい風を白雪に提供していたりもする。

 

 そんなどこまでもマイペースな白雪とジャンヌを見つめながらアリアは1つため息を吐くと、再度キンジへと向き直った。

 

 

「でも、その無茶がとても嬉しいです。ありがとうございます」

「改まって感謝することでもないさ。俺もユッキーも皆好きでアリアを助けに来たんだからさ。なぁユッキー?」

「ねーキンちゃん」

「そうは言っても私の気が収まりません。今度何か改めてお礼させてください」

「例えば?」

「んー、そうですね……私の奢りでちょっと高価な所でディナーなんて、どうですか?」

 

 アリアが言葉にした『お礼』の内容が気になり即刻問いかける白雪に対し、アリアは得意げに片目を瞑りつつピンと人差し指を立てる形で『お礼』の案を提示する。すると。思いのほか、「高級レストラン!?」と白雪が目を輝かせて食いついてきた。

 

 

(あれ? ユッキーってこんなに食に対して貪欲だったか?)

「お、乗ってきましたね、ユッキーさん。ならお礼は高級料理を奢るってことにしましょうか」

「あい! ……ぅ、気持ち悪さがぶり返して、ぅうう」

 

 キンジが白雪の反応に少々疑問を抱く中、アリアは白雪の反応の良さを受けて『お礼』として高級料理を奢る方針を決定する。一方。白雪はアリアの言葉に心底嬉しそうに笑みを零すも、すぐに表情を真っ青なモノへと変えていく。

 

 先ほどの輝くような笑みはどこへやら、一気に弱々しくなった白雪を見下ろした状態にて、対応に困ったジャンヌが「ユッキーお姉さま!?」とおろおろする様子を尻目に、キンジはアリアに対しふと浮かんだ問いをそのまま投げかけることにした。

 

 

「アリア。水を差すようで悪いんだが、お金とか大丈夫なのか? 店によりけりだろうけど、高い所は本当に洒落にならないぐらい高いだろ?」

「……ふふふ、キンジ。私を舐めていませんか?」

「え?」

「忘れてませんか? 私はホームズの血を継ぐ貴族ですよ? お金なら有り余ってますので、たかが一回高級料理を奢った程度で金欠になんてなりませんよ」

 

 両手を腰に当てて自慢げに語るアリアを前に、キンジは「そういえばそうだったな。すっかり忘れてたよ」と苦笑する傍ら、かつてアリアが『こう見えて私、結構持ってますよ?』と言っていたことを思い出していた。

 

 

「あ、もちろん。カナさん……でいいんですよね? あとついでにジャンヌさん、貴女たちにも奢りますよ」

「あら、そうなの? さっきから全然話題にされてないから、てっきり私やジャンヌのことはナチュラルに除け者にしているものだと思っていたのだけれど? それに、いいのかしら? 私やジャンヌは今も貴女の母親を卑劣な罠に陥れたイ・ウーの一員なのよ? その辺のこと、もしかして忘れてない?」

「忘れてませんよ。でも、それとこれとは関係ありません。ジャンヌさんが裏で色々と暗躍してくれなければキンジたちはタイムリミットまでに私を助けに来れなかった。カナさんがいなければキンジたちはパトラを倒せずに全滅していた。そうならなかったのは紛れもなくカナさんとジャンヌさんのおかげだからお礼をする。それだけのことですよ。……それに、理子さんと友達になった時点で、相手がイ・ウーの構成員かどうかってだけで態度を変えようとは思わなくなりましたしね」

 

 少々挑発的な物言いでアリアを試すカナに、当のアリアは柔和な笑みで返答する。アリアの発言から察するに、どうやらここ数カ月、数名のイ・ウーメンバーと接触したことでアリアの価値観に確かな変化が発生したようだった。

 

 

(アリアも成長してるってことだよな。見た目はまるで変わらないけど)

「クククッ。中々どうして、殊勝な心がけじゃないか。そうだ、ここのメンバー全員がこの場まで来れたのは我の功績以外の何物でもない。我を褒め称え、深く感謝の念を捧げ、高級供物を献上することを確約するその態度……中々どうして、己の身の程を弁えられるようになったではないか。しかし……クハハハッ。我の要求は高いぞ? 貴様の財布が吹き飛ぶほどのレベルの供物を強制し、破産へと追い込み、食事をおごるなどと軽い気持ちで宣言したことを存分に後悔させ、絶望の深淵へと突き落としてくれよう! クックックッ、ハァーッハッハッハッ!」

「……それにしても、この結果はラッキーですね。怪我の功名とはまさにこのことでしょうか」

 

