この前のお話からおたのしみください
吾輩が目を覚ますと空にお星さまがいっぱい浮かんでいたのである。
さっきまで小傘ともみじと一緒に遊んでいたような気がしていたのであるが、いつの間にか夜になってしまったのであろうか。吾輩は落ち着いて前足を舐め見る。ぺろぺろ……わからぬ時には毛並みのていれが一番であるな。
それにしてもきれいな空である。お星さまがしかいいっぱいに広がってい、きらきらと流星が落ちていくのだ。流れ星はいつも急いでいるのである。それでも今日は嫌に多い。吾輩はその場であたりを見回してみたのだ。
なんだかしっかりした作りの足場であるな。吾輩はとても気に入ったのである。
うむ? そういえば吾輩はさっきまで神社にいたはずである。ここはどこであろう。
きょろきょろ……にゃあにゃあ……。
まあ、いいのである。ここがどこかはわからぬが、吾輩の庭には変わりない。吾輩は安心してその場でうずくまったのだ。夜風も涼しい、吾輩の好みの季節である。
もし、目の前にヤマメが置いてあればいうことはないのであるが……吾輩は思わず舌でぺろりと口元を舐めしまったのである。いかぬいかぬ。吾輩は紳士であるからして、こうはしたない真似は出来ぬ。
うむ? おお?
吾輩は後ろを向くと皿に入ったヤマメが置いてあるのである。吾輩はびっくりして飛びつこう……いやいや、吾輩は用心深いのである。あたりを見回して持ち主を探す。ちゃんと一声かけてから頂かねばなるまい。
じゅるり。
いやいや、まだいかぬ。
ちらり。
ヤマメが置いてあるのだ。吾輩は警戒しながら円の動きで近づいていくことにした。さすりさすり、ヤマメを触ってみてもどこもおかしいところはないのである。一体だれがこれを置いたのであろう、もぐもぐ。まったくわからぬ。
「それは食べてもいいんですよ」
吾輩は飛びあがったのである。
急いで振り向くのであるが、最近なんだか脅かされてばかりである。ちょっと悔しいところであるな。今度ふとでも脅かしてみるのもいいかもしれぬ。
「こんばんは」
吾輩に挨拶をしてきたのは、椅子に座りながらまーるいてーぶるに肘をのせてにやにやしている少女である。けいねから聞いたことがある、頭にさんたくろうすのような帽子をかぶってるのだ。
「猫の夢も久しぶりですね。私は獏……そうですね。ドレミー・スイートといった方があなたにはわかりやすいかしら」
はじめましてなのである。吾輩はちゃんと頭を下げて挨拶をしたのだ。ドレミーはにやにやしているのである。なんであろうか、ふとやこがさとは違う感じがするのだ。
「ここは夢の世界」
何を言っているのであろう。吾輩は眠ってなどおらぬ。
ドレミーは立ち上がって肩をすくめたのである。それからゆっくりと空を見た。満点の星空であるな。吾輩の好きな景色である。よくよく見ればあそこにヤマメの形をした、星座がいるではないか! 吾輩今まで知らなかったのである。
「よい夢ですね。食べが……。ふふふ。楽しみは後に取っておきましょうか。私もあなたのような猫が迷い込んでくる、いや。この場合どういえばいいのかしら」
にやけ顔のままドレミーが吾輩の周りを歩くのである。頭の帽子は後ろが長くてそれが、先っぽがふらふらしているのである。吾輩の手元にあれば、こうねこじゃらしのように使ってしまうかもしれぬ。
ドレミーは吾輩の前でしゃがんだのである。つま先で立ちながら吾輩の顎の下を撫でてきたのである。
「なかなかいい毛並みですね」
それほどでもないのである。えっへん。
「その蝶ネクタイも似合っていますよ」
? 何を言っているのであろうか。吾輩は何もつけては……なんであろう、吾輩首にちょうちょのような飾りをつけているのである。い、いつの間につけたのであろう。吾輩は手で、ちょっと触ってみる。りんりんと真ん中についた小さな鈴がなっているのである。大変である。こんなもの……なかなかよいではないか。
それでも吾輩はとんとわからぬ。にゃあとドレミーに聞いてみたのである。こやつならなんとなくコミュニケーションが取れぬやもしれぬ。しかし、ドレミーはにやけ顔のまま小首をかしげただけである。
そんな顔のまま、吾輩から目をそらしたのである。
「すべての夢はつながっています。それは人であれ妖怪であれ変わりはないわ」
吾輩は今夢を見ているのであろうか。なるほど、ううむ。不思議である。それにしても約束もしておらぬのにドレミーと夢の中で出会ったのは奇遇であるな。気が合うかもしれぬ。
「その蝶ネクタイも誰かの夢からの贈り物かもしれませんね。ふふふ」
ドレミーが笑っているのである。吾輩もなんだかうれしいである。笑う門には福が来ると言っている人がいたのだ。福とはどんな顔であろう。
うむ?
