決闘黙示録 シンジ   作:紅のとんかつ

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 あ~、もっとぴょんぴょんしたいんじゃ~



第2話 圧倒的高額兵器

「さあて、手に入った五千円でカードショップにでも繰り出すとするか!」

 

 

 一つの革命を成し遂げた俺は、ほこほこ顔で行きつけのカードショップに向かう。Dホイールに乗る風が気持ちがいい。成し遂げて、そして勝利と栄光(と金)を手に入れた時のドライブは最高だな!

 

 気持ちよく街を凱旋しながら目的のカードショップの駐車場にDホイールを止め、るんるん気分で店の中に入っていった。

 

「ようテンチョー! また来たぜ」

 

 行きつけの店だから顔なじみになってしまった店長に挨拶をすると、カードを並べて入れているショーケースを磨いている店長がこちらを見やる。店長は細い目をにっこりと形を変えて俺の来店を喜んでくれた。

 

 

「やあ、シンジ君。昨日来たばかりなのにまた来てくれたんだね?」

 

 

 細い目に大きな鼻の店長”大槻”さんは優しい顔で俺を迎え入れてくれた。

 すると奥のカウンターで整理作業をしていたバイトの二人の沼川と石和が小馬鹿にしたように笑う。

 

 

「なんだいシンジ君wwwまたカードを”見に”来たのかい?」

 

「いいよ~? 見るならタダだしね~www」

 

 

 ニヤケ面の二人にイラっとしながらも怒りを抑え、ポケットに直接くしゃっと突っ込んでいた五千円を取り出して不敵に笑う。

 

 

「残念ながら今日の俺はお客様だ。カード、買いに来たぜ」

 

 

 俺が金を見せると、一瞬目を丸くした沼川と石和はフッ、と少し微笑み頭を下げて「いらっしゃいませ!」と挨拶してきた。

 

 その手の平返しに三人で笑い合い、その様子を大槻店長は優しい顔でこちらを見守っていた。

 

 

 

 さて、軽く挨拶を済ませて、俺は奥のショーケースに向かう。

 そこには、俺が高くて手が出せないようなカード達が沢山並んでいた。モンスター、魔法、罠そしてシンクロモンスターと分けられて並んでいるソレは、実際の宝石の善し悪しなんて解らない俺にとって、これこそが宝石箱だ。いつもは見るだけ見て、”もしこのカードがあったら”なんて妄想を膨らませるばかりで実際には手が出せない。

 

 でも、今日は買える! このデイモンから勝ち取った五千円があれば、ビールだってなんだって……!

 

 

 

 そして俺は、目的にしていたカードを探す。俺はもう既に何を買うか決めている。

 

 アイツとの最初は出会いは、敵同士だった。トップスの奴が俺の逆転を狙って召喚したハマに対し、ソイツは突然現れて一瞬で墓地に連れ去ってしまった。その時はトップスらしい嫌なカードだな、とすら思っていたのだが、その時一瞬映ったソリッドビジョンの姿が頭から離れなかった。

 

 だが名前すら知らなかったソイツと、昨日運命的な出会いを果たした。

 

 負けが続き、落ち込む俺が金すら無いにも関わらず足を運んだこのカードショップで、トップスの住む高層都市にしか売ってないであろうソイツがカードショップに入荷されていたのだ。忘れもしない、その姿を見た俺は、店長すら観賞用とすら言い放ったソイツを手に入る事が出来れば、きっと革命を起こす為の力になるはずだと思ったのだ。

 

 ならこんな場違いの小汚ねぇカードショップにソイツが現れたのは、きっと俺と一緒に革命を起こす事を考えてここに来たんじゃないか。そうとしか思えねえ。

 

 そうで無ければ考えが付かない。この薄汚いカードショップに来るようになったのも、その時たまたま入荷されたのも、そしてその次の日である今日、デイモンから偶然五千円かけた勝負をふっかけられたのも。

 

 そうと決まれば戦うしかなかった。負ける訳にはいかなかったんだデイモン。

 

 

 

 そしてついにショーケースの中で待つアイツを見付けた。

 買える大金を持って、来たぜ! なあ、ゆき……

 

 

 

 

    ざわ・・・。     ざわ・・・。

 

 ざわ・・・。    ざわ・・・。

 

 

 

 

 

 ”幽鬼うさぎ 6,308円”

 

 

 

    ざわ・・・。     ざわ・・・。

 

 ざわ・・・。    ざわ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

『圧倒的値打ちっ! 狙われたかのような封入率に高照した相場! シンジ、圧倒!』

 

 

 馬鹿な!? なんだこの値段は! 他のカードと並べたって2周り以上、明らかに高いじゃねえか!