 アリアがジャンヌやカナに対しても『お礼』をすると発言したことに対し、ジャンヌは胸の前で腕を組み悪役な笑みを浮かべて高らかに笑う。だが。当のアリアがジャンヌの言葉を軽くスルーして神妙な声色で言葉を紡いだため、ジャンヌが「ちょっ、無視!? 無視か、貴様ァ!?」と叫び、やり取りを見守っていたカナが思わず「ぶふッ!?」と吹き出すこととなった。案外、カナの笑いの沸点は低めのようだ。

 

 

「怪我の功名?」

「はい。あの自称クレオパトラ7世はお母さんに罪をなすりつけた1人です。これでまた一歩、お母さんの無罪証明の道筋が見えてきました」

「あ。何だ、そうだったのか。良かったな、アリア」

「はい」

 

 口調は穏やかながら、しかし嬉しさを隠しきれないといった体のアリアを前にしたキンジは自然と柔らかな笑みを浮かべていた。この時、キンジはカナがお仕置きの延長線上でうっかりパトラを殺さなかったことに内心で深く感謝した。と、ここで。キンジの研ぎ澄まされた第六感が唐突に、実に唐突にこの場から逃げろと警鐘を鳴らし始めた。

 

 

(何だ、この感覚……何かが、おかしい?)

「な、なぁジャンヌ。あとどれくらいで武藤たちが来るか、わかるか?」

「さてな。準備がいると言っていたが、やたらとオーバースペックな奴らのことだ、あと数時間もすれば迎えが来るだろう。気長に待とうではないか」

「いや、それはそうなんだが……何か嫌な予感がしてな」

「何だ、煮え切らない反応だな。早く帰りたいのであれば、オルクスを使えばいいだろう? 我とカナリアーナが使ったオルクスは急ごしらえゆえに片道切符だが、貴様とユッキーお姉さまが使ったオルクスには往復機能も付けているんだ。神崎・H・アリアをつれて先に帰っても――む?」

 

 キンジをジト目で見つめつつ、ぞんざいな口調で言葉を紡いでいたジャンヌだったが、何か気にかかることがあったらしく、ピタリと発言を中止する。ジャンヌの様子の変化にキンジは一度「ジャンヌ?」と問いかけるも、ジャンヌが無反応だったため、キンジもジャンヌの視線の先を見やる。すると。ただただ海を見るカナとアリアの2人の姿があった。何もないはずの海の水平線を見つめたまま微動だにしない2人の姿があった。

 

 

「? どうしたんだ? アリア、カナ姉?」

「……海から生き物の気配が消えているの。パトラが呼び集めていたはずのクジラの群れも、海鳥も魚もいなくなっているわ」

「え、それって――」

 

 何かに思い当たったのか、「――まさか」とカナが無意識に呟いた瞬間、海を凝視していたアリアがハッとした表情とともに「上から何か来ます! 構えてください!」と上空を指差し、皆に注意を呼びかける。

 

 その時、アリアの指差す先を一斉に見やったキンジたちは目撃した。何もない空の彼方から何の前触れもなくスゥゥと何かが現れる様を確かにその両眼で目撃した。それは、現実世界において絶対に存在してはならない類いの架空の構造物だった。

 

 

「な、え、は?」

「あ、あれって、まさか、キンちゃん?」

 

 何もない空間から突如、宙に浮かぶ形で登場した非現実的極まりない構造物にキンジはあまりの驚きっぷりに口をパクパクと動かすのみ。白雪も普段のマイペースさはどこへやら、引きつった笑みを浮かべてキンジに途切れ途切れの問いを飛ばす。その白雪の表情からは、今自分の目に映るものを容易に受け入れられないという彼女の心境がありありと映し出されている。ちなみに。ジャンヌとカナは『このタイミングでか……』と言わんばかりに目を細め、アリアはキンジと白雪の驚愕具合に首を傾げるのみだったりする。

 

 キンジはただ驚くことしかできなかった。アリアと出会ってからの数カ月間、キンジが何かの事象に対し心の底から驚いた回数は数知れない。その中でも最大級の驚愕を、キンジは今まさに感じていた。なぜなら、キンジの見上げる先には。配色や物質構成の違いこそあれど、形状だけならラピ●タとそっくりな構造物が宙に存在していたからだ。

 

 

「ちょっ、ラピ●タァァァアアアアアアア!?」

「アイエェェエエエエ!? ラピ●タ!? ラピ●タナンデェェエエエ!?」

「え、ちょっ、2人とも急にどうしたんですか!?」

(確かに空中にあんな変わった構造物があるのは驚くべきことですけど、何もそこまで過剰反応することじゃ――)