誰か立っているのである。もしやあれが「福」であろうか。
福は変な格好をしているのである。ギザギザ……なんだかまがった矢印の並んだような紫のスカートをはいて片手で口元を隠しているのである。銀色の髪がきらきら光ってきれいである。
「…………」
何もしゃべらぬ。吾輩がすくっと立ち上がって挨拶をしても、軽くうなづいてくれただけである。福はシャイやもしれぬ。
「もうすぐこの猫は夢から覚めるでしょう、どうします?」
にやけ顔のままドレミーが言うのである。福は後ろをちらっと見るのだ、背中に片方だけ白い羽が生えているのだ。なかなかに柔らかそうであるな。しかし、吾輩も負けぬ!!
吾輩はその場でごろりと寝転がったのである。毎日手入れしている吾輩の毛並みは、自信があるのである。福も片手で口元を隠したまま、吾輩を撫で始めたのである。
どうだ、まいったか。
「…………」
何も言わぬな。まあいいのである。ごろごろ、吾輩撫でられながらこうするのがたまらぬ。
「…………」
さすさす、さわさわ、なでなで。こしょこしょ。かきかき。
終わらぬな。
ちらりと福を見ればうっすら笑っているのである。それでも何もしゃべらぬ。赤い瞳がちょっときらきらしている気がするのは気のせいであろうか。それにしてもなかなかいい手際である……吾輩、眠たくなってきたのである。
そういえば、夢の中であったはずであるな。このまま寝てしまったらどうなるのであろうか。
「猫さん。いい夢でしたか?」
ドレミーの声がするのである。
★
「おーい」
吾輩はこがさの声で目が覚めたのである。見上げればこがさともみじが吾輩をのぞき込んでいるのである。それにしても、もみじよ。なんで蜘蛛の巣まみれなのだ。吾輩は首をかしげたのだ。
「うらやましいな。お前が気絶している間また土蜘蛛には襲われるは、首を取りに来るやつや妬ましいなんて言いながらハイテンションで向かってくるやつもいるわ……あーもーつかれたー」
その場でごろんでもみじが寝転がったのである。こがさも「おつかれー」と言っておるな。ううむ。思い出せぬ。吾輩は何をしていたのであろうか、空はきらきらいろんな色の星が光っているのである。こがさに抱かれたままそれを見上げてみたのである。
そういえばさっきまでこんなきれいな空を見ていた気がするのであるが、とんと思い出せぬ。
「きれいだけどあれって怨霊らしいですねー」
こがさよ、何を言っているかわからぬ。ここはどこであろうか。吾輩はもぞもぞ手の中で動いてこがさの顔を見たのである。
「椛が猫さんに体当たりして気絶させたから驚いているかもしれないけど、猫さんが寝ている間に到着したわ!」
どこに、であろうか。