 

 樋口一葉一体のリリースだけで飽き足らず、夏目漱石をリリースする事を要求し、さらに足りないってなんだよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐにゃあああああああああ。

 

 

 

 

 

 嘘だろっ……、まさか、そんな……。

 たった一枚のカードなのにこんな値段、そんな事があってたまるかっ!

 

 五千円だぞ! ガソリンフルで入れたって、さらにお釣りが出る!

 

 ついでに言えば、俺の一ヶ月の食費よりも、なんなら俺の日給より何倍もたけえじゃねえか!それをたった一枚って、一枚に六千円以上ってどうなってんだよ!

 

 

 俺は視界が歪み、そして床にヘタリ込んでしまった。

 

 トップスの連中がこぞって振り回すこのカード。

 奴らはこのカードを三枚も入れてるような奴らがいて、こちらが苦労して召喚したカードやキーカードを妨害してくる。だから、アイツ等と革命でやり合うなら俺だってコイツが必要だと思ったんだ。それを……、それをこんな値段なんて……。

 

 がくがくになりながら幽鬼うさぎを見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その可愛らしいイラストを見て、俺はとんでもない事に気がつく。

 

 

 

 

 

 

 

 可愛い見た目しておきながら絶大な力を持ったそのカードは、

 

 

 

 

 よく見たらイラストで万札のような物を握っているじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 その時、俺の中で謎が一本に繋がった。

 

「お前、トップスと繋がってやがったのか!」

 

 そのイラストは、その強さは、値段は、俺たちのようなコモンズには手が出せない。だがトップスにとっては容易く手に入る!という事は、コイツは、初めから……!

 

 

 

 

「ふざけんなテメェー!!!」

 

 

 

『シンジは我を失ってショーケースを揺さぶる! その真実に、その圧倒的な裏切りにっ!(CVマダオ)』

 

 

 

「テメェ、出て来い! 出てきて言い訳でもしてみせろぉ! そして俺のデッキに入れ畜生!」

 

 

 勢いよく揺さぶりかけていると、店長達がぎょっとして俺を抑えにきた。

 

 

 

 

「し、シンジ君何やってんの!?」

 

 

「らぁめぇ!!! ショーケース割れちゃうから!」

 

 

 

 それから俺は暫く暴れた。悔しさで、どうしようもなくかったから。石和に殴られるその時まで俺は幽鬼うさぎのあるケースに蹴りを入れ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 10分後。

 

 店のデュエルが出来るテーブルとかがあるコーナー。そこで俺はすっかり意気消沈して俯いて座っていた。その俺に店長はコーヒーを入れて持ってきてくれる。

 

「落ち着いた? シンジ君」

 

 

「すみません店長。俺、ついカッとなって……」

 

 

 幽鬼うさぎに裏切られてつい冷静さを失っていた俺、店に迷惑をかけた事を自覚し、頭を下げる。だが店長は気にしなくて良いっという風に手で答えてくれた。

 

 

「仕方ないさ。どうしても欲しかったカードがとてつもない額に跳ね上がって、ようやく手に入れた金で届かない。そうなっちゃカッとなるのも仕方ないさ。俺もこんな店をやってんだ、その気持ちは痛いほど解る」

 

 店長は優しい声で俺を許すどころか励ましてくれた。なんて心の広い人なんだろう。見た目通り、滅茶苦茶優しい人じゃねえか。

 トップスに対して憎しみを燃やす毎日の中、こんなコモンズに出会えると案外俺達はそこまで底辺じゃないのかと思えてくる。見ろトップス、お前らと違ってコモンズには人情溢れる人だっているんだぞ。

 

 店長の優しさに涙が流れそうになるのを抑え、俺は顔をあげた。

 

 

 

「確かに幽鬼うさぎ、欲しかったけど手に入らないなら仕方ないよな。店長、皆が売ってきたノーマルカード束、見ていいか?」

 

 一枚10円位のノーマルカード束。探せばそれなりに有用カードだって入っている。折角来たんだし、それに店にも迷惑をかけたんだし何か買っていかないとな。

 

「……シンジ君、君は幽鬼うさぎたんが欲しかったんじゃないのかい?」

 

 店長の声が優しいまま、トーンが低くなる。

 

「そりゃあ、欲しいっすけど、買えないし……」

 

 それに流石に六千円は出せない、例えデイモンから六千円ぶんどってきたとしてもそんな金あったら生活費にあてた方が今後の為にもなる。

 