 

 『天空の城ラピ●タ』という名作を知っているキンジと白雪はただただ叫ぶばかり。一方、キンジと白雪が唐突に動揺しまくり始めた理由がわからないアリアはキンジと白雪の動揺の波につい呑まれそうになる。どうやらアリアはまだ日本で過ごした期間が短いがために、ただいま遥か上空で静止しているラピ●タもどきの元ネタを知らないようだ。

 

 

(ヤバい、ヤバいヤバい、これ絶対ヤバいってッ! これ今どんな状況なんだ!? え、ラピ●タって実在してるの!? 『ラピ●タは本当にあったんだ!』って感じなの!? あぁああああったく! わけわかんねぇ、もし夢だったら頼むから今すぐ覚めてくれッ!)

 

 キンジの思考回路が存分にテンパっていることなどつゆ知らず、威厳を放ちながら上空に鎮座しているラピ●タはググッとわずかに動きを見せたかと思うと、あっという間のスピードでラピ●タの形から巨大な二足歩行型のロボットの形へとその形態を変化させた。結果、ラピ●タモードでなくなったせいで浮遊力を失ったのか、巨大ロボットの形をした何かは急降下を開始。その巨体が容赦なく海へと打ち付けられた。

 

 質量を伴った巨大物体がザッブゥゥゥウウウン!と隕石のごとく海へ突撃した影響で、巨大物体の落下地点から発生した波浪がアンベリール号を転覆させる勢いでグワングワンと揺らしてゆく。

 

 咄嗟に舳先の鎖や落下防止柵を掴むなどして各々激しい船の揺れに耐えるキンジ・アリア・カナ・ジャンヌ。しかし、疲労困憊&船酔い状態ゆえに甲板に寝転んでいた白雪は容赦のない船の揺れのせいで船体からあっさり体を投げ出され、「ほぇ?」という間抜けな声とともに宙を舞い、そして荒れ狂う波が特徴的な海へバシャーンと落下することとなった。

 

 

「わきゃああああああああッ!?」

「ユッキー!?」

「ユッキーさん!?」

 

 実にあっさりとポーンと海に投げ出された白雪を目の当たりにしたキンジはアリアとともに切羽詰まった声を上げる。無理もない、何せ今の白雪はロクに動く力も残っていないのだ。そんな状態で海に落ちた以上、誰かが急いで助けに行かないと白雪がまず間違いなく死んでしまうのだから。

 

 眼前の謎の物体への対応か、それとも白雪の救出か。問答無用で判断に迫られたキンジ。だが、ジャンヌが「ユッキーお姉さまぁぁああああ!」と白雪を追うように躊躇なく海に飛び込んでいったため、白雪の救助は白雪信者のジャンヌに任せようと、キンジは一旦白雪のことを思考の外へ追いやり、改めて目の前で異様な存在感を放つ謎の巨大ロボットへと意識を向ける。

 

 遥か上空から派手に海へとダイブした例の巨大ロボットは今現在、キンジたちのいるアンベリール号までダッシュで迫ってきている。そう、ダッシュだ。あたかも『右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出し、これを繰り返せば水上でも走れる!』とでも言わんばかりに、水上を全力ダッシュで駆け抜けてくるのだ。

 

 ドシン、ドシンと重々しい足音を響かせてグングン近づいてくる巨大ロボット。実を言うと、キンジはなぜか眼前のふざけた光景に既視感を感じていたのだが、ちょうどこの時、キンジの頭脳はその既視感の元凶へとたどり着いた。

 

 それは、7月のプールの授業にて。機械工作&発明の天才児と名高い平賀文が4時間で造り上げたボストーク号の模型の映像だった。そのボストーク号もラピ●タや巨大ロボットへと自在に変形し、プールの水面を当然のように駆け抜けていた。そう、まさに今目の前で繰り広げられている光景と同じである。

 

 

――知らなかったのかね、遠山くん? 実はあのラピ●タのモデルはボストーク号だったのだよ!

 

――悲劇の原潜ことボストーク号はさ、実は用途に応じて様々な形に変身することができてねー。グレートありがとウサギにもなれるしガン●ムにもなれるのだよ!

 

 

(ま、まさかこれが本物のボストーク号なのか? あの、進水直後に事故で早速行方不明になったていう、あの……てことは平賀の作ったボストーク号の模型って、あれ冗談じゃなかったのかよ!? ボストーク号にただ手当たり次第にオーバースペックな変態機能を取りつけて遊んでたんじゃなくて、本当に元のボストーク号を忠実に再現してたのかよ!? マジか、ウソだろ!?)

