とてとてとて、ちら。とてとてとて、ちら。
吾輩は歩いては後ろを振り向くのである。ちゃんとけいねが付いてきているかを吾輩はとても気になるのである。けいねはにこにこしながら吾輩の後ろをついてくるのである。手に包みをもっているのはお財布だといっていたのである。
「もしかして、待ってくれているのかな?」
そうである! 吾輩は置いて行ったりはせぬのである。そう思ってちからづよくけいねをみると、けいねも腰をまげて吾輩を見下ろしてきたのである。
「ちゃんとエスコートしてくれるのか? んー?」
任せるのである! えすこーとは得意なのである。それに吾輩はちゃんとお散歩できるのである。さあ、こっちである。
「こらこら、そっちは逆方向だから」
ううむ、間違ってしまったのであるな。けいねが呼ぶのでにゃあと言って近づいていくのである。そっちであるか、とてとて。けいねについていくのである。
人里のことは吾輩は大好きである。吾輩は顔が広いからしていろんなものを知っているのである。あの曲がり角の先でよく遊んでいるこどもは吾輩と追いかけっこが好きなのである。
あの家のろうじんはいつもしょうぎをしているのである。吾輩は一度だけろうじんに抱っこされてしょうぎをしたことがあるのである。こう、駒をばらばらにして、倒さないように外にもっていくと勝ちなのである! 吾輩はたいへん褒められたのである。
おお、あそこの家の前で水を撒いているのはよく吾輩にご飯をくれるおなごであるな。今日はけいねとお散歩であるから、今度寄るのである。
「なんだかきょろきょろしているな」
けいねが立ち止まって、吾輩の前にしゃがんだのである。それからつんつんと吾輩の鼻をつつくではないか、くすぐったいのである。ぶるぶる。
「お前はいつもどこで何をしているのかしら? いつもいつもひょっこりと現れてはどこかにいくけど」
吾輩はいろんなところが大好きだから、いろんなところに行くだけである。そういうことを、にゃあと伝えてみてもけいねはくすりとして立ち上がっただけである。なんだか寂しいのである。
「実は、結構人里でもお前のことを知っている人がいるんじゃない?」
吾輩は知り合いは多いのである。しかし、こみゅにけーしょんは難しいのである。そこのところが悩みであるな。
吾輩はくしくしと首元をかいてみるのである。思案することは多くあるのであるが、かゆいときは痒いのである。けいねがふっと笑って「いこっか」と言ったから、吾輩もそのあとをついていくのである。
「そうそう、この前な。人里の貸本屋で売られている新聞に猫の話があったよ」
ふむ? しんぶんであるか。吾輩はよく読んだことはないのである。いつかは読みたいものであるな。
「なんだかつたないけどかわいい絵で……傘を持った女の子と猫。そんな天狗の絵が掲載されていたなぁ。なんでも地底旅行だってね。……くく、天狗があんなかわいい絵を描いたと思うと」
それはもしかして、もみじの絵ではないでないであろうか! 吾輩はなんとなくうれしいのである。けいねに褒めてもらえているのである。
「最近は貸本屋で新聞を買う人も多いらしいから、みんな見ているのかもなぁ」
独り言のようにけいねがいうのを、吾輩はうむうむと聞くのである。できるだけ大勢にみてほしいのである。たぶん吾輩とこさがの絵である。もみじにも絵のさいのうがあるのやもしれぬ。
「それでね」
そうやって、けいねは歩きながら吾輩に語り掛けてくるのである。
吾輩はそれがたのしくて、ついつい足元をあるくものであるから、たまに足が当たりそうになってしまうのである。それでも吾輩はこういうお散歩は吾輩は大好きなのである。
「おっと、いけないな。お茶碗を買うんだったわ」
気が付いたようにけいねは立ち止まったのである。吾輩も立ち止まるのである。
胸をぴんと張って、上を見るとけいねの帽子の先がゆらゆらしていて、吾輩も帽子がほしい気がするのである。
「ちょいとちょいと、そこのお姉さん」
けいねを呼ぶ声がするのである。振り返ってみると大きな木の籠を背負ったおなごがいるのである。声でわかるのである。背は小さいのであるが、吾輩よりは大きい。
編み笠を深くかぶっているので吾輩にも顔がわからぬ。下から見ると髪が青いのである。
「私ですか?」
「そうそう、あんた以外誰がいるのさ」
「なんだ、行商人か」
なんだか怪しいのである。吾輩は騙されないのである。もしかしたら、あれである。なんであろう? よくわからぬが、とりあえず足を舐めてみるのである。
「にゃっ! な、なんだこの猫」
「ああ、悪い悪い。こら、めっ」
めっ。と言われてしまったのである。しかし、なんとなく妖怪のような気がするのである。吾輩の勘の鋭さは自信があるのである。まあ、だいたい髪の色が人里で目立つようなら、妖怪である。
「なんだよ、もう。あんたの猫か? 最近は猫を連れてどこかに行くのが流行っているらしいね。捨ててある新聞を拾ったけど、天狗が地底に猫連れて行ったんだって?」
「ああ、私もさっきその話をしていたところよ、なんでも鬼とお酒の飲み比べをしてべろんべろんになった天狗だとさ」
「はっ、地底の鬼になんて会いに行くなんて物好きだなぁ」
「そうだろうな、河童にとっては昔の上司だったか?」
編み笠をかぶった女子が一歩下がったのである。編み笠を指でつまんであげると、片目をぎらりとさせてけいねを睨んでいるのである。吾輩も負けずに間に入るのである。けいねをいじめるのは許さないのである。
「私が河童だって?」
「いや、すまない。言葉の綾よ。河童はよくイベントをするから、貴方に似た河童もいた気がしただけだから。その河童は人里で大暴れもしていた気がするけどなぁ」
「……あはは。迷惑だなぁ、間違えてもらっちゃ困るよ。妖怪が人里をうろうろしているなんてあるわけないじゃないか。河童はおとなしくて、お淑やかなんだぜ」
あはは
なんだか二人して笑っているのである。吾輩は安心したのである。ということはこの青い髪のおなごも妖怪ではないのである。本人がそう言っているからして、信じてあげるのである。
「まあ、何でもいいけどさ。ほらこれあげるよ」
編み笠がぱらっと紙をけいねに渡してきたのである。けいねはそれをまじまじと見つめているのである。
「へえ、明日陶器市をするのか。……郊外ね。『妖怪が出てもおかしくないような』場所でなんでまた……きゅうりは3本まで……なんだこれ」
「疑い深いね。何の変哲のもない陶器市だよ? 格安でいいお茶碗も手に入れることができるさ。ぜひ来てくれよ」
そういうと編み笠は笠をちらっと上げて、にやっと笑ったのである。けいねもくすくすしているのである。
「そうだなぁ。この猫のお茶碗がほしいのだけど、どうする?」
けいねが聞いてきたのである。吾輩は耳をぴくぴくさせてみるのである。
吾輩はどこにでも行くのである。そして、すぐにみゃあ、みゃあと答えたのである。力強い返事に。編み笠もよしっと「来るってさ」と言ってくれたのである。おお、編み笠には吾輩の言葉が通じているのかもしれぬ。
けいねともお話できればいいのであるが。吾輩悩ましいところである。
「それじゃあ、ちゃんと来てね」
編み笠はそれだけ言うとどこかに行ってしまったのである。
取り残されたけいねは吾輩に言うのである。
「今日はお茶碗がないね……ヤマメでも買って帰ろうか?」
!!!!! うむうむ。
おちゃわんを買う程度の話だったのに、陶器市にいくていどの話になったのである。
誰がくるでしょう