 

 

「だからこんなノーマルカードで我慢しようって事かい? シンジ君、あまり君を悪く言うつもりは無いが、君は買い物が下手だなあ」

 

 突然の店長の言葉に驚き顔をあげる。

 店長は、困った顔をしながら俺を見つめていた。

 

「下手? 何を言ってるんだ、買い物に上手い下手も無いだろ?」

 

 店長の言葉に疑問で返す。すると首をゆっくり振りながらその返答をくれた。

 

「いいかい? 本当に君が欲しいのは、コレ。この幽鬼うさぎたん。なのに君はこの子が高くて手に入らないから、この別に欲しいかも解らないノーマルカードを買うという。それっておかしくないかな?」

 

 

 う……。

 言われてみれば、俺はなんか格好悪いから、とか折角きたからなんとなく、でカードを買おうとしている事に気が付いた。なんて事だ、俺の本当の気持ちを店長は見切っていたのだろう。

 

「本当に欲しい物があるけど、高くて買えないから他の物で気を紛らわす。でもねシンジ君。その紛らわしで買った物は絶対に君を満足させてはくれないよ? そのカードを見る度本当に欲しかった幽鬼うさぎたんが頭の中にチラついて、かえって虚しくなっちまう。そんなノーマルカードなんかで幽鬼うさぎたん以上の仕事なんて、する訳無いんだもの」

 

 

「た、確かに……」

 

 話を聞いてく内に、俺は店長に正対していた。店長はそれに合わせ、俺にしっかり向きなおして親身に助言をくれる。その助言は、流石年上っていった所だ。とても身に染みていく。まるで昔、コモンズにカードを教えてくれたエンジョイ長次郎さんみたいな凄い人だと感動してしまった。

 

「いいかい? 買い物に変わりなんて物は殆ど無いんだ。買いたい物、物欲はその欲しい物じゃなきゃ絶対に満たされない。なのにそんな買い物するんじゃ、無駄使いっていうんだとワシは思うなあ」

 

「なる程。じゃ、お金を貯めて、また来れば良いって訳だな」

 

 店長の言いたい事が解り俺はつい笑顔で答えた。しかし、その答えに店長は申し訳なさそうに俯く。

 

「確かに、普通の買い物だったらそうなんだろうけどなぁ……」

 

 店長は横に座り直し、そして幽鬼うさぎのあるショーケースの方を見つめている。そして、悲しそうな声で俺に質問を投げかけた。

 

「あの幽鬼うさぎたん、なんであんなに高いと思う?」

 

「そりゃ、強いからだろ? それとレアリティが高くて手に入りにくいからとか……」

 

 俺は正解を言ったつもりだった。しかし俺のその視点はひどく狭い物だったと思い知らされる事になる。

 

 

「それも確かに正解だ。だけどね、ワシのようなカードを売る側の人間としては、それだけが理由じゃない。……高い理由はね、売れるからだよシンジ君」

 

 

 

 店長の声が、その時だけ凄く重みのある声質に変わった。その声は一人の商売人としての姿という物を見せてくれる。

 

 売れるから、言われてみれば確かにそうだ。強い、レア、汎用性が高い、イラストアド、高い理由は色々あるだろうが、どんなに高価な物が店に並ぼうと商売的には売れなくては意味が無い。例え世界で一つしかない伝説の宝石を店先に並べようと、売る事を目的に並べた以上、高すぎて買って貰えないのではなんの意味もない、役立たずだから売れない石と大差無いんだ。

 

 にも関わらず何故幽鬼うさぎがこんなに高い値段でショーケースに並んでいるか。それは店側としての答えは簡単、高くても売れるからだ。

 

 

 

 

 あ……。    あ……。

 

 

 

 幽鬼うさぎのあるショーケースを見やり、俺はようやく危機感を覚えた。

 金を貯めて次に買う? 違う、なんで絶対に次があるなんて思ってんだ! そうじゃないだろ!

 

 俺がこんなに欲しいんだ、他のコモンズだって滅茶苦茶欲しいに決まってる!