 

 不意に平賀の発言がいくつか脳裏によぎったキンジは内心で驚愕の声を上げまくる。一見、外から見ただけでは間近に迫る巨大ロボットに強い警戒心を込めた鋭い視線を送る凛々しい表情を取り繕っていたキンジだったが、その内心は大混乱だった。

 

 一方。アンベリール号との距離を詰め終えた巨大ロボットはまたまた形を変形させていく。今度は何なんだ、と現実逃避したい衝動に駆られつつも警戒を怠らないキンジをよそに、巨大ロボットは船の形へと形態を変え、そのままほんの少しも動かなくなった。その船体を見て、『伊U』との白文字がでかでかと書かれている部分を見て、キンジは理解した。

 

 

「カナ姉、これは……」

「貴方の考えている通りよ、キンジ。イ・ウーの正体はこの戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦。ボストーク号は表向きでは沈んだことになっていたけど、実際は教授(プロフェシオン)に盗まれていたの。これを拠点にしているからこそ、国はイ・ウーに手出しできなかった。そして、イ・ウーの名前の由来は、わかるわね?」

「あぁ」

 

 カナからの確信を持った問いかけにキンジは1つうなずく。『イ』は、かつての日本で使われていた潜水艦を示す暗号名『伊』のことで、『ウー』は、これまた過去のドイツで使われていた潜水艦のコードネーム名『U』のこと。つまり、イ・ウーという犯罪組織の名前は、同時にイ・ウーの拠点をも暗示していたということなのだろう。

 

 

「キンジ? カナさん?」

「ふむ、これがアンベリール号か。中々に好みの配色にアレンジされている。パトラ君のお嬢さまなセンスから生まれた美も、中々に素晴らしいな」

 

 キンジとカナの会話について行けず、思わず問いかけるアリアの言葉を遮るように声が響く。それは、今船上にいるキンジ・アリア・カナのどれでもないもので、キンジたちがバッと一斉に背後を振り向くと、その先に一人の男が立っていた。それは、若々しさを前面に押し出した好青年といった風な男だった。

 

 

(なッ!? こいつ、いつの間にアンベリール号に乗り込んでたんだ!? いくらボストーク号に気を取られまくってたからって、どうして気づけなかった!?)

教授(プロフェシオン)!?」

 

 キンジが己のうかつさを呪いつつもすぐさま拳銃を取り出し銃口を謎の男に向ける中、隣のカナがわなわなとした口調で謎の男の名を叫ぶ。その声を聞いて、キンジはすぐさま把握する。今まさに眼前に存在するのがイ・ウーを束ねる正真正銘のナンバー1の人物であり、カナが俺なら倒せると思ってくれている人物なのだと。

 

 

(そうか、こいつが……)

 

 キンジは拳銃を握る左手にさらに力を込めつつ、前をしっかりと見据える。ボストーク号のとんでもない登場シーンにより動揺しまくっていた心が段々と平静を取り戻そうとしていたキンジだったが、次のアリアの言葉により、再び混乱の最中に追いやられることとなった。

 

 

「……ひい、お爺さま?」

「え?」

 

 目を大きく見開いたまま、茫然と眼前の危険人物の名を呟いたアリアにキンジはつい無意識ながら困惑の声を漏らした。それだけ衝撃的だったのだ。

 

 アリアのひいお爺さまということは、アリアの曾祖父だ。それはつまり、もしアリアの言葉が本当なら、そういうことになる。だけど、それは普通ならあり得ない。何せ、人間の寿命は限られていて、話によれば、その人物は1854年生まれだからだ。……もし仮に、仮に本物だとして、150年ほど生きてきたはずの人物がまるで老衰しておらず、純然たる若々しさを保っているのはどう考えてもおかしいからだ。

 

 けれど、俺は既に人外の存在を知っている。人間より凶暴で凶悪で、人間よりはるかに長い寿命を持つブラドを知っている。ならば、もしその人物もまた人間を辞めているのであれば、目の前の人物が今こうして存在していることにも一応ながら説明はつく。

 

 何より、この崇め奉りたくなる存在感。ひれ伏したくなるオーラ。正直、イ・ウーのナンバー2やら元ナンバー2やらの延長線上の存在だと高を括っていた節のあった過去の自分を殴り飛ばしたくなるほどの、格の違い。これが、本人じゃないわけがない。

 

 

「正解だよ、遠山キンジ君。いい推理だ。常識に囚われないその柔軟な思考能力……さすがは僕の凡庸な頭脳が見込んだ通りの優秀さだ。でも1つだけ訂正しておこう。僕は人間を辞めていない。正真正銘、ただの一般人だ」

