お天道様がだんだんとオレンジ色になってきたのである。
吾輩は知っているのである。この時間の時はとてもとても……
影が長くなるのである! 不思議であるな。影もこの時間は頑張るのであろうか、吾輩は後ろを振り返って長くなった影を見るのである。のびのびしているのやもしれぬ。
地面に寝転んでいる影を見ていると、それがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつに増えたのである。吾輩は逆に振り返ってみるとはたてともみじとこがさとこすずがいたのである。
遠くで鴉が鳴いているのである。
「結構いろんなところにいったわね」
はたてが言うのである。うむうむ。今日も楽しかったのである。川遊びした後も少しお散歩したのである。
「あっ! 私もう帰らないと」
うむ? こすずがいきなり大声をだしたので、吾輩はびくっとしたのである。こすずははたてに頭を下げているのである。
「今日はありがとうございました」
「ああ、おつかれさん。また今度貸本屋にいくかもしれないわ。その時はよろしくね」
「次はお金もって本を借りてくださいね!」
にっこりとこすずがいうのである。笑顔は大事である。はたては「やっぱ、あんたはっきりした性格ね」と言っているのである。はっきりは大切である。もみじとこがさにも挨拶してから、お昼にもらった傘を手に夕日の中に走って行くのである。
遠くで手を振っているのである。声は聞こえぬ。何となく寂しいのである。
「私もこれから用事があるの」
こがさが小さく手をあげて言うのである。もみじが言うのである。
「暇人なのに用事があるのか?」
「ひ、ひど!? 私はこれでもとっても忙しいのよ?」
「ほう、じゃあ何の用事なんだ?」
「お墓に行って、来た人を驚かせるの」
「……暇人」
「な、なによぉ! これでも結構驚いてくれる人いるのよ。お墓の陰に隠れて、来た人にうらめしや~っていうとね」
「……ま、頑張れ」
もみじはそっぽを向いてはあと息を吐いているのである。うむうむ。こがさよ頑張るのである。
「な、なんかどうでもいい感じ……ま、まあいいですよ。毎日私にきょーふする人間達がいるんだから。今日は子供達も来るらしいしね。肝試しの引率だってするのよ」
はたてともみじがなんだか憐みの顔でこがさを見ているのである。なんでであろうか。
こがさはふふんと鼻を鳴らして、胸を反らしているのである。吾輩はその足元でにゃあと声をかけるとこがさがなでなでしてくれたのである。それから片目をぱちんとういんくして、べっと舌を出したのである。
「じゃ、またね。猫さん」
吾輩の耳元でそう言うととこがさはからからと下駄を鳴らしながらどこかに走って行ったのである。遠くでこけたのである! おお、頑張って立ち上がっているのであるな。
「はたて。今日はもういいんじゃない?」
「あー、そうね。結構写真も撮れたし、ま、楽しかったしね。椛も楽しかったでしょ」
「……まぁ……それなりに」
「あー、素直じゃないわね―。そこらへん文とそっくりよ」
「…………面と向かって悪口を言わないでください」
「たぶん、あんたの方がひどいこと言っているわ」
はたては吾輩のまえでしゃがんだのである。それからにっこりと笑って、なでなでしてくれるのである。
「あんたも今日はありがとね」
にゃー。こちらこそである。
「どうせまた、会うんだろうけどな」
もみじが何か言っているのである。だんだんと周りが暗くなってきたのである。お月様が顔を出そうとしているのである。もみじとはたても何か話しながら、どこかに帰ろうとしているのである。
…………うむ。吾輩も帰るのである。なんとなく寂しいのである。間違ってはたて達の後ろをついていこうとしてしまったのである。なんでかはわからぬ。
お天道様もおうちに帰ってしまったのである。吾輩はくしくしと足で首元をかいてみるのである。ううむ、どこに行くか悩みどころである。吾輩は近くにある良さそうな草の上で丸くなって考えるのである。
いろいろと考えてみるのである。いろんなものの顔が浮かんでは消えるのである。
…………お月様が見えたのである。内緒であるぞ。吾輩は少し寂しいのである。吾輩は絶対にほかに言わないようにお月様ににゃあと言っておくのである。
うむ。これできっと秘密は守ってくれるのである。吾輩は毛並みのめんてなんすをしながら、ふと思いついたのである。巫女の顔が頭に浮かんだのである。
立ち上がって、伸びをして、吾輩はとことこ歩き出すのである。
なんだか久々に吾輩だけであるな。いや、コオロギの声が聞こえるのである。吾輩はまだ話したことはないのであるが、夜になるとおしゃべりになるのである。
今日は星もよく見えるのである。一度聞いたことがあるのであるが、空にも川があって星が流れているそうである。ほんとかは知らぬ。吾輩は空を見上げて、そんな星の川がないか探してみるのである。
見当たらぬ。いやいや、いかぬそれよりも吾輩は神社に行かなければならぬ。巫女は意外と早く寝るのである。吾輩はちゃんと知っているのである。
☆
神社の石段をとてとて登るのである。
石段を上ってから振り向くと結構眺めが良いのである。ただ今日はなんとなく振り返るよりも巫女の顔がみたい気がするのである。吾輩は段を登り切ったのである。
神社の境内には誰もおらぬ。虫の声しか聞こえぬ。ただ、吾輩は巫女がどこにいるのかは知っているのである。吾輩は神社の縁側に回って、とんと乗るのである。廊下にも誰もおらぬ。
「ぐーぐー」
こまのが寝ている以外は誰もいないのである。こまのにはおふとんがかけてあるのである。たぶん巫女であろう。吾輩は巫女がやさしいのは知っているのである。
おお、明かりのついてる部屋があるのである。障子ごしに影は見えるのである。吾輩はとてとて歩いていくのである。障子は破ってはいかぬ。それをしたら怒られるのである。しかし、開け方がわからぬ。
にゃー
吾輩は障子の前でそういうのである。すると少しだけ開いて、巫女の目が見えたのである。
「何の用?」
よう……そういえば特に何もないのである。でもいいのである。吾輩はじっと巫女を見るのである。
「……そ、そこにいられても困るんだけど、はあ、もう寝るんだけど。あんた夜に来ること多いわね。まあ猫に言っても仕方ないことだけど」
からっと障子が開いたのである。巫女は白いねまきになっているのである。おお、いつも結んでいる髪を下ろしているのであるな。毛を縛るのは辛そうであったからいいことである。吾輩なら毛並みを結ばれるのはいやである。
「…………」
じっと見るのである。巫女は怪訝な顔をしているのであるな。どうしたのであろうか?」
「……あんた、寂しいの?」
巫女よ、もしかしてお月様に聞いたのであろうか? ううむ、ううむ、あれは秘密であったはずである。
「……あー」
巫女は頭を掻いているのである。
「なんで猫の表情なんて読んでいるのかしら、いつも変わらないのにさ」
巫女は吾輩を抱き上げるというのである。
「あんた、今日泊まりたいなら足をちゃんと洗いなさい。たまに廊下に肉球の跡が残っているんだからね。あれ、絶対あんたしかいないから」
覚えておらぬがすまぬ。吾輩は紳士であるからして素直に謝るのである。巫女に抱かれたまま廊下を行くのである。
「今日はどこに行ってきたの? あんた無駄に顔広いからどうせ誰かと遊んだんでしょ?」
今日も楽しかったのである。それを伝えるために、吾輩は鳴くのである。