 

「流石シンジ君。もう察しが付いたようだね。そう、思った通りなんだよ。実は、君以外にも幽鬼うさぎたんが欲しいとショーケースに張り付いている人間がいるんだ」

 

「そんな……!」

 

「本当だよ。そして奴らは待っている。幽鬼うさぎたんがショーケースに売れ残り続け、少しでも値が下がるのを今か今か、と。だから今まで売れずに残っているんだよシンジ君。でもね、いくら他の連中がシンジ君ほど聡明じゃないにしたって、時間が経てばその内気付くんだ。狙っている奴が他にもいるんじゃないか、とね。そうなったら後は早い者勝ちになるだろうね」

 

「あ……、あ……」

 

「大丈夫、シンジ君。この事に気付いたのは”今は”君だけだ。その時点で、幽鬼うさぎたん争奪戦は一歩前に出ているんだよ」

 

 店長は優しく言ってくれているが、そうじゃない。もう、時間が無いんだ。色々な奴が幽鬼うさぎを手に入れようとしている。

 もしあの幽鬼うさぎを逃せば、こんなコモンズが暮らすような汚ぇ店にまた並ぶなんて事ほとんどありえねえ。

 

 お、俺の……俺の革命には、トップスの奴らに一泡吹かせるには、今買うしかねぇんだ。

 

 

 

「シンジ君、迷っているんだね。解るよ~、六千円だ、安い金じゃない。それがあったら美味い肉が食える、なんなら汎用カードだって三枚揃うもんね? 大丈夫だよシンジ君、ワシもこう見えて一人の商売人である前に、いちデュエリストだ。ワシを信じてくれるなら、相談にだって乗るよ。今、シンジ君の手持ちはさっきの五千円だけかい? 他にあるなら、やりくりの仕方を考えて幽鬼うさぎを手に入れる道を考えよう」

 

 相談? そうだ、売る側の、そして商売人の店長に話を聞いて貰えるのは凄い助かるんじゃねえか?

 そうだよ! 俺には他の奴らより有利な点がある。まず時間が無い事を知っている事、そしてこの優しい店長を味方につけた事だ! ありがてえ!

 

「て、店長。俺、ポケットに、小銭だけど5百円位あるっ!」

 

 頭の中をフル回転させて自分の財産を確認し絞り出す。しかし店長はう~ん、と首を捻った。

 

 

 

「流石に5500円じゃ足りねぇな~、それじゃ、レアカードは持ってるかい?」

 

「B・Fなら……」

 

「B・Fか~! BFならともかく、そっちじゃな~! 判明カードが少なくてデュエルにならない」

 

 

 

 だ……、駄目なのかっ……。

 

 

 

 

『シンジ! 自分の財産を全て絞り出したのに幽鬼うさぎには届かずっ! またしても! 手に届きそうな所に降りてきたにも関わらず、幽鬼うさぎは手に入らない!(CVマダオ)』

 

 

 

「クソッ……、どうしていつも俺たちは……、トップスの奴らはポンポン幽鬼うさぎを使うのに、どうして俺の所には来てくれないんだよ……! ぴょんぴょんさせてくれねぇんだよっ!」

 

 

 

 

『この時、シンジの心にはただ一つ、悔しさだけが込み上げる! カードが手に入らない悔しさでは無い! トップスの奴等はいつでもぴょんぴょん出来るのに、自分みたいなコモンズには跳ねて貰えないという格差! 圧倒的格差! このトップスとの格差への悔しさっ! この社会への悔しさなのだ!(CVマダオ)』

 

 

 

 

「くそ……悔しいっ!」

 

 

『悔しい!(CVマダオ)」

 

 

 

「悔しい!!」

 

 

 

『悔しいっ!!(CVマダオ)』

 

 

 

 

「悔しい!!!」

 

 

 

『悔しい!!!!!(CVマダオ)』

 

 

 

『だが、それで良い!!(CVマダオ)』

 

 

『シンジは、普段の生活で腑抜けていた! トップスへの不満を毎日漏らすだけでなんの生産性の無い毎日で、革命への思いが薄まっていたのだ! だが、シンジは心がぴょんぴょん出来ない事実に、トップスとの格差を新たに叩き込まれ、奴等への怒りを取り戻したっ!(CVマダオ)』

 

 

立ち上がれ……、立ち上がるんだシンジ!

 

俺は、俺達コモンズの革命の成否も未来も、このチャンスを逃したら二度と無い。明日金を貯めたらじゃ無い、店長が譲歩の姿勢を見せてある今が最後のチャンスなんだ、今しかねぇ!

