吾輩はそろそろおいとまをするのである。別れるときにはちゃんと挨拶をせねばならぬ。吾輩はれいぎをちゃんとわきまえていると評判なのかもしれぬ。まあ、誰にも聞いたことはないのであるが。
「くー、くー」
こいしよ、こいしよ。にゃあにゃあ。
いつの間にかこいしはお花畑の中で眠っていたのである。なんでこんなところにいるのかはわからぬ。さっきさとりと話をしているときに移動したに違いないのである。
「ほら、こいし。風邪をひくからベッドにいきなさい」
さとりがゆすってもおきぬ。吾輩は前足で顔をぽんぽんとしてみるのである……!
「がぶっ」
かまれるところであった。
それはもう見切っているのである。前にちぇんに噛まれて以来、吾輩はよける練習をちゃんとしていたのである。吾輩はちょっと得意になってしまうのである。
まあ、起こすことはできなかったのであるが……。それにしてもお花畑で眠るこいしはなんだか似合うのである。さとりも頷いているのであるな。うむ? 吾輩がふりむくとなぜかそっぽを向いてしまったのである。
「思わず頷いただけです」
そうであるか。……いやさとりよそっぽを向かれるのも寂しいのであるが、じっと見られても照れるのである。
☆
吾輩はとてとてお屋敷の門をくぐったのである。なかなか楽しい時間であったのであるな。心の読めるさとりに出会えて吾輩はとてもうれしいのである。
「はあ、どこにいったんだろ。地底中探してもいないわ」
おお、おりんである。吾輩はにゃあと挨拶をして通り過ぎるのである。いきなりいなくなって申し訳ないのであるが、吾輩もこいしに連れられて驚いたのである。
「ああ、こんにちはっ。あれ? え? なんであっちからくるんだっ!? ええ? え? ええ?」
おりんが何か言っているのである。すまぬ、そろそろこがさのもとに戻らないと心配しているかもしれぬ。吾輩はひとことにゃあと振り返って鳴いてみるのである。なんだか疲れているみたいであるな、
元気出すのである。さとりがさっき甘いおかしを持っていたのである。おりんも行って食べさせてもらうのである。そう吾輩が言うと、おりんはにっこり笑っているのである。ちょっと通じたのかもしれぬ。こみゅにけーしょんとは気持ちなのであるな!
吾輩はそれだけ言うと、たったか駆けだしたのである。
「あ、おーい。さとり様と会ったのかい」
後ろから声がするのであるが、吾輩は振り返れぬ。さとりはいいやつであった。
吾輩はしっぷうのようにかけるのである。けいねが言っていたのであるがしっぷうはとても足が速いらしいのである。吾輩も負けているわけにはいかぬ。こんどしっぷうと出会ったときはおいかけっこで勝たねばならぬ。
すばやくこがさたちを見つけて、遊ぶのである。
ううむおらぬ。おらぬな。意外と通りには人通り、ううむこの場合妖怪通りが多いのである。
ふと、そこで吾輩は思ったのである。
きっとこの妖怪たちも毎日いろんなところでこみゅにけーしょんをしているのである。誰かに挨拶をして、きっと吾輩と巫女のように仲良くなっているに違いないのである。そう考えると仲良しさんがいっぱいこの世にはいるのであるは、吾輩は安心したのである。
なぜ、安心したかは吾輩にもよくわからぬ。考えるのは後である。
地底はほんのり暗いのであるが、道に燈篭がちゃんと並んでいてぼんやりと明るいのである。吾輩はこのくらいが好みやもしれぬ。とてとて、歩くとなんだかいい匂いのするお店もあるのである。
いかぬいかぬ、吾輩はこがさともみじを探さないといけないのである。
にゃあにゃあ、そこを歩く者よ。ちょっと聞きたいのである。ナスのような傘を持った吾輩のともだちを見なかったであろうか。
吾輩が声をかけたものは、お酒をのみながら歩いているのである。
前に回ってにゃあにゃあ聞いてみると、ぱちくりと目を動かしているのである。サンダルであるな、それに頭から角が生えているのである。ううむ、これが噂に聞く鬼であろうか。
「なんだ、おまえ。迷子か」
前もこんなことがあったのであるが、吾輩は迷子ではないのである。そうしっかりと胸をはってにゃあと訴えるのである。この女子は白い服を着ているのである。
「地底に普通の猫とは珍しい。屋敷の方からきたのかな」
屋敷からやってきたのであるが、吾輩はちゃんと地上に帰るところがあるのである。それでこがさともみじを探しているのである。二人とも泣いてなければいいのである。そういえばこんなことも前にあったのである、あの時はこころは部屋で寝ていたのである。
「おーい」
おお? 吾輩は聞きなれた声に耳をぴくぴくさせるのである。この声はもみじであるな。なんであろうか、こう安心するのである。今日はよく安心できる日であるな。
吾輩は後ろ足で立ったのである。前足が浮くとばらんすをとるのは難しいのであるが、遠くまで見渡せるのである。えへん。
「おお、立った」
おなごも感心しているのである。
うむ! あちらから手を振っているもみじが近づいてくるのである。綺麗な浴衣を着て走ってくるのである。下駄を鳴らす音は吾輩も結構好きなのである。
「はあ、やっと見つけた。まったくどこに行っていたんだ。小傘とさがして……!」
もみじが止まったのである。おお、なんであろうか、吾輩持ち上げられたのである。
「き、貴様。こんなところに」
もみじよ何を言っているのであろうか、吾輩が後ろを向くと角の生えたあのおなごが吾輩を抱き上げているのである。口元が笑っているようであるな。それによく見えると黒髪に白いものが混じっているのである。
「これは、これは。天狗様じゃないですか。こんなところで会うとは奇遇ですね」
「天邪鬼……地底に潜んでいたのか」
もっとこう、こういう風に持ってもらうと気持ちいいのである。吾輩は身をよじる。
「は、地上ではいろんなやつらに追い回されたけど、結局誰にもつかまりませ、おいうごくな、わわ。おい。……つ、捕まりませんでした。強者を気取っている天狗にも」
「……そんなことはどうでもいい、今はお前とやりあう気はない。その猫を返せ、鬼人正邪」
せいじゃというのであるか、かわいい名前であるな。吾輩は気に入ったのである。それを伝えるためにはどうすればいいのであるが、おおそうである、よいこよいこすればいいのである。
「は、やなこった」
にゃあにゃあ。
「いいなりにはなら……こら、なんだ。ほら。おとなしくしろ」
吾輩かっちりと抱かれてしまったのである、身動きが取れぬ。もみじはなぜか呆れた顔である。
「……その猫は一筋縄ではいかないから、返した方がいいと思うけど」
「や、やなこった」
「すでに気取った口調が崩れてかけているし……」
「う、うるさいな。わ、わ。お前も動くなって言っているだろ!」
怒られたのである。吾輩はせいじゃを撫でようとしただけなのである。
もみじよ、せいじゃとも仲良くしてやるのである、にゃあにゃあと言ってみるのである。
「待っていろ今助けてやる」
いや、別に助けてほしいわけではないのである。
それでもがんばりやさんのもみじは吾輩を指さして言うのである。
「もう一度言うが私は争う気はない。その猫を返せ。天邪鬼」
「そうはいくものか。私は生まれ持ってアマノジャクだ」
おお前足が動くのである。なんとなくせいじゃのほっぺたを触ってみるのである。
「はいそうでふかとかへふ……ぐ、ぬぬ」
柔らかいほっぺたであるな。気に入ったのである!