「てことは、お前は本当に――」

「意外かい? すまないね、こんな凡人で。僕のことはよく映画や小説、漫画やアニメなどで美男美女に表現されているから、自然と君の中での期待値は高かっただろうが、現実はこんなものだ。パッとしない外見で拍子抜けだろう? インパクトに乏しくて非常に申し訳ない」

(……いや、そんな否定するほど酷い顔か? どう見ても美形だと思うんだけど)

「さて、改めて自己紹介をしておこうか。……そう。この中の中の上くらいの顔をした僕こそがその辺に転がる石ころのようによくいるありふれた平凡男、シャーロック・ホームズだ。短い間だけど、よろしくしてくれると嬉しいよ」

 

 全身からゆらゆらとにじみ出ている王者の風格とは裏腹に、やたらと『普通』を強調する男、もといシャーロックはキンジに対し恭しく頭を下げる。

 

 

 シャーロック・ホームズ。それは世界各地で勃発した数々の難事件・怪事件を見事に解決した、19世紀末の大英帝国(イギリス)の英雄であり、史上最高&最強の名探偵として名高い存在。当時、頭脳・戦闘能力ともに誰一人到達しえない境地へと到達した、まさに伝説の偉人と称すべき存在。そして。俺たち武偵の原型にもなった、とかく偉大な存在。

 

 そんなシャーロック・ホームズが教授(プロフェシオン)として姿を現したことにより、パトラ討伐によってひとまず収束を迎えようとしていた事態が、一気にうごめき始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 第四章 熱血キンジと砂礫の魔女 完

 

 

 

 

 




キンジ→ラピ●タなボストーク号の登場に対し、中々いい感じのリアクションをしてくれた熱血キャラ。その気持ちは凄くよくわかる。
アリア→自分を救ったお礼として関係者に高級料理を奢ることにしたメインヒロイン。浪費癖がないので余計に有り余るお金を散財したい意味合いもあったそうだ。
白雪→疲労しきった状態で船上にいるせいですっかり船酔いしてしまった怠惰巫女。キンジと同様、ラピ●タに対して素晴らしいリアクションを見せてくれた。何かいい感じに海にダイブしてしまったが、安否やいかに。
ジャンヌ→船酔い状態の白雪の介抱にてんやわんやな厨二少女。白雪を助けるために真っ先に海に飛び込んだが、実はそんなに泳ぎは得意じゃなかったりする。
カナ→アリアをキンジの恋人としてふさわしい存在かどうか地味に試したりしていた男の娘。今回も終始真面目モードだったため、割と空気だった模様。そして案外、笑いの沸点が低い。
シャーロック→何かと自分を凡人だと発言している逸般人。『大スケール』なボストーク号に乗ってやってきた。本気で自身を普通だと思っているのか、ただ口にしているだけかは未定である。

白雪「わきゃああああああああッ!?(←海へ落下)」
キンジ「ユッキーが死んだ!」
アリア「この人でなし!」
ジャンヌ「貴様ら、ユッキーお姉さまを勝手に殺すなぁぁああああああ!!」
カナ(だ、ダメよ! 今は笑っちゃ……堪えるのよ、私! ここで笑ったら一応緊迫してる今の状況が台無しになっちゃうわ! で、でもこれは……)
シャーロック(……僕の推理以上に、随分とキャラの濃い面々みたいだね)

 というわけで、117話終了です。ついにシャーロックさんが登場した所で、これにて第四章は終了です。第四章の執筆期間は約1年3か月。いやぁ、長かった長かった! というわけで、次回からは波乱の第五章となるので、どうぞお楽しみに。


 ~おまけ(ネタ:自重を忘れたボストーク号の末路)~

 遥か上空を浮遊するラピ●タの形をしたボストーク号を見上げている状況にて。

キンジ「ちょっ、ラピ●タァァァアアアアアアア!?」
キンジ(ってことは、例のあの呪文で壊れたりすんのか? 確か平賀の作ったボストーク号の模型もそれで崩壊したよな? ……いやいや、まっさかー。さすがにそれはないだろ。……でも、試すだけ試すのも悪くはないよな?)
キンジ「――バルス」

 ボストーク号、崩壊開始。

シャーロック「あぁあ!? ボストーク号が!? イ・ウーの本拠地がぁ!?(←絶望の表情)」
キンジ(ホントに崩壊したよ、おい……)

 シャーロックさんかわいそう。
 ちなみに天空の城ラピ●タは1986年8月2日に公開されたそうです。

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