 

「店長、頼む! なんでも良い、なんでもやるから幽鬼うさぎを手に入れたいんだ! なんとか出来ないか?」

 

 

「……解ったよシンジ君。君の熱意には負けたよ」

 

 涙を流したまま、肩を叩いてきた店長を見上げる。優しく微笑むその顔は、まさに仏のようだった。

 

「……て、店長、じゃあ!」

 

 その言葉を聞いた俺は、つい期待して店長の手を両手で握ってしまった。

 

 

 

「い、いやぁ、流石に値下げは出来ねえよ……、そんな事をしてしまったら、他の今か今かとずっと待ってる他の客に示しがつかねえ」

 

 

「だ、だよな……」

 

 

 俺の味方をしてくれている店長に、ついとはいえあまりにも甘えた希望を持ってしまった。俺って奴はどこまで甘えてんだ。

 だが店長はそんな俺を軽蔑することなく、優しい表情のまま俺をカウンター前まで連れて行き、奥から一つの箱を取り出してきた。

 

 

 

「シンジ君、コレに挑んでみる気は無いかい?」

 

 カウンターの上に出されたそれは、”クロスオーバー・ソウルズ”と書かれた箱だった。表紙に映るドラゴンがなんか美しくて格好良い。

 

 

 

「テンチョー、なんだこの箱は?」

 

 

 差し出されたソレは、俺の知らない物だった。ついキョトンとした顔を晒してしまう。その姿を見た店長は、不敵に笑うとその箱を丁寧に開いていく。すると中には俺の知っている物が入っていた。

 

 

 

「それは、遊戯王パックじゃねえか!!!」

 

 

「そうだよ~、そのパックを出す前の箱さ~」

 

 

 

 なんてこった。カードってのはパックに入っている物しか見たことが無かったが、売る前はそうやって纏めてあるんだな。

 

 そんな風にカードの販売前の仕組みを感心いたように納得していると店長の口からとんでもない発言が飛び出した。

 

 

「シンジ君、このパンドラの箱には幽鬼うさぎが収録されていたパックが入っている。コレを”箱買い”してみねぇか?」

 

「……な!? 箱、買い、だと……!?」

 

 

 

 

 

 

    ざわ・・・。     ざわ・・・。

 

 ざわ・・・。    ざわ・・・。

 

 

 

 

 ”箱買い”

 

 聞いた事はある。確かトップスの連中の間では当たり前の行為で、1パックづつ買う手間を惜しんで纏めて買う、ノーマルを揃えつつレアカードを狙う買い方だったはず。

 

 だがその購入する値段は、パックなら数百円の所、数千円出して一気に買う行為だ。

 

「ば、馬鹿言うんじゃねぇ店長! わざわざ買う手間惜しんで欲しくもねぇノーマルの束に金が掛かるリスクを払ってそんな事をやるになんの意味がある!? パック一つ一つ買えばレアが当たらなかった時に損をする額は少なくて済むし、もし幸運にも欲しいカードが当たったら、そのパックで金を消耗する事をストップする事が出来る。箱で買う事になんの意味があるってんだ! そんな馬鹿な買い方は、金のありがたみを知らねぇトップスがやってりゃいい事だ! くそ、トップスめ……」

 

 

 言っていてトップスに対する憎しみが膨らんでいく。すると店長はそんな俺を不敵な顔のまま見つめていた。

 

 

 

「シンジ君、”封入率”って知ってるかい?」

 

「なんだその確率論みたいな話は。レアがあたる確率って奴か?」

 

「……まあ、間違いではねぇけど正しくは違う。シンジ君、今から俺が話す事を含め、絶対に他言無用だ。……実はね、絶対にレアカードを当てる方法があるんだ」

 

「な、なんだって!!?」

 

「しぃいい! 声がデカイよ!」

 

 焦った店長は俺の肩を掴み、顔を寄せてひそひそと話しだした。

 

 

「実はねシンジ君。カードを買うパックを纏めたこの箱、中に何枚レアが入っているのかワシには解るんだ」

 

 

 店長は周りに人がいない事を確認すると、小さなメモに書き出しながら説明を始めた。

 

 

「この1箱(30パック入り)にはね、アルティメットレア仕様のカードが1枚、ウルトラレアが全6種で4枚・スーパーレアが全10種で4枚封入されている。それはこの箱だけじゃない、それは他の箱も全てが同じ枚数、同じ比率でレアカードが入っている。このルールは絶対だ、嘘だったら金を返したっていい。俺達三人が箱を開いて確認した裏ワザさ……」

 

 

 

「ま、マジか。つまり、この箱纏めてひと箱買っちまえば……」

 

 

「アルティメットレアが一枚、ウルトラが4枚、スーパーが4枚、必ず手に入るって訳さ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

    ざわ・・・。     ざわ・・・。

 

 ざわ・・・。    ざわ・・・。

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ……? 俺のデッキに、そんなにレアが……、それも当たったらいいな、じゃなくて確実に手に入るってのか」

 

 

 

