おお、おお。吾輩はせいじゃのほっぺたが気に入ったのである。
肉球で押し見ればこう、いいではないか。せいじゃよ流石なのである。吾輩はほめるところはちゃんとほめることができるのである。
「やめろ、やめ」
うむ? せいじゃがやめろといいながら顔を振っているのである。
! もしかすると吾輩のするどい爪があたってしまったのやもしれぬ。ちゃんと当たらぬようにこう引っ込めていたつもりだったのであるが、すまぬ。吾輩は申し訳ないきもちでいっぱいである。
にゃお
「こ、こら。何を登ってきているんだ」
吾輩は体をくねらせてせいじゃの腕から抜けると、その肩に前足をかけたのである。ううむ。せいじゃの顔が目の前にあるのである。しかし、どこも赤くはなってはおらぬ。きっとだいじないのである。
しかし、痛かったのであるな。吾輩は反省しているのである。
「……! おまえ、なめるな」
ぺろぺろ。
こうすると痛みが取れることは吾輩のいがくてきちしきで知っているのである。けいねも軽いけがならば唾をつけていれば治ると言っていたのである。ちゃんと毎日べんきょうしているのが役に立つのであるな。今度はふとに教えてやらねばならぬ。
ふとはいつも遊んでばっかりである。
「……いいかげんに。あは……いいかげんしろ!」
せいじゃよ強がるのはよすのである。
吾輩を離そうとしてもダメなのであるちりょうは最後までせねばならぬ。
それに痛いときはいたいといわねばならぬのである。吾輩も痛いときにはちゃんと言うのである。
「おい」
吾輩はもみじが呼んでいるので振り向いたのである。もみじはあとため息をついているのである。疲れたのであろうか。もう一度おふろに入るのもやぶさかではないのである。吾輩もあそこはなかなか気に入ったのである。
「天邪鬼。今、あはっていわなかったか」
「言っていない」
「……まあいいけど。その猫は自由気ままに動き回ることはわかっただろう? さっさと離せ。何度も言うが今お前とやりあう気はない」
せいじゃは吾輩をまだ抱っこしたのである。なかなかいいではないか。この抱っこの仕方には吾輩もまたたびをあげてもいいのである。それにしてもせいじゃからなんだかいい匂いがするのである。おおこれは温泉であるな、きっとさっき入ったのであろう。
くんくん、正邪はちゃんと綺麗にしているのである。吾輩もけなみのめんてなんすをにはうるさいのであるが、感心なのである。
「はっ! こちらも何度もいわせる。私は生粋のあまのひゃあ」
いかぬ。思わず舐めてしまったのである。
せいじゃよ話の邪魔をしてわるかったのである。吾輩をきにせずもみじとお話をするのである。しかし、仲良くしなければ吾輩にも考えがあるのである。
またたびを分けてはやらぬ。考えるだけでおそろしいことである。
うむ? せいじゃが吾輩をにらんでいるのである。吾輩は何か悪いことをしたのであろうか、わからぬ。もみじよ、教えてほしいのである。おお、もみじはくすくす笑っているのである。
「格好がつかないな。天邪鬼」
「……」
次の瞬間吾輩は空を飛んだのである。
せいじゃに抱かれたまま、近くの建物の屋根に飛び乗ったのだ。なかなかやるのである。かつんとせいじゃのサンダルが瓦を鳴らしているのである。
「返してほしかったら力づくで取り返すんだな」
屋根の上を走りだしたのである。楽しいのである。せいじゃも屋根を伝って奔るのであるな吾輩も人里でよくやるのであるが、木の屋根はいかぬ。たまに落ちそうになるのである。
「天狗を舐めるな」
真横にもみじがいるのである。速いのである。もみじの眼の光がこう線になって見えるのだ。
やはりもみじはおいかけっこが得意なのであるな。吾輩はにゃあとなんとなく鳴いてみるのである。もみじはそんな吾輩に手をのばしてきたのである。
おお、おおぉ。屋根をころがる。せいじゃに抱かれたままである。屋根のとちゅうでとまってせいじゃが立ち上がったのである。
「そう簡単に返すわけないだろ」
「……ちっ」
もみじは着崩れた浴衣をなおしているのである。腰のひもをきゅっと締めながら吾輩を見ているのである。吾輩も一度は浴衣を着てみたいのである。そういえばせいじゃは着ないのであろうか。
おお、そんなことを想っていると吾輩は両脇を持たれてつきだされたのである。
「おっと、こっちには人質……猫がいることを忘れてもらったら困る」
「卑怯だぞ……」
くすぐったいのである。もう少し下を持ってほしいのである。
吾輩はにゃあにゃあとせいじゃに訴えるのである。
「はは、どんな手を『にゃあにゃあ』っても『なむなむ』ばいい。ってうるさい!」
怒られたのである。
「まったく。なんなんだお前は」
せいじゃが吾輩の顔を覗き込んできたのである。こういう時はしっかりと相手の目を見なければならぬ。きりりと吾輩は表情を引き締めたのである。
「なんだかとぼけた顔しているな。……あー。あいつに見せたら気に入りそうだな」
失礼であるな。吾輩はちゃんとしているのである。どちらかというとせいじゃのほうがほっぺたがぷにぷになのである。……よく考えたら関係はないやもしれぬ。
そういえば、視界の端でもみじがこっそりと近づいてきているのである。吾輩は気が付いていない振りがうまいのである。前に巫女としたことがあるのである。だるまさんがころんだであるな!
よくわからぬが、吾輩に向かって巫女がいきなりだるまさんがころんだと何度も言っていたのである。動いたら負けということはあとでわかったのである。
「はっ!」
もみじが吾輩をつかんだのである。せいじゃが驚いているのである。
「おまえ。離せ」
「そちらこそ離せ、天邪鬼!」
なんだかこの頃取り合いになってばかりであるな。吾輩は取り合うよりもなかよく握手をするといいらしいである。
せいじゃももみじも吾輩を抱きかかえるようにしているのであるが、吾輩はなされるがままである。二人ともがんばるのである。吾輩はどちらかを応援することはできぬ、きっと二人ともがんばりやさんなのである。
空から何か降りてくるのである。ひらひらとしている浴衣の前を手で押さえて傘を指しているのは……なんだこがさであるな。屋根に降りるとかつんと下駄が鳴ったのである。
「やっとみつけたわ。もみじ、猫さん!」
「小傘! こいつはお尋ね者の天邪鬼だ! 猫を誘拐しようとしてる!」
「な、なんだってー」
こがさが両手を広げて驚いているのである。それからきらきら目を光らせて、くるりと傘を回した。よくみれば髪もふたつむすびであるな。きっとおしゃれなのである。
「くう、なんてこった」
せいじゃが言っているのである。
ぴんちなのやもしれぬ。しかし、もみじとこがさも吾輩のともだちなのである。悩みどころである。どうすればいいのであろうか。
その時吾輩の耳を驚かせる大声で誰かが叫んだのである。
「その勝負待った!!!」
おおおぉお。吾輩は風に飛ばされそうになったのである。勢い余ってもみじのむねの中に飛び込んでしまったのである。もみじもおどろいているのであるな。
こがさはどこに行ったのかわからぬ。せいじゃも転がっているのである。
見れば頭に大きな角を生やした女子が屋根に立っているのである。周りには瓦がなくなっているのだ。
「せっかくの勝負に1対2とはいけない。この勝負この星熊勇儀が預かった!!」
むむ、もみじが震えている気がしたのである。吾輩はなんとなく顔を舐めてあげたのである。