 『まるで悪魔の囁き! 悪魔を召喚したら、願いをなんでも叶えてやると言われたような衝撃! しかし、やはりそれには危険が伴う!(CVマダオ)』

 

 

 

 

「この”クロスオーバー・ソウルズ”はトップスの方々が集まるシティから手に入れた、超レア物だ。当然、値は張る」

 

「……い、いくらだ?」

 

「……五千円って所だな」

 

「なんだよその狙いすましたかのような値段は! 店長、それはいくらなんでも違うだろ!」

 

 思わず店長に掴みかかってしまった。店長は困ったように俺を宥め、そして頭が下がる事を告げる。

 

「本当ならもっと値が張るんだよ! でも、シンジ君、今手持ち五千円なんだろ? 本当にすまねえけど、これ以上譲歩は出来ねえんだ!」

 

 

 

 咄嗟に掴みかかった手を離す。

 店長は、店長は手持ちが無い俺の為に、目一杯値段を下げてくれたからこの値段になったんだ。そりゃ、さっき申告した手持ちジャストになるのは当然だろ。

 

 

「わ、悪い店長。こんなに俺のために譲歩してくれてんのに、俺って奴は……!」

 

 

「いや気にすんな。俺達コモンズは手持ちが少ない。自分の財産に必死になるのは当然だろ? 寧ろそうじゃねえと生き残れない、だろ?」

 

「店長……!」

 

 この人は、商売人でありながらコモンズの鏡みたいな人だ! なんて心が広くて、コモンズの大変さを理解し、手を差し伸べてくれる。今日から心の中でエンジョイ大槻と呼ばせてくれ。

 

「そしてシンジ君を騙したりなんかしたくねえ。だから箱買いをする問題は全部話すから、それ聞いてシンジ君、自分で判断するんだ。いいね?」

 

「あ、ああ。解った」

 

「箱買いのリスク、それはさっきも言ったが値が張る事。なんなら数パックだけ買うってのも手かも知れねえ。そこまでいいな? そしてシンジ君が欲しいって言っていた幽鬼うさぎたんだが、全10種で4枚封入されているから絶対当たるという保証はない。そこん所しっかり考えな」

 

 店長の言葉をしっかりと心に刻み込む。リスクをしっかり頭に入れて、そして戦う(多々買う)かどうかを判断しなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 ……って、10種類で4枚って、少なくね? 少ないよな! だって、同じSレアが当たる事だってある訳だろ? その確率に全財産って、そんな、え~?

 

 だ、大丈夫なのか……、大丈夫なのかコレ……! でも、今更やっぱり止めます、とか格好悪いし、店長に悪いってか……。

 

 いや駄目だダメだ。また格好悪い、とかで考えてる! さっき店長にそうじゃないって教えて貰ったばかりだろ!

 

 頭の中で葛藤が始まる。

 

 

「……店長、少し考える時間をくれ」

 

 

 情けない事に、俺の出した判断。それは保留。五千円という圧倒的高額にビビリ、少し時間を欲しがった。そんな俺に店長は困りながら俺を手で激励する。

 

「考える時間はあげられるが、その間にこの箱が売れちまう可能性だけは忘れねえでくれな」

 

 店長は俺の肩を叩いて、俺の前に”クロスローズ・オブ・カオス”と書いてあるパックを数個、置いて俺に背を向けた。

 

「それは俺の奢りさ。幽鬼うさぎたんの入ったパックじゃねえ上に昔のあまりだけど、気晴らしに引いときな。金は取らねえよ。シンジ君、悪い事ばかりじゃなく、リターンの事も考えた方が前向きになれるかもしれないよ」

 

 そして店長はカウンターに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……良い事、リスクだけでなくリターンも考える、か。

 

 俺は貰ったパックをピリピリ開けながら頭を抱えながら開く。

 

 

 ……パックを開ける瞬間、久々だ。

 

 こうやって何が当たったのか確認していく作業には胸が躍る、ドキドキする。この袋を開ける瞬間がたまらないんだよな。こうやって昔もパック開けてたっけ……。そんでもってレアが当たるとめっちゃ嬉しかったなぁ。

 

 そして俺は、当てたカードを確認していき、その最後から二番目のカードに、目を見開いた。

 

 

 ”緊急同調(Sレア)”

 

 

 

 

 

 

 

「…………ありがてぇ!!!!!」

 

 俺は満面のニヤケ面で立ち上がった。

 腰のデッキホルダーを広げ、興奮しながらデッキに投入する。

 

 

「す、すげええ!!キラッキラに輝いてやがる! ノーマルだらけの、なんの飾り気も無い、殺風景な俺のデッキに輝くSレアが、目に染みる、染みるぅ~!!! 長らく新しいカードが手に入らず変化の無い飽ききったデッキに、何年かぶりのSレアカード! 涙が出る、染み込んできやがる、デュエリストの心に!」

 

 溶けそうだ! この緊急同調の輝きが、たまんねぇ!! トップスの奴らが見せびらかしてきた時は光ってるからなんだよ……、って思ってたけど、こうして俺の手の元に来ると、こう、上がるっ! レアカードの為なら、強盗だって……!俺は興奮しながら次のパックを開封した。レアしか無い。次のパックを開ける。

 

 ない、ない! 光るカードがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ~……」

 

 ……Sレア、一枚だけかよ。

 

 なんだよ字だけが銀色って! なんのリッチ感もねえよ! どうせならイラストの方が光って欲しいってか……!

 

 開封した後の抜け殻になり床に散らばったパックを見つめながらもう次のパックが無い事を確認する。散らばったパックを眺めながら、俺は再びため息をついた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 カードショップカウンター。

 

 

 沼川と石和がカウンターで買い物客相手に接客をしている。笑顔で元気良く、接客のお手本のように楽しそうに仕事をする姿は輝いていた。

 

「はいグローバップバルブお買い上げ~! ありがとね~!」

 

「ふう、今回の入荷したチューナー、結構売れたな~」

 

「昔禁止だったらしいぜ。俺も店畳んだら1枚やっちゃおうかな~。……あれ?」

 

 仕事の合間に雑談をしている沼川がウンターの方をチラチラ見ながらそっぽを向いている俺に気付き、声をかけてきた。

 

「なになに? シンジ君どうしたの~? 買う物決まった~?」

 

 

 陽気に人懐きの良い笑顔でもじもじするシンジに沼川が声をかける。すると、シンジは声をかけられたから仕方なく、という風にダラダラとカウンターに近付いていく。

 二人はそんなシンジに嫌な顔一つせず、俺の言葉を待つ。そしてようやくボソリと言葉を囁けた。

 

 

「……っくだけ……」

 

 

 

「え? 何々、パックって、カードかい? さっき店長が言ってたパックが欲しいの? 何パック?」

 

 聞き取れないような小さな声もしっかり聞くような姿勢で途切れた言葉の意味を補完してあげ、要件を了解していく沼川。

 ようやくその積極性に心を開いた俺は二人に向きなおし、買い物を始める。

 

 

「幽鬼うさぎの入ってるパック、さ、3パックだけ……」

 

 3パックならいい。考えて見れば、5000円のボックスだから、あまりがある。だから、3パックの中に当たってりゃ、箱を買う必要なんて無いんだ。

 

 

「はいクロスオーバー・ソウルズ3パックお買い上げ~!」

 

 

 

 しかし流石の接客の沼川っ。明るい笑顔のまま、俺に3パック手渡し。しかも、

 

 

「……いいの、当たるといいね」

 

 俺の耳元でこそりと励まし。これについ、思わず嬉しくなった。

 

 

 

 そして買ったパックを俺はカウンターから少し離れた所で開封。一枚一枚をゆっくり、確認していった。しかし、目星いカードは当たらず、開けたパックのビニールを呆然と落とした。

 

 

 

「……いいの当たらなかった? いや、仕方ないよ! それが普通普通!」

 

 

「そうそう、俺なんて5パック買っても当たらなかったし!」

 

 

 

 二人の励ましが、逆に耳に痛いと一つ、ため息をつく。

 

「……それじゃ、シンジ君。次は何パック買うの?」

 

「え?」

 

 沼川の質問に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「え、って、何? 3パックだけで諦めちゃうの? それって勿体無いじゃん!」

 

「勿体無いって……」

 

 沼川の言葉が良く解らない。なんで買わないと勿体無いになるんだ?

 

「いや、だって今引いたのハズレだったんでしょ? なら今店に残ったパックからレアを当てる確率が上がったって事じゃない!」

 

「い、言われてみれば、そうだけど……」

 

「なら引く一択でしょ! そうじゃないと今のパックの代金、無駄金になっちゃうよ?」

 

 

 今度は石和にまで言われてしまった。

 でも、だけど確かにそうだよな。なら、やっぱりこのまま1パックずつ買っていった方が……。

 

 ……いや、違う。さっき店長が言ってたじゃねえか! 箱で買えば必ずSレアやウルトラが当たるって!

 例え幽鬼うさぎじゃなくたって、Sレアだぞ! 十分上等じゃねえか!

 

 それによ、俺は店長に、特別俺にだけ情報を教えてくれて、幽鬼うさぎを手に入れるチャンスをくれた。折角チャンスがあるのに、そのチャンスを掴もうともしないでスルーする奴なんか、何年たったって革命なんて出来るものかよ!

 

 リスクがなんだ! 失うのが怖くて革命なんて出来るものか! 俺は、この腐りきった生活で、魂までも腐ってしまっていたんだ!

 

 代わり映えのしない毎日に変わらないデッキ、戦術。それが嫌で俺は汗水流してこの五千円を稼いできたんじゃねえか!

 

 

 

 

「箱だ」

 

 

 

「……え? 何聞き逃しちゃったシンジ君。もう一回言って?」

 

 

 

「箱で買う! クロスオーバー・ソウルズのパックの入った箱、一個丸ごと持って来い!」

 

 

 

 ……ドンッ!

 

 おおお! という驚きの声をあげる沼川と石和。

 

 

「覚悟を決めたんだねシンジ君! いやぁ、君ならそうすると思っていたよ」

 

 

 

「店長!」

 

 

 

 

 俺の決意の購入を解っていたのか、店長はクロスオーバー・ソウルズの箱を持って俺の後ろにスタンバイしていた。

 

 

 

「これがクロスオーバー・ソウルの箱だ。君ならきっと幽鬼うさぎを当てられると信じているよ」

 

 

 

 そして店長から渡された箱を受け取り、俺は力強く頷いた。

 

 「ありがとう店長、これが俺の、革命への一歩になるぜ」

 

 この一歩が、革命に対して踏み出せなかった弱虫だった俺を変える一歩になる、きっと。

 

 

「頑張ってシンジ君! 君なら10種類で4枚も入ってるSレアも、2枚幽鬼うさぎで2枚ギャラクシー・サイクロンとかもありえるよ!」

 

 

 沼川の励ましを聞いて、背中越しにピッと指で答え、俺はテーブル席に向かった。ギャラクシー・サイクロンがなんなのかは知らないが、きっと凄いカードなのだろう。

 

 俺なら、きっとやれる。手にいれて見せるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うぉおおおおお! Sレア当たったぁあ! エルシャドール・アノマリリスか!! 良くわかんないけどやったぜぇ!!!」

 

 

 

 

 店のテーブル席で大声ではしゃぐシンジを遠目に見ながら店長・大槻はシンジが落としていったパックの袋を広い、ゴミ箱に捨てる。

 

 

「うぉおおおお! ウルトラレア当たったぁあああ! ”デストーイ・マッド・キマイラ”だ! だせえけど光ってるぜ!」

 

 

 沼川と石和もカウンターを出て、大槻の後ろに寄っていく。そしてニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。

 

 

「……カスレア当てて、馬鹿みたいにはしゃいでますね。光ってたら良い物だとでも思ってんのかね?」

 

 

 石和の嘲笑と侮蔑を込めた言葉を聞いて、店長大槻は、優しい笑顔のまま言い捨てる。

 

 

「馬鹿だからね……」

 

 

 シンジから巻き上げた金をレジに仕舞い、大槻が本性を現した。

 

 

 

 

「第一、幽鬼うさぎたんが6,308円もする訳ねえだろっ。馬鹿丸出し。そりゃ一時期マジでこの値段だったけど、今では新しいカードとか増えて環境が変わって2千円位だっての」

 

 

「それでも高いっすけどね……」

 

 

 沼川が旋律した顔で幽鬼うさぎを見上げた。

 

 

「カード単品の値段は店によって違うからボッタくりじゃないしね~。コモンズの馬鹿は比べる店自体が無いから楽でいいよ全く。流石に箱5千円はバレたらボッタくりになるから内緒にするように言ったし、お互いの秘密だと思ってるから素直に黙ってるだろうけどね」

 

 

「店長、マジあくどいわ~www」

 

 

 石和がニヤつきながら大槻を肘で小突く。

 

 

 

「”sophiaの影霊衣”だって!? え、攻撃力高ぇ! レベル11!? すっげええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が革命の一歩だ。そんなギャンブル待ちみたいな行動で現状が変わってたまるか。世の中を変えるのは一度のラッキーでも、待ちの姿勢でも無い。毎日を頑張り、積み上げた物がようやくチャンスを掴む権利を得るんだよ。こんな風に工夫をしてね……」

 

 

 

 店の隅ではしゃぐシンジを背に、店長大槻はニヤリと笑っていた。

 

 シンジが騙されたとゴネる事になるのも”説明はした”と諭され店から追い出される事になるのは5分